2024年エッペンドルフ&サイエンス神経生物学グランプリ受賞:呼吸器保護機構の鍵を握る細胞を発見 呼吸器への異物の侵入を防ぐ重要な防御機構を担う細胞群を明らかにした研究で、ローラ・シーホルザー博士(Laura Seeholzer, PhD)が2024年エッペンドルフ&サイエンス神経生物学グランプリを受賞しました。この研究成果は、2024年4月18日にScience誌に発表されており、シーホルザー博士は、これらの細胞が疾患でどのように影響を受けるかを解明する次のステップに挑んでいます。 研究の背景と発見 通常、吸気は肺へ、食物や液体、胃酸は消化管へと送られます。しかし、この仕組みが一瞬でも乱れると、誤嚥や肺炎、酸性の胃液による肺損傷といった深刻な問題を引き起こします。特に神経疾患や食道疾患を持つ高齢者では、これが主要な死亡原因の一つです。 従来、喉頭や気管に分布する感覚神経が異物を検知し、排除する役割を担うと考えられていました。しかし、シーホルザー博士は、これらの神経だけでなく、神経内分泌細胞(NE細胞)が気道の防御に重要な役割を果たしていることを発見しました。 主な研究成果 NE細胞は、これまで気道上皮の修復に関与する細胞として知られていましたが、防御機能との関連は不明でした。シーホルザー博士の研究は、以下の発見をもたらしました: 水や胃酸に対する応答:NE細胞は水や強酸に反応し、保護的な反射を誘発することが判明。実験方法の革新:カリウムイメージングやオプトジェネティクスを用いて、NE細胞を活性化させると、マウスで嚥下反射や咳様反射が確認されました。機能喪失実験:NE細胞を欠損させたマウスでは、気道保護能力が低下することが実証され、これらの細胞の重要性がさらに強調されました。 次の挑戦:疾患との関連性の解明 シーホルザー博士は現在、健康なヒトと疾患を持

臨床試験で治療薬への希望:進行性核上性麻痺(PSP)治療の新たな挑戦 進行性核上性麻痺(PSP)は、治療法が限られ、症状発症から約7年で致死的となる神経変性疾患です。この難病に対する治療薬開発を目的にした臨床試験が、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)を主導として最大50の研究施設で行われます。この試験は、最大75.4百万ドルのNIH国立老化研究所(NIA)からの助成金により可能となり、UCSFが最近受けた中でも最も大規模な助成の一つです。 「本試験がPSP患者のケアを根本的に変えるきっかけとなることを期待しています」と、UCSF神経学部門のフリオ・ロハス博士(Julio Rojas, MD, PhD)は述べています。ロハス博士は、このプラットフォーム試験の主要研究者の一人であり、PSPの進行をわずか20〜30%でも遅らせることが患者にとって大きな意味を持つと指摘します。 PSPの特徴と治療への課題 PSPはタウタンパク質の蓄積により脳細胞が弱まり、死滅することで引き起こされるとされています。30,000人のアメリカ人に影響を及ぼし、主に50〜70代の患者が発症します。特にリチャードソン症候群(Richardson’s syndrome)はPSPの中で最も一般的な形態であり、認知障害、動作の遅れ、硬直、後方への転倒、目の動き(特に下方向)の困難を伴います。 革新的な試験デザイン この試験では、3種類の薬剤を同時にテストし、それ以降も新しい薬剤を加えていくプラットフォーム型試験モデルが採用されています。この手法は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の試験で成功を収めた方法を応用しており、治療薬の発見を迅速化するとともに、プラセボ群を最小化する利点があります。 「通常の臨床試験と異なり、プラットフォーム試験は、初期の薬剤が無効であっても新しい薬剤を継

鮮やかな羽の色を調節する酵素が明らかに カラフルな羽毛を持つことで知られるオウム。その鮮やかな赤と黄色の色素を調節する仕組みを解明した新しい研究が、2024年11月1日にScience誌で発表されました。本研究の論文タイトルは「A Molecular Mechanism for Bright Color Variation in Parrots(オウムの鮮やかな色の変化をもたらす分子メカニズム)」です。この研究は、オウムの色彩進化とその多様性の分子メカニズムに関する新たな知見を提供します。 背景:自然界における色の重要性 自然界では、色は生態学的適応やコミュニケーションにおいて重要な役割を果たします。特に鳥類は、多彩な羽毛の色とパターンで注目されており、その中でもオウムは非常にカラフルな種として知られています。オウムの羽毛の鮮やかな色は、「シトコフルビン」と呼ばれる特徴的な色素によって作り出されます。 これまで、色素生成において重要な役割を果たす「ポリケタイド合成酵素(PKS)」の存在が知られていましたが、オウムがどのようにして多様な色調を生み出しているのか、その具体的なメカニズムはよく分かっていませんでした。 研究の概要と発見 本研究を主導したワシントン大学医学部のロベルト・アルボレ博士(Roberto Arbore, PhD)らは、化学・酵素解析、遺伝子マッピング、シングルセルゲノム技術を組み合わせて、オウムの羽毛における黄色から赤、緑色の色素変化を調査しました。 研究チームは、色の変化の多くが「ALDH3A2」という単一の酵素の発現を微調整することで制御されていることを発見しました。この酵素はアルデヒド代謝を調節し、赤いアルデヒド分子を黄色いカルボキシル含有分子に酸化することで、羽毛の色素構成を変化させます。この過程により、赤と黄色のシトコフルビン色

ナノ粒子を用いた革新的肥満治療法:脂肪組織の炎症緩和と「褐色化」を促進 ロサンゼルスのテラサキ生体医療イノベーション研究所の研究者らは、肥満治療に向けた新しいナノ粒子ベースの治療法を開発しました。 この研究成果は2024年9月29日付のACS Nano誌に「Simvastatin-Loaded Polymeric Nanoparticles: Targeting Inflammatory Macrophages for Local Adipose Tissue Browning in Obesity Treatment(シンバスタチン搭載ポリマー粒子:炎症性マクロファージを標的とした脂肪組織の局所褐色化による肥満治療)」というタイトルで発表されました。この革新的なアプローチは、脂肪組織内の炎症細胞を標的とし、免疫システムを調節して脂肪組織の褐色化を促進します。肥満治療の限界を克服し、世界的な肥満問題に取り組むための新たな道を示しています。 炎症性マクロファージを標的とした新しい治療法 研究を主導したのは、アリレザ・ハッサニ・ナジャファバディ博士( Alireza Hassani Najafabadi, PhD)です。同氏のチームは、シンバスタチンを搭載したPLGAナノ粒子(Sim-NPs)を開発しました。このナノ粒子は脂肪組織に局所的に送達され、炎症緩和やマクロファージの極性調節を強化することが実験で確認されました。 マウスモデル(食事誘発性肥満)を用いた研究では、この治療法が以下の効果を示しました: 強力な抗炎症作用:炎症性マクロファージを抑制脂肪組織の褐色化:白色脂肪細胞をエネルギーを消費しやすい褐色脂肪細胞へ変化体重減少:肥満関連炎症を抑え、白色脂肪の生成を抑制 ナノ粒子治療の利点 ハッサニ・ナジャファバディ博士は、研究の革新性について次のように述

腸内細菌叢が示す子宮内膜症の新たな診断と治療法の可能性 ベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)の研究者らが主導するチームは、子宮内膜症患者の腸内代謝物に特徴的な変化を発見しました。この研究結果は、病気のメカニズムへの新たな理解を提供するとともに、非侵襲的な診断方法や腸内細菌叢を標的とした治療の設計に繋がる可能性を示唆しています。特に、患者の便中代謝物と炎症性腸疾患(IBD)との予想外の類似性が明らかになり、両疾患の診断と治療における画期的なアプローチが期待されています。この研究成果は2024年10月11日付でMedに「Identification of Distinct Stool Metabolites in Women with Endometriosis for Non-Invasive Diagnosis and Potential for Microbiota-Based Therapies(子宮内膜症患者における特徴的な便中代謝物の同定:非侵襲的診断と腸内細菌叢に基づく治療の可能性)」として発表されました。 子宮内膜症:難解で痛みを伴う疾患 子宮内膜症は、子宮内膜様組織が子宮外に存在することを特徴とする疾患で、約1億9800万人の女性に影響を与えています。強い骨盤痛、炎症、不妊などが主な症状ですが、現在の診断は主に侵襲的な腹腔鏡検査に依存しているため、診断が遅れることが多いのが現状です。しかし、腸内細菌由来の代謝物が新しい診断方法を示唆しており、便検査による早期発見が実現する可能性があります。 腸内細菌叢と子宮内膜症の関係 研究チームは、子宮内膜症患者18人と健康な女性31人の便サンプルを対象に、高度なメタボロミクス解析と16S細菌シーケンシングを実施しました。その結果、子宮内膜症では61種類の代謝物が有意に変化し

ハチの巣フェンスで人と象の共存を実現:ケニアでの9年間の研究が示す成果と課題 ケニアにおける画期的な9年間の研究により、小規模農家を象の襲撃から守るために設置されたハチの巣フェンスが、象を最大86%の確率で寄せ付けない効果を持つことが確認されました。この自然を利用した防衛方法は、農家の収入増加にも寄与し、人と象の共存に向けた新たな解決策として注目されています。本研究結果は、2024年10月29日付でConservation Science and Practice誌に「Impact of Drought and Development on the Effectiveness of Beehive Fences As Elephant Deterrents Over 9 Years in Kenya(干ばつと開発がケニアにおけるハチの巣フェンスの効果に与える影響:9年間の研究)」として発表されました。 ハチの巣フェンスの仕組みと成果 ハチの巣フェンスは、Save the Elephants(STE)、ケニア野生動物サービス(KWS)、およびオックスフォード大学が共同で2007年に導入した技術です。このフェンスは、生きたハチの巣を柱の間に吊るすことで構成され、象に物理的、聴覚的、嗅覚的な威嚇効果を与えます。象は蜂に刺されることを恐れるため、ハチの巣フェンスが設置された農場に近づくことを避けます。この仕組みは農作物を守るだけでなく、蜂蜜や蜜蝋の生産を通じて農家の収入を増やす利点も持っています。 研究の概要と主な成果 調査対象:ツァボ東国立公園近くの2つの村にある26の農場。フェンスを設置した農場には365のハチの巣が使用されました。研究対象期間:2014年から2020年までの6つの主要作物成長期を含む全期間で約4,000件の象の接近を分析。成果:作物が最も栄える時

急性脳梗塞における血管内治療の進展と患者選定基準の最新知見 急性脳梗塞のうち、大血管閉塞(LVO: large vessel occlusion)による脳卒中は、世界中で主要な障害および死亡原因の一つです。血管内治療(カテーテルを用いた最小侵襲手術)は、この疾患の治療法を劇的に変えました。2015年に行われたランダム化試験では、血管内治療が医療管理と比較して一部の患者において障害を軽減する効果があることが示され、特に発症から6時間以内に救急病院を受診し、小さな梗塞部位を持つ患者に有効でした。その後、治療の有効性は発症から24時間以内の患者や、大規模な虚血性梗塞、大脳基底動脈閉塞患者にも拡大しています。 研究の焦点 しかし、以下のような知識のギャップが依然として存在しています: 大規模虚血性梗塞を持つ患者のうち、どのような患者が血管内治療で利益を得られるか。米国国立衛生研究所脳卒中尺度(NIHSS)で低いスコアを示す軽度の脳卒中や、中程度もしくは末梢血管閉塞を持つ患者における血管内治療の役割。基礎的な脳動脈硬化性疾患を持つ患者の最適な管理方法。この課題を解明するため、ボストン大学チョバニアン・アヴェディシアン医学部の研究者らと国際的な共同研究者らが、血管内治療の役割に関する最新のランダム化試験デザインと結果を「ランセット」誌にレビュー論文として発表しました。 主な発見と臨床的意義 患者選定基準:NIHSSスコアが5以上で前大脳循環閉塞を持つ患者、またはNIHSSスコア10以上で基底動脈閉塞を持ち、画像診断で広範な梗塞が確認されない患者が、発症から24時間以内の血管内治療の有力な候補とされています。治療の進展:新世代のデバイスを用いた試験が、最善の医療管理を超える治療効果を確認しました。ケアの進化:血管内治療の適応拡大や画像診断のハードル低下が、患者ケアの最適化

交感神経由来のニューロペプチドY(NPY)が熱産生性脂肪の維持を通じて肥満を予防する新たなメカニズムを解明 オックスフォード大学のアナ・I・ドミンゴス博士(Ana I. Domingos, PhD)らによる研究チームは、交感神経由来のニューロペプチドY(NPY)がエネルギー消費を維持し、食事由来肥満を防ぐ上で重要な役割を果たしていることを示しました。この研究成果は2024年8月28日付の『Nature』誌に掲載され、「Sympathetic Neuropeptide Y Protects from Obesity by Sustaining Thermogenic Fat(交感神経由来ニューロペプチドYは熱産生性脂肪を維持することで肥満を防ぐ)」というタイトルのオープンアクセス論文として公開されています。 主な発見 過去の研究では、NPY遺伝子の変異が高い体格指数(BMI)と関連するものの、食事パターンの変化とは関係がないことが示唆されていました。今回の研究では、NPYが褐色脂肪組織(BAT)および白色脂肪組織(WAT)内の血管周囲の細胞であるミューラル細胞(mural cells)の増殖を調節する重要な役割を果たすことが明らかになりました。これらの細胞は熱産生性脂肪細胞(エネルギーを燃焼して熱を生む細胞)の前駆細胞として機能します。 研究チームはまた、NPY+交感神経ニューロンが主に脂肪組織の血管構造を支配しており、これらのNPY応答性細胞が熱産生性脂肪細胞の供給源となることを発見しました。一方で、食事由来肥満はNPY+交感神経軸索の喪失とミューラル細胞の枯渇を引き起こし、熱産生機能の低下と肥満への感受性増加につながることが示されました。 動物モデルでの検証 交感神経ニューロンからNPYを選択的に除去した動物モデルでは、熱産生能力とエネルギー消費が低下しま

遺伝性網膜疾患に関連する新しい遺伝子「UBAP1L」の発見が治療開発の可能性を拓く 科学者らは、網膜の光を感知する組織に影響を与え、視力を脅かす「遺伝性網膜疾患(IRDs)」の一部を引き起こす新たな遺伝子を特定しました。この研究成果は、2024年9月26日にJAMA Ophthalmology誌に発表されました。論文タイトルは「Biallelic Loss-of-Function Variants in UBAP1L and Nonsyndromic Retinal Dystrophies(UBAP1L遺伝子の両アレル機能喪失変異と非症候性網膜ジストロフィー)」です。 新発見された遺伝子と疾患の詳細 6名の患者を対象とした小規模な研究で、研究者らはUBAP1L遺伝子が網膜ジストロフィーのさまざまな形態に関与していることを明らかにしました。この疾患には、中央視力(読書など)に重要な黄斑に影響を及ぼす「黄斑症」、色覚を司る円錐細胞が障害される「円錐ジストロフィー」、さらに夜間視力を担当する桿体細胞にも影響を与える「円錐桿体ジストロフィー」が含まれます。対象者は若年成人期から症状を発症し、晩年には重度の視力喪失に至るケースが確認されました。 遺伝子発見の意義 NIHの眼科遺伝学研究室長であり、論文の上席著者であるビン・グアン博士(Bin Guan, PhD)は次のように述べています。「今回の患者は、他の遺伝性網膜疾患に似た症状を示しましたが、その原因は特定されていませんでした。この遺伝子を特定したことで、疾患を引き起こす仕組みを研究し、治療法の開発を目指すことが可能になりました。」 UBAP1Lの関与が明らかになったことで、これまでに判明している280以上の疾患関連遺伝子のリストに新たな知見が加わりました。 NEIの眼科医であり、論文の共同上席著者であるラリッサ

人工知能を活用した新たな創薬モデル、希少疾患への新しい希望を提案 新たに開発された人工知能(AI)モデル「TxGNN」は、数千の未治療疾患を含む膨大な病気に対する既存薬からの治療法を提案。未学習の病気にも応用可能で、提案した治療法の説明も提供。これにより、従来の創薬よりも迅速かつ低コストで、副作用の少ない治療法の開発が期待される。現在、世界には7,000以上の希少・未診断疾患が存在し、合計で約3億人に影響を及ぼしています。しかし、FDA(米食品医薬品局)に承認された薬があるのは5~7%に過ぎず、多くの疾患は未治療または十分に治療されていません。 こうした状況を打破するため、ハーバード大学医学大学院(HMS)の研究者らが開発したAIモデル「TxGNN」が注目されています。このモデルは、既存薬を利用して新たな治療法を発見し、特に希少疾患や未治療疾患の治療に貢献することを目指しています。 TxGNNモデルの特長と成果 2024年9月25日にNature Medicine誌に発表されたこの研究では、TxGNNが既存薬8,000種類から17,080の疾患に対する治療候補を特定しました。その多くは未治療の疾患であり、これまでのAIモデルの中で最も多くの疾患をカバーしています。また、TxGNNは、既存の薬が特定の病気に対してどのような副作用や禁忌があるかを予測する能力も持ち、従来の試行錯誤的な薬物評価方法を改善します。 研究チームはこのツールを無料で公開し、特に治療オプションの少ない疾患に取り組む臨床研究者らに活用してもらいたいと考えています。 既存薬の再利用が持つ可能性 既存薬を利用する創薬手法は、開発コストや時間を削減できる魅力的な方法です。FDAが承認した薬の約30%が承認後に新たな適応症を取得しており、長年の使用を経て意外な効果が発見されるケースも少なくありませ

人間の身体は毎秒のように外部からの攻撃を受けています。その攻撃者たちは、ウイルス、細菌、寄生虫、毒素など、生物および非生物の存在であり、私たちの身体の機能に悪影響を与える可能性があります。この攻撃から私たちを守るのが、パトロール隊のように働くタンパク質群です。これらは、体内で最初の防衛線を形成する自然免疫系の重要な構成要素です。今回、EMBLハイデルベルクの研究者らとその共同研究者による新たな研究により、こうした防御の「ヒーロー」の一つであるTRIM25というタンパク質が、ウイルスに立ち向かう「スーパーパワー」を発揮する仕組みが明らかになりました。 「TRIM25はインフルエンザウイルスやジカウイルスのようなRNAウイルスに対する自然免疫応答において極めて重要な役割を果たすため、私たちはその研究を行うことにしました」と述べたのは、EMBLのヘニグ研究グループでEIPOD4ポスドクフェローを務める研究の第一著者、ルシア・アルバレス博士(Lucía Álvarez, PhD)です。「TRIM25がRNAを結合することで抗ウイルス防御にどのような役割を果たすのかを理解したかったのです。」 TRIM25は、細胞内で他のタンパク質にユビキチンという小さなタンパク質をタグ付けしてその機能を変化させる大規模な酵素ファミリーに属しています。その「スーパーパワー」は、一連のシグナル伝達を引き起こし、外来の攻撃者が特定され無力化されるプロセスを促進する能力にあります。過去の研究で、TRIM25がRNAを結合することは判明していましたが、この動作が免疫活性にとってなぜ重要なのかは明確ではありませんでした。さらにTRIM25には、大量のRNAが存在する細胞内で、友好的なRNAと敵対的なRNAを見分けるという、いわば「干し草の山から針を探す」ような課題があります。では、TRIM25はウイルス

新薬分子が若年患者における神経細胞の喪失を防ぐ可能性を発見 パーキンソン病の新しい治療法への道を切り開く可能性がある新薬分子についての研究成果が発表されました。研究の主導者であるマギル大学生化学科教授で、神経変性疾患の構造研究に関するカナダ研究チェアを務めるカレ・ゲーリング博士(Kalle Gehring, PhD)は、「この化合物を用いることで、少なくとも一部の患者に対して初のパーキンソン病治療薬を開発できる可能性がある」と述べています。 パーキンソン病の症状は通常60代以降に現れますが、患者の5〜10%は40歳未満で診断されます。この退行性疾患はカナダで10万人以上に影響を与えているとされています。 今回の研究では、バイオジェン社が開発した分子が、重要なタンパク質「パーキン」を再活性化させる仕組みを調査しました。パーキンは、細胞のエネルギー供給源であるミトコンドリアの損傷を取り除き、健康な脳細胞を維持する役割を果たします。しかし、一部の若年患者ではパーキンの変異により、このプロセスが妨げられ、損傷したミトコンドリアの蓄積がパーキンソン病の原因となっています。 最先端技術で発見 研究チームは、サスカチュワン大学にあるカナダ光源施設(Canadian Light Source: CLS)で最先端技術を活用し、この化合物がパーキンと細胞内の自然な活性化因子を結び付けることで、パーキンの機能を回復させることを明らかにしました。 この研究成果は、2024年9月19日付でNature Communicationsに掲載されました。論文タイトルは「Activation of Parkin by a Molecular Glue(分子接着剤によるパーキンの活性化)」です。この研究は、特定の変異を持つ若年患者向けに個別化された治療法を設計する基盤を提供するものです。 将

ハチの生存における栄養とストレスの重要性:イリノイ大学研究 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究者らは、ミツバチの生存に影響を及ぼす栄養不足、ウイルス感染、農薬曝露という3つの要因の相互作用を解明する研究を行いました。この研究は、栄養状態の良し悪しが他の要因による影響を大きく左右することを明らかにし、2024年8月2日に「Science of the Total Environment」誌に掲載されました。論文タイトルは「Nutrition, Pesticide Exposure and Virus Infection Interact to Produce Context-Dependent Effects in Honey Bees(栄養、農薬曝露、ウイルス感染が相互作用してミツバチに文脈依存的な影響を及ぼす)」です。 多因子が生存に与える影響 研究を主導した大学院生エドワード・シエ氏(Edward Hsieh)とイリノイ大学昆虫学教授アダム・ドレザル博士(Adam Dolezal, PhD)は、ミツバチの生存率における複数のストレス要因の影響が状況に依存することを発見しました。「複数のストレス要因は通常生存に悪影響を及ぼしますが、その影響は常に文脈依存的です」とシエ氏は述べています。 従来の研究では、栄養不足と農薬、または農薬とウイルス感染といった1~2要因の相互作用に焦点が当てられることが一般的でしたが、本研究は3要因すべてを一度に検討する初の試みとなります。 栄養がもたらす抵抗力の向上 研究チームは、アイオワ州の農地周辺の復元された草原から採取した花粉を使用し、実験室で飼育されたミツバチを用いた実験を行いました。農薬として有機リン系のクロルピリホス、ピレスロイド系のラムダ-シハロスリン、ネオニコチノイド系のチアメトキサムが使用されました。

多発性硬化症の予後を予測するバイオマーカーを特定 欧州多発性硬化症治療研究委員会(ECTRIMS 2024)で、2024年9月19日に発表された画期的な研究が、多発性硬化症(MS)の障害進行を予測する重要なバイオマーカーを明らかにしました。この研究は、世界中のMS患者に対して、より個別化された効果的な治療計画の提供を可能にする画期的な成果です。 研究概要と主要な発見 スペインとイタリアの13病院で実施された多施設観察研究で、ラモン・イ・カハル大学病院のエンリク・モンレアル博士(Dr. Enric Monreal)らが、発症初期の患者において血中神経フィラメント軽鎖(sNfL)濃度が高い場合、再発関連悪化(RAW: Relapse-Associated Worsening)および再発とは無関係な進行(PIRA: Progression Independent of Relapse Activity)を予測できることを示しました。また、アストロサイト由来の血中グリア線維酸性タンパク質(sGFAP)の濃度は、sNfL濃度が低い患者においてPIRAと相関があることが判明しました。 この研究では、発症後12カ月以内に採取された725人のMS患者の血液サンプルを、シングル分子アレイ(SIMOA: Single Molecule Array)技術を用いて分析し、sNfLおよびsGFAP濃度の予測的価値を評価しました​。 主な結果 sNfL濃度が高い場合: CNS(中枢神経系)における急性炎症を示し、RAWリスクが45%、PIRAリスクが43%増加。標準的な疾患修飾治療(DMT)には反応しにくいものの、高効率DMT(Natalizumab、Alemtuzumab、Ocrelizumab、Rituximab、Ofatumumab)により顕著な効果が確認されました。 sGFA

帯状疱疹による目の炎症や感染症を抑える長期低用量抗ウイルス治療:新しい研究成果 アメリカ眼科学会(AAO)の年次総会(2023年10月19日、シカゴ)および角膜・眼バンクフォーラム(同年10月18日)で発表された新しい研究によると、帯状疱疹が目に影響を及ぼす場合の炎症や感染症、さらに痛みのリスクを低減するために、長期の低用量抗ウイルス治療が有効であることが明らかになりました。 帯状疱疹とその影響 帯状疱疹は、水痘の原因となる水痘帯状疱疹ウイルスが神経細胞内で何十年も休眠状態を保ち、その後何らかの理由で再活性化することで発生します。この病気は主に50歳以上の人々や、免疫機能が低下している成人に多く見られ、神経経路に沿って広がり、神経が支配する皮膚領域に痛みを伴う水疱性発疹を引き起こします。 アメリカでは毎年100万人以上が帯状疱疹にかかり、そのうち約8%が額と目を支配する神経に影響を及ぼします。この状態は「眼性帯状疱疹(herpes zoster ophthalmicus, HZO)」と呼ばれ、角膜が影響を受けると角膜炎、眼内部が影響を受けると虹彩炎を引き起こします。これらは痛み、赤み、視力低下、さらには緑内障を伴い、慢性眼疾患や瘢痕、視力喪失に繋がることがあります。 研究の概要 8年間にわたるZoster Eye Disease Study(ZEDS)では、1年間の低用量抗ウイルス薬「バラシクロビル(valacyclovir)」を投与された参加者は、新たな眼疾患のリスクが18カ月時点で26%減少したことが報告されました。また、12カ月時点で30%、18カ月時点で28%の多発性疾患再発の減少が見られました。 さらに、バラシクロビルを服用した参加者は、痛みの持続期間が短縮し、神経痛用薬の使用量が大幅に減少しました。これらの薬(例:プレガバリン、ガバペンチン)は

腸内細菌叢の健康を守る18種の有益微生物:炎症と抗生物質耐性細菌を抑制 抗生物質耐性を持つ細菌感染症は、炎症性腸疾患(IBD)の患者や、長期間抗生物質を服用した患者によく見られます。この問題の一因となるのがグラム陰性細菌であるエンテロバクテリア科です。これらの細菌は治療が難しく、感染症対策において大きな課題となっています。 慶應義塾大学医学部と米国のブロード研究所の研究チームは、健康な人の便から分離した18種の細菌株を用いて、有害な腸内細菌の抑制に成功しました。この細菌群は、炭水化物をめぐる競争を通じてエンテロバクテリア科細菌の腸内定着を防ぎ、腸の炎症を軽減することが示されました。 この研究成果は、2024年9月18日にNature誌に掲載され、「Commensal Consortia Decolonize Enterobacteriaceae Via Ecological Control(共生細菌コンソーシアが生態学的制御によりエンテロバクテリア科細菌を排除する)」というタイトルで発表されました。 健康な腸内環境を目指して:細菌の選抜と効果の検証 研究チームは、5人の健康なドナーから採取した便サンプルを基に約40種の細菌株を分離しました。それらを異なる組み合わせで用い、エンテロバクテリア科細菌(大腸菌やクレブシエラ菌など)に感染したマウスに投与する実験を実施しました。その結果、特定の18種の細菌が最も有効に有害細菌を抑制することが確認されました。 慶應義塾大学の本田 賢也博士(Kenya Honda, PhD)を中心とするチームは、これらの細菌株がクレブシエラ菌感染マウスの腸内で、炭水化物代謝に関連する遺伝子(グルコン酸キナーゼや輸送体遺伝子)の発現を抑制し、腸内の栄養競争を増大させていることを発見しました。一方、ブロード研究所のラムニク・ザビエル博士(R

網膜変性疾患治療の新たなブレークスルー:ナノスコープ・セラピューティクス社の革新的研究成果 2024年10月21日、網膜変性疾患に対する遺伝子治療を開発する後期臨床段階のバイオテクノロジー企業であるナノスコープ・セラピューティクス社(Nanoscope Therapeutics Inc.)は、同社が手掛けるAAV2-MCO-010オプトジェネティクス治療が動物モデルにおいて網膜のさらなる変性を抑制するという画期的な発見を発表しました。この成果は、眼科学研究の権威ある学術誌である「Translational Vision Science & Technology(TVST, ARVOジャーナル)」に掲載されており、光干渉断層撮影法(OCT)および免疫組織化学分析による評価を通じて明らかにされました。公開された論文のタイトルは「Multi-Characteristic Opsin Therapy to Functionalize Retina, Attenuate Retinal Degeneration, and Restore Vision in Mouse Models of Retinitis Pigmentosa(多特性オプシン療法による網膜の機能化、網膜変性の抑制、および視力回復:網膜色素変性症マウスモデルにおける研究)」です。 MCO-010治療法の特徴と動物モデルでの成果 AAV2-MCO-010(商品名:sonpiretigene isteparvovec)の硝子体内投与を受けた動物モデルでは、網膜の双極細胞の約80%が遺伝子導入されました。この処置を受けたグループでは網膜の厚みに変化が見られず、コントロール群と比較して網膜のさらなる変性が抑制され、網膜細胞層の乱れも防がれていることが確認されました。本研究の結果は、光受容体の変性を経験してい

果物コウモリはマウスに比べて抗体応答が弱い一方で、抗体の多様性はより高い―このことが新たに発見されました。2023年9月24日にオープンアクセスジャーナルPLOS Biologyに発表されたこの研究は、ダン・クロウリー博士(Dan Crowley, PhD)を中心とする米国コーネル大学の研究チームによるものです。論文のタイトルは「Bats Generate Lower Affinity But Higher Diversity Antibody Responses Than Those of Mice, But Pathogen-Binding Capacity Increases If Protein Is Restricted in Their Diet(「コウモリは低親和性だが多様性の高い抗体応答を生成し、タンパク質摂取が制限されると病原体結合能力が向上する)」です。 コウモリは、パンデミックを引き起こす可能性を秘めたウイルスの貯蔵庫として知られています。これらのウイルスは通常、コウモリ自身には病気を引き起こしませんが、人間に感染した場合、深刻な健康被害を及ぼす可能性があります。コウモリから人間へウイルスが伝播する「スピルオーバー」と呼ばれる現象は、食糧不足などの環境変化に起因し、コウモリの免疫応答に影響を与えることが指摘されています。 これまでの研究では、コウモリの抗体応答が他の哺乳類と比べて弱いことが明らかにされてきました。しかし、これらの研究の多くは、コウモリと共進化してきたウイルスを対象にしていました。今回の研究では、免疫応答をより深く理解するため、果物コウモリとマウスを用い、既知の抗原に対する抗体応答を比較しました。その結果、果物コウモリの抗体応答は、親和性(病原体への結合の強さ)が低い一方で、多様性(抗体の種類)が高いことが判明しました。 さらに

cGAS酵素の発見により免疫応答の新たな扉を開く:2024年ラスカー基礎医学研究賞を受賞 2024年のアルバート・ラスカー基礎医学研究賞は、外部および自己DNAを感知するcGAS酵素の発見に対して、テキサス大学サウスウェスタン医学センターのチージアン(ジェームズ)・チェン博士(Zhijian "James" Chen, PhD)に授与されました。革新的な思考と卓越した実験によって、チェン博士はDNAがどのようにして免疫および炎症応答を刺激するのかという謎を解明しました。cGASは哺乳類が微生物の侵入者と戦い、抗腫瘍免疫を促進する主要なメカニズムの基盤となる一方で、不適切な活性が自己免疫疾患や炎症性疾患に関与することも明らかにされています。この酵素は、感染症や癌治療を含む幅広い人間の疾患における治療ターゲットとして期待されています。 DNAの役割を超えた発見:細胞質内DNAが警報を発する仕組み 通常、DNAは細胞の核とミトコンドリア内に限定されていますが、それ以外の場所、特に細胞質内に存在するDNAは、微生物の侵入、悪性細胞の存在、または他の病理的プロセスを警告するシグナルとなります。この現象は、1908年にノーベル賞を受賞したイリヤ・メチニコフが初めて言及しましたが、長らくその詳細は不明でした。 2006年、細胞質に二本鎖DNA(dsDNA)が導入されると、インターフェロンβなどの免疫応答分子が急増することが発見されました。この発見を契機に、dsDNAを感知してインターフェロンを産生する経路の解明が競われましたが、真のセンサーを突き止めるには至りませんでした。 cGAS発見への道:画期的な研究 2008年、マイアミ大学と武漢大学の研究者が、インターフェロン産生を制御する重要なタンパク質STINGを発見しましたが、STING自体はDNAを直接感知しません。チェ

新たな発見:水生トカゲの「呼吸バブル」が機能的役割を果たす ビンガムトン大学(ニューヨーク州立大学)の新しい研究によると、水中で呼吸するために特殊な「バブル」を鼻孔に生成する半水生トカゲが発見されました。この研究を主導したのは、ビンガムトン大学の生物学助教授、リンジー・スワーク博士(Lindsey Swierk, PhD)です。スワーク博士は、南コスタリカの熱帯雨林に生息する水生アノールを研究しており、これらのトカゲが水中でバブルを利用する行動をこれまでに観察していました。 「これまで、トカゲが長時間水中に留まれることや、このバブルから酸素を得ていることは分かっていましたが、このバブルが呼吸において実際に機能的な役割を果たしているかどうかは不明でした」とスワーク博士は述べています。 実験で明らかになったバブルの役割 スワーク博士は、このバブルが呼吸に役立つのか、それとも皮膚の性質の副産物に過ぎないのかを検証するため、トカゲの皮膚表面にバブル形成を防ぐ物質を塗布する実験を行いました。通常、トカゲの皮膚は疎水性であり、空気が皮膚に密着してバブルが形成されます。しかし、この物質を塗布すると空気が皮膚に付着せず、バブルが形成されなくなります。 この結果、通常の方法で呼吸する対照群のトカゲは、バブル形成が阻害されたトカゲよりも水中に32%長く留まれることが分かりました。 「この結果は非常に重要です。今回の実験は、バブルが適応的な意義を持つことを初めて実証したものです。バブルを再利用することで、トカゲはより長時間水中に留まれることが分かりました」とスワーク博士は語りました。 捕食者からの逃避手段としてのバブル アノールトカゲは多くの捕食者から狙われる存在で、鳥やヘビの標的になることが多いといいます。「アノールは森の中では『チキンナゲット』のような存在です」とスワーク

遺伝性高コレステロール血症の将来的な治療法に向けた研究 高コレステロール血症の原因となる遺伝子変異を修正するため、最新のゲノム編集技術「TnpB」を活用する研究が進展しました。この技術は従来のCRISPR-Casシステムを超える効率性と適応力を持ち、動物実験で80%近いコレステロール低下が確認されています。 CRISPR-Casシステムの進化と背景 CRISPR-Casシステムは、元々細菌がウイルス感染に対抗するために進化させた防御機構です。この「遺伝子ハサミ」は、特定のDNA配列を正確に編集できる能力を持ち、過去10年間で医学と科学に革命をもたらしました。 小型化されたゲノム編集ツールの可能性 今回の研究では、従来のCasタンパク質より小型であるTnpBタンパク質に注目。チューリッヒ大学(University of Zurich, UZH)のジェラルド・シュヴァンク博士(Gerald Schwank PhD)率いる研究チームは、効率性を4.4倍向上させた改良型TnpBを開発しました。この進化により、小型であるがゆえに従来のCasシステムよりも体内での輸送が容易になります。 研究で使用されたTnpBは、極限環境に適応する細菌デイノコッカス・ラジオデュランス由来のものです。この菌は放射線や真空などに耐性を持つことで知られています。しかしながら、これまでのTnpBは効率性が低く、標的DNAへの結合能力が限られていました。 改良型TnpBの特性とAIによる予測モデル シュヴァンク博士の研究チームは、TnpBを核へ効率的に輸送し、より幅広いDNA配列を標的とできるように改良しました。また、10,211箇所の標的サイトで編集効率を検証し、AIモデルを開発。これにより、TnpBが特定の状況でどの程度効率的に機能するかを予測できるようになり、マウス肝臓で75.3%、脳

MRSAから守る新たな抗体メカニズムを発見 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、コミュニティや病院での感染症の主要な原因の1つとして知られており、2022年には全世界で約12万人の命を奪いました。それ以外の抗生物質感受性株による死者数はさらに多いとされています。しかし、これまでに黄色ブドウ球菌に対する効果的なワクチンの開発は成功していません。アムステルダムUMCを中心とした研究チームは、感染防御に重要な免疫成分を発見し、将来のワクチン開発に新しい方向性を示しました。この研究結果は2024年9月17日付けでCell Reports Medicine誌に発表されました。オープンアクセス論文「Glycan-Specific IgM Is Critical for Human Immunity to Staphylococcus aureus」(グリカン特異的IgMは黄色ブドウ球菌に対する人の免疫において重要である)」に掲載されています。 IgM抗体の重要性:従来の常識に挑戦 アムステルダムUMCのトランスレーショナル微生物学教授、ニーナ・ファン・ソルヘ博士(Nina van Sorge, PhD)は、「従来の考え方では、IgG抗体が黄色ブドウ球菌を認識し、免疫細胞が細菌を殺すのを助けると考えられてきました。しかし、私たちの研究は、この前提に異議を唱えます。感染中の黄色ブドウ球菌を排除するには、IgGではなくIgM抗体が必要であることを示しました」と述べています。 糖鎖を標的とする抗体が鍵 研究チームは健康な人々の血液中に含まれる黄色ブドウ球菌を認識する抗体を調査しました。特に注目したのは、細菌を包む「糖鎖」です。調査の結果、ほとんどの健康な人がこの糖鎖を認識するIgGおよびIgM抗体を持っていることがわかりました。しかし、実験室での検証では、IgM抗体が細菌

冬眠動物の研究が示す手術不要の白内障治療法の可能性 アメリカ国立衛生研究所(NIH)とその共同研究者らは、白内障を動物モデルで逆転させるタンパク質「RNF114」を発見しました。この研究は、加齢によって一般的に発生する目の水晶体の濁りである白内障に対し、手術を伴わない治療法の可能性を示唆しています。本研究は「Journal of Clinical Investigation」誌に2024年9月17日に掲載され、論文タイトルは「Reversible Cold-Induced Lens Opacity in a Hibernator Reveals a Molecular Target for Treating Cataracts(冬眠動物における可逆的な低温誘発性水晶体混濁が示す白内障治療の分子標的)」です。 浙江大学(中国)の白内障外科医で共同研究責任者のシンタオ・シェントゥ医師(Xingchao Shentu, MD)は「白内障手術は効果的ですが、リスクが伴います。また、手術へのアクセスが困難な地域では、白内障が未治療のまま視力喪失の主要因となっています」と述べました。 研究概要 この発見は、NIHの国立眼研究所(NEI)が13線リスという冬眠哺乳類を対象に行っている研究の一環として行われました。13線リスは、網膜の光感受性細胞が主に錐体細胞であるため、色覚の研究に適しています。また、冬眠中に寒冷や代謝ストレスに耐える能力から、さまざまな眼疾患のモデルとしても注目されています。 研究者らは、冬眠中の13線リスの水晶体が摂氏4度で濁る一方、再加熱後に透明に戻ることを発見しました。これに対し、非冬眠動物(この研究ではラット)の水晶体は低温で白内障を発症しましたが、再加熱しても回復しませんでした。 冬眠動物での白内障形成は、低温ストレスに対する細胞の反応であり、

新種寄生バチの発見で基礎生物学研究の新たな道を切り開く ミシシッピ州立大学のマシュー・バリンジャー准教授(Matthew Ballinger, PhD)とそのチームが、新種の寄生バチを発見しました。この研究成果は、2024年9月11日付けのNatureに掲載された論文「Drosophila Are Hosts to the First Described Parasitoid Wasp of Adult Flies(ショウジョウバエの成虫を寄主とする初の寄生バチの記述)」に詳しく紹介されています。この新種は、成虫ショウジョウバエに寄生するという、200年以上の寄生バチ研究の中でも非常に珍しい生物学的特性を持っています。 バリンジャー博士は、「これまで、ハエの寄生バチはすべて幼虫期に寄生すると考えられていました。しかし今回、成虫に寄生する種を初めて発見しました」と語り、この発見を「目に見える場所に隠れていた驚くべき未記載の生物学」と評しました。 バックヤードから発見された新種 この発見は、博士課程の学生ローガン・ムーア氏(Logan Moore)による、ミシシッピ州スタークビルの自宅裏庭での感染ショウジョウバエ採集から始まりました。その後、フィールド調査と公的データを組み合わせて、新種が米国東部全域に生息し、生物学研究で最も広く用いられるショウジョウバエに寄生することを明らかにしました。 寄生バチ研究の新たな可能性 バリンジャー博士は、「寄生虫や病原体がショウジョウバエの生物学や行動に与える影響を研究することは、免疫や生殖といった基礎的な生物学的プロセスの解明に役立つ」と述べています。今回の研究では、新種寄生バチの完全な生活史が記録され、実験室で成虫を飼育するための手順も公開されました。 この研究には、ワイオミング大学の寄生バチ専門家スコット・ショー氏(Sc

2024年8月29日付でCell誌に掲載された研究によると、普段私たちが摂取する食品に含まれる微生物群とそれがヒトの腸内細菌叢に与える影響について、これまでにない幅広い知見が示されました。この多機関による研究チームは、3つの異なる糞便サンプルコレクションから計2,500以上のメタゲノムサンプルを解析し、特定の食品の摂取に関連する腸内微生物を特定しました。この結果は食品の安全性や公衆衛生、さらなる研究の指針となる重要な意義を持っています。 食品微生物の網羅的調査 本研究は、イタリア・トレント大学のニッコロ・カルリーノ博士(Niccolò Carlino, PhD)を中心に行われ、新たに配列解析された食品メタゲノムデータを統合して「食品メタゲノムデータ(cFMD: curated Food Metagenomic Data)」というリソースを作成しました。 このデータベースには、食品関連の主要な2つの細菌ドメインと30の属に関するメタデータ、解析ツール、可視化機能が含まれており、食品科学分野の研究に大きく貢献します。 興味深いことに、この研究で特定された微生物種のうち320種はこれまでのいかなるデータベースにも記載されていない新種でした。さらに、半数近くの微生物は参照ゲノムを持たず、食品中の微生物の全容解明にはまだ課題が残されていることが示唆されています。 食品微生物とヒト腸内細菌叢の関連 研究の中でも特に注目すべきは、食品に含まれる微生物がヒト腸内細菌叢に与える潜在的な影響に関する結果です。食品由来の微生物は平均的な成人の腸内細菌叢において約3%を占めています。この割合は一見少なく見えるかもしれませんが、腸内細菌の多様性や機能性を維持する上で重要な役割を果たします。 また、ラクトカセイバチルス・パラカセイのような特定の細菌は、ヒトの腸内で効率的に定着できるこ

セロトニン受容体と脳内情報伝達の謎に迫る ルール大学ボーフムのディルク・ヤンケ博士(Dirk Jancke, PhD)は、神経細胞間の情報伝達を媒介するセロトニン受容体の役割について解明しました。彼が執筆したオープンアクセス論文「Gain Control of Sensory Input Across Polysynaptic Circuitries in Mouse Visual Cortex by a Single G Protein-Coupled Receptor Type (5-HT2A)」(「単一のGタンパク質共役型受容体タイプ(5-HT2A)によるマウス視覚皮質内の多シナプス回路を介した感覚入力の制御」)が、2024年9月14日にNature Communications誌に掲載されました。 受容体の多様性とセロトニンの複雑な作用 セロトニンは少なくとも14種類の受容体を介して脳全体の神経細胞活動を調節します。しかし、これらの受容体は抑制的にも活性化的にも作用し、異なる細胞タイプ間での相互作用も絡むため、研究が困難とされています。 光遺伝学による新たな手法で解明 ステファン・ヘルリッツェ教授(Stefan Herlitze)の研究チームは、光遺伝学を活用してこの問題にアプローチしました。ウイルスを用いて神経細胞に光感受性の受容体タンパク質を導入し、特定の受容体を精密に操作可能な方法を開発しました。これにより、5-HT2A受容体が視覚情報の強度を選択的に抑制することを発見しました。 精神疾患治療への可能性 この研究成果は、LSDによる幻覚作用を含む、セロトニン受容体の異常活性化が引き起こす脳内メカニズムの解明に寄与するとされています。また、特定の受容体をターゲットにした新しい治療法の開発が期待されます。 モデル化と多角的研究 人工知能を活用

クマムシは、乾燥、高放射線、極端な温度などの過酷な環境にも耐えうる微小な生物で、その驚異的な耐久性は長年にわたり科学者らの関心を引いてきました。ワイオミング大学のシルビア・サンチェス=マルティネス博士(Silvia Sanchez-Martinez, PhD)率いる最近の研究は、クマムシの卓越した耐久性の生物学的メカニズムが、人間の細胞保存やストレス管理に大きな可能性を秘めていることを明らかにしました。このオープンアクセス研究は、2024年3月19日付でProtein Scienceに掲載されました。 この研究は、細胞質豊富熱可溶性(CAHS: cytoplasmic abundant heat soluble)タンパク質として知られる特定のクラスのタンパク質に焦点を当てています。これらのタンパク質は、クマムシが環境ストレス、例えば脱水時に休眠状態(生体静止)に入ることを可能にする重要な役割を果たしています。この状態では、クマムシは代謝プロセスを効果的に停止し、通常なら致命的な環境条件を生き延びることができます。 研究チームは、CAHSタンパク質をヒト細胞に導入したところ、これらのタンパク質がゲル状の構造を形成し、細胞代謝を遅らせると同時にストレス耐性を高めることを確認しました。この研究の論文タイトルは、「Labile Assembly of a Tardigrade Protein Induces Biostasis(クマムシタンパク質の不安定な集合が生体静止を誘発する)」です。 CAHSタンパク質がヒト細胞において生体静止を誘発する能力は、一連の実験を通じて確認されました。これらの実験では、CAHSタンパク質の導入により、細胞の代謝活動が低下するだけでなく、温度変化や脱水といった外的ストレス因子に対する抵抗性も向上しました。この研究によると、これらのゲル状構造

AIを活用した仮想実験室「CREME」が遺伝子研究に新たな可能性を開く 遺伝子変異の中には、治療法として活用できるものが隠れているかもしれません。しかし、その可能性を証明するためには、膨大な時間とコストを要する実験が必要です。Cold Spring Harbor Laboratory(CSHL)のピーター・クー博士(Peter Koo, PhD)とその研究チームは、この課題に革新的なアプローチを提供しました。新たに開発されたAI搭載の仮想実験室「CREME(cis-regulatory element model explanations)」は、わずかな操作で数千の仮想実験を実行できるプラットフォームです。このツールを活用することで、遺伝子研究者はゲノムの重要領域を特定し、その機能を理解する第一歩を踏み出すことが可能になります。 CREMEの基本原理とCRISPRiとの関連性 CREMEは、CRISPR干渉法(CRISPRi)に基づいて設計されています。CRISPRiは、特定の遺伝子の活性を抑制する技術ですが、実験室で実施するには非常に手間がかかり、スケールも限られています。一方、CREMEは仮想環境で同様の遺伝子操作を行い、その影響を予測します。この点について、クー博士は次のように述べています。 「現実の実験では、CRISPRiの規模や範囲に制約があります。しかし仮想実験では、この制約を超えることができ、前例のない規模で数十万の実験を行うことが可能です。」 CREMEの応用とAIツール「Enformer」の解析 CREMEの初期試験として、研究チームはAI駆動のゲノム解析ツール「Enformer」を使用しました。EnformerはDNA配列から遺伝子発現を予測する強力なアルゴリズムを備えていますが、その内部プロセスについては十分に理解されていません。クー博

病院で目覚め、過去1か月の記憶が一切ない状況を想像してみてください。医師によると、その間に暴力的な発作や被害妄想に苦しみ、自身が双極性障害を患っていると信じ込んでいたといいます。しかし、特別な検査の結果、神経内科医によって「抗NMDA受容体脳炎(anti-NMDAR encephalitis)」という稀な自己免疫疾患であると診断されました。これは、ニューヨーク・ポスト紙の記者スザンナ・キャハラン(Susannah Cahalan)が経験したことであり、彼女はその体験をベストセラー回顧録「Brain on Fire: My Month of Madness(邦題:炎に包まれた脳)」として執筆しました。 抗NMDA受容体脳炎は、幻覚や記憶喪失、精神病を引き起こす可能性があると、コールド・スプリング・ハーバー研究所のヒロ・フルカワ博士(Hiro Furukawa, PhD, ヒロ・フルカワ博士)は述べています。この病気は主に25~35歳の女性に影響を与えますが、それは統合失調症が発症する年齢とほぼ同じです。しかし、抗NMDA受容体脳炎で起きているのは、まったく別のことです。フルカワ博士は、認知や記憶において重要な役割を果たすNMDA受容体(NMDAR: N-methyl-D-aspartate receptor)の専門家です。「抗NMDA受容体脳炎では、抗体がこれらの受容体に結合し、その機能を阻害します」と彼は説明します。この自己免疫反応により脳が炎症を起こし、「炎に包まれた脳」と表現されるのです。 治療法はいくつか存在しますが、その効果は症状の重さによって異なります。フルカワ博士の研究室による新たな研究が、その理由を説明するかもしれません。最近の研究で、フルカワ博士と同僚らは3人の患者の抗体がどのようにNMDA受容体に結合するかをマッピングしました。その結果、それぞれの

くしゃみと咳の神経回路を解明:ワシントン大学医学部の研究が呼吸器治療の未来を切り拓く ワシントン大学医学部セントルイス校の研究者らは、呼吸器疾患治療に革命をもたらす可能性のある画期的な発見を発表しました。同校の研究によれば、通常一緒に起こると考えられていた「くしゃみ」と「咳」の反射が、全く異なる神経経路によって制御されていることが明らかになりました。この発見は2024年9月6日付のオープンアクセスジャーナルCellに掲載され、「Divergent Sensory Pathways of Sneezing and Coughing(くしゃみと咳の異なる感覚経路)」というタイトルで発表されました。 研究を主導したのは秦柳博士(Qin Liu, PhD)です。彼女らの研究チームは、くしゃみを引き起こす神経細胞「MrgprC11+」と、咳を制御する「SST+」神経細胞という2種類の感覚ニューロンを特定しました。この発見は、くしゃみと咳が同じ感覚経路を共有しているという従来の考え方を根本から覆し、新たな医療研究や治療法の道を開くものです。 発見の影響 くしゃみや咳は、鼻や肺から異物や病原体を排出する重要な防御反射です。しかし、これらが慢性的または過剰に発生すると、不快感や睡眠障害、身体的負担を引き起こす可能性があります。現在の治療法では、抗ヒスタミン剤や咳止め薬などの幅広いアプローチが一般的ですが、これらはくしゃみや咳の原因となる特定のニューロンをターゲットにしていないため、副作用が生じることがあります。 今回の研究で明らかになった個別の神経経路を活用することで、より安全かつ効果的な治療法の開発が期待されています。例えば、MrgprC11+ニューロンを抑制する薬は、他の身体機能に影響を与えることなくくしゃみを止める可能性があります。一方で、SST+ニューロンを標的にした

チベット野生シャクヤク(は、その巨大なゲノムと特定の環境条件で知られ、青海チベット高原の高地で生育する植物です。これまでシャクヤクのゲノムを解読する試みがありましたが、ゲノムの質を向上させることや野生種のリソースを拡充する課題が残されていました。このため、ゲノム支援型育種戦略を樹立するために、さらに詳細な研究が必要とされてきました。 2023年11月10日に公開された論文「High-Quality Assembly and Methylome of a Tibetan Wild Tree Peony Genome (Paeonia ludlowii) Reveal the Evolution of Giant Genome Architecture(高品質なチベット野生シャクヤクゲノムのアセンブリとメチロームに基づく巨大ゲノム構造の進化)」は、この課題に取り組んでいます。本研究は華中農業大学およびチベット農牧科学研究院の研究者らによって行われ、Horticulture Research誌にオープンアクセスで掲載されました(DOI: 10.1093/hr/uhad241)。 本研究は、P. ludlowii のゲノムにおける最も包括的なアセンブリを提供し、染色体の変動、トランスポゾン活性、DNAメチル化がどのように種の進化を促進したかを明らかにしています。 本研究により、P. ludlowii は頻繁な染色体減少やセントロメアの再配列など、重要なゲノム変化を経験してきたことが判明しました。これらの変化やトランスポゾンの活性化は、青海チベット高原の過酷な環境条件に適応するのを可能にしたと考えられます。他の多くの植物種と異なり、P. ludlowii には最近の全ゲノム重複の証拠が見られず、独特の進化経路を示しています。 さらに、解析の結果、油脂生合成や花の特性に関連

細胞間の会話を解読する新技術—細胞表面プロテオミクスの革新 約何億年も前、単細胞生物が結集し、多細胞生物として進化しました。その多細胞世界の土台となっているのが細胞表面です。細胞を取り囲む細胞膜(プラズマ膜)は、個々の細胞が出会い、相互にコミュニケーションをとる場であり、タンパク質やその他の分子を通じて行われる独自の「言語」で成り立っています。この細胞間の会話を理解すること—どのタンパク質が存在し、どのように相互作用し、どのように変化しているのかを把握すること—は、生物の機能や病気のメカニズムを解明するための重要な鍵とされています。 現在、HHMIのジャネリア研究キャンパス、スタンフォード大学、ブロード研究所の研究者たちが、細胞間のコミュニケーションを解明し、新たな知見を引き出すためのユーザーフレンドリーなツールを開発しています。これにより、科学者は細胞の「言語」を翻訳し、細胞がどのように情報を交換しているのかを明らかにすることが可能になります。 「人体を細胞社会と捉えると、その社会の中で使われている言語を解読し、細胞同士がどのようにコミュニケーションをとっているのかを理解することが私たちの目標です」と語るのは、ジャネリア研究キャンパスのグループリーダーであり、本研究の主要著者の一人であるジエフ・リー博士(Jiefu Li, PhD)です。「この言語を段階的に解明するための手法を開発し、その情報を基にさらなる発見を目指しています。」 プロテオミクスの力を活かす 新しい研究は、細胞間コミュニケーションに関する革新的な知見を提供するだけでなく、生物学の重要な謎を解き明かすための基盤として「プロテオミクス」(生細胞や生物全体のタンパク質を研究する分野)の可能性を示しています。 「まずプロテオミクスのツールを構築し、それを特定の生物学的疑問に適用して発見を行いまし

骨再生の新しいフロンティア 華南理工大学生物医学工学部の研究者らが、電気紡糸膜を使用した画期的な管状足場材料を開発しました。この足場は、自然の骨構造を模倣し、ラットの脂肪由来幹細胞(rADSCs)が最適に機能する環境を提供します。この研究により、頭蓋骨の重大な骨欠損部分における骨再生が大幅に向上しました。この成果は、骨欠損修復における新しい治療法の可能性を示し、再生医療および組織工学の分野において大きな進歩をもたらします。 骨組織工学への新しいアプローチ 骨欠損の治療では、伝統的な方法である自家移植片や異種移植片は、ドナー不足や適合性の問題、免疫拒絶反応などの課題があり、広範囲での応用が難しいとされています。一方、骨組織工学は、細胞と生体材料を組み合わせた新たな治療法として注目されています。 脂肪由来幹細胞(ADSCs)は、骨分化能力に優れ、骨再生研究の分野で特に関心を集めています。ただし、ADSCsを単独で注入する方法では生存率が低く、足場材料と組み合わせることで骨再生効果が大幅に向上することが分かっています。 研究チームは、電気紡糸や3Dプリンティング技術を用いて骨を模倣する足場を開発し、化学的信号(成長因子)を物理的な構造に統合することで、ADSCsの骨分化をさらに促進する手法を模索しました。 研究のブレイクスルー 研究者らは、電気紡糸技術を用いて作製した多層複合ナノファイバー膜を用い、管状足場を開発しました。この材料には、以下の成分が含まれています。 ポリカプロラクトン(PCL)ポリ(乳酸-グリコール酸)(PLGA)ナノハイドロキシアパタイト(HAp) 特定の条件下でこれらの多層膜は、3次元の足場に自発的に変形し、骨を模倣する微小環境を形成します。この環境がrADSCsの増殖と骨分化を大幅に促進することが確認されました。 骨再生効果の確認と未

胆汁酸が肝障害に与える影響を探る新たな知見:ミトコンドリア機能、炎症、自食作用の役割 胆汁酸(BAs)は、肝臓でコレステロール代謝から生成される重要なシグナル分子であり、脂質の消化吸収に不可欠です。しかし、胆汁うっ滞(cholestasis)と呼ばれる胆汁の流れが阻害される状態では、肝臓や血流に疎水性の胆汁酸が病的に蓄積します。この蓄積は、肝臓への損傷を悪化させるだけでなく、細胞プロセスに重大な影響を与えます。本レビューでは、胆汁酸がミトコンドリア機能、エンドプラスミックレチiculum(ER)ストレス、炎症、自食作用(オートファジー)を通じて肝障害に寄与する仕組みに関する最新の知見を紹介しています。 肝細胞アポトーシスの経路 ミトコンドリアは、アポトーシス(プログラム化された細胞死)の調節において中心的な役割を果たします。胆汁うっ滞性肝障害では、胆汁酸が以下の2つの主要なアポトーシス経路に影響を与えることが知られています。 受容体非依存性経路 胆汁酸は、ミトコンドリア電子伝達系(ETC)を直接的に損傷し、活性酸素種(ROS)の生成を促進します。これにより酸化ストレスが引き起こされ、ミトコンドリア透過性遷移孔(mPTP)が開き、細胞死が進行します。この際、ミトコンドリアから放出されたシトクロムCは細胞質に移行し、内因性アポトーシス経路を活性化してカスパーゼ酵素を作動させます。 受容体依存性経路 胆汁酸は、FAS受容体などの細胞膜上の死受容体と相互作用し、アポトーシスを引き起こします。この相互作用は、細胞死誘導シグナル複合体の形成をもたらし、下流のカスパーゼを活性化します。さらに、BAXやBAKなどのBcl-2ファミリータンパク質がミトコンドリア膜の透過性を促進します。 ERストレスと炎症反応 エンドプラスミックレチiculum(ER)は、タンパク質合成

新たなRNAコドンの拡張:合成アミノ酸を活用したタンパク質設計 生物学の基本原則である「タンパク質は20種類のアミノ酸から構成される」という枠を超え、タンパク質工学の分野に革新がもたらされました。スクリプス研究所の科学者らは、RNAのコドンを4つのヌクレオチドで構成する新手法を用いて、非標準アミノ酸(non-canonical amino acids)をタンパク質に簡単に組み込む方法を開発しました。この研究結果は、2024年9月11日にNature Biotechnologyに発表されました。 従来の課題を克服する新手法 タンパク質を合成する際、RNAの3つのヌクレオチド(コドン)が1つのアミノ酸に対応します。しかし、これを改変し、新たなアミノ酸を加えるには、通常、ゲノム全体を編集する必要がありました。この方法は時間やコストがかかり、細胞の安定性やタンパク質合成に影響を及ぼすリスクがありました。 本研究を主導したアフメド・バドラン博士(Ahmed Badran, PhD)は、「今回の方法は、細胞のゲノムを編集せずに、特定の遺伝子だけを操作して非標準アミノ酸を組み込む効率的な手法です」と述べています。 新しい4ヌクレオチドコドンの特性 研究チームは、自然界で細菌が薬剤耐性を獲得する際に4ヌクレオチドコドンが進化することに注目し、これをタンパク質設計に応用しました。コドン周辺の配列や頻繁に使用される3文字コドンが、4文字コドンの読み取り効率を向上させる鍵であることを発見しました。 さらに、チームは12種類の4ヌクレオチドコドンを利用し、100種類以上の環状ペプチド(マクロサイクル)を設計。その中には最大3つの非標準アミノ酸が含まれるものもありました。 実用性と応用の可能性 バドラン博士は、「この方法により、新しい小分子医薬品の開発やタンパク質再設計が容易に

次世代の筋疾患向け遺伝子治療を可能にする新しいカプシド設計を発表 ジェネトンの進行性筋ジストロフィーチームを率いるイザベル・リチャード博士(Isabelle Richard, PhD)は、人工知能(AI)を活用して遺伝子治療ベクターのカプシドを新たに設計する革新的手法を確立しました。この新しいカプシドは、自然のアデノ随伴ウイルス(AAV)カプシドに比べて20分の1の量で高い効果を発揮し、筋組織を正確に標的化しながら肝臓への影響を軽減します。さらに、他の臓器をターゲットとした新しいカプシドの開発にも取り組んでいます。 2024年9月12日、フランスの先進的な研究所ジェネトンは、人工知能を用いた新世代のAAVカプシド設計に関する研究をNature Communicationsに発表しました。この研究では、筋疾患に対する遺伝子治療を改善するためのカプシド設計の成果を紹介しています。このカプシドは、筋組織を効果的に標的化しながら肝臓を回避し、ベクター使用量の削減を可能にします。この成果は、筋疾患を含む神経筋疾患の治療における有効性の向上と副作用や生産コストの削減に貢献します。論文のタイトルは「An Engineered AAV Targeting Integrin Alpha V Beta 6 Presents Improved Myotropism Across Species(インテグリンαVβ6を標的とするエンジニアードAAVは、種を超えた筋肉嗜好性を改善)」です。 リチャード博士は次のように述べています。「神経筋疾患における遺伝子治療の時代が始まりました。この新世代の遺伝子治療ベクターは、有効性と安全性の両面で画期的な進歩です。現在、この技術を様々な神経筋疾患に対して試験しています。」 ジェネトンのCEOであるフレデリック・レヴァ博士(Frederic Reva

コーネル大学が共同主導:北極圏そり犬の何千年もの遺伝史を明らかに コーネル大学が共同で主導した新たな研究により、シベリアおよびアラスカのそり犬のDNAがどのように混じり合ったのか、その時期や背景が解明されました。この研究の一環として、特にシベリアン・ハスキーの系譜について大規模な遺伝子調査が行われました。 遺伝子解析が示す新たな発見 研究を主導したのは、コーネル大学動物科学部のヘザー・ヒューソン博士(Heather Huson, PhD)です。元そり犬レーサーである彼女は、シベリアの犬種を育てるブリーダーたちが自身の犬が100%シベリアン・ハスキーではないという系譜情報を遺伝子分析の結果から知らされることに懸念を抱いていたことを指摘しました。 これにより、従来のシベリアン・ハスキーがアラスカン・ハスキーやアラスカのそり犬の血統を一定割合含むことが示唆されています。 本研究は、遺伝子の多様性が犬の健康に与える影響をも探るもので、シベリアン・ハスキーが2つの異なる北極圏犬系統に由来していることを明らかにしました。研究ではさらに、レース用に繁殖されたシベリアン・ハスキーの約半数にヨーロッパ犬種の遺伝情報が混在していることも判明しました。 北極犬系統の複雑な歴史 「北極犬には単一の系統があると考えられていましたが、実際には2つ存在することを突き止めました。一つは小柄なシベリアン・ハスキーへ、もう一つは大型のグリーンランドそり犬やアラスカン・マラミュートに繋がります」とヒューソン博士は述べています。 共同責任著者のトレイシー・スミス博士(Tracy Smith, PhD)は、メリーランド大学ボルチモア校生物科学部のシニア講師として、遺伝情報を基にした品種管理政策の重要性を強調しました。この研究成果は、北東シベリアの北極圏で人間がそり犬を使役していた時代が従来考えら

ALS診断の新たな血液検査、2年以内に広く利用可能に:ワイオミング州ジャクソンの研究所が開発 現在、筋萎縮性側索硬化症(ALS、別名「ルー・ゲーリッグ病」)の診断には神経内科医による臨床検査が必要です。しかし、他の神経疾患と区別するには症状の進行を追跡する必要があり、診断が遅れることが多くあります。ALS患者の平均生存期間は約3年であるため、診断が遅れることで治療の機会が大幅に失われる可能性があります。さらに、最初の誤診率は最大68%にも達し、患者は複数の専門医を転々とすることがあり、不安の増大、不必要な医療処置、および費用の増加につながります。 2024年9月13日、Brain Chemistry Labs(ワイオミング州ジャクソン)の研究者らは、血漿中の細胞外小胞(EV)からALS特異的バイオマーカー「ALSフィンガープリント」を特定したことを、オープンアクセス論文「A microRNA Diagnostic Biomarker for Amyotrophic Lateral Sclerosis」(筋萎縮性側索硬化症のためのマイクロRNA診断バイオマーカー)で発表しました。このフィンガープリントは、血液検査によって検出可能で、診断の迅速化に大きく貢献する可能性があります。 研究内容と成果 研究チームは、次世代シーケンシングとリアルタイムPCRを用いて、ALS、原発性側索硬化症(PLS)、パーキンソン病(PD)、および健常者の血液サンプルを分析しました。その結果、以下が明らかになりました: 8つのマイクロRNAからなるALSフィンガープリント: このバイオマーカーはALSを98%の精度で検出可能。ALSをPLSやPDと高い精度で区別する能力も持つ。 信頼性の確認: 4つの異なる患者グループ、2つの研究室、複数の技術者、および異なるサンプル収集方法で検証

宿主特化型のアカホシテントウムシのゲノムと広食性の近縁種との比較 一般的なアカホシテントウムシ(Cerambycidae科のカミキリムシ科の一員)が、有毒な植物であるトウワタを安全に摂食できる秘密を解明する研究は、生態学、進化、経済的な観点から昆虫と植物の相互作用に関する理解をゲノムの視点から深めるものです。トウワタとアカホシテントウムシの関係は約150年にわたり研究されてきましたが、アーカンソー農業実験局の科学者がメンフィス大学やウィスコンシン大学オシュコシュ校の同僚と協力し、初めてこの昆虫のゲノムを編纂し、植物摂食やその他の生物学的特性に関連する遺伝子の研究を行いました。 研究の背景と手法 この研究は米国国立科学財団(NSF)の支援を受け、宿主特化型のアカホシテントウムシの全ゲノムをシークエンスし組み立てたものです。その後、ゲノム生物学の側面を、林業に重要な多様な樹木を摂食する外来種である広食性のアジアカミキリと比較しました。研究は、「Functional and Evolutionary Insights Into Chemosensation and Specialized Herbivory from the Genome of the Red Milkweed Beetle, Tetraopes tetrophthalmus (Cerambycidae: Lamiinae)(アカホシテントウムシのゲノムから得られる化学感覚と特化型植食の機能的および進化的洞察)」という論文名で2024年8月30日に米国遺伝学会のジャーナルJournal of Heredityに発表されました。 「生物学的観点から、長期的な相互作用がトウワタムシとその有毒な宿主であるトウワタの生物学に影響を与えるべきであるという多くの対応関係が示唆されています」と、本研究の主著者である

再発見!地中海の代表種ホシガメのゲノムを初解読 スペインのミゲル・エルナンデス大学(UMH)とアリカンテ大学(UA)の生態学部の研究者らが、地中海地域で象徴的な陸生カメ「ホシガメ(学名: Testudo graeca)」のゲノムを初めて解読しました。この研究成果は、2024年8月9日に学術誌PLoS Oneで発表されました。論文のタイトルは「Taking Advantage of Reference-Guided Assembly in a Slowly-Evolving Lineage: Application to Testudo graeca(参照ゲノムを活用した組み立て法の応用:ホシガメの場合)」です。 研究の背景 ホシガメは地中海沿岸で最も特徴的な陸生カメの一種で、イベリア半島では主に南東部(アルメリア北部からムルシア南部)とドニャーナ国立公園内に生息しています。しかし、アンダルシア地方では絶滅危惧種に指定されており、ムルシア州およびスペイン環境省の「絶滅危惧種カタログ」に登録されています。 「ホシガメのような動物の遺伝的多様性を理解することは、気候変動や環境適応能力を把握し、保全に役立てるために非常に重要です」と、UMHの研究者で本研究の主著者であるアンドレア・ミラ・ホベル氏(Andrea Mira Jover)は説明しています。 ゲノム解析の重要性 ゲノム解析とは、生物種の全遺伝情報を読み取り、特定の遺伝子を特定し、染色体として構成することです。本研究では、約22億塩基対からなるホシガメのゲノムを解析し、約26,000の遺伝子を特定しました。これは他の手法による先行研究とも一致する進化パターンを示しています。 「この研究成果は、ホシガメの進化の歴史やその長寿の秘密など、今後の研究で解明するための出発点となります」と、UAの生態学部研究者で共同

父親由来のミトコンドリアが及ぼす影響—進化が排除を選んだ理由とビタミンK2の可能性 ミトコンドリアDNAは母親からのみ受け継がれる、というのは生物学の基本ですが、なぜ父親由来のミトコンドリアが排除されるのか、その理由は長らく謎でした。コロラド大学ボルダー校の研究者らは、2024年10月4日付のScience Advances誌に発表した研究で、この現象に新たな光を当てました。論文タイトルは「Moderate Embryonic Delay of Paternal Mitochondrial Elimination Impairs Mating and Cognition and Alters Behaviors of Adult Animals(父性ミトコンドリア除去の胚性遅延が交尾や認知を損ない、成体の行動を変化させる)」です。 この研究では、父親由来のミトコンドリアが胚に残存すると、成体で神経学的、行動的、生殖的な問題を引き起こす可能性があることが示されました。また、これらの問題を解決する可能性を持つ簡単な治療法として、ビタミンK2が提案されています。 父性ミトコンドリアの排除とその重要性 ミトコンドリアは細胞内の「バッテリー」と呼ばれ、アデノシン三リン酸(ATP)を生成して細胞の機能を支える重要な役割を果たしています。しかし、ミトコンドリアDNAは通常、母親からのみ受け継がれます。2016年、研究リーダーのシュー・ディン博士(Ding Xue, PhD)は、父性ミトコンドリアが自己破壊する「父性ミトコンドリア除去(PME)」という多面的なメカニズムを解明しました。この現象は線虫、げっ歯類、人間でも確認されています。 シュー博士は「進化は、父性ミトコンドリアを完全に排除するために複数のメカニズムを採用しているのです」と述べています。父性ミトコンドリアは受精

サンパウロ州立大学の研究:凝縮系物理学の応用でタンパク質の細胞内分離を解明 サンパウロ州立大学の研究者らが、凝縮系物理学の概念を用いて、細胞内のタンパク質区画化を説明し、新しい「細胞的グリフィス相」を提唱しました。この研究は、2024年8月15日に学術誌「Heliyon」に掲載され、論文タイトルは「Cellular Griffiths-Like Phase(細胞的グリフィス相)」です。主著者はルーカス・スクイランテ(Lucas Squillante)博士課程学生、責任著者は同大学地球科学・精密科学研究所(IGCE-UNESP)の教授、マリアノ・デ・ソウザ博士(Mariano de Souza, PhD)です。 研究概要と背景 物理学における二物質系モデルでは、各構成要素の比率や相互作用を考慮する古典的混合理論が使用されます。この理論は、過冷却水における高密度相と低密度相の共存や、モット転移における金属相と絶縁体相の共存などを説明します。このアプローチに基づき、研究者らは磁気グリフィス相(magnetic Griffiths phase)を細胞環境に適用。細胞内タンパク質の液液相分離によって形成される「レア領域」を解析し、タンパク質ドロップレット形成の動態が著しく低下するメカニズムを明らかにしました。 研究の方法と発見 研究では以下の熱力学的ツールを活用しました: グリューナイゼンパラメーターフローリー・ヒギンズモデルアヴラモフ=カサリーニモデルこれらを用いて、タンパク質/溶媒濃度の変化や相分離近傍での動態遅延を解明しました。また、研究者らは細胞的グリフィス相を、生命の起源や初期生物の出現に関連付けました。特にアレクサンドル・オパーリン(Aleksandr Oparin)の理論を引用し、動的に安定なコアセルベートだけが進化する可能性を示唆しました。 疾患との

ダウン症における染色体21の過剰がDNAパッケージングと血液幹細胞の過剰ミトコンドリアを変化させ、白血病リスク増加の理由を解明 スタンフォード大学、ケンブリッジ大学、MIT・ハーバード大学ブロード研究所、コペンハーゲン大学の共同研究により、ダウン症の子どもたちが白血病を発症しやすい理由が明らかになりました。この研究では、ダウン症(DS)を有するおよび持たない胎児の肝臓と骨髄から採取された100万個以上の個別細胞を解析し、DSにおける血液発生の初の包括的なシングルセルマルチオミクスマップを作成しました。 主な発見:ミトコンドリアの増加とDNAパッケージングの変化 研究者らは、DS胎児の血液幹細胞が過剰なミトコンドリアを持ち、これが白血病を引き起こす変異を誘発する可能性があることを突き止めました。また、余分な染色体21が細胞内でDNAのパッケージング方法を変化させ、新生児の血液細胞生成を乱すことも確認されました。 この研究結果は、2024年9月25日付でオープンアクセス誌Natureに「Single-Cell Multi-Omics Map of Human Fetal Blood in Down Syndrome(ダウン症におけるヒト胎児血液のシングルセルマルチオミクスマップ)」というタイトルで発表されました。 ダウン症と白血病:新たな洞察 ダウン症(トリソミー21、Ts21)は、特に生後5年以内に髄様白血病を発症するリスクが約150倍に増加することが知られています。一般的なモデルでは、胎児期の肝臓に存在する血液幹細胞(HSCs)でのGATA1転写因子の変異が前白血病状態を引き起こし、出生後にさらなる変異が蓄積して白血病を発症すると考えられています。 また、新生児の赤血球(RBC)異常も報告されています。これには、赤血球数の増加や異常に大きな赤血球が含まれ、

UCLAを中心とした研究チームが、人間の脳発達における遺伝子調節の進化を前例のない詳細さで明らかにしました。この研究は、DNAとタンパク質からなる「クロマチン」の3D構造が脳の発達に重要な役割を果たしていることを示し、生涯の精神的健康にどのように影響するかについて新たな知見を提供しています。この研究は2024年10月9日にNatureに発表され、UCLAのチョンユアン・ロー博士(Chongyuan Luo, PhD)とUCサンフランシスコのメルセデス・パレデス博士(Mercedes Paredes MD, PhD)により主導されました。共同研究者には、ソーク研究所、UCサンディエゴ、ソウル大学の研究者らが含まれます。 論文のタイトルは「「Temporally Distinct 3D Multi-Omic Dynamics in the Developing Human Brain」(発達中のヒト脳における時間的に異なる3D多オミクス動態)」です。この研究では、学習、記憶、感情調節に重要な海馬と前頭前野という脳領域でのDNA修飾の地図を初めて作成しました。これらの領域は、自閉症スペクトラム症(ASD)や統合失調症などの障害にしばしば関連しています。 研究の概要 研究チームはこのデータをオンラインプラットフォームを通じて公開し、科学者が遺伝子変異を特定の遺伝子や細胞、発達時期と結びつけるための貴重なツールとして活用できるようにしています。ロー博士は「神経精神疾患は成人期に現れることが多いですが、その多くは脳の早期発達を阻害する遺伝的要因に起因します。このマップは疾患影響を受けた脳の遺伝子研究と比較するための基盤を提供し、分子変化が発生する時期と場所を特定するのに役立ちます」と述べています。 研究チームは、UCLAの幹細胞研究センターフローサイトメトリーコアで開発・拡

クイーンズランド大学の研究によると、南東クイーンズランドの獣医病院に搬送されたコアラの多くが安楽死という結果に至っていることが明らかになりました。この研究は、UQ科学部の博士課程候補生であるレネー・カラランブス氏(Renae Charalambous)らによって行われ、1997年から2019年の間に記録された5万件以上のコアラ目撃情報および病院への入院データを分析しました。 「コアラが病院に搬送される原因の約30%はクラミジア感染症によるもので、その次に多いのは生息地の喪失に起因する犬の襲撃や自動車との衝突といった多様な脅威です」とカラランブス氏は述べています。 「病院に搬送されたコアラのうち、適切な生息地に再び放されたのは25%に過ぎませんでした。」搬送された多くのコアラは病院に到着する前に死亡し、到着できた場合でも、獣医師や介護者が最善を尽くしても安楽死を余儀なくされるケースが多いとされています。 特に、自動車事故による搬送は全体の約20%を占め、治療を受けた後に自然に戻された割合よりも4倍高い確率で搬送前に死亡していました。また、病院に到着したコアラは、自然に戻されるよりも安楽死となる確率が約3倍高かったとのことです。 犬による襲撃を受けたコアラも7%に達しており、救出時に死亡している確率が倍近く、治療後も自然に戻される確率よりも安楽死となる確率が2倍高いとされています。「これらのデータは非常に厳しい現実を示しており、コアラの将来は暗いものに見えます」とカラランブス氏は語ります。さらに、成体やメスのコアラ、クラミジア感染症を患う個体は安楽死となるリスクが特に高いことも判明しました。2022年2月、コアラの保全状況は「脆弱」から「絶滅危惧」へと変更されました。この決定は、過去10年間で推定個体数が半減したという報告を受けたものです。カラランブス氏は、こうした

抗菌作用を持つGBP1タンパク質の仕組みを解明 オランダ・デルフト工科大学の研究者らが、私たちの自然免疫の重要な構成要素である「GBP1(guanylate binding protein 1)」タンパク質の働き方を初めて明らかにしました。この研究成果は、2024年10月11日にNature Structural & Molecular Biologyに公開されたオープンアクセス論文「Structural Basis of Antimicrobial Membrane Coat Assembly by Human GBP1(ヒトGBP1による抗菌膜コート形成の構造基盤)」に詳述されています。この知見は、免疫力が弱い人々のための治療法や薬剤の開発に役立つ可能性があります。 GBP1の役割と免疫への貢献 GBP1は、細菌や寄生虫といった病原体に対して私たちの体が持つ自然免疫の「最前線」で働くタンパク質です。デルフト工科大学の生物物理学者アルイェン・ヤコビ博士(Arjen Jakobi, PhD)は、「GBPは赤痢やチフス、結核といった細菌性疾患のほか、妊娠中や胎児に危険なトキソプラズマ症や性感染症のクラミジアに対しても重要な役割を果たします」と説明しています。 細菌を包み込むタンパク質のコート ヤコビ博士の研究グループの大学院生であり、本論文の筆頭著者であるターニャ・クーム氏(Tanja Kuhm)は、GBP1がどのように細菌を攻撃するのかを次のように解説します。「このタンパク質は細菌を『コート』で包み込み、そのコートを締め付けて細菌の膜を破壊します。この膜は侵入者を保護する層ですが、破壊されると免疫細胞が感染を除去できるようになります。」 防御メカニズムの解明 研究者たちは、クライオ電子顕微鏡を用いてGBP1タンパク質が細菌の膜にどのように結合するの

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究者らが、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを予測する方法の解明に一歩近づきました。2024年9月3日付けでJAMA Pediatricsに掲載された新たな研究「Early Newborn Metabolic Patterning and Sudden Infant Death Syndrome(新生児の早期代謝パターンと乳幼児突然死症候群)」では、SIDSで亡くなった乳児に特有の代謝パターンが特定されました。この研究は、SIDS予防のための具体的な手がかりとなる可能性を秘めています。 SIDSの現状と課題:原因不明の乳児死亡 SIDSは、1歳未満の乳児約1,300人が毎年死亡する原因不明の疾患であり、両親や医療従事者にとって大きな課題です。これまでの研究から、SIDSには単一の原因があるわけではなく、いくつかの要因が重なることで発生する可能性があると考えられています。 例えば、不十分な出生前ケア、妊娠中の喫煙や飲酒、大気汚染、構造的人種差別がリスクを高めるとされています。また、男児の発症率が女児より高いことも明らかになっています。これらの社会的・環境的要因に加え、生物学的要因がSIDSの重要な原因である可能性が示唆されており、今回の研究はその点に焦点を当てています。 研究の目的と方法:代謝パターンに注目 研究チームは、代謝システムにおける特異なパターンがSIDSのリスクに関連している可能性を探るため、カリフォルニア州で行われた新生児スクリーニングデータを分析しました。このスクリーニングは、生まれたばかりの赤ちゃんの血液サンプルを用いて代謝異常を早期発見するためのもので、今回の研究では、SIDSで亡くなった乳児354人と、同年代で健康に育った乳児を比較対象としました。 発見された代謝バイオマーカーとその

DNAマイクロビーズで培養組織の発達を精密制御:新しい分子工学技術 分子工学の新技術により、オルガノイドの発達を精密に制御することが可能になりました。特定の形状に折りたたまれたDNAで作られたマイクロビーズを使用し、組織内部に成長因子やシグナル分子を放出します。この技術により、従来よりもはるかに複雑なオルガノイドが作製でき、より現実に近い細胞構成が得られるようになりました。 この技術は、ハイデルベルク大学の「3D Matter Made to Order」卓越クラスターに所属する研究者たちによって開発されました。研究には、ハイデルベルク大学の生物学研究センター(COS)、分子生物学センター(ZMBH)、バイオクアントセンター、ならびにマックス・プランク医学研究所が参加しています。 オルガノイドは、幹細胞から作られる小型の臓器様組織で、ヒトの発生過程や疾患の研究に活用されます。しかし、これまでオルガノイド内部からその成長を制御することは不可能でした。COSの医科学者、カッシアン・アフティング博士(Cassian Afting, PhD)は「この新技術により、成長中の組織内で重要な発達シグナルが放出されるタイミングと場所を正確に決定できるようになりました」と述べています。 DNAマイクロビーズは、タンパク質や分子を「搭載」できる微小な構造物として設計されています。これらのビーズはオルガノイド内に注入され、紫外線にさらされることでその内容物を放出します。この手法により、成長因子やシグナル分子を任意のタイミングで組織内の特定の場所に放出することが可能です。 網膜オルガノイドでの成功例 研究チームは、メダカの網膜オルガノイドでこの技術をテストしました。Wntシグナル分子を搭載したマイクロビーズを網膜組織に挿入することで、網膜外層の色素上皮細胞と神経網膜組織を隣接させる

EGLN2酵素の抑制でALSの進行を遅らせる新たな治療可能性 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンを侵す壊滅的な神経変性疾患で、患者の多くは診断から2〜5年以内に死亡します。この病気に対する新たな治療標的として、ベルギーのVIB-KUルーヴェン大学のルド・ヴァン・デン・ボッシュ教授(Ludo Van Den Bosch)率いる研究チームが特定した酵素「EGLN2」が注目されています。この研究成果は、2024年9月9日にCell Reports誌に掲載された論文「Targeting EGLN2/PHD1 Protects Motor Neurons and Normalizes the Astrocytic Interferon Response(EGLN2/PHD1の標的化による運動ニューロン保護とアストロサイトIFN応答の正常化)」で詳しく報告されています。 研究の背景 ALS(ルー・ゲーリッグ病とも呼ばれる)は、成人における最も一般的な運動ニューロンの変性疾患で、進行性の筋力低下や麻痺を引き起こしますが、現在のところ進行を止めたり逆転させる効果的な治療法は存在しません。ALSの病態には酸化ストレス、代謝機能障害、神経炎症が深く関与しているとされ、研究者らはこれらを標的に酵素「EGLN2」の役割を探求しました。 研究内容と成果 EGLN2の保護的役割の確認: EGLN2を抑制することで運動ニューロンが保護され、ALSの症状がゼブラフィッシュとマウスモデルで緩和されることが明らかになりました。 炎症反応との関連: EGLN2がアストロサイト(星状膠細胞)での炎症カスケードに影響を与えることを確認しました。アストロサイトは運動ニューロンを支える脳細胞であり、その炎症抑制がALSの進行を遅らせる可能性があります。 研究手法: ALS患者由来のi

ナノボディでオピオイドの副作用を抑制—ジュネーブ大学の新たな発見 オピオイドは強力な鎮痛薬として広く使われていますが、めまいから致命的な呼吸抑制に至るまでの副作用を伴い、依存性も高い薬剤です。ジュネーブ大学(UNIGE)の研究者らは、これらの副作用を軽減する可能性を持つナノボディ「NbE」を発見しました。このナノボディは、オピオイドが結合する細胞受容体に強力かつ持続的に結合し、薬剤の作用を阻害することができます。さらに、研究チームはNbEの特性を模倣したさらに小型の分子を合成し、現行の治療法よりも効果的な副作用軽減策を提供する可能性を示しました。この研究成果はNature Communications誌に発表されました。論文タイトルは「Structural Basis of μ-Opioid Receptor Targeting by a Nanobody Antagonist(ナノボディ拮抗剤によるμ-オピオイド受容体標的の構造的基盤)」です。 オピオイドの課題とナノボディの可能性 モルヒネ、フェンタニル、トラマドールなどを含むオピオイドは、痛みを和らげる強力な効果を持つ一方、脳内の神経細胞に作用して陶酔感を引き起こします。しかし、依存性が高く、誤用による過剰摂取は毎年世界で約50万人の命を奪っています。この危機は欧州にも拡大しており、世界的な公衆衛生の課題となっています。 「オピオイドの副作用を軽減し、過剰摂取のリスクを管理するために、新しい分子を緊急に開発する必要があります」と語るのは、本研究を主導したジュネーブ大学医学部の細胞生理学・代謝学科准教授であるミリアム・シュトーバー博士(Miriam Stoeber, PhD)です。 ナノボディ「NbE」の特性 研究チームは、ナノボディNbEがオピオイド受容体に非常に強力かつ持続的に結合する特性を発見しまし

科学研究ニュース:マウスの皮膚を透明化する新技術 研究者らが、マウスの頭蓋骨や腹部の皮膚を透明化する技術を開発しました。この研究は、テキサス大学ダラス校の助教授、ジーハオ・オウ博士(Zihao Ou, PhD)を筆頭著者として、2024年9月6日発行のScience誌に掲載されました。論文タイトルは「Achieving Optical Transparency in Live Animals with Absorbing Molecules(光吸収分子を用いた生体動物の光学的透明化の達成)」です。 技術の概要と背景 生体の皮膚は光を散乱させる性質を持ち、霧のように光を遮ります。しかし、オウ博士らの研究では、食品添加物として一般的に使用されるタートラジン(FD&C Yellow #5)と水を混ぜた溶液を用いることで、皮膚の透明化を実現しました。 「光吸収分子である黄色の染料と、光散乱性を持つ皮膚を組み合わせることで透明化が可能になりました」とオウ博士は述べています。これは、染料分子が水に溶けることで、皮膚組織の構成成分である脂質などの屈折率に近づき、光散乱が減少するためです。 実験と結果 マウスの頭蓋骨や腹部の皮膚にこの溶液を塗布したところ、数分で皮膚が透明化しました。頭蓋骨を通して血管が観察可能になり、腹部では内臓や消化管の動きを直接観察することができました。このプロセスは、皮膚に浸透した染料が代謝され尿として排出されることで可逆的です。 将来的な応用と課題 この技術は、光学的イメージングの研究方法を飛躍的に向上させる可能性があります。オウ博士は、「この技術は現在の光学的研究を大きく進化させ、生物学研究に革命をもたらすでしょう」と語っています。 ただし、ヒトの皮膚はマウスの約10倍の厚さがあるため、染料の適切な濃度や適用方法についての追加研究が

バクテリアは内部の24時間時計を使って季節の到来を予測 バクテリアが内部の24時間時計を利用して新しい季節の到来を予測することができるという研究成果が発表されました。この発見は、「アイスバケットチャレンジ」のような実験を通じて得られたもので、動物の移動や植物の開花といった生物の季節的な適応が、サーカディアンリズム(体内時計の分子的メカニズム)によってどのように支えられているかを解明する上で重要な意味を持ちます。 研究チームはシアノバクテリア(青緑藻)に異なる人工的な昼夜周期を設定し、それを一定の温暖な温度下で8日間観察しました。短日(8時間の光と16時間の暗闇)、春分の日(光と暗闇が等しい)、長日(16時間の光と8時間の暗闇)という条件で処理を行った後、これらのシアノバクテリアを氷点下の環境に2時間さらし、生存率を測定しました。その結果、短日を連続して経験したサンプルの生存率は75%に達し、この準備を行わなかったコロニーよりも最大3倍高いことが判明しました。 短日を1日だけ経験しても耐寒性は向上しませんでしたが、短日が6~8日間続くと顕著に生存率が上昇しました。さらに、シアノバクテリアの体内時計を構成する遺伝子を除去した場合、昼夜周期に関わらず生存率は変化しませんでした。これにより、日長周期を測定し季節に備える能力(フォトペリオディズム:光周性)が、環境の長期的変化への適応において重要であることが示されました。 新しい視点で気候変動に挑む 「この研究は、自然界のバクテリアが内部時計を使って日長を測定し、短日が一定数に達すると、冬の挑戦に備える新しい生理状態に切り替わることを示しています」と語るのは、本研究の第一著者であるルイーザ・ジャブール博士(Luísa Jabbur, PhD)です。研究は彼女がテネシー州ヴァンダービルト大学のカール・ジョンソン教授(Pro

次世代型遺伝子編集は嚢胞性線維症(CF)の治療法となるのか? 近年、嚢胞性線維症(CF)に関する治療は大きく進展しましたが、依然として現行治療では効果が得られない患者が存在しています。特に、医療格差の影響を受ける患者にとっては深刻です。アイオワ大学の小児科および微生物学・免疫学教授ポール・マクレー医学博士(Paul McCray, MD)とブロード研究所のデイビッド・リュー博士(David Liu, PhD)は、遺伝子編集技術の新しいバージョンであるプライムエディティングの開発に取り組んでいます。この技術は、遺伝コード中のどの文字でも置換可能で、数百文字に及ぶセクションにも適用できます。 CFはヒトゲノムに含まれる約20,000個の遺伝子のうち、嚢胞性線維症膜貫通調節因子(CFTR)遺伝子の変異によって引き起こされます。最近、マクレー博士らは、リュー博士のチームが開発した遺伝子編集技術に6つの改良を加えた技術を用いて、肺のヒト細胞の60%、および患者の肺から直接採取した気道細胞の25%で遺伝子欠失を修正しました。この研究は米国国立心肺血液研究所(NHLBI)の支援を受けています。 CFとは何か? CFは世界中で16万人以上に影響を与える遺伝性疾患で、特に肺疾患として知られています。症状には咳、呼吸困難、頻繁な肺感染症が含まれますが、他にも副鼻腔、肝臓、腸、膵臓、生殖器系など複数の臓器に影響を及ぼします。CFTR遺伝子には2,000種類以上の変異が存在し、そのうち少なくとも700種類が疾患を引き起こします。最も一般的な変異は、CF患者の約70%に見られる3文字のコード削除です。この削除により、CFTRタンパク質の異常形成や早期分解が生じ、粘性の高い分泌物の蓄積を引き起こします。これにより、肺では細菌が捕捉され、感染や炎症を引き起こします。 革新的な治療薬の登場と

高価な超解像顕微鏡がなくても、細胞内のナノ構造を観察できる新しい拡張技術がMITの研究者によって開発されました。この技術では、組織を膨張させてイメージングを行うことで、一般的な光学顕微鏡でもナノスケールの解像度を実現します。最新バージョンでは、組織を単一ステップで20倍に拡大できるようになりました。この手法は簡便かつ低コストであり、多くの生物学研究室でナノスケールイメージングが可能になると期待されています。 「この技術は、イメージングを民主化します。これまでは高解像度の観察には非常に高価な顕微鏡が必要でしたが、この新技術により通常の顕微鏡でも見えなかったものが見えるようになります」と、MITのローラ・キースリング博士(Laura Kiessling, PhD)は述べています。 研究の概要 この技術では、20ナノメートルという高解像度が可能となり、細胞内部のオルガネラやタンパク質のクラスターを観察することができます。MITのボイデン博士(Edward Boyden PhD)は「生物学的分子が活動する領域に近づいており、生命の構成要素であるバイオ分子や遺伝子、遺伝子産物を詳細に見ることが可能です」と述べています。 この研究は、2024年10月11日にNature Methodsに発表され、論文のタイトルは「「Single-Shot 20-Fold Expansion Microscopy」(単一ステップで20倍拡大を可能にする拡張顕微鏡法)」です。 技術の詳細 拡張顕微鏡法は、組織を吸水性ポリマーに埋め込み、組織を保持するタンパク質を分解することで膨張させます。2015年にボイデン博士の研究室が最初にこの技術を開発し、当初は約4倍の拡大で70ナノメートルの解像度を実現しました。その後、2017年には2回の拡張ステップを加えることで20倍の拡大が可能になりましたが

深海ムール貝の核内に生息する細菌寄生虫の生存戦略を解明 生物と細菌は密接な関係を持つことが知られていますが、その中でも細菌が宿主の細胞内に住みつく事例は稀です。さらに細胞核(細胞の制御センター)内に住む細菌は、これまでほとんど知られていませんでした。しかし、ドイツのマックスプランク海洋微生物学研究所の研究者たちは、動物の細胞核内に寄生する細菌について初めて詳細に解明しました。この研究は2024年9月6日にNature Microbiology誌に掲載され、「An Intranuclear Bacterial Parasite of Deep-Sea Mussels Expresses Apoptosis Inhibitors Acquired from Its Host(深海ムール貝の核内寄生細菌が宿主由来のアポトーシス阻害因子を発現する)」と題されています。 核内で増殖しながら宿主を維持する仕組み この寄生細菌「カンジダタス・エンドヌクレオバクター」は、深海の熱水噴出孔や低温湧出帯に生息するムール貝の核内に寄生します。一つの細菌細胞が宿主の核内に侵入し、その後約80,000個以上にまで増殖します。この過程で核は元の大きさの50倍に膨張します。「この細菌が核内にどのように侵入し、どのようにして必要な栄養素を得て大量に増殖するのか、さらに宿主細胞を死なせない方法を解明したかった」と、共同研究者のニコ・ライシュ博士(Niko Leisch, PhD)とニコール・デュビリエ博士(Nicole Dubilier, PhD)は語ります。 研究チームは分子生物学的手法やイメージング技術を用いて、Ca. Endonucleobacterが宿主の糖や脂質などを栄養源としていることを発見しました。この細菌は宿主の核酸を分解せず、この特異な摂食戦略によって宿主細胞を長期間機能させた

遺伝性失明「LCA1」における画期的な遺伝子治療、患者に新たな視界を提供 フロリダ大学(University of Florida, UF)の研究者らが開発した遺伝子治療により、稀少な遺伝性失明「レーバー先天性黒内障1型(LCA1)」を患う患者が劇的な改善を経験しました。治療を受けた患者の中には、星を初めて見ることができた人や雪の結晶を初めて目にした人もいます。多くの患者は日常生活での外出が容易になり、ハロウィーンのお菓子のラベルを読むことも可能となりました。 臨床試験と治療の効果 この治療法は、GUCY2D遺伝子における両アレル変異によるLCA1患者を対象としたもので、「ATSN-101」と名付けられた遺伝子治療を用いた臨床試験の結果が2024年9月7日、権威ある医学誌The Lancetに掲載されました。論文のタイトルは「Safety and Efficacy of ATSN-101 in Patients with Leber Congenital Amaurosis Caused by Biallelic Mutations in GUCY2D: a Phase 1/2, Multicentre, Open-Label, Unilateral Dose Escalation Study(GUCY2Dの両アレル変異によるレーバー先天性黒内障患者におけるATSN-101の安全性と有効性:第1/2相、多施設、オープンラベル、片眼用投与量エスカレーション試験)」です。 治療を受けた患者は、光感度が最大1万倍改善し、視力検査表でより多くの行を読むことができるようになり、標準化された迷路のナビゲーション能力も向上しました。研究者らは、この改善を「真っ暗闇での生活から、かすかな明かりが灯るようになった感覚」と表現しています。 安全性と次のステップ この治療は、眼の

加齢黄斑変性症(AMD)の進展メカニズムと新たな治療戦略の発見 アメリカで失明の主要原因の一つである加齢黄斑変性症(AMD)。現在の治療法には限界があり、病気の根本的な原因や効果的な治療法は未だ不明な点が多い状況です。しかし、2024年10月2日付けで科学誌Developmental Cellに掲載された新しい研究論文「Human iPSC–Based Disease Modeling Studies Identify a Common Mechanistic Defect and Potential Therapies for AMD and Related Macular Dystrophies(ヒトiPS細胞ベースの疾患モデル研究がAMDおよび関連する黄斑ジストロフィーの共通メカニズム的欠陥と潜在的治療法を特定)」は、この疾患の細胞メカニズムに関する重要な洞察を提供し、新たな治療法の可能性を示しています。 TIMP3: AMD進展に関わる重要なタンパク質 この研究は、ヒトiPS細胞(human-induced pluripotent stem cell, ヒトiPS細胞)を用いてAMDのモデル化を行い、動物モデル研究の限界を克服しました。AMDとより希少な遺伝性盲目疾患である黄斑ジストロフィーに関連する遺伝子を調べることで、病気の初期段階に関与する重要なタンパク質を特定しました。 網膜色素上皮(retinal pigment epithelium, RPE)は、目の奥にある細胞層でAMDにおいて重要な役割を果たします。このRPEでは時間の経過とともに、ドルーゼン(脂質やタンパク質の沈着物)が蓄積し、これはAMDの初期指標として知られています。 研究者らは、組織型メタロプロテアーゼ阻害因子3(TIMP3)というタンパク質がAMDにおいて過剰に産生されること

蝶は、人間には見えない光の特性である「偏光」や、さらに広範囲の色を感知する能力を持っています。この特別な能力によって、正確なナビゲーション、餌探し、他の蝶とのコミュニケーションが可能になります。同様に、シャコのような他の生物は、さらに広い光のスペクトルや光波の回転状態(円偏光)も感知し、配偶相手を見つけるための「愛のコード」として利用します。 これらの生物の視覚能力に着想を得たペンシルバニア州立大学工学部の研究チームは、超薄型の光学素子「メタサーフェス」を開発しました。このメタサーフェスは従来のカメラに取り付けることで、撮影した画像や動画に含まれるスペクトルや偏光データを一度にエンコードすることが可能です。このデータは、ナノアンテナのような構造を持つ微細なナノ構造を通じて光の特性を調整する仕組みです。また、研究チームは、標準的なノートパソコンでリアルタイムに多次元の視覚情報をデコードできる機械学習フレームワークも開発しました。 この研究成果は、2024年9月4日にScience Advances誌で公開されました。論文はオープンアクセス形式で、「Real-Time Machine Learning–Enhanced Hyperspectro-Polarimetric Imaging Via an Encoding Metasurface(リアルタイム機械学習によるエンコーディングメタサーフェスを介したハイパースペクトロ偏光イメージング)」というタイトルです。 「動物界が示すように、人間の目には見えない光の特性には、さまざまな応用が可能な情報が隠されています」と、本研究の主導者であるペンシルバニア州立大学の電気工学准教授、ニー・シンジェ博士(Xingjie Ni, PhD)は語りました。「この研究では、メタサーフェスを従来のカメラに統合することで、コンパクトで軽量な

バイオセンサーは、生体分子を利用して特定の物質の存在を検出する装置であり、医療診断、基礎研究、環境モニタリングなど、多岐にわたる用途での可能性を秘めています。その中でも特に「蛍光バイオセンサー」は、ターゲットとなる物質と結合することで蛍光を発するプローブ分子を組み込んでいます。しかし、従来の蛍光バイオセンサーは結合していない分子も蛍光を発するため、信号検出前に洗浄などの手間が必要で、コントラストが低いという課題がありました。 今回、ハーバード大学ワイス研究所、ハーバード医科大学、MIT、英国エジンバラ大学の共同研究チームは、特定のタンパク質やペプチド、小分子を迅速かつ高感度に検出する「結合活性化型蛍光ナノセンサー」を効率的に開発する合成生物学プラットフォームを構築しました。このプラットフォームの鍵となるのは、ターゲット結合小タンパク質(バインダー)に新規の蛍光誘導アミノ酸(FgAAs: fluorogenic amino acids)を組み込む技術です。この技術は遺伝暗号の拡張を可能にし、バインダーをナノセンサーに進化させるための基盤となっています。研究成果は、2024年9月5日付でNature Communicationsに公開されました。 研究チームは、従来のバイオセンサー開発プロセスにおける複雑さを解決するため、化学進化と高スループットスクリーニング技術を組み合わせました。特に注目すべきは、新規の蛍光誘導アミノ酸をバインダータンパク質に組み込むことで、ターゲット結合時のみ蛍光を発するセンサーを開発した点です。この技術により、環境モニタリングや精密医療の分野で即時かつ高感度の検出が可能になります。 「この技術は、細胞の遺伝暗号を拡張して新しい機能を持たせる我々の研究の延長線上にあります。このプラットフォームは、より高性能なバイオセンサーの実現を阻んでいた多くの

海綿から発見された結核菌に酷似した細菌が新たな結核研究の扉を開く オーストラリアのグレートバリアリーフで採取された海綿から発見された新種の細菌「マイコバクテリウム・スポンジアイ」が、結核の病原菌である結核菌に驚くほど似ていることが明らかになりました。この発見は、結核研究や治療戦略の新たな指針となる可能性を秘めています。世界で最も致死率の高い感染症の一つである結核ですが、その原因菌である結核菌の起源は未だ完全には解明されていません。この研究結果は、2024年8月29日にオープンアクセス誌PLOS Pathogensに掲載され、「Marine Sponge Microbe Provides Insights into Evolution and Virulence of the Tubercle Bacillus(海綿微生物が結核菌の進化と病原性に関する洞察を提供)」と題された論文で発表されました。 発見の背景と詳細 海綿は「化学工場」とも呼ばれ、抗がん、抗菌、抗ウイルス、抗炎症効果を持つバイオアクティブ化合物の重要な供給源として知られています。クイーンズランド大学の研究者らが化学物質を生産する細菌を調査していた際、この奇妙な細菌が発見されました。このサンプルはピーター・ドハーティ感染症免疫研究所に送られ、遺伝子、タンパク質、脂質の詳細な分析が行われました。その結果、「M. spongiae」は結核菌と80%もの遺伝情報を共有しており、病原性に関わる主要な遺伝子も含まれていることが判明しました。しかし、結核菌とは異なり、M. spongiaeはマウスに病原性を示さず、非病原性であることが確認されました。 研究者のコメント この研究の共同筆頭著者であるメルボルン大学のサシャ・ピドット博士(Sacha Pidot, PhD)は、次のように述べています。「この細菌が結核

古代のコラーゲンが水の攻撃から守られる仕組みを発見 195百万年前の恐竜化石から見つかったコラーゲンは、通常のタンパク質結合の寿命である500年を大きく超える保存期間を持つことがわかっています。この驚くべき現象について、MITの研究チームが新たな説明を発表しました。彼らは、コラーゲン内で特別な原子レベルの相互作用が水分子による攻撃を防ぐことを明らかにしました。この相互作用がペプチド結合を守り、加水分解による分解を防ぐバリアとして機能しているのです。 この研究はMITのファーミニッヒ化学教授、ロン・レインズ博士(Ron Raines, PhD)を中心に進められました。この成果は、2024年9月4日に「ACS Central Science」に掲載されました。筆頭著者はMITのポスドク研究員であるヤン・ジンイー博士(Jinyi Yang, PhD)で、共同著者には同じくMITのポスドク研究員であるヴォルガ・コジャソイ博士(Volga Kojasoy, PhD)と大学院生のジェラード・ポーター(Gerard Porter)が名を連ねています。このオープンアクセスの論文は「Pauli Exclusion by n→pi Interactions: Implications for Paleobiology(n→π相互作用によるパウリの排他性:古生物学への示唆)」と題されています。 水に強いコラーゲンの秘密 コラーゲンは骨や皮膚、筋肉、靭帯に存在する動物の主要なタンパク質で、その強靭な三重らせん構造が特徴です。「コラーゲンは私たちをつなぎ止める足場のような存在です」とレインズ博士は語ります。「通常のタンパク質とは異なり、コラーゲンは繊維状で非常に安定しています。」最近では、恐竜化石の中に保存されたコラーゲンが80百万年前のティラノサウルスや195百万年前の竜脚類の化石から

北極圏の微細藻類、極限環境での光合成能力を証明—MOSAiCプロジェクトによる新たな発見 極限的に低い光量でも自然界で光合成が可能であることが、国際研究チームによる最新研究で明らかになりました。この研究は、北極圏の「極夜」が明けた後の微細藻類の発展を調査したもので、MOSAiC(モザイク)遠征の一環として北緯88度で行われました。この結果は、3月末という太陽がほとんど地平線上に出ない時期でも、雪と氷に覆われた北極海の環境下で微細藻類が光合成を通じて生物量を形成できることを示しています。この研究成果は、学術誌Nature Communicationsに掲載され、光合成が従来考えられていたよりもはるかに低い光量条件下、つまり海洋のより深い部分でも可能であることを示唆しています。 光合成の重要性と新発見 光合成は、太陽光を生物が利用可能なエネルギーに変換するプロセスであり、地球上の生命の基盤となっています。しかし、これまで光合成に必要な光量の測定値は、理論的な最小値よりもはるかに高いものでした。この研究では、ほぼ理論上の最小光量に近い条件で生物量の形成が可能であることが示されました。このオープンアクセス論文のタイトルは、「Photosynthetic Light Requirement Near the Theoretical Minimum Detected in Arctic Microalgae(理論的最小光量近くでの北極微細藻類による光合成の発見)」です。 研究の背景と手法 本研究は、国際的なMOSAiCプロジェクトのデータを活用して行われました。このプロジェクトの一環として、ドイツの研究船「ポーラースターン」を2019年に中央北極の氷に固定し、北極の気候と生態系の年間サイクルを調査しました。アルフレッド・ウェゲナー研究所(Alfred Wegener In

クリーブランドクリニックの研究者らは、腸内の免疫系を弱める新たな細菌「トマシエラ・イムノフィラ」を発見しました。この細菌は腸の多面的な免疫防御バリアの重要な要素を分解する役割を担っており、特定の炎症性疾患や感染症に寄与する可能性があります。この発見は、炎症性腸疾患(IBD)、クローン病、潰瘍性大腸炎を含む多様な腸疾患に対する新たな治療法の開発に向けた第一歩となる重要な成果です。 この研究は2024年9月26日付で科学誌Scienceに掲載され、クリーブランドクリニックの炎症・免疫学部門の責任者であるサディアス・スタッペンベック博士(Thaddeus Stappenbeck MD, PhD)と研究員で論文の筆頭著者であるチューエ・ルー博士(Qiuhe Lu, PhD)によって主導されました。論文のタイトルは「A Host-Adapted Auxotrophic Gut Symbiont Induces Mucosal Immunodeficiency(宿主に適応した栄養要求性腸内共生菌が粘膜免疫不全を引き起こす)」です。 スタッペンベック博士は、「この研究は、腸内マイクロバイオームの特定の構成要素が人間の健康や疾患に果たす重要な役割を示しています」と述べています。「この特定の細菌を特定したことで、腸疾患に関する理解が深まっただけでなく、治療法の開発という新たな道を開きました。腸の適応免疫バリアが破壊される原因を特定したことは、炎症性腸疾患やクローン病、潰瘍性大腸炎といった疾患の治療法開発に向けた重要な一歩です」とコメントしています。 研究の詳細 腸内では、分泌型免疫グロブリンA(SIgA)が微生物と結合することで、それらが腸の組織に到達して損傷を与えるのを防いでいます。以前の研究で、腸内細菌がSIgAレベルを低下させることが明らかにされており、これが感染リスクの増

抗毒性薬の新たな可能性を探る:北極海からの発見 抗生物質は現代医学の基盤として欠かせない存在です。例えば、手術や外傷治療の際、抗生物質がなければ命に関わる感染症のリスクが飛躍的に高まります。しかし、現在、抗生物質に対する耐性菌の出現が深刻化し、新しい抗生物質の発見ペースが遅いことから、世界的な「抗生物質危機」が問題視されています。その中でも希望の兆しがあります。現在使用されている抗生物質の約70%は土壌に生息する放線菌由来であり、地球上の多くの環境はまだ探索されていません。このため、異なる生息地における放線菌をターゲットにした探索が新たな戦略として注目されています。 特に注目されるのは、抗菌作用そのものではなく、病原菌の「毒性」—病気を引き起こす能力—を低下させる新しい分子を探す方法です。こうした分子は、直接菌を殺したり成長を抑えたりせず、耐性の進化を抑える可能性が高いだけでなく、副作用も少ないと考えられています。 フィンランド・ヘルシンキ大学の教授であり今回の研究の責任著者であるペイヴィ・タメラ博士(Päivi Tammela, PhD)は、この課題に取り組む新たな研究を発表しました。同氏らの研究は、2024年8月30日にFrontiers in Microbiology誌で公開され、「Bioprospecting of Inhibitors of EPEC Virulence from Metabolites of Marine Actinobacteria from the Arctic Sea(北極海産放線菌代謝物からのEPEC毒性抑制剤の生物探索)」と題されています。 北極海の放線菌から新たな発見 「今回の研究では、放線菌の抽出物から毒性抑制および抗菌作用を持つ代謝物を同定するための高度なスクリーニング手法を示しました」とタメラ博士は説明します。「特

機械学習ツールが関節リウマチ(RA)のサブタイプを区別:より精密な診断と個別化医療への道を開く コーネル大学ウェイル医学院と特別外科病院の研究者たちは、関節リウマチ(RA)のサブタイプを区別するための機械学習ツールを開発しました。このツールは、RAという複雑な疾患のケア向上に役立つ可能性があり、2024年8月29日にNature Communications誌に掲載されたオープンアクセス論文「Automated Multi-Scale Computational Pathotyping (AMSCP) of Inflamed Synovial Tissue(炎症性滑膜組織の自動マルチスケール計算型病態解析)」でその成果が報告されました。 「このツールは病理スライドの解析を自動化するもので、将来的にはより精密で効率的な疾患診断や個別化医療の実現につながる可能性があります」と述べたのは、コーネル大学ウェイル医学院の人口健康科学部でAIデジタルヘルス研究所(AIDH)を創設したフェイ・ワン博士(Fei Wang, PhD)です。「機械学習が病理学的評価において変革をもたらす可能性を示しています」。 他分野への技術応用 従来、この技術は腫瘍学分野での病理スライドの自動解析に特化して研究されてきましたが、ワン博士らのチームはその応用範囲を他の臨床分野にも広げる研究を行っています。 遅いプロセスの自動化 今回の研究で、ワン博士は、HSSのリチャード・ベル博士(Richard Bell, PhD)およびライオネル・イヴァシュキヴィ博士(Lionel Ivashkiv, PhD)と共同でRA組織サンプルのサブタイプ分類プロセスを自動化しました。RAの3つのサブタイプを区別することは、患者ごとに最も効果的な治療法を選択する手助けになる可能性があります。 現状、病理医は患者の

ブリストル・マイヤーズ スクイブ社、数十年ぶりとなる統合失調症治療の新薬を発表 2024年9月26日、米国食品医薬品局(FDA)は、成人の統合失調症治療のための経口カプセル剤「Cobenfy(コベンフィ、ザノメリン、トロスピウム塩化物)」を承認しました。本薬は、従来の統合失調症治療薬が主にドーパミン受容体を標的としていたのに対し、コリン作動性受容体に作用するという全く新しいメカニズムを採用した初の抗精神病薬です。FDA精神医学部門長のティファニー・ファーチオーネ博士(Tiffany Farchione, MD)は、「統合失調症は世界中で主要な障害の一因となっています。重篤で慢性的な精神疾患であり、患者の生活の質を著しく損なうことがあります。本薬の承認は、数十年ぶりに新しい治療のアプローチを示し、従来の抗精神病薬に代わる新たな選択肢を提供します」と述べました。 統合失調症とその影響 統合失調症は、幻覚(例:声が聞こえる)、思考の制御困難、他者への不信感といった精神症状を引き起こします。また、認知機能障害や社会的交流、動機付けの困難さとも関連しています。アメリカ人の約1%がこの疾患を抱えており、世界的には15大障害の一つとされています。統合失調症患者は短命であるリスクが高く、約5%が自殺による死亡に至ります。 臨床試験結果 コベンフィの有効性は、統合失調症患者を対象にした二つの5週間にわたる無作為化二重盲検プラセボ対照多施設試験で評価されました。試験の主な評価指標は、「陽性および陰性症状評価尺度(PANSS)」のベースラインから5週目までの総スコア変化でした。この30項目の尺度は、統合失調症の症状を7段階で評価します。両試験で、コベンフィを投与された参加者は、プラセボ群と比較してPANSS総スコアの有意な減少を示しました。 使用上の注意と副作用 コベンフィの処

シカゴ大学の新しい研究により、オルタナティブスプライシングが遺伝子発現を制御する上で、これまで予想されていた以上に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。オルタナティブスプライシングとは、遺伝子の異なるセグメントが取り除かれ、残りの部分が転写過程でmRNAとして結合される遺伝的プロセスを指します。このメカニズムは、遺伝子から生成されるタンパク質の多様性を高め、遺伝コードのセクションをさまざまな組み合わせで構築することで生物学的な複雑性を高めると考えられています。この過程により、遺伝子はさまざまな用途に応じて異なるバージョンのタンパク質やプロテインアイソフォームを生成することが可能です。 しかし、シカゴ大学の研究者らの新しい研究では、オルタナティブスプライシングが単に新しいプロテインアイソフォームを生み出す以上の影響を生物学に与えている可能性があることが示唆されています。この研究は、2024年9月2日にNature Geneticsで発表されました。オープンアクセスの記事のタイトルは「Global Impact of Unproductive Splicing on Human Gene Expression(ヒトの遺伝子発現における非生産的スプライシングの全体的な影響)」です。 研究チームは、ヤン・I・リー博士(Yang Li, PhD)、ベンジャミン・フェア博士(Benjamin Fair, PhD)、カルロス・ブエン・アバッド・ナハル博士(Carlos Buen Abad Najar, PhD)を中心に、初期転写からRNA転写物が細胞内で分解される段階に至るまでの大規模なゲノムデータを分析しました。彼らは、完成したRNAのみを分析した場合に比べ、「非生産的」な転写物(間違いや予期しない配置を含むRNA分子)が細胞内で3倍多く生成されていることを発見しま

北海岸で発見された琥珀が明かす4,000万年前の珍しいキノコバエの化石 1960年代、デンマークの北海岸に漂着した琥珀の塊が、昆虫研究における画期的な発見をもたらしました。この琥珀を調査したコペンハーゲン大学の研究者らが、過去に例を見ない珍しい捕食性キノコバエ「ロブソノミア・ヘニングセンイ」の化石を発見しました。この約4,000万年前の昆虫は、絶滅した種であり、化石記録としても初の発見です。この研究成果は2024年4月22日、オープンアクセスの学術誌Scientific Reportsに掲載されました。論文タイトルは「Eocene Amber Provides the First Fossil Record and Bridges Distributional Gap in the Rare Genus Robsonomyia (Diptera: Keroplatidae)(始新世の琥珀がもたらすRobsonomyia属の初の化石記録と分布の空白を埋める発見)」です。 琥珀から明らかになった4,000万年前の気候と昆虫の多様性 約4,000万年前、ヨーロッパは現在よりも暖かく湿潤な気候に恵まれていました。この環境は、昆虫を含む多様な生物が繁栄する土壌となり、松の樹脂に閉じ込められた昆虫の痕跡が今なお琥珀として残っています。北海岸で発見されたこの琥珀の中に保存されていたのが、新種の捕食性キノコバエ「Robsonomyia henningseni」です。デンマーク自然史博物館のコレクションとして長らく保管されていたこの琥珀は、最近ポーランドの昆虫学者らによって詳しく分析され、世界で初めて化石化した捕食性キノコバエが確認されました。 化石記録が解明する昆虫の分布と進化 「Robsonomyia henningseni」は、キノコバエ科に属し、この科に含まれる昆虫の幼

コロンビアで初の非侵襲的出生前検査(NIPT)サービスが導入されました。このサービスは、分子診断の国際的リーダーであるYourgene Health(ヨージーン・ヘルス、Novacytグループ傘下)による「IONA Nx NIPTワークフロー(IONA Nx NIPT Workflow)」を活用し、遺伝子診断に特化したハイテク医療機関Genetix(ジェネティクス)によって提供されます。ジェネティクスは、現地時間10月1日にボゴタで開催されたイベントで、新しいNIPTサービス「NipTest(ニップテスト)」を発表しました。このサービスは、妊婦に迅速かつ正確な結果を提供し、配送の課題を軽減することを目指しています。 「IONA Nx NIPTワークフロー」はCEマークを取得した体外診断(IVD)機器で、品質保証された出生前検査サービスを施設内で提供可能にします。この検査は、低から高量のサンプル処理に対応可能な柔軟かつ拡張性の高いワークフローに基づいており、増加する需要に応えることができます。 このNIPTは、母体血液から採取された無細胞胎盤DNAを使用し、トリソミー21(ダウン症候群)、トリソミー18(エドワーズ症候群)、トリソミー13(パトウ症候群)といった染色体異数性をスクリーニングします。また、胎児の性別判定にも使用可能です。次世代シーケンシング技術を用いて分析され、検査結果はわずか3日以内に提供されます。 これまでコロンビアで採取された血液サンプルは米国へ送られており、結果が遅れる上、配送コストが増加する課題がありました。しかし、ジェネティクスのNipTestは現地で結果を提供できるため、妊婦に迅速で信頼性の高い結果をもたらし、侵襲的な検査の必要性を減らすとともに、妊婦と家族のストレスを軽減します。 ヨージーン・ヘルスの取締役、リン・リーズ氏(Lyn R

ベイラー医科大学とテキサス小児病院のJan and Dan Duncan Neurological Research Institute(Duncan NRI)の研究者らは、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患に関与することで知られるTau(タウ)タンパク質が、実際には脳の健康を守るポジティブな役割も果たしていることを発見しました。この研究では、Tauが過剰な活性酸素種(reactive oxygen species: ROS)による神経損傷を軽減し、健康的な老化を支援する役割を担っていることが示されています。この成果は、2024年8月26日付のNature Neuroscienceに掲載されました。 Tauタンパク質と酸化ストレスの関係 活性酸素種(ROS)は、細胞がエネルギーを生産する過程やその他の機能の副産物として自然に生成されます。低レベルのROSは細胞のシグナル伝達において重要な役割を果たしますが、過剰になると細胞にとって有害となり、酸化ストレスを引き起こします。このストレスにより、過酸化脂質と呼ばれる毒性の高い分子が生成されます。リード著者であるリンゼイ・グッドマン博士(Lindsey Goodman, PhD)は以下のように述べています。 「神経細胞は特に酸化ストレスに対して脆弱で、過酸化脂質のレベルが適切に制御されない場合、細胞死が引き起こされます。」 このような酸化ストレスの悪影響を緩和するために、脳には多層的な保護戦略が備わっています。 脂質滴の役割とTauの関与 2015年にベレン研究室が発見した神経保護メカニズムの一つに、神経細胞が有害な過酸化脂質を隣接するグリア細胞に移送する仕組みがあります。グリア細胞はこれらの脂質を「脂質滴」として隔離し、無毒化するとともに、将来的にエネルギー源として利用可能な形で保存します。このプロセスは

高い音域のブーンという音が耳に聞こえると、それはメスの蚊が血を求めて活動している明白なサインです。メスのみが吸血するためです。その音を聞くと、人間は反射的にその害虫を払おうとしますが、オスの蚊にとっては、その音は交尾の合図となります。ワシントン大学の研究者らを中心とした国際チームが、蚊の交尾に関する驚くべき詳細を明らかにしました。この発見は、マラリア対策の向上や、精密なドローン飛行技術の発展に役立つ可能性があります。2024年8月30日付の学術誌Current Biologyに掲載された論文「Mosquitoes Integrate Visual and Acoustic Cues to Mediate Conspecific Interactions in Swarms(蚊は同種内での群行動を調整するため視覚と音響の手がかりを統合する)」で、オスのAnopheles coluzzii蚊がメス特有の羽音を聞くと、視覚が活性化することが明らかにされました。 多くの蚊の種は比較的視力が悪く、アフリカにおける主要なマラリアの媒介者であるAnopheles coluzziiも例外ではありません。しかし、チームは、オスがメスの飛行音を聞くと、その目が「活性化」し、潜在的な交尾相手を視覚的に探索することを発見しました。Anopheles coluzziiが交尾する際は、群れの中で活動するため、混雑した群れの中でも、オスは目標に視覚的にロックオンし、群れを巧みに駆け抜けて他の蚊と衝突することなく接近できることが分かりました。 「交尾相手を探す際のオス蚊の非常に強い関連性を発見しました。特定の周波数で羽音を聞くと、それはメスが発する音であり、その刺激が視覚系を活性化させます」と、UWの生物学のポスドク研究者で筆頭著者のソウミャ・グプタ氏(Saumya Gupta)は述べました。「異

欧州参照ゲノムアトラス(ERGA)のパイロットプロジェクトが、欧州全域の科学者らを結集し、98種の高品質な参照ゲノムを作成することに成功したと発表しました。この成果は、欧州の動物、植物、菌類すべての高品質な参照ゲノムデータベースを構築するという壮大な目標における重要な節目となります。本プロジェクトは、2021年にERGAの前会長カミラ・マッツォーニ博士(Camila Mazzoni, PhD)によって提唱され、ERGA全体の協力の下で開始されました。この大陸規模の取り組みは、包摂的かつ公平な生物多様性ゲノミクスの新しいモデルの基盤を築き上げたとされています。この成果は、2024年9月17日付で学術誌npj Biodiversityに公開された「The European Reference Genome Atlas: Piloting a Decentralised Approach to Equitable Biodiversity Genomics(欧州参照ゲノムアトラス:公平な生物多様性ゲノミクスへの分散型アプローチの試験)」という論文で報告されています。 プロジェクトの成功と意義 ERGAは、欧州33か国からなる大規模な協力ネットワークを構築し、これまでに98種の欧州生物の高品質参照ゲノムを作成するという画期的な成果を上げました。このプロジェクトにより、多くの教訓が得られ、課題が明らかとなり、ERGAは世界中の分散型で包摂的かつ公平な生物多様性ゲノミクスの模範としての地位を確立しました。 特筆すべき成果の一つとして、欧州で最も生物多様性の高い地域の一つであるギリシャにおいて、初めて染色体レベルのゲノムアセンブリが行われた点が挙げられます。例えば、ギリシャの科学者によって採取されたクレタトカゲやアリストテレスナマズのゲノムは、誰もがアクセスし研究可能な形で公開

画期的な発見として、ヘブライ大学の研究者らは、マーモセットという猿が「フィーコール」と呼ばれる特定の声を用いて互いに識別し、コミュニケーションを行っていることを明らかにしました。このような他者を声で「命名」する能力は、これまで人間、イルカ、象にのみ見られるとされてきました。他者を命名するという高度な認知能力は、社会的動物に見られるものですが、これまで非人間の霊長類には見られないと考えられてきました。2024年8月29日にScience誌に掲載された新しい研究論文「Vocal Labeling of Others by Nonhuman Primates(非人間霊長類による他者の声の命名)」で、エルサファ脳科学センター(ELSC)のデヴィッド・オマー博士(David Omer, PhD)率いるヘブライ大学の研究チームが初めて、マーモセットが特定の音声を用いて仲間を呼ぶことを発見しました。 研究の中で、大学院生のガイ・オレン氏(Guy Oren)が率いる研究者らは、マーモセット同士の自然な会話や、猿とコンピュータシステムとのやりとりを録音しました。その結果、これらの猿が「フィーコール」を用いて特定の個体を呼ぶことが判明しました。さらに、マーモセットは自身に向けられた呼びかけを識別し、より正確に反応することも明らかになりました。 「この発見は、マーモセットの社会的コミュニケーションの複雑さを浮き彫りにしています」とオマー博士は説明します。「これまで自己位置特定のためだけに使用されると考えられていたこれらのコールは、実際には特定の個体を呼びかけるために使われているのです。」 この研究では、マーモセットの家族グループ内の個体が、それぞれ異なる個体を呼びかけるために似た音声ラベルを使用し、人間における名前や方言の使用を連想させる音の特徴を用いていることも明らかにされました。

ラトガーズ大学ニューブランズウィック校の科学者らは、鳥や爬虫類、他のペット、そして近年は人間向けの代替タンパク質源としても利用される「スーパーワーム」の大量死を引き起こしたウイルスを発見しました。これにより、彼らは人間、植物、動物における新たなウイルスや病原体を探索し特定する新しい方法を開拓しました。科学者らは、刻んだ甲虫の幼虫の死体をスラリーにして液体窒素で冷却した電子顕微鏡を使用し、2024年8月28日にCell誌において「Zophobas morio black wasting virus」と名付けたウイルスを発見したことを報告しました。これは亜熱帯に生息する暗色甲虫の一種「Zophobas morio」、特に卵から孵化して大きく成長する幼虫段階である「スーパーワーム」に致命的な影響を与えることに由来しています。この種は、全長約5cmと他の飼料用の幼虫よりも大きいため「スーパーワーム」と名付けられました。健康なスーパーワームは茶色ですが、ウイルス性疾患が進行すると黒くなります。公開アクセスのCell誌の論文は「Cryo-EM-Based Discovery of a Pathogenic Parvovirus Causing Epidemic Mortality by Black Wasting Disease in Farmed Beetles(クライオ電子顕微鏡による致死性パルボウイルスの発見:飼育甲虫における黒色病による流行性死亡)」と題されています。 この研究の著者であり、ラトガーズ大学ニューブランズウィック校の定量生物医学研究所(Institute for Quantitative Biomedicine)准研究教授であるジェイソン・ケールバー博士(Jason Kaelber, PhD)は、「病気の最初の兆候は、スーパーワームの動きにおけるわずかな変化

蝶の羽の色の進化に関する予期せぬ遺伝的メカニズムを明らかにした新たな研究。「驚異的」と称される発見。長鎖ノンコーディングRNAが暗色の色素パターンの新たな配置を制御。 国際的な研究チームが蝶の羽の鮮やかで複雑なパターンに影響を与える意外な遺伝的メカニズムを明らかにしました。PNASに発表されたこの研究は、ジョージ・ワシントン大学(GW)および以前はケンブリッジ大学に在籍していたルカ・リヴラギ博士(Luca Livraghi, PhD)が率いるチームによるもので、タンパク質ではなくRNA分子が蝶の羽の黒色の色素の分布を決定する上で重要な役割を果たすことを発見しました。蝶が羽に鮮やかなパターンや色を生成する方法は、何世紀にもわたり生物学者を魅了してきました。 蝶の羽の細胞内に含まれる遺伝暗号は、羽のパターンを形成する微細な鱗片の色の具体的な配置を指示しており、これはデジタル画像のピクセルが配置される様子に似ています。このコードを解読することは、私たちの体がどのように構築されるのかを理解するために重要です。研究室では、研究者らが遺伝子編集ツールを使用してこのコードを操作し、目に見える特徴、例えば羽の色にどのような影響があるかを観察することができます。 科学者らは長い間、タンパク質をコードする遺伝子がこれらのプロセスにとって重要であることを知っていました。この種の遺伝子は、どの鱗片がどの色素を生成するかを指示するタンパク質を生み出します。黒色の色素に関しても、このプロセスが同じであると考えられており、当初はタンパク質をコードする遺伝子が関与しているとされていました。しかし、新たな研究は異なる結論を示しています。 研究チームは、長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)分子を生成する遺伝子が、蝶の変態中に暗色の色素が生成される位置を制御していることを発見しました。ゲノム編

マラリア寄生虫の細胞分裂を制御する新たなタンパク質を発見—新治療法への道を切り開く研究 イギリスのノッティンガム大学を中心とする研究チームが、マラリアを引き起こす寄生虫「プラスモジウム」の細胞分裂のメカニズムを解明しました。この研究は、寄生虫が細胞分裂を通じてどのように病気を拡散させるかを理解し、新たな治療法を開発するための重要な一歩とされています。研究成果は、オープンアクセスジャーナルPLoS Biologyに2024年9月10日付で発表されました。この論文のタイトルは「Plasmodium NEK1 Coordinates MTOC Organisation and Kinetochore Attachment During Rapid Mitosis in Male Gamete Formation(プラスモジウムNEK1によるMTOCの構造化と動原体の付着調節:雄性配偶子形成における急速な有糸分裂中の役割)」です。 マラリアとその影響 マラリアは開発途上国で深刻な公衆衛生問題となっています。2022年にはWHOによると約60万8千人がこの病で命を落としました。この病気の原因であるプラスモジウムは、単細胞寄生虫で、肝臓や赤血球に侵入し、雌の蚊を媒介に広がります。 研究の目的と成果 この新研究は、ノッティンガム大学生命科学部のリタ・テワリ教授(Professor Rita Tewari)とジュネーブ大学のマチュー・ブロシェ教授(Professor Mathieu Brochet)によって主導されました。この研究では、特に蚊の体内での寄生虫の発育段階に着目し、独特な細胞分裂の仕組みを解明することで、将来的な治療ターゲットを見出すことを目指しています。 テワリ教授は次のように述べています。「COVID-19を見ても明らかなように、病気そのものを制御するだけで

アルツハイマー病のリスクを高める遺伝子変異「APOE4」の毒性を解明 スタンフォード大学医学部のマイク・グレイシャス博士(Mike Greicius, MD)が率いる研究チームは、アルツハイマー病に関連する遺伝子変異「APOE4」の影響を詳しく調査し、治療戦略に新たな道筋を示しました。この研究は2024年1月に学術誌Neuronに掲載されました。論文のタイトルは、「Gummy Clumps, Plaque-Attack Drugs, and Luck of the Genetic Draw(粘着性凝集物、アミロイドプラークを狙う薬、そして遺伝的要因の重要性)」です。 アルツハイマー病とアミロイドプラーク アルツハイマー病は、主に記憶喪失や認知機能の低下を引き起こす進行性の神経疾患です。この病気の分子レベルでの特徴の一つが「アミロイドプラーク」と呼ばれる物質の脳内蓄積です。このアミロイドプラークは、発症の数年前から脳内に現れることが知られています。 長年にわたり、多くの治療薬がこのアミロイドプラークを標的として開発されました。しかし、プラークの除去だけでは症状を劇的に改善することができないことが判明し、研究者たちは新しいアプローチを模索するようになりました。 遺伝子変異APOEとアルツハイマー病のリスク アルツハイマー病のリスクに大きく関与する遺伝子「APOE」には、主に以下の3種類のバリアント(変異型)が存在します。 APOE4: アルツハイマー病リスクを高める。APOE3: 最も一般的で中立的な影響を持つ。APOE2: 病気のリスクを軽減する保護効果を持つ。 特にAPOE4を持つ人は、アルツハイマー病の発症リスクが大幅に増加します。1コピーのAPOE4を持つ人は、最も一般的なAPOE3を2コピー持つ人に比べて2~3倍のリスクがあります。さらに、APOE

一つの種がどのようにして二つに分かれるのでしょうか? 生物学者にとって、これは奥深い問いです。一般的に、種分化のプロセスは、単一の集団が地理的に隔離されることで起こると考えられています。長期間、別々に存在すると交配能力を失います。しかし、2024年8月28日に学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に発表された新しい研究は、より珍しい形の種分化が発生する際に何が起こるかを示しています。山脈や海などの物理的な障壁ではなく、種のメンバーが時間の中で分離されることがあるのです。オープンアクセスの論文「Day–Night Gene Expression Reveals Circadian Gene disco As a Candidate for Diel-Niche Evolution In Moths(昼夜遺伝子発現がガ成虫における日周ニッチ進化の候補として概日時計遺伝子discoを明らかに)」と題されています。 研究者らは、米国南東部で生息域が重なる2つの近縁なガの種に焦点を当てました。 「これらの2種は非常に似ています」と、研究を主導したヤシュ・ソンディ博士(Yash Sondhi, PhD)は述べました。博士はこの研究をフロリダ国際大学で研究を行い、その後フロリダ自然史博物館で研究を続けました。「彼らは飛行時間で区別されています。」 ドリョカンパ属に属するロージーメープルガは、ロアルド・ダールが幻覚から描いたかのような見た目をしています。頭と腹部の上にライオンのたてがみのような毛があり、イチゴとバナナのキャンディのような色鮮やかな鱗粉を持っています。この種はオス・メスともに夜間のみ飛行します。 一方、アニソタ属に属するピンクストライプオークワームガは、もっと控えめで、オーカー、アン

人工知能(AI)を用いた臨床医の意思決定を支援するための新しいツール「SepsisLab」は、予測性能を高めるために必要な人口統計データ、バイタルサイン、検査結果を提案するという、AIツールとしては珍しい特徴を備えています。このシステムは、救急部門や集中治療室(ICU)で患者を診療する医師や看護師からのフィードバックを基に開発されました。これらの場では、感染症に対する体の過剰反応である敗血症が最もよく見られます。医療スタッフは、電子健康記録のみを使用して患者のリスクスコアを生成する既存のAIツールに不満を示していました。オハイオ州立大学(OSU)の科学者らは、SepsisLabを4時間以内に患者の敗血症リスクを予測する能力を持つよう設計しました。さらに、このシステムは欠落している患者情報を特定し、その重要度を定量化し、特定の情報が最終的なリスク予測にどのように影響するかを医療スタッフに視覚的に示します。公開および独自の患者データを使用した実験では、推奨されたデータの8%を追加することで、システムの敗血症予測精度が11%向上したことが示されました。 「既存のモデルはより伝統的な人間とAIの競争というパラダイムを代表しており、ICUや救急室で多数の誤警報を発生させ、臨床医の意見を取り入れていません」と、OSUの計算機科学・生物医学情報学の准教授であり、AIMed Labのディレクターであるピン・チャン博士(Ping Zhang, PhD)が述べています。 「私たちは、意思決定の各中間ステップにAIを関与させる『AI-in-the-human-loop』の概念を採用し、ただのツールを開発するだけでなく、医師をプロジェクトに参加させる必要があります。これはコンピュータサイエンティストと臨床医の間の本当の協力であり、医師を中心に据えたシステムの開発です」とチャン博士は述べまし

deCODE Geneticsの科学者らと共同研究者らは、CCDC201遺伝子における変異を特定しました。この変異は両親から遺伝されると、平均で9年早く閉経を迎えることがわかりました。Amgenの子会社であるdeCODE Geneticsは、アイスランド、デンマーク、英国、ノルウェーの共同研究者らと共に、この研究成果を2024年8月27日にNature Geneticsで発表しました。このオープンアクセス論文は「Homozygosity for a Stop-Gain Variant in CCDC201 Causes Primary Ovarian Insufficiency(CCDC201におけるストップゲイン変異のホモ接合性が原発性卵巣不全を引き起こす)」と題されています。本論文の上席および責任著者は、deCODE Geneticsの創設者兼CEOであるカリ・ステファンソン博士(Kari Stefansson, MD, Dr. Med.)です。 閉経年齢(AOM)は生殖能力や疾患リスクに大きな影響を与えます。本研究は、2つの変異を有する個体(ホモ接合体)に焦点を当てた劣性モデルに取り組みました。劣性モデルは、一般的に1つの変異を持つ個体(ヘテロ接合体)を対象とする加法モデルと比べ、あまり研究されていません。特にこの1つの変異が稀な場合です。アイスランド、デンマーク、英国、ノルウェーの17万4千人以上の女性からのデータを分析した結果、CCDC201遺伝子の位置162のアルギニンがストップコドンに変わる、ストップゲイン変異(早期終止コドンを伴う変異)が閉経年齢(AOM)に大きな影響を及ぼすことが判明しました。 CCDC201遺伝子は、2022年に人間のタンパク質コーディング遺伝子として初めて特定され、それ以来、卵細胞で高発現することが示されています。本研究では、そ

エレヴァイ・ラボ社(NASDAQ: ELAB)とカナダのダルハウジー大学(Nova Scotia)との共同研究により、エレヴァイのヒト臍帯間葉系幹細胞(hUMSC)由来のエクソソーム「ELEVAIエクソソーム™」が、創傷治癒、免疫調節、および皮膚の細胞外マトリックス(ECM)のリモデリングに関連する800種類以上のタンパク質を含むことが明らかになりました。 この研究では、ELEVAIエクソソーム™のタンパク質プロファイルが、54件の既存のエクソソーム研究データと比較して、統計的に有意で著しく豊富であることが示されました。特に、加齢とともに減少するタンパク質が多く含まれており、皮膚の薄化、弾力の低下、シワの形成を防ぐ可能性があることが示唆されています。 2024年8月19日、エレヴァイ・ラボ社は、同社の独自技術「Precision Regenerative Exosome Technology™(PREx™)」を用いたエクソソームが、細胞外マトリックスの組織化、免疫機能、創傷治癒に関連するタンパク質を運ぶ可能性があると発表しました。この研究は、ダルハウジー大学応用科学・プロセス工学科のスタニスラフ・ソコレンコ博士(Stanislav Sokolenko, PhD)との共同研究の一環です。 同社のCEOであるジョーダン・R・プレウス博士(Jordan R. Plews, PhD)は「当社のエクソソームが他のエクソソームと根本的に異なるかどうかを確認することが研究の目的でした。このデータにより、当社のPREx™技術で適切に処理されたhUMSCから得られるエクソソームは、他の幹細胞(MSC)由来のエクソソームと類似しつつも異なるプロテインプロファイルを持つと考えています」と述べました。 タンパク質プロファイルの比較 ELEVAIエクソソーム™のサンプルは、透過型電子顕

イスラエルのエルサレム・ヘブライ大学の分子神経科学教授であるヘルモナ・ソレク博士(Hermona Soreq, PhD)は、脳と身体の相互作用におけるコリン作動性システムの役割を解明する最前線で活躍しています。彼女の研究は、特にアセチルコリンと小RNA制御因子を中心に、ストレス応答や神経変性疾患における脳の調節機構に迫るものです。これらの成果は、2024年9月25日にBrain Medicine誌に掲載されたインタビューおよび論文を通じて詳細に紹介されました。 脳と身体のコミュニケーション解明に挑むヘルモナ・ソレク教授の研究 「Hermona Soreq: Revolutionizing Neuroscience by Elucidating the Roles of Poly(A) Tails, mRNA Stability, Small RNA Regulators and Acetylcholine in Brain-Body Communication Throughout the Lifespan(ヘルモナ・ソレク:ポリ(A)テール、mRNA安定性、小RNA制御因子、アセチルコリンによる生涯にわたる脳と身体のコミュニケーションの解明による神経科学の革新)」です。 この論文では、ソレク博士が長年取り組んできた研究テーマの集大成として、ポリ(A)テールやmRNA安定性、小RNA制御因子がどのように脳と身体のコミュニケーションを調節しているかを説明しています。特にアセチルコリンの役割を中心に、生涯にわたる脳内および身体の相互作用を多層的に解析した内容は、神経科学分野において重要な一歩と評価されています。 アセチルコリンと小RNAの革新 ソレク博士は、ヒトのコリンエステラーゼ遺伝子(のクローニングや、マイクロRNA-132がコリン作動性経路を制御する主

FDAに承認された3つに1つの薬は、人間の細胞表面に点在する単一のスーパーファミリーである受容体(GPCR: G protein-coupled receptors)を標的としています。β遮断薬から抗ヒスタミン薬に至るまで、これらの生命を救う重要な薬は、これらの受容体を介して複雑な生化学的経路を引き起こし、最終的に心臓発作を防ぎ、アレルギー反応を即座に止める役割を果たします。しかし、科学者らは、これらの薬の作用が当初考えられていたよりもはるかに複雑であることを発見しました。多くの薬は、実際には1つの受容体とそれに関連する1つのタンパク質で構成される複合体を標的としています。 Science Advances誌に掲載された新しい研究は、215種類のGPCRとそれらが複合体を形成することが知られている3つのタンパク質間の相互作用をマッピングする新たなアプローチを紹介しています。この発見により、これらの相互作用およびその治療の可能性に関する理解が劇的に拡大しました。公開アクセス論文は「Multiplexed Mapping of the Interactome of GPCRs with Receptor Activity–Modifying Proteins(GPCRと受容体活性修飾タンパク質との相互作用網の多重マッピング)」と題されています。 「技術的には、前例のないスケールでこれらの受容体を研究できるようになりました」と、ロックフェラー大学の化学生物学およびシグナル伝達研究室の元大学院生であり、筆頭著者のイラナ・コトリアール博士(Ilana Kotliar, PhD)は述べています。「生物学的には、これらのタンパク質-受容体相互作用の現象が当初考えられていたよりもはるかに広範囲にわたっていることが分かり、将来の研究の道を開くことになりました。」 未知の領域 この

結核は驚くほど複雑な感染症です。感染による死亡は世界の主要な感染症死亡原因ですが、Mycobacterium tuberculosis(Mtb)による感染全体の5%に満たないと推定されています。抗生物質の使用で一部の感染者は救われますが、感染者数と重症化する割合との間には依然として大きなギャップがあります。最近の研究により、このギャップの一因として結核に対する遺伝的な脆弱性が浮上しています。 ロックフェラー大学の研究者らが8月28日、Nature誌に発表した研究で、新たな遺伝子変異が結核を発症しやすくすることが確認されました。この変異は、驚くべきことに他の感染症には影響を与えません。論文タイトルは「Tuberculosis in Otherwise Healthy Adults with Inherited TNF Deficiency(遺伝的TNF欠乏を有する健康な成人における結核)」です。 TNFと結核の関係 炎症性サイトカインであるTNFの後天的な欠乏は、結核発症リスクの増加と関連しています。今回の研究で、ステファニー・ボワソン=デュピュイ博士(Stéphanie Boisson-Dupuis, PhD)とジャン=ローラン・カサノヴァ博士(Jean-Laurent Casanova, MD, PhD)は、TNF欠乏の遺伝的原因とそのメカニズムを明らかにしました。肺内の免疫プロセスがTNFの欠如によって機能しなくなることで、重篤な結核に陥ることが分かりました。 特異な発見 カサノヴァ博士の研究室は20年以上にわたり、結核の遺伝的原因を研究し、複数の国でフィールドワークを行ってきました。25,000人以上の患者の全エクソームシーケンスを用いたデータベースを構築し、その中の約2,000人は結核を発症しています。これまでに、CYBB遺伝子の変異など、

最大規模のMS患者iPS細胞モデルが明らかにする新たな病気の洞察と治療の可能性。 ニューヨーク幹細胞財団(NYSCF)研究所とケース・ウェスタン・リザーブ大学の科学者たちは、これまでで最大規模となる多発性硬化症(MS)患者のiPS細胞(induced pluripotent stem cell)モデルを作成し、そのコレクションを用いて、脳の重要なサポート細胞であるグリアがMSにどのように寄与するかを初めて詳細に解析しました。この研究成果は、2024年8月26日付の『Cell Stem Cell』誌に掲載されました。これにより、MS患者のグリア細胞が、免疫システムの影響を受けずに病気固有の特性を示すことが判明し、iPS細胞を用いた新しい病態研究の可能性を示しました​​。 MSにおけるグリア細胞の未知の役割 MSは、免疫系が誤って中枢神経系の神経を保護するミエリン鞘を攻撃し、神経機能に重大な障害を引き起こす自己免疫疾患です。これまでの研究と治療戦略は、主に過剰に活動する免疫系を抑えることに注力してきましたが、脳内の細胞、特にグリア細胞が病気の発症と進行にどのように関与しているかについては十分に解明されていませんでした。この研究では、NYSCFの自動化プラットフォームを用いてMS患者の皮膚生検からiPS細胞を作成し、これをグリア細胞へと分化させることで、体内の複雑な環境に依存せずに病態を研究することが可能となりました​​。 新たな治療への道を開く発見 研究チームは、特に重症度が高い原発性進行型MS患者のiPS細胞由来グリア細胞を調べたところ、オリゴデンドロサイトの数が少ないことを発見しました。オリゴデンドロサイトはミエリンを生成し、神経線維を保護する役割を担っています。この発見は、MSが単なる免疫系の異常によって引き起こされるという従来の理解に挑戦し、病気の進行は脳

CDCA7の新たな役割がDNAメチル化の維持を支える仕組みを解明。 DNAメチル化はDNA分子のシトシン塩基にメチル基が結合するプロセスで、エピジェネティックなマークとして遺伝子発現の制御に関与します。このプロセスは、心臓細胞で脳関連の遺伝子が活性化しないようにするなど、細胞の多様性を確保しながらもDNA配列を変えずに働きます。正確なDNAメチル化パターンの維持は、各細胞の正常な機能に不可欠ですが、これは決して容易ではなく、メチル化パターンは時間とともに変化し、さまざまな疾患と関連しています。その一つに、免疫不全、セントロメア不安定性、顔面異常(ICF)症候群と呼ばれるまれな遺伝性疾患があり、症状には呼吸器感染症の反復、顔面異常、成長および認知の遅れが含まれます。 CDCA7遺伝子の変異がICF症候群を引き起こすことは知られていましたが、その分子レベルでの機能についてはこれまで不明でした。 ロックフェラー大学の船引 宏則 博士(Hiro Funabiki, PhD)率いる研究室は、東京大学および横浜市立大学の研究者らとの緊密な協力のもと、CDCA7の独自の機能を特定し、DNAメチル化の正確な継承を保証することを発見しました。この研究成果はScience Advancesに掲載され、論文は「CDCA7 Is an Evolutionarily Conserved Hemimethylated DNA Sensor in Eukaryotes(CDCA7は進化的に保存された真核生物の半メチル化DNAセンサー)」と題されています​。 共同筆頭著者であるイザベル・ワッシング博士(Isabel Wassing, PhD)は、「この発見は非常に驚くべきものでした。CDCA7がセンサーとして働くことで、その変異がICF症候群を引き起こす理由が説明でき、エピジェネティクス分野の

蚊に刺されるのは日常的な迷惑の範疇ですが、一部地域では命に関わることもあります。ネッタイシマカ(Aedes aegypti)は、毎年1億件以上のデング熱、黄熱、ジカ熱などのウイルス性疾患を拡散し、ハマダラカ(Anopheles gambiae)はマラリアの原因となる寄生虫を媒介します。世界保健機関(WHO)によると、マラリアだけで毎年40万人以上の死亡者が出ています。このため、蚊は「最も多くの人命を奪う動物」として恐れられています。 ネッタイシマカは人間の血を必要とし、産卵のために宿主を見つける能力が極めて高いことから、その行動メカニズムには100年以上にわたる研究が行われてきました。最新の研究では、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の研究チームが、赤外線(IR)による新たな感知能力を発見しました。この研究結果は、科学誌Natureに「Thermal Infrared Directs Host-Seeking Behaviour In Aedes aegypti Mosquitoes(熱赤外線がネッタイシマカの宿主探索行動を誘導する)」というタイトルで公開されています。 赤外線に導かれる蚊の動き 蚊が宿主を見つけるための手がかりには、CO2(二酸化炭素)、皮膚からの熱、視覚、湿度などが含まれますが、これらの手がかりにはそれぞれ限界があります。例えば、人間が動くと風により化学的手がかりが乱され、蚊の視覚も頼りになりません。そこで、赤外線(IR)が信頼できる方向感覚として機能する可能性が検討されました。 実験では、皮膚温度である約34度の赤外線源を用い、CO2と人間の匂いを同時に提示することで、ネッタイシマカの宿主探索行動が2倍に増加しました。さらに、IRが約70センチメートルの距離でも有効であることが確認されました。 赤外線を感知するメカニズム I

2024年8月20日、Nature Structural & Molecular Biology誌に掲載された新しい研究が、脳の発達に欠かせないタンパク質「MeCP2」の機能に光を当てました。ロックフェラー大学のシンシン・リウ博士(Shixin Liu, PhD)の研究チームが行ったこの研究は、MeCP2がDNAやクロマチンとどのように相互作用するかを明らかにし、レット症候群に対する新たな治療法の可能性を示唆しています。論文のタイトルは「Differential Dynamics Specify MeCP2 Function at Nucleosomes and Methylated DNA(ヌクレオソームとメチル化DNAにおけるMeCP2の機能を特定する動的差異)」です。 脳発達を司る重要なタンパク質MeCP2 MeCP2は遺伝子発現の「マスター調節因子」として知られ、特に神経細胞に豊富に存在するタンパク質です。このMeCP2の異常が、若い少女に深刻な認知・運動・コミュニケーション障害を引き起こすレット症候群の原因とされていますが、分子レベルでの詳細な仕組みについては多くの謎が残されていました。「数十年にわたって研究が続けられてきたものの、MeCP2がどのように働き、どの遺伝子に関わっているのかについての決定的な合意には至っていません」とリウ博士は述べています。 シングル分子技術でMeCP2の動作を解明 リウ博士らの研究チームは、シングル分子観察技術を駆使して、MeCP2がDNAとどのように相互作用するのかを観察しました。研究では、DNAを小さなプラスチックビーズに挟んで固定し、そこに蛍光標識したMeCP2タンパク質を加えることで、MeCP2の動きを詳細に捉えました。この高度な観察により、従来の方法では解明が難しかったMeCP2のダイナミックな動作を確

RION社は再生医療の新たな地平を切り拓くべく、独自の再生医療製品「Platelet Exosome Product™(PEP™)」を用いた膝関節症(Knee Osteoarthritis, Knee OA)治療の第1b相臨床試験を開始しました。この試験は、膝関節症におけるPEP™の安全性と有効性シグナルを評価することを目的としています。 世界的な課題としての膝関節症 膝関節症は世界で毎年約3億6400万人に影響を与え、医療費の高騰や生活の質の低下をもたらしています。この病気は米国だけで年間100万件を超える入院を引き起こし、その多くが人工関節置換術に関連しています。米国の医療費への負担は年間57億~150億ドルと推計されています。 革新的なアプローチ:エクソソーム治療の最前線 この試験は、整形外科領域で初めてFDA(米国食品医薬品局)が承認したエクソソーム治療法の評価となり、再生医療における新たな基盤を築きます。PEP™は、ヒト血小板由来のエクソソームを安定化した凍結乾燥粉末であり、細胞増殖や血管新生を促進し、炎症を軽減し、細胞を保護する設計がされています。 試験の詳細と科学的基盤 この第1b相試験は、オープンラベルのランダム化多施設試験として24名の患者を対象に、米国内で実施されます。患者にはPEP™の関節内注射が1回行われ、その後安全性と有効性の指標が追跡されます。前臨床試験では、PEP™が軟骨保護作用や再生作用を持つことが示され、軟骨細胞の増殖促進、アポトーシス(細胞死)の抑制、炎症の調節が確認されています。 今後の展望 この試験の成功は、膝関節症におけるPEP™のさらなる臨床試験やBiologics License Application(生物製剤承認申請)の提出に向けた道を開くものです。RION社の共同創設者であるアッタ・ベファル博士(Att

MASHにおけるTREM2+マクロファージの重要性:線維化の進行を抑え、炎症を軽減する可能性。 かつて非アルコール性脂肪肝炎(NASH)として知られていた「代謝機能障害に関連する脂肪性肝炎(MASH)」は、肝臓の線維化や炎症を特徴とする病気です。MASHは肝硬変や肝癌のリスクを高め、治療法が限られているため、アメリカでの肝移植理由としては慢性C型肝炎感染による肝硬変に次いで2番目に多い原因です。この疾患の進行メカニズムの理解が、効果的な治療法の開発には欠かせません。 サンフォード・バーナム・プレビス研究所、カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部などの研究チームは、MASHにおける異常な肝細胞とマクロファージ(白血球の一種で、有害な細胞や病原体の除去と正常な治癒を促進する役割を持つ)の複雑な相互作用について、2024年8月22日にPNAS誌で発表しました。この論文は「Lipid-Associated Macrophages’ Promotion of Fibrosis Resolution During MASH Regression Requires TREM2(MASH回帰中における脂質関連マクロファージの線維化解消促進にはTREM2が必要)」と題されています。 研究概要と主要な発見 この研究の上級著者は、サンフォード・バーナム・プレビスのがんゲノム・エピジェネティクスプログラムのデバンジャン・ダー博士(Debanjan Dhar, PhD)であり、共著者には同研究所の社長兼CEOであるデビッド・ブレナー博士(David Brenner, MD)とカリフォルニア大学サンディエゴ校の細胞・分子医学教授であるクリストファー・グラス博士(Christopher Glass, MD, PhD)が含まれます。第一著者は同大学とサンフォード・バーナム・プレビスのポスドク研

2024年レスリー・ゲーリ賞受賞者、ハンチントン病研究のパイオニアに輝く 2024年レスリー・ゲーリ科学革新賞(Leslie Gehry Prize for Innovation in Science)の受賞者が、8月10日に遺伝性疾患財団(Hereditary Disease Foundation, HDF)から発表されました。今年の受賞者は、ハーバード大学医学大学院およびマサチューセッツ総合病院、さらにMITとハーバードのブロード研究所に所属するジェームズ・F・ガセラ博士(James F. Gusella, PhD)です。 ガセラ博士はハンチントン病(HD)の研究分野において画期的な発見を数多く生み出してきました。彼の研究成果により、HDの原因となる遺伝子の特定やその遺伝子検査の開発、動物モデルの作成、さらには発症年齢を修飾する遺伝子の発見が可能になりました。これらの貢献が科学界で高く評価され、HDに関する査読付き論文で彼の研究が引用されていないものはほとんどありません。 1983年の遺伝子マッピングからHD研究の第一線へ 博士課程を修了した直後、ガセラ博士は、初代ゲーリ賞受賞者であるデイビッド・ハウスマン博士(David Housman)の研究室で、HDに関連する遺伝子マーカーを第4染色体にマッピングするプロジェクトの中核を担いました。この発見はHD遺伝子検査の開発に直結し、その後、原因遺伝子の特定にもつながりました。この進展により、HDの分子機構を解析するための動物モデルが構築され、HD研究は大きく加速しました。 GeM-HDコンソーシアムのリーダーシップと画期的発見 ガセラ博士は、ハンチントン病修飾因子(GeM-HD)コンソーシアムのシニアメンバーとしても活躍しています。2015年には、HDに影響を与える修飾遺伝子を特定する画期的な論文を発表しまし

発見された「空間文法」コードがDNAに存在、遺伝子の活性制御の新たな仕組み解明へ。 ワシントン州立大学(Washington State University)とカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らは、DNAに隠された新たな「空間文法」が遺伝子の活性制御の鍵を握ることを明らかにしました。この画期的な研究成果はNature誌に公開され、「Position-Dependent Function of Human Sequence-Specific Transcription Factors(位置依存的なヒト配列特異的転写因子の機能)」というタイトルで発表されました。この発見は遺伝子発現の仕組みや、発生や疾患における遺伝子変異の影響についての理解を根本的に変える可能性を秘めています。 転写因子の複雑な役割:活性化因子と抑制因子の機能を両立 転写因子(transcription factors)は、遺伝子が活性化されるか否かを調整する重要なタンパク質で、これまでは遺伝子の活性を「オン」「オフ」する役割を持つと考えられてきました。しかし、今回の研究は転写因子の役割がはるかに複雑であることを示しています。 「教科書には転写因子が活性化因子または抑制因子として作用する、と説明されていますが、実際にはそのように明確な区別ができるケースは驚くほど少ないのです」と、ワシントン州立大学分子生物科学部のサシャ・ダットケ博士(Sascha Duttke, PhD)は述べています。研究チームは、ほとんどの活性化因子が抑制因子としても機能することを突き止めました。 転写因子の位置と遺伝子の発現における「アンビエンス」 ワシントン州立大学の大学院生、ベイリー・マクドナルド氏(Bayley McDonald)によると、「もし活性化因子を取り除くと活性化が失われると考えますが、実際

重度の心不全後、心臓が新しい細胞を形成して治癒する能力は非常に低いです。しかし、補助的な心臓ポンプを用いた治療を受けた後、損傷した心臓が新しい心筋細胞を用いて自己修復する能力は大幅に向上し、健康な心臓よりも高くなります。これは、スウェーデンのカロリンスカ研究所の新しい研究によるもので、2024年11月21日に医学雑誌Circulationに発表されました。このオープンアクセスの論文は「A Latent Cardiomyocyte Regeneration Potential in Human Heart Disease(人間の心臓疾患における潜在的心筋細胞再生能力)」と題されています。 人間の心臓が心筋細胞(ミオサイト)を再生することで自己を更新する能力は非常に限られています。しかし、重度の心不全によって心臓が損傷を受けた場合、この能力がどうなるのかはこれまで明らかではありませんでした。カロリンスカ研究所の研究者らは今回、損傷後の細胞再生率が健康な心臓よりもさらに低いことを発見しました。進行した心不全患者に対する標準治療は、外科的に埋め込まれる血液を推進する補助ポンプ、いわゆる左心室補助装置(LVAD)です。 修復メカニズムの起動 驚くべきことに、このような心臓ポンプを装着し、心機能が著しく改善した患者では、心筋細胞を再生する能力が健康な心臓の6倍以上に達することが判明しました。「この結果は、心臓の自己修復メカニズムを始動させる隠された鍵が存在する可能性を示唆しています」と、カロリンスカ研究所細胞・分子生物学部のシニアリサーチャーであり、この論文の責任著者であるオラフ・ベルグマン博士(Olaf Bergmann, PhD)は述べています。この効果の背後にあるメカニズムは依然として不明であり、説明する仮説はまだ存在していません。「現時点のデータでは、この効果の説明を

コリンエステラーゼ阻害薬がレビー小体型認知症(DLB)に認知機能維持効果、カロリンスカ研究所の10年間追跡調査。 レビー小体型認知症(DLB)は、アルツハイマー病やパーキンソン病といった他の神経変性疾患と特徴を共有し、認知症の中でも2番目に多い病気です。しかし、DLBの治療に関する長期研究は少なく、そのため治療選択肢は限られています。2024年8月23日にスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究チームが発表した新しい研究は、DLBの治療におけるコリンエステラーゼ阻害薬(ChEIs)の潜在的な効果について示唆を与え、今後の治療ガイドライン改訂への期待が高まっています。 この研究結果は、アルツハイマー協会の学術誌Alzheimer’s & Dementiaに「Long-Term Effects of Cholinesterase Inhibitors and Memantine on Cognitive Decline, Cardiovascular Events, and Mortality in Dementia with Lewy Bodies: An Up to 10-Year Follow-Up Study(コリンエステラーゼ阻害薬とメマンチンがレビー小体型認知症に与える認知機能低下、心血管イベントおよび死亡率への長期効果:最大10年間の追跡研究)」と題して発表されました。 DLBは、認知症症例の約10〜15%を占め、睡眠、行動、認知機能、運動、自律神経の調節に影響を与える病態です。DLBに対する認可された治療薬は存在しないため、アルツハイマー病の治療に用いられるコリンエステラーゼ阻害薬(ChEIs)やメマンチンがよく処方されています。しかし、これらの薬剤がDLBに対して有効であるかどうかは、現在まで一貫した臨床試験の結果が出ておらず、特に長期的な治療

私たちのウイルス防御機能、生命の進化と微生物の遺産。 ウイルス感染に対する体の初期防御機構の一部は、何十億年前の微生物の祖先から受け継がれていると考えられます。テキサス大学オースティン校(The University of Texas at Austin)の新しい研究によると、私たちの自然免疫系における重要な二つの要素は、アスガルド古細菌という微生物群に由来していることが明らかになりました。この研究では、ウイルスに対する防御に重要な役割を果たすビペリンとアルゴノートという二種類のタンパク質群が、アスガルド古細菌から進化してきたことが示されています。なお、これらの防御タンパク質はバクテリアにも存在しますが、真核生物のそれはアスガルド古細菌のものに最も近縁であることが明らかになりました。 この研究成果は、2024年7月31日付けでNature Communications誌に掲載されたオープンアクセス論文「「Asgard archaea Defense Systems and Their Roles in the Origin of Eukaryotic Immunity(アスガルド古細菌の防御システムと真核生物免疫の起源における役割)」」として発表されました。 研究背景と意義 この発見は、全ての真核生物を生んだ細菌とアスガルド古細菌との共生関係の理論をさらに支持するものであり、「アスガルド古細菌が私たちの微生物の祖先である」という考えを補強しています。本研究のシニア著者であるブレット・ベイカー博士(Brett Baker, PhD)は、「これまでにもアスガルドから真核生物が得た構造タンパク質の豊富さが知られてきましたが、今回の研究により、真核生物の防御システムの一部もアスガルドに由来する可能性が示唆されました」と述べています。 ビペリンとアルゴノートの役割とメカ

グライコRNAの存在を証明し、細胞間コミュニケーションと免疫系との関わりを解明する。 ハーバードチームの画期的発見 ハーバード大学幹細胞生物学および再生医療学科のライアン・フリン博士(Ryan Flynn, MD, PhD)とその研究チームは、細胞表面の生物学においてRNAの意外な役割を発見しました。フリン博士の研究は細胞表面におけるRNAの生物学を探求しており、特定のRNAがグリカン(細胞表面に存在する複雑な炭水化物ポリマー)と化学的に結びついていることを明らかにしました。フリン博士のチームは2021年に初めて、RNAが細胞外で発見される可能性を報告し、この発見はRNAが細胞内にのみ存在するとされてきた従来の考えを覆しました。 新たな研究は8月21日にCell誌に発表され、RNAがN-グリカンと化学的に結びつくメカニズムを解明しました。従来、グリカンに結合する分子はタンパク質と脂質のみとされていましたが、この研究によりRNAもそのリストに加わることが明らかになりました。論文のタイトルは「The Modified RNA Base acp3U Is an Attachment Site for N-Glycans in GlycoRNA(RNAの修飾塩基acp3UがグライコRNAのN-グリカン結合部位である)」です。 「我々の研究により、実際にはタンパク質、脂質、RNAの3種類の糖鎖結合体(グライココンジュゲート)が存在することが証明されました」とフリン博士は述べ、今回の発見が細胞生物学の理解を深め、グリコRNAの機能に関する新たな研究の道を開いたと説明しています。 グライコRNAの存在証明の課題 2021年の発見当初、グライコRNAの存在には多くの期待が寄せられましたが、RNAとグリカン間の化学的結合を証明することは困難でした。この問題に取り組むため、フリ

マラリア感染におけるマウス肝臓の空間的・単一細胞レベルでの宿主-病原体相互作用。 マラリア寄生虫がヒトの赤血球に到達するには、まず肝臓に入り、そこで数日の間に少数の寄生虫が分化・複製することが必要です。この肝臓での段階が、寄生虫のライフサイクルにおけるボトルネックとなっているため、効果的で持続的なワクチンを開発する上で理想的なターゲットとされています。ストックホルム大学の研究者らとその共同研究者は、空間トランスクリプトミクス(Spatial Transcriptomics: ST)および単一細胞RNAシーケンシング(scRNA-seq)技術を用いて、初めてマウス肝臓におけるマラリア感染の時空間マッピングを実現しました。この研究成果は2024年8月19日にNature Communicationsに発表されました。 研究の背景と目的 ストックホルム大学の分子生物科学部門の准教授であるヨハン・アンカークレブ博士(Johan Ankarklev, PhD)は、「感染により異なる遺伝子発現パターンが肝臓組織全体でどの位置に存在するかを特定できるようになったことは、マラリア研究にとって大きな進展です。これは宿主-病原体相互作用を組織の実際のコンテキストで調べるための新たなプラットフォームとなり、創薬やワクチン開発に貢献する新たなターゲットの発見につながる可能性があります」と述べています​。 この研究は、ストックホルム大学のヨアキム・ルンデバーグ教授(Joakim Lundeberg, PhD)、カロリンスカ研究所のエマ・R・アンダーソン准教授(Emma R. Andersson, PhD)、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のジョエル・ベガ=ロドリゲス准教授(Joel Vega-Rodriguez, PhD)、およびベルギーのVIB研究所のシャーロット・スコット教授(Cha

科学者たちは、糖尿病やホルモン障害の治療法の手がかりを予想外の場所で発見しています。それは、地球上で最も毒性の強い生物の一つである海洋のコーンスネイル(イモガイ)から抽出された毒素です。ユタ大学を中心とした国際研究チームは、コーンスネイルの毒に含まれる成分が、人間の体内で血糖値やホルモンレベルを調整するホルモン「ソマトスタチン」に似た作用を持つことを突き止めました。この毒素は、獲物を捕らえるためにコーンスネイルが使用する長期的な効果を持ち、それが糖尿病やホルモン障害の治療薬開発に応用できる可能性があります。 この研究は2024年8月20日にNature Communications誌に発表され、タイトルは「Disruption of Glucose Homeostasis in Prey: Combinatorial Use of Weaponized Mimetics of Somatostatin and Insulin by a Fish-Hunting Cone Snail(獲物の糖代謝調整を乱す:イモガイによるソマトスタチンとインスリン模倣体の複合使用)」です。 新薬設計のための青写真 研究者らが特定したソマトスタチンに類似する毒素「コンソマチン」は、糖尿病やホルモン障害の治療薬改良の鍵となる可能性があります。ソマトスタチンは、血糖値やホルモンレベルなどの上昇を抑制するブレーキの役割を果たしますが、コーンスネイルの毒素であるコンソマチンも同様の働きを持ちます。研究によると、コンソマチンはソマトスタチンの標的となるたんぱく質の一部に作用しますが、その作用は人間のホルモンよりも安定しており、特定の標的にのみ作用するため、副作用を抑えた薬の開発に応用できる可能性があります。 コンソマチンの特性 研究者がコンソマチンの構造を調査したところ、人間のホルモンより

外来昆虫による生態系への影響が、従来の想定を超えて拡大する可能性が示されました。ウィスコンシン大学マディソン校の研究チームは、スポンジ・モスと呼ばれる侵入昆虫が在来種の大型蛾に与える深刻な影響を明らかにしました。この研究は、外来種が直接的な競争をすることなく、間接的に在来種の生存を脅かす新たなメカニズムを解明した点で注目されています。 スポンジ・モスの脅威と研究の背景 スポンジ・モスの幼虫は、ヨーロッパから北米に持ち込まれた外来昆虫で、2000年代初頭からウィスコンシン州を中心にその食害が広がっています。この幼虫は春から夏にかけて活発に活動し、樹木の葉を次々と食べ尽くしていきます。その被害は時に森林全体を丸裸にするほどで、地域の生態系に壊滅的な影響を及ぼしています。スポンジ・モスの発生は周期的ですが、突如として大量発生することもあり、生態系に予測不可能な負担を与えています。 2021年、ウィスコンシン大学名誉昆虫学教授のリック・リンドロス博士(Rick Lindroth, PhD)は、大学のアーリントン農業研究ステーションで、自身が2010年に植えた研究用のアスペン(ヤマナラシ)林を訪れました。COVID-19パンデミックの影響で2020年のフィールド調査が中断されていたため、研究再開に期待が寄せられていました。しかし、現地を訪れると研究林一帯に無数のスポンジ・モスの卵塊が確認され、実験の進行が困難な状況に直面しました。「卵塊が至るところにあり、侵入昆虫の数が多すぎて除去するのは不可能でした」とリンドロス博士は当時の状況を振り返ります。しかし、この予想外の状況を逆手に取り、研究チームは新たな実験計画を立てました。それは、スポンジ・モスによる被害が樹木の防御メカニズムや、それが生態系全体に与える影響を解明することに焦点を当てたものでした。 アスペンの化学防御メカニ

カリフォルニア大学バークレー校の脊椎動物動物学博物館に所属するフレッド・M・ベンハム博士(Phred M. Benham, PhD)が主導し、同僚たちと共に行った新しい研究により、スズメのゲノムにおける反復配列やトランスポゾン(TE)の重要性が明らかにされました。この研究は、鳥類のゲノムがこれまで考えられていたほど安定しておらず、予想以上に動的であることを示しています。 2024年4月3日に学術誌Genome Biology and Evolutionに公開されたこのオープンアクセス論文「Remarkably High Repeat Content in the Genomes of Sparrows: The Importance of Genome Assembly Completeness for Transposable Element Discovery(スズメのゲノムにおける驚異的な反復配列含有量:トランスポゾン発見のためのゲノムアセンブリ完全性の重要性)」は、鳥類ゲノムにおけるトランスポゾンの役割を解明する上で、ゲノムアセンブリの完全性がいかに重要であるかを強調しています。 トランスポゾンの役割 トランスポゾン(TE)、通称「ジャンピング遺伝子」は、ゲノム内を自由に移動できるDNA配列であり、ゲノム進化において重要な役割を果たします。これらは、挿入、削除、反転といったゲノム構造の変化を引き起こし、遺伝子発現や調節にも影響を与えます。トランスポゾンは時にゲノムの不安定性を招くものの、色の変化や免疫反応の向上といった新しい形質の発現をもたらす可能性もあります。 次世代シーケンシング技術の進展 従来の短鎖リードシーケンシング技術では、ゲノム内の反復領域を正確に解析することが困難であったため、ゲノムアセンブリにギャップが生じ、トランスポ

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