2021年8月、行政は夏休みを延長したりしていますが、こどもたちが学校へ通い始めると、感染者数がおさまらない現状では不安が多いかと思います。あえてこのタイミングで発表したのか定かではありませんが、東北大の研究グループが、新型コロナウイルスについて、こどもたちからの二次感染の割合が低いことを報告しています(Front. Pediatr., 10 August 2021)。 解析の対象は小児科領域の患者さんですが、これはインフルエンザなどの感染様式とは大きく異なる特徴です。また、中高生の二次感染率は小児の中では高くなっているようです。文科省は8月27日、学級閉鎖あるいは全学休校のガイドラインを発表しましたが、物事を一律に考えるのではなく、個別に状況を精査する姿勢をとるべきです。こども同士では新型コロナウイルスはうつりにくい。したがって、学校や学習塾で起こっている集団感染は、成人から個々のこどもたちへ伝播したもので、このごろの変異株は感染力が高いので、集団感染のかたちで報告されているものと考えられます。私も小学生以下のこどもたち同士で憑りにくいという印象を持っていましたが、このようなデータが出てくると、自信を持ってこの先の議論を発信することができます。 感染したこどもの感染部位のウイルスを調べてみると、ウイルスの量が非常に高いことが報告されています。当初私は、こどもが抗ウイルス物質をもっていて感染しにくいために二次感染能も低いと思っていました。だから、罹患したこどものウイルス数が高いことをどう説明したら良いか悩んでいました。そこで仮説です。罹患したこどもでは、ウイルスの飛沫化がおこりにくい。イメージとしては患部に粘着している様相です。成人では罹患組織で増殖したウイルスが飛沫化し、呼気として吐き出されると同時に、吸い込んでさらに肺へ浸潤する。これが重症化です。 研究者の皆さん

2021年の初夏、100年前を振り返ってみると、どんなに医療技術が進歩していようが、そう簡単には収まらないでしょう。つい先日、私のところへも保健所から「新型コロナウイルスワクチン接種クーポン券」なるものが送られてきました。   開封せずに放置していると女房が、「なぜ開けぬ?」→ 私「受けるつもりないので」→ 女房「皆、はやくしたいと言ってるのにもったいない」→ 私「いや、うたないので」→ 女房「それなら、辞退すると連絡すれば?」→ 私「そんなことしたら行政が混乱するだけ、ほっておくに限る」  この原稿を書くために開封しました。紙がたくさん入ってます。流れは、 ①説明書を読んで接種するかを決める、 ②接種場所を選ぶ、 ③予約する、 ④一回目の接種、 ⑤二回目の接種。 説明書は?とさがすと、ファイザー社が作った説明文があり、接種可能な人/そうでない人/要注意の人/副反応についての説明の後、このワクチンの特徴について4行ほど書かれています。こんな説明で一般国民がわかってくれるか甚だ疑問です。 『接種しても感染を100%抑えるわけではなく、これまでと同様な感染防御は行うべき』とは、あまり強調されてないです。一番大事なことなのに。 私がワクチン接種をしない理由のひとつに、この先万が一、感染したかもしれないが調べたい状況になったときに困らないためにです。感染歴があるかを調べる方法として抗体検査があります。ワクチンを打っていると抗体をもってるので抗体検査では陽性の結果になります。 したがって、実際に感染したかどうかはわからなくなります。PCRでわかると言う意見もありますが、PCR陰性になり治癒したあとの一定期間は抗体が残っているので、これを定量することになります。 本当は、ワクチンを開始する前に、抗体検査をしておくべきですが、いまは抗原検査(PCR)することで精一

血清中の抗体は抗原分子を結合していないはずです。 いや、『抗原分子をゆるく結合しうる』と表現したほうが正確でしょう。 それも、多様な抗原と弱く結合する分子の混合物です。 したがって、抗原と接しても凝集したりせず、通常は血中で悪さをしないと考えられます。このような個体から抗体遺伝子を採取し、可変領域のライブラリーを作ったとします。   例えば、重鎖と軽鎖をつなぎ合わせた一本鎖ファージのライブラリーです。目的の抗原とファージを混ぜて、スクリーニングを繰り返すと、しっかりと結合するファージを単離できます。 単離したファージをたくさん増やして詳細に調べると、ほどほどの結合定数で結合の特異性も確認できるので、特異的な一本鎖抗体(scFv, single chain Fv)が採れたと断定します。ところが、このscFvの配列をもとに人工抗体を作成し、抗体医薬を目指して検証を進めても、いまひとつ結果が思わしくないです。   大事なことを忘れているのです。 抗体と抗原の結合は、一義的ではないのです。非感作ライブラリーから苦労して単離した抗体は、抗原分子をゆるく結合しうる抗体集団の中の最強分子だったのです。弱い中の最強ですから、良い抗体とは言い難いです。一方、目的の抗原を免疫原として感作したライブラリーからは、目的の抗体が高頻度で採れてくるだけでなく、結合の強さもさらに強力な抗体集団が誘導されているわけです。感作という操作は、種々の抗体分子の発現分布を変調するだけでなく、質的な変化も惹起すると考えた方が良さそうです。 これは、以前お話しした『抗体のパクリはありうるか』でも触れたので思い出してください。

血清中の抗体は抗原分子を結合していないはずです。 いや、『抗原分子をゆるく結合しうる』と表現したほうが正確でしょう。 それも、多様な抗原と弱く結合する分子の混合物です。 したがって、抗原と接しても凝集したりせず、通常は血中で悪さをしないと考えられます。このような個体から抗体遺伝子を採取し、可変領域のライブラリーを作ったとします。 例えば、重鎖と軽鎖をつなぎ合わせた一本鎖ファージのライブラリーです。 目的の抗原とファージを混ぜて、スクリーニングを繰り返すと、しっかりと結合するファージを単離できます。 単離したファージをたくさん増やして詳細に調べると、ほどほどの結合定数で結合の特異性も確認できるので、特異的な一本鎖抗体(scFv, single chain Fv)が採れたと断定します。 ところが、このscFvの配列をもとに人工抗体を作成し、抗体医薬を目指して検証を進めても、いまひとつ結果が思わしくないです。  大事なことを忘れているのです、抗体と抗原の結合は、一義的ではないのです。 非感作ライブラリーから苦労して単離した抗体は、抗原分子をゆるく結合しうる抗体集団の中の最強分子だったのです。弱い中の最強ですから、良い抗体とは言い難いです。 一方、目的の抗原を免疫原として感作したライブラリーからは、目的の抗体が高頻度で採れてくるだけでなく、結合の強さもさらに強力な抗体集団が誘導されているわけです。 感作という操作は、種々の抗体分子の発現分布を変調するだけでなく、質的な変化も惹起すると考えた方が良さそうです。   これは、『抗体のパクリは....』でも触れたので思い出してください。

2020年の晩秋から初冬、一年前には全く予想していなかったことですが、人々の思考領域は極度に偏っています。私も、抗体に関わるおもしろそうな話題を考えようと努力をしているのですが、どうしても同じところに行きついてしまいます。 ちょうど今、 Covid-19 のワクチンは、臨床試験で有効性が確認されて実用しようという時期です。 脅威を身近にしている方々は、ワクチンを心待ちにしていて、すぐにでも投与してほしいと願っているようです。  私個人的には、ワクチンはいらないです。そして、家族をはじめ、親しい人にも接種を見送るように言います。 あまり関係ない人に対しては、「ワクチンうったら良いですよ」と。放っておいてもワクチンを接種する人口は莫大な数になるでしょう。 限られた集団での臨床試験をクリアしても、安全性が十分に確認されたわけではありません。ましてや、このCovid-19は、症状も多様で後遺症についても報告されています。投与後のデータを精査すべきです。 ワクチンで身を守るよりも、まずはかからないようにすることが大事です。それには、保因者と接触しないことが重要です。 特に危険なのは、保因者が発症したときです。発症しつつある保因者を識別することがポイントになります。感染者が吐き出す飛沫を可視化できれば一番なのですが、理屈で考えても実用は難しい。感染能を保持する塊として放出された粒子を検出することは抗体を利用すれば可能です。 しかし、ウイルス飛沫の存在がわかった時には、病原体はすでに上気道に達しているでしょう。 もし私が現在、実験できるような研究環境にいたとしたら何をしているか想像してみました。ペプチド合成を駆使してワクチン開発をすることは可能です。しかし、先に述べたように医薬品としての諸々の問題点も必至なので、自らはやらないと思います。どなたかワクチン開発をやりたい

2020年3月は、文科省管轄下の学校が臨時休校になる騒ぎではじまりました。 このウイルス、ゲノム配列を見てもいまひとつわからないところが多いです。ORFに基づくワクチン設計は既に進めているようですから、そのうち有効なものが出てくると思います。ウイルス感染と抗体に関しては、それほど意外性のあるネタを持ち合わせてないので、今回は番外編です。 私は大学へ異動してから細胞のことを覚え、研究所が改組したときは感染免疫部門に所属していました。そこで誰かから教わったわけでもなく何となく身につけた生活の知恵の一つに、重篤な風邪にかかりにくい方法がありますので紹介します。難しいことが一つも書いてないですが、バカにしてはいけない。意外と皆さんやってないです。ポイントは気になったら即実行。遅れると感染が成立して手遅れです。誰でもできるウイルス感染防御上気道で感染が成立するウイルスに対しては、この部分を温めることによって、初期の段階でウイルスを排除することが可能です。喉がイガイガ、ちょっと罹ったかなと思ったらすぐに、タオルで首をグルグル巻きにして安静、栄養価の高いものを食して暖かくします。保温剤を火傷をしない程度に温めてタオルで巻きつけても良いです。加えてマスク着用も効果的です。上気道は呼吸することによって外気温度の影響を受けやすいので、この部分の温度を高めて、免疫系をはじめとする体の生態防御をはたらきやすくするという意味です。 就寝中にウイルスと身体のバトルが逆転して治ることを期待してお試しください。 普段から首タオルは感染防御のためにはなお良いですが、ファッション的にはいまいちですね。

以前、「抗体をつくるならば C 末端を狙うべし」と書きました。 少し復習すると、折れ畳まってコンパクトな形をつくっているたんぱく質において、末端領域は比較的ふらふらしていることが多いです。 すなわち、分子の外側に出ている可能性が高いので、抗体に捕捉されやすいのです。もちろん、両末端以外のポリペプチド鎖内部領域でも分子の表面に位置して抗原性の高いところはありますが、配列のどこからどこまでを免疫原のペプチドに選ぶか迷うこともあります。 このような理由で、末端領域が抗原ペプチドとして推奨されるのです。 しかし、N末端領域は、プロセッシングされて短くなっていたり、末端メチオニンあるいは次のアミノ酸がアシル化されていたりと、修飾されていることがよくあります。 もちろん、C末端付近が翻訳後修飾されることもありますが、N 末端と比較すれば稀です。 したがって、C 末端領域がお奨めと言ったわけです。そして、少々長めにペプチドを合成しても使える抗体が得やすいということもあります。それでも抗体が上手くできないことがあるという話を今回はします。  私は大学院の途中から、カルパインの研究に関わりました。 カルパインは、カルシウムイオンによって活性化される細胞内プロテアーゼのひとつで、いまでは多くの関連遺伝子の存在が明らかになっています。その頃は、カルシウムイオン濃度に対する感受性の違いで、二つの分子種があることがわかり、酵素科学的研究が先行していました。低いカルシウム濃度で活性をもつ高感受性型の μ カルパインと一桁以上高いカルシウム濃度を活性発現に必要とする低感受性型の m カルパインです。 これらのカルパインは組織分布が特徴的で、例えば血球細胞では、μ カルパインはどの細胞でも見出されますが、m カルパインのほうは、リンパ球では発現が同程度、好中球では10分の1程度、赤血球で

抗ペプチド抗体を作ったときは通常、調製した抗血清をカラムにかけて目的の抗体(igG)を精製します。一般的には、抗原に用いたペプチド、あるいは関連ペプチドをアガロースやセルロースのビーズに固定化して、アフィニティーカラムを準備します。   抗体と抗原の結合が起こる条件下で、抗血清をカラムにかけると、抗体分子は固定化したペプチドに結合します。抗原抗体の結合が乖離しない範囲のやや強い条件で、カラムを洗浄すると、血清中にあった夾雑物が洗い流され、抗体だけがカラムにトラップされます。十分な洗浄後に、カラム内を抗原と抗体がはずれる環境に変えると抗体が溶出し精製が完了するわけです。 抗原と抗体とが別れるための条件として重要なことは、 ①環境を温和な状態に戻せば抗原-抗体の結合力が回復する、 ②戻す操作が煩雑でないことの二つです。精製した抗体を何らかの実験に使うため、特に前者は重要です。 抗体の溶出条件について説明します。よく使われる条件は、pHを酸性にすることです。0.1MのGly-HCL,pH 2.5が一般的です。溶出画分をTrisなどで中和すればpHは簡単に調整できます。ここで、表題の消えた抗体の話です。在職中、たくさんの抗体を扱っていた時期で、溶出した抗体は、活性(イムノブロットによる抗原認識活性)だけをチェックしていたことがありました。 精製抗体をイムノブロットに使ったところ、見えるはずのバンドが出てこない。抗体の濃度を上げるとバックグラウンドだけ上がって全体に汚く見えてきます。一見、抗体が消えてしまったような現象ですが、溶出液のigGを定量してみると、ほどほどの濃度あることがわかります。すなわち、抗体が失活した(抗原を認識しなくなった)わけです。 このようなときにどうすれば良いか、他の溶出条件を試してみるしかないです。pHを少し高めにしてみることも一つです。 ただ

私が抗ペプチド抗体をはじめたきっかけは、以前に書いた通り、ペプチド合成機に出会ったからです。1980年代後半のことでした。東京大学医科学研究所の三号館地下の一室に鎮座していたアプライドバイオシステムズ社(当時の社名)の430A は名機でした。   当時はまだまだ普及していなかった 新しいケミストリー( Fmoc)にも対応していて、欠点といえば樹脂を攪拌するのがボルテクスミキサーのような動きだったので長鎖ペプチドの合成には不向きだったくらいです。 結局、本機では Fmoc 合成はやらずに、もっぱら tBoc 誘導体を使いました。ペプチドはグラム量を合成できたので抗体作成だけに使うには十分すぎでしたが、とにかく費用がとんでもなくかかって、赴任したての下っ端助手が共通機器の稼働経費を捻出するために委員会の偉い先生方に頭を下げて周ったのを思い出します。  このころの研究テーマは、白血球のスーパーオキシドアニオン産生系でした。特に、この電子伝達系の中心的存在であるb型シトクロム(Cytb)は、大小二種類のサブユニットから構成される膜たんぱく質で、食細胞の形質膜において細胞外の酸素分子に電子を渡すという酸化還元過程の重要な役割を担う分子です。Cytbが機能しないと、白血球は活性酸素を作れなく殺菌能が低下するので、重篤な易感染性を示すことになり、先天性疾患として慢性肉芽腫症(CGD; Chronic Granulomatous Disease)が知られています。上司(教授)からCytbの抗体を作るように言われ、ペプチド合成機の出番となったわけです。 Cytbは、複雑な膜内在性たんぱく質であり、精製や組換たんぱく質の発現が難しいことが予想されたため、方針は迷わず抗ペプチド抗体でした。 さて、当然のことだったかもしれませんが、周囲には抗ペプチド抗体をやれる研究者はおらず、サポート

実験には失敗がつきものです。なぜかというと、研究を推し進めるための実験は、ひとつひとつの実験結果をどう解釈し、次の実験をどのように計画するかによって、真実に近づくための手段となるか、道を踏み外して結局は無駄になってしまうか分かり得ないからです。   私が在職していた頃、卒業研究をほぼやり終えた学生が、卒論発表の時期になって、「実験方法と結果がはっきりしている研究テーマをもらえれば、このようなつまらない内容にはならなかった。」と愚痴って、近くにいた博士研究員や大学院生が慌てたことがありました。 彼の実験は失敗だったわけではなく、意外性のある結果が得られなかっただけです。どこぞのビッグジャーナルに論文発表することを夢見るような人は、これを失敗ととります。 しかし、実験そのものの失敗がない限り、ネガティブな結果でも立派な成果といえます。 本当は、一見つまらない結果でもしっかり記録して発表できることが望ましいです。前置きが長くなってしまいましたが、今回は抗体作成時の失敗についてです。  私が東京大学医科学研究所へ異動して間もない頃です。上司であった教授の研究テーマを手伝うことになり、白血球の活性酸素産生系に関わるたんぱく質の抗体を作り始めました。当時は、遺伝子が単離されつつある時期で、他の研究グループから配列情報を入手し、翻訳産物のアミノ酸配列をつらつら眺めて、免疫原に使うペプチドの設計をしていました。二つの研究室から別々に発表された配列をもとに、分子量47K のたんぱく質の N末端に近いところと C 末端を含む比較的長い部分を選び、ペプチドを化学合成しました。  その頃はアプライドバイオシステムズ社の430A 合成機を使用しており、tBoc 法で合成していました。(今では通常、よりマイルドな Fmoc 法で合成します。)  N 末端アミノ基を保護する tBoc は

たんぱく質のリン酸化は、数ある翻訳後修飾の中でも可逆的な反応の一つで、細胞内外の環境に呼応して起こるので、生体の情報伝達に関わる現象として研究されてきました。リン酸化されるアミノ酸残基は、主としてセリン(Ser; S)、トレオニン(Thr; T)およびチロシン(Tyr; Y)残基で、この反応を触媒するプロテインキナーゼは、リン酸化される部位の比較的狭い範囲を標的として、ATP からリン酸基を転移します。   リン酸化部位特異抗体は、リン酸化されたたんぱく質にだけ結合し、リン酸基がついてないときは、同じアミノ酸配列を認識しない抗体です。 この種の抗体を作るときは、まず、リン酸化部位を確定し、リン酸化されたアミノ酸を含む数アミノ酸残基を免疫原に使って抗ペプチド抗体作製を開始します。 ペプチドはどれくらいの長さが良いか?-----汎用性を高めるたいならば、短ければ短いほど良いですね。 実際、リン酸化チロシンの抗体は市販されています。これは、チロシン残基がリン酸化されたたんぱく質やペプチドを一網打尽に集めてくる実験に活用されます。リン酸化チロシンを束にしたペプチドを抗原にしてモノクローン抗体を得ていますが、良質のものを売っていますからいまさらご自分で作ることはないでしょう。同じやり方で、リン酸化されたトレオニンとセリンに対する抗体を作れるかなと誰でも考えますが、残念ながら実用的なものは難しいようです。 ちょうどこのあたりが、抗体分子の可変領域が上手く捕まえることができる限界なのでしょう。可変領域をコンパクトにしたミニ抗体ならば、低分子物質に特異的な「抗体」もできるとは思いますが、抗原に対して同等のアフィニティーが得られるかは不明です。  一般的なリン酸化部位特異抗体の抗原デザイン-----リン酸化部位がポリペプチド鎖の付近ではなく内部にある場合は、リン酸化部位を中心に

曽て在職中に駒場キャンパスにある大学院を兼担していたことがありました。文系と理系が融合した総合文化研究科という大学院で、その中に生命環境科学系というグループがありました。   植物を対象に研究されている先生が何人もおられて、学位審査などの集まりでは新鮮味のある話題に学ぶところがたくさんありました。「環境」というキーワードも魅力的です。 実は私、1970年代に大学院の進学を考えていた時期、環境についてやりたいと、筑波大学大学院を受験したことがあります。 筆記試験はよく書けていたはずですが、面接であっさり不合格になりました。 環境科学へ進んでいたら、今頃どうしているかな、想像できないです。  時代は飛んで話も変わりますが、拙宅の庭にある木はいま、伸び放題になっています。 何年か前にあることに気づいて、それ以来、近隣の迷惑にならない範囲で森林化を目論んでいます。庭の一角にエゴノキがあって、元気に育つので毎年剪定していました。 春先に新芽が出ないうちに枝を切ってしまうのが良いのですが、ある年に新緑の季節になってから枝切りをやってしまいました。下の方の切り口から液体が噴き出してくることには、さほど驚かなかったのですが、炎天下てっぺんから雨のように降りそそぐ現象には唖然としました。そのつもりになって調べると、太陽光が強いときは、木の頂上付近から噴出する水は半端ではない量です。地中に張った根から水を汲み上げて散水しているのです。グリーンカーテンなどという言葉がはやりましたが、ゴーヤなんかは見た目だけで、散水効果はあまりないです。地下水まで届くような根を持った木ならではの驚くべき能力です。 我が家はここ最近、もっさりと木に囲まれた一階では夏場でも冷房がいらなくなりました。  バイオテクノロジー近未来の提案です。 生きた樹木で住宅をつくりましょう。 生きた植物だと枝や

生体サンプルを SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)にかけて膜に転写し、抗体で解析することは多々あると思います。このイムノブロット法は、抗体を活用するための基本的方法のひとつですが、難しいと敬遠される方もおられます。それは、実験操作の煩雑さだけでなく、何箇所か失敗しそうなステップを通らなければならないからです。それから自動化が難しいことも理由の一つです。    昔、ブロッティングが大嫌いな同僚がいて、当時は抗体ではなくてエドマン分解用のサンプル調製でしたが、電気泳動後のアクリルアミドゲルをすりつぶしてトリプシン消化していました。今ではプロテオミクス実験法として確立していますが、トリプシン消化物をそのまま HPLC にかけて分取するので、カラムがあっという間に劣化し、ほぼ使い捨てという感じでした。 皆さん、転写するところは気を使うようです。せっかく電気泳動したサンプルをブロット膜に転写したら泡だらけでまともに移ってなかったり、あるはずのバンドが全く見えないというトラブルはよくあります。気泡を避けるためには、ブロット用バッファーをたくさん使いますが、セミドライではなくてウエットタイプの転写装置が良いです。 しかし、セミドライとウエットタイプでは転写の条件を変える必要があり、ブロット用バッファーに SDS を加えると、ゲルからのたんぱく質溶出効率は上がりますが、ブロット膜でへの保持が低下してバンド消失に至ることもあります。 それから、転写後は一度たんぱく質パターンを染色してみることをお薦めします。テフロン系の PVDF 膜ではクマシーブリリアントブルー(CBB)、ニトロセルロース膜ではポンソー S で染められます。詳しくは拙著(抗ペプチド抗体実験プロトコールまたは抗ペプチド抗体ベーシック)をごらんください。意外と軽視されがちなのがサンプル調製の段階

私がまだ在職中、遠心機メーカーで技術を担当されていたかたが来られて、退職してロボットを受託して作る仕事をはじめたとのこと、そのときは漠然と「個別作業に特化した自動装置なんだ。それは良いな」と思ったものですが、いま改めて考えると、スモールビジネスとしては素晴らしいことと感心します。いまはどうされているでしょうか。バイオ研究の世界にも実験スタイルに変遷があります。   プロテオミクスが流行る前に、二次元電気泳動でジャイアントゲルというのがありました。一次元目の等電点電気泳動を長いキャピラリーで分離し二次元目も大きなサイズの SDS-PAGE で分離能を稼いでおき、大目のサンプルをのせれば、より高い分解能で今まで見えなかった微量たんぱく質も検出できるという目論見だったようです。 私がいたラボにも二次元電気泳動解析装置の付属品として入りました。 スラブゲルの面積で比較すると、当時私が使っていた通常サイズのゲルの数倍はありました。染色・脱色用のバットやシェーカーは大きいものを揃えてはみたものの、これだけ大きなゲルを何枚も並べて実験するスペース確保は厳しかったです。 結局、まともに使うことなくラボの片隅に放置されました。同じ頃、別メーカーのエンジニアがやってきて、ジャイアントゲルの良さを説いた挙句、どんな電気泳動装置を期待しているかと聞くので、顕微鏡で泳動像を観察できるようなものと応えると、理解できないという顔をして帰っていきました。 実験スペースの問題だけでなく、ダウンサイジングが必要と考えます。それも 並みのレベルではなくて、発想を変えた超スモールスケール化です。 バイオ研究でならば、細胞の中に入って解析ができるほどの大きさです。微細なものを調べるためには、それに相応した大きさのプローブが最適です。 そして、電気泳動のような物理化学的測定をするのではなく、生体分子そのもの

2016年冬のプロテオミクス界の話題によると、1200種以上の代謝系酵素の発現量を定量解析する受託サービスがスタートするようです。Wmの憂鬱、やっとシステム生物学が動き出す(出典:日経バイオテクONLINE)リンクを辿ると4年ほど遡りました。ということは、バイオビジネスとして完成させるのに4年かかったということです。   Wmの憂鬱、ヒトたんぱく質の全定量プロテオミックスが可能に【Proteomicsメール Vol.92】(出典:日経バイオテクONLINE) 完全長 cDNA をもとに小麦胚芽のたんぱく質合成をして酵素を調製、これらを標準に解析系を確立し、微量血清中のたんぱく質をロボットを駆使して質量分析計で定量する。この一文の中に3人の大物研究者が登場します。 まず、完全長 cDNA の菅野純夫博士、つぎは無細胞たんぱく質合成の遠藤弥重太博士、そして LC プロテオミクスの 夏目徹博士です。これだけの技術を結集させれば、信頼性の高い解析を期待できることはまちがいないですが、受託解析料金は高そうですね。余談になりますが、菅野先生とは在職時に同じ研究所だったこともあり、大学院生に完全長 cDNA の作成法を習いに行かせたことがあります。 当時(前世紀末)の東京大学医科学研究所では大学院実習という制度があって、各研究室で得意とする技術をみっちり習うチャンスがありました。 私の弟子たちも医科研中をおじゃましていろいろな研究手法を教えてもらいました。 さて、菅野研の実習に私は、気合を入れて調製して大事に冷凍保存してあった、分化白血球細胞由来の mRNA をテンプレートとして院生にもたせました。 自前のサンプル持ち込みは可だったのですが、そのような準備周到な実習生は他にいなくて、菅野先生が「じゃーこれでも使おうか」とフリーザーから出した mRNAで実習がスタートしたそうで

2016年10月、ノーベル生理学・医学賞は大隅良典博士に決定しました。最初に申し上げておきますが、大隅先生とは抗体に関わる接点はないです。1  979年、私は今堀和友教授に修士課程の大学院生として弟子入りしました。   研究室は東京大学本郷キャンパスの医学部生化学教室、今堀研の先輩となる大隅先生は、すぐ隣の理学部2号館におられ、植物生体制御学(安楽泰宏教授)研究室で助手をされていました。 私の研究テーマが大腸菌の外膜にある毒素受容体であったことから、大隅先生をはじめ、酵母や大腸菌の膜生化学を得意とする安楽研の皆様から膜たんぱく質研究法を基本から教えていただきました。 オートファジーの話になるとそれから20年近く後、私は医科学研究所いた頃、大隅先生は岡崎の基礎生物学研究所の教授になられて間もない時期かと思います。 朝8時に私のデスクの電話が鳴ります。大 隅:「酵母が飢餓状態になると増えるたんぱく質があるのだけれど、電気泳動ででかくなる。これってどう思う?」 大海:「既知たんぱく質に配列が似ているものないですか? たとえばユビキチンとか。」  大隅:「酵母のユビキチンとは別物で、動物種かえて検索かけても何もでてこない。」  これが正解に近かったのですが、当時はまだユビキチン関連たんぱく質の多様性が研究界で認識されておらず、それ以上突っ込んだ議論はできなかったです。 むしろその頃、私はアポトーシスを抑制するトランスグルタミナーゼにはまっており、たんぱく質を架橋する翻訳後修飾やら二次構造が変わると電気泳動で移動度が変化するなど、ちょっと違った方向へのサジョスチョンをしてしまったように記憶しています。  オートファジー研究は、小さな真核生物である酵母から出発しました。これがヒトをはじめ高等動物にも同じ仕組みとして存在することがわかると、世界中の研究者がよってたか

電気泳動で分離した生体高分子をニトロセルロース、ナイロン、テフロンなどを担体とする膜に転写することをブロッティングと呼びますが、たんぱく質の転写にはウエスタンブロッティングという通称があります。たんぱく質の電気泳動は、ポリアクリルアミドを支持体とするゲルでおこなうことが多く、転写も電気的に移すエレクトロブロッティングになります。   たんぱく質用のブロッティング膜としては、昔はニトロセルロース膜が使われましたが、いまは強度や吸着量に優れた、テプロン系の PVDF(ポリビニリデンジフルオリド) 膜が主流です。そして、たんぱく質をブロッティングした膜に抗体をかけて、特定の抗原を抗体で染める技術がイムノブロッティングというわけです。 たんぱく質の電気泳動には、ドデシル硫酸ナトリウムを含む SDS-PAGE が手軽なので多用されます。SDS-PAGE は、たんぱく質分子をポリペプチド鎖の長さとおおよそ相関した移動度で分離します。 すなわち、長鎖のポリペプチドは遅く移動し、短い分子はゲルの先端近くへ早く動いていきます。このように分子サイズにしたがって分離した泳動パターンがそのまま膜に転写されるので、抗体の評価をおこなうにもイムノブロッティングはいたって便利なわけです。 SDS-PAGE を終えたポリアクリルアミドゲルは、転写する前にブロッティングバッファーで平衡化します。ブロッティングバッファーの組成は、SDS-PAGE の泳動バッファーとほぼ同じ Tris-グリシン(pH は8.2前後)を基本にして、これに SDS とメタノールを含みます。SDS はブロッティング装置の種類によって省いたりしますが、多くのラボで最近使われているセミドライタイプのブロッティング装置では0.1%(w/v)前後のの SDS を加えることが普通です。メタノールの濃度も可変ですが、標準は20%(v/

目的の抗体をうまく作れたけれど当面の実験には十分すぎるほどの量で、これをどう保存したら良いか、これは贅沢な悩みかもしれません。モノクローナル抗体の場合は、抗体産生細胞を凍結保存して液体窒素下に保存すれば、必要なときに細胞を起こして抗体を得られます。   液体窒素での保存は、複数の保存庫にサンプルを分散させるなど最低限の危機管理をしておきます。クローン化した細胞から抗体の遺伝子を単離して保存すればなお良いでしょうが、軽鎖と重鎖のサブユニットをうまく発現させるシステムに遺伝子を載せるのはなかなか大変かもしれません。 ここでは、たんぱく質分子としての抗体をどう保存するかについて説明しましょう。ポリクローナル抗体を作ったときは、免疫した動物から末梢血を採取し、抗血清を分離・回収します。そして一部をアフィニティーカラムにかけて目的の抗体を単離します。 抗体の使用目的やアフィニティーカラムの大きさにもよりますが、この方法でかなりの量の抗体が精製できます。抗体を利用する実験が数ヶ月以内のものであるならば、冷蔵保存が良いです。 しかし、実験で抗体を希釈した場合は使い切ってしまうことを勧めます。一連の実験で使用する抗体量を見積もり、残りは凍結保存で構いません。-80℃など超低温槽が望ましいですが、凍結融解が絶対に起こらない-30℃程度のフリーザーでも大丈夫です。 精製した抗体の濃度が極端に低い(1μ グラム/mL 以下) ときは、濃縮するか血清アルブミンなどを添加して全たんぱく質濃度を高めておくのがよろしいです。 ただし、抗体の実験条件によっては他のたんぱく質を入れたくなかったりバッファーが限定されたりするので注意が必要です。一度アフィニティー精製した抗体は、このように冷蔵あるいは冷凍保存しますが、何れにしても近い将来に再度使用することが前提となります。 また、モノクローナル

抗体は、抗原を動物に免疫し一定期間の後に出現する抗体産生細胞(Bリンパ球)を単離して不死化するか、免疫動物の末梢血に分泌された抗体を抗血清として回収して得られます。前者がモノクローナル抗体、そして後者がポリクローナル抗体で、抗血清からアフィニティー精製などによって抗体分子を純化して実験等に使います。   モノクローナル抗体の場合、不死化した培養細胞から均一な抗体が分泌されるので、精製操作は格段に楽になります。免疫動物の免疫系が異物として認識すれば様々な抗原に対する抗体が産生されてきます。たんぱく質に対する抗体を得たいとき、動物に免疫する抗原としては、かつては高度に精製したたんぱく質が望ましいとされましたが、今では先ず遺伝子を取得して組換えたんぱく質を用いることが多くなりました。 また、遺伝子の翻訳産物の配列(ORF, open reading frame)に基づいて抗原とするペプチドを化学合成し免疫原に具する方法もあります。こうやって作られる抗体を抗ペプチド抗体といいます。 抗ペプチド抗体は、名前の通りペプチドに結合しますが、ペプチドの配列が由来するたんぱく質にも同等に結合しなければこれを作る意味がありません。 すなわち、短いペプチドに結合しても本来のたんぱく質には結合しない抗体ができてしまうことがあり、抗ペプチド抗体が嫌われる理由の一つなのです。 たんぱく質にも結合する抗体を手に入れるためには、長めのペプチドを抗原に使うことが一般的ですが、長すぎても良くないこともあり、適度な長さの配列をたんぱく質の構造を勘案しながら適切に分子設定することが重要です。 また、短いペプチドは単独では抗体産生を誘導することができないことが多く、キャリアたんぱく質に結合させて大きな分子サイズにする必要があります。このような煩雑さも抗ペプチド抗体の短所になります。このようなデメリット

皆さんタグの抗体は実験でお使いかもしれません。His タグ、FRAG タグなど、タグの配列を組換えたんぱく質に入れ込んでおくと、遺伝子導入したたんぱく質を抗体で高感度に検出できるという便利なツールです。 今回は、ペプチドの化学合成でタグとして ジニトロフェニル(DNP)基を導入する方法と抗 DNP 抗体の活用についてです。DNP は代表的なハプテンで、モノクロ、ポリクロにかかわらず使える抗 DNP 抗体がたくさん出回っています。   少しペプチドの化学合成についてお話ししておきます。 ペプチド合成は、固相の自動合成機が普及して、生命科学領域における合成ペプチドの利用が高まりました。 1980年代後半のことでしたが、私のような有機化学合成の経験がない専門外の研究者でも合成機の運転と後処理の方法を覚えてしまえば、手軽に化学合成ペプチドを実験に使うことができたわけです。 ペプチドの固相合成では、樹脂の上にアミノ酸誘導体を C 末端から N 末端方向に一個ずつ伸長させます。アミノ酸誘導体は側鎖と骨格の α アミノ基を保護基でプロックしたもので、樹脂に結合したアミノ酸誘導体から保護基を外し α アミノ基をフリーにして、ここに2番目のアミノ酸誘導体のカルボキシ基を活性化して縮合させるサイクルを繰り返していきます。 合成機によるペプチド鎖の伸長の段階では、N 末端に位置する α アミノ基だけが逐次遊離状態になり、側鎖の保護基は基本的に保たれています。自動合成によるペプチド鎖伸長が終わると、樹脂からペプチドを外すと同時に側鎖の保護基も除去します。こうして遊離させたペプチドを HPLC などで精製して実験に使います。 当初の合成機では、α アミノ基が t-butyloxycarbonyl (Boc)基で保護されたアミノ酸誘導体を用いましたが、より温和な条件下での fluore

抗原性はあるが免疫原性をもたない低分子物質をハプテンといいます。なるべく多くの人に読んでもらいたい文章を書こうとするとき、このような導入法は NG ですね。冒頭の一文にある専門用語のうち一つでも理解しがたい言葉があったときは、続けて先を読む気がちょっと失せ、2つ以上あれば中断します。数多ある書物の中、ごくわずかのベストセラーが存在するのは、内容、書き方、それから世に出るタイミングが合致したときなのかなとつくづく感じます。   さて、最初の文に戻りましょう。ここで抗原性とは、産生された抗体と結合する能力を意味します。反応原性ともいいます。 一方、免疫原性は、動物に投与したときに免疫系を刺激する力、すなわち、抗体を産生したり T リンパ球の活性化を誘導する能力をいいます。 ここで単純に考えると、抗体を産生する能力がないのに出来上がってきた抗体と結合するなんて、そもそも抗体をどうやって作るのかという疑問が生じます。 実は、ハプテンを大きな分子にくっつければ抗体産生を誘導できるのです。大きな分子としては、軟体動物由来のヘモシアニン(KLH; Keyhole limpet hemocyanin)がよく使われます。低分子物質の抗体を作るときに免疫原性を獲得するための足場のような役割をするたんぱく質をキャリア(たんぱく質)と呼び ます。 ハプテンとキャリアの結合は基本的に共有結合がおすすめです。複合体形成の際にハプテンの抗原性に影響がないように工夫する必要があります。 例えば、ハプテンとしてペプチドを用いる場合、ペプチドの末端にアミノ酸を付加して、このアミノ酸の側鎖とキャリアを共有結合させます。結合には架橋剤が使われます。 ペプチドとたんぱく質を架橋する試薬は、アミノ酸の末端あるいは側鎖同士を結合させることになり、様々な架橋剤が手に入ります。官能基としては、リシンあるいは末

私が酵素抗体法(ELISA, Enzyme-Linked Immunosorbent Assay) と出会ったのは大学院博士課程に在学していた1970年代後半の頃でした。 本郷キャンパスの医学部生化学教室には、附属病院から学位取得のために研究をしに訪れるお医者さんが何人かいて、木村吉雄先生もその一人でした。     木村先生は、筋ジストロフィー症の原因たんぱく質の一つと考えられていたカルパイン(当時私たちは CANP: Calcium-Activated Neutral Protease と呼んでいた)の筋肉内定量を目指し、筋組織抽出液中に存在するカルパインを ELISA で調べる実験を進めていました。 ELISA の定量性を検証するために、私は粗抽出液をイオン交換カラムで分画しカルシウムイオン依存性のタンパク質分解活性を調べるとともに、カルパインを電気泳動で二次元展開して木村先生のお手伝いをしました。 今になって考えると、私がたんぱく質分解に生涯関わることになったのは、この実験がきっかけだったかもしれないと感慨深いものがあります。 ELISA は、酵素標識した抗体を利用して粗抽出液中の抗原量を見積もる方法で、それほど煩雑な実験操作なしで結果が得られます。標識酵素としてはアルカリホスファターゼやペルオキシダーゼがよく用いられます。 酵素の代わりに放射性同位体で標識する方法が RIA(Radioimmuno Assay)、蛍光物質で標識するのが FIA(Fluoroimmuno Assay) です。ELISA による抗原量測定では、サンプル数をこなす必要があるため、反応を96穴マイクロタイタープレートで行うことが多く、比色測定はマイクロプレートリーダーが便利です。 96穴プレートの底に始めに何を吸着させるかによって幾つかの方法があります。 目的の抗原に対する抗体

新しく抗体を作るときに、目的の抗体ができているか見極める評価法をどのようにされますか。一般的には、免疫原として利用した抗原とは異なった材料を評価に用いるのがよろしいです。   例えば、ペプチドをキャリアたんぱく質に結合して免疫原とした場合、抗体が思った通りできたかは、天然のたんぱく質あるいは組換たんぱく質をイムノブロットして調べるなどです。すなわちこの場合は、免疫原にペプチド、そして評価法にはたんぱく質(ポリペプチド)です。 ただし、モノクローナル抗体を作るときは、スクリーニングと 評価は同時進行となりますから、結果が早く出ることが必要です。イムノブロットではハイブリドーマの増殖に追いつかず、せっかく出来てきたクローンを取り逃がしてしまうことが多々あります。 このようなときは、評価法もペプチドを固定化した ELISA に頼らざるをえません。 また、ポリクローナル抗体を作るときでも、たんぱく質を調製、電気泳動してブロッティングする手間を考えると、簡便な ELISA で済ませてしまいたくなります。 しかし、免疫原に用いたペプチドに対して抗体ができてくれば、同じペプチドを固定化した ELISA で調べて当然だろうという考えは必ずしも通用しないのです。免疫原のペプチドに対する抗体は必ずできてきます。 しかし、ペプチドの配列を含むたんぱく質にこの抗体が結合するとは限りません。ELISAでは抗体価が十分上がっていても、イムノブロットなどで調べたときにバンドが出ないことがよくあります。この結果をどう解釈するかというと、一つの可能性は、抗体がペプチドの末端を含む配列を認識している場合です。免疫原に用意したペプチドがたんぱく質の内部配列のときは、実際のたんぱく質では合成したペプチドの両方向に配列が伸長しています。 したがって、ペプチド末端に対してできてきた抗体は、伸長した配列

通勤や仕事で外出する際にはカバンをお持ちになることが多いかと思います。好みにも依りますが、ゆったりした大きめのカバンで中身が少ないときは自立しなくてヘナヘナと倒れてしまうことがありますね。そういうときに「カバンの骨」があると良いようです。ご自分で工夫されている方もおられるかもしれませんが、実際に売ってるのを知りました。   値段も手頃で思わずポチってしまいそうです。今回の話題は『たんぱく質の骨』です。たんぱく質が立体構造を持っていることはよく知られています。溶液中での核磁気共鳴解析や結晶化したサンプルを X 線解析してたんぱく質の立体構造は得られ、PDB(Protein Data Bank)などで データベース化されています。一定の形を持ったたんぱく質を加熱したり変性剤にさらすと、構造が壊れてポリペプチド鎖は紐のような状態になります。この紐状化は、たんぱく質の二次構造が崩れて起こります。α-ヘリックスや β-シートに代表される、たんぱく質の二次構造は、比較的近いアミノ酸残基間での相互作用に依存して形成されます。さらに、ポリペプチド鎖が折畳まり 複数個の β-シートが束になって安定化します。これらの二次構造がたんぱく質の骨なのです。 先日、コラーゲンを遺伝子から大量発現させている研究者と話をする得ました。 我々動物のコラーゲンは、三重らせんという特異な構造を持っていますが、これは特定の位置のプロリンが水酸化して4-ヒドロキシプロリンになることが必要です。プロリン残基の修飾はプロリン4-モノオキシゲナーゼが触媒します。 プロリンが修飾されていないコラーゲンは、簡単に水に溶けてサラサラになる、極めて性質の良い扱いやすいたんぱく質です。 また、分解酵素やアルカリ処理に弱く、いわゆる骨なしコラーゲンであります。純化した組換コラーゲンに後からプロリン4-モノオキシゲナーゼを加えて

ポリクローナル抗体は、幾つものモノクローナル抗体が混ぜ合わさったものですから、わざわざエピトープマッピングをする意味がありません。しかし、抗血清をあえてエピトープ解析すると面白い結果が得られます。抗ユビキチン抗体の例を紹介しましょう。   ユビキチンは76アミノ酸残基の小さなたんぱく質ですが、生物種間での配列保存性が高く、純度の高い市販品が手に入ります。これをウサギに免疫して抗血清を取得します。76残基の配列を15残基前後に分割して一部をオーバーラップさせたペプチドを用意します。10個ほどのペプチドです。 これらペプチドをキャリアたんぱく質を介してニトロセルロース膜に固定し、ドットブロット法で段階希釈した抗血清を調べます。結果は、 C 末端と中ほど部分のペプチドが比較的強く染まり、その他はうっすらとスポットが見えます。これが何を意味するかというと、2箇所の部分がエピトープになりやすいということです。 すなわち、このような実験データを積み重ねていくことによって、エピトープの推定が可能となるわけです。大きなたんぱく質でも ORF から抗体ができやすい領域を推定し、良い抗体を得ることができるわけです。溶液中のたんぱく質がどのような構造を取っているかで抗体の出来やすさはある程度予想できるので立体構造情報は重要です。そして、エピトープ解析を始めとするウエットな実験結果が裏付けしてくれると、予想の確度は高くなります。詳しくは拙著『抗ペプチド抗体ベーシック』をご覧ください。

大きなたんぱく質に対してモノクローナル抗体を作成したときは、その抗体が抗原のどの部分に結合するかを知りたいものです。抗体が結合する抗原の部分構造を抗原決定基あるいはエピトープといいます。たんぱく質(ポリペプチド鎖)が抗原となった場合、エピトープの大きさは数アミノ酸残基ほどとも言われています。   これは構成するアミノ酸の種類にも依りますし、隣接部分の状況にも影響されるので、エピトープとなるペプチドのきっちりした長さを示すことは難しいです。 例えば、ポリペプチド末端がエピトープとなっているときは、短くて3残基です。 また、リン酸化チロシンに対する抗体では、周辺の配列に関係なくチロシンがリン酸化されていれば結合するので、1残基ということになります。なお、同じくリン酸化されるトレオニンやセリンについては、これら1残基がリン酸化されたものを識別する抗体を作ること自体が難しく、周辺の配列を含んだエピトープとなります。それでは、モノクローナル抗体がたんぱく質を抗原とするときに、その抗原決定基を絞り込む方法(エピトープマッピング)について簡単に説明しましょう。エピトープマッピングは幾つかの会社が委託解析をおこなっており、ご自分で実験する機会はあまりないと思います。方法は大きく分けて2つあり、合成ペプチドを用いる方法と分子生物学的手法を利用するやり方です。モノクローナル抗体ですから、抗原となるたんぱく質が特定できていない場合もあり、このときはランダムペプチドライブラリーあるいはファージディスプレイを使うことになります。抗原となるたんぱく質が特定されていれば、遺伝子の配列に基づいてオープンリーディングフレーム(ORF)を翻訳し得られる、たんぱく質の一次構造が基本になります。まず、わかりやすい、抗原が特定されている場合です。ORF の配列から数残基〜10残基のペプチドを一部をオーバーラップ

細胞の形質膜を一回だけ貫通して細胞表面に表現されるたんぱく質に対する抗体を考えてみましょう。がん細胞などでこのようなたんぱく質が特異的に発現していると、良い腫瘍マーカーになることが期待されます。抗体作成には免疫原に用いる抗原が必要ですが、膜たんぱく質の遺伝子がわかっているときは、組換えたんぱく質を大腸菌などで発現させて免疫原を調製するか、遺伝子の配列に基づいてペプチドを化学合成することになります。   一回膜貫通たんぱく質は、N 末端が細胞の外側にあるか内側にあるかで2つのタイプに分けられます。ここでは、N 末端が細胞の外で C末端方向へ進むと膜貫通領域があり、その後ろ C 末端側 は細胞内領域となる膜たんぱく質(Ⅰ型膜貫通たんぱく質) について説明します。 まず、抗原たんぱく質を3つのポリペプチド部分に分けて考えましょう。すなわち、N末端側の細胞外領域、膜貫通領域、そして C 末端側の細胞内領域です。膜貫通領域は疎水性アミノ酸に富んだ20残基ほどの部分ですが、抗体は一番できにくいです。 したがって、細胞の外あるいは内側の領域を抗原に考えることにします。膜たんぱく質の細胞外領域には糖鎖が付加していたりジスルフィド(S-S)結合が形成されてることが多く、これらを大腸菌のたんぱく質発現系で再現することはなかなか難しいです。 それから、たんぱく質の N末端付近は、プロセッシングされてなくなることもあるので要注意です。 したがって無難にお薦めできるのは、細胞内領域(C末端側) です。細胞内領域がどれくらいの長さかにもよりますが、膜貫通領域よりも C末端よりを組換えたんぱく質として発現・精製すればよろしいです。ペプチドの場合は、この領域でたんぱく質分子の表面に出そうなところ15残基程度を合成します。もし C 末端が分子表面に出ていそうでしたら10残基ほどで良いです。 なお、ペ

2015年のノーベル生理学・医学賞は皆さんにとってサプライズでしたか。 私はこういう評価も当然ありと考えます。前評判が高いトレンディな研究よりも、地道に長年かけて積み上げた研究成果は、いずれはいろいろな意味で芽を吹き始め、科学にとって大きな財産でもあります。 大村智先生とはじめてお会いしたのは1995年の秋だったと記憶しています。   そのころ私は、細胞死(アポトーシス)の研究を開始して間もない時期でした。 神経突起誘導因子として大村先生が発見されたラクタシスチン[参考文献1, 2]が細胞死とどのような関係にあるかを調べたく、北里大学のラボへ伺ったわけです。ラクタシスチンはその少し前に、細胞内たんぱく質分解酵素のひとつであるプロテアソームに特異的に作用する阻害剤であるとの報告[参考文献4]があり、プロテアーゼを研究してきた私にとっては興味深い物質でした。 そして、白血球由来のがん細胞が分化する過程でラクタシスチンがアポトーシスを惹起することを速誌に発表できたのが同年の12月でした。[参考文 献3] ラクタシスチンは、プロテアソームの触媒サブユニットのひとつに結合してたんぱく質分解活性を阻害することがわかっていました。 そして結合する場所は、N 末端近くのトレオニン残基の OH であることも判明していました[参考文献4]。 そこで私は、このサブユニットの N末端付近を化学合成し、ラクタシスチンを結合させて免疫原にすれば抗体を作成できると考え、大村先生に再度提案しました。 先生は抗ラクタシスチン抗体作成の計画を快く了承してくださり、ラクタシスチンをたくさんくださりました。  ところが、何回トライしてみても入らないのです。ペプチドにラクタシスチンが結合しなのです。そうこうするうちに、ラクタシスチンの作用機序が改めて調べられ、代謝された後でプロテアソームに結合

細胞を扱って実験されたことがあるかたは CD 抗原になじみがおありかもしれません。CD は cluster of differentiation のことで、白血球の細胞表面抗原を「CD」の後ろに番号をつけて示しています。   骨髄細胞から派生していく分化細胞を追跡できるすばらしいシステムを目指しているのかと思ったりしたのですが、もともとは世界中の研究者が個別に得た、細胞を認識するモノクローナル抗体を表面抗原ごとに分類して整理することが目的だったようです。1982年に開催されたヒト白血球分化抗原(Human leukocyte differentiation antigen)の国際ワークショップにはじまり、現在までに CD371まで登録されています。表面抗原といっても全体像がわかっているわけではないので、間違いや怪しい事例もあって、取り消されたり修正した結果の欠番があります。要再評価の暫定命名を示す「w」や細胞の特定の状態での限定的発現を意味する「R」が番号のあとについていることもあります。 また、遺伝子が複数個あるようなときは「a」、「b」、「c」のように付加されてます。 各々の抗原についての詳細くは WEB サイトに記載されていますが、ここには CD 表示と一緒に抗原の別名、遺伝子、そして手に入るモノクローナル抗体が書かれています。もちろん、抗体についてはすべてを網羅しているわけではないので、文献やカタログを辿って調べ上げる必要があります。CD抗原に対する抗体の活用法については追って説明していきたいと考えています。

標的とする抗原が未同定のモノクローナル抗体をもっている研究者から以下のような相談がありました。「がん細胞に高発現している抗原に対するモノクローナル抗体をもっています。がん細胞の全たんぱく質を SDS-PAGE で分離しイムノブロットをおこなうと分子量が60K あたりのバンドが染まります。抗体が結合するバンドを質量分析計などを利用して同定したいと考えています。   具体的にどのような実験をすれば良いか教えて下さい。なお、SDS-PAGE のゲルをクマシーブリリアントブルー染色すると60K あたりの移動度には幾つものバンドが見えて、どのバンドが抗体で染まっているかは判断が難しいです。また、正常細胞をイムノブロットしたときは、同じ60K の位置にうっすらと染まるバンドがあります。 いかがでしょうか。細胞の全たんぱく質ですから SDS-PAGE だけで分離することは難しいですよね。SDS-PAGE の前に何か処理をするとか、あるいは SDS-PAGE の60K 付近をさらに分画するとか、なんでも結構です。アイデアを書き込んでいただくと幸いです。関連した実験操作に関する質問も歓迎します。

このごろ商標デザインをはじめ各分野での盗用を耳にします。少し前には研究のスキャンダルが一般社会へ漏れ出て大騒ぎになりましたね。ここでは、抗体は知的財産として確立するか、いいかえれば抗体を盗作してはいけないかという話を簡単に解説します。なお、私は法律の専門家ではないので、つきつめたところの判断はできません。   そのときは弁護士をやっている大学の同級生に相談してみます。結論から言うと、いまの技術では抗体のパクリは、厳密にはないと考えています。理由は抗体ができる過程をたどるとはっきりしてきます。免疫原としてもちいる抗原は作成者が考え、あるときはペプチド抗原などをデザインします。 ところがその先のステップで必ず、動物に抗原を投与します。ここはその動物まかせで作成者は介入できません。 モノクローン抗体の場合は、抗原で感作した動物から得た抗体産生細胞を不死化し、目的の細胞を絞り込むスクリーニングがありますが、ポリあるいはモノどちらの抗体も実験動物が抗体を作るわけです。 それからもうひとつ大事なことは、免疫原と抗体の結合は一義的ではないということがあります。抗原ペプチドをどれだけしっかり考えて作っても、個々の動物、そしてひとつひとつの B リンパ球が作る抗体は、抗原には一見同じように結合するかもしれませんが、そのアミノ酸配列は同一ではないです。このことは意外と皆さん見落としています。 たとえば、特殊抗体を作ってモノクロ化、その可変領域の配列が判明したとします。同じ抗原に結合する抗体を改めて作っても可変領域の配列は再現されません。それぞれの抗原抗体複合体の立体構造を調べてみると配置はよく似ているという具合です。すなわち動物は、ひとつの抗原に対して幾つもの配列の抗体を準備できるということです。本来、外敵に対抗するための抗体ですから、このような危機管理の仕組みがあって当然かもしれませ

研究論文に記載されている抗体は良い抗体だと思いますか? なぜこんな質問をしたかというと、手持ちの抗体を売ってもらう場合、論文を引用できることが必須条件だそうです。  もちろん、発表論文を見ればどんな抗体であるかわかるので、わざわざ効能書きを用意する必要がないです。   いや、未発表抗体のデータよりは論文の方が客観的であるからでしょう。抗体の良し悪しは、計画している実験に活用できるかどうかです。イムノブロット、フローサイトメトリー、免疫沈降、細胞染色、組織切片の染色、電子顕微鏡などさまざまな実験それぞれに最適なものが良い抗体なのです。モノクローン抗体であれば、目的の実験法でスクリーニングすれば目的に合った良い抗体がとれてきます。抗ペプチド抗体ならば、たんぱく質のどの部分を免疫原に使うかでいろいろな抗体がとれます。 やはり、市販抗体を購入するよりは、ご自分で目的にあった抗体を作ることをおすすめします。

実験操作の「固定」についてです。「固定(fixation)」はもともと、顕微鏡観察用の標本を作成する際に形態を保持するために加熱、凍結、薬品などで処理することをいいます。この過程でたんぱく質は変性・不溶化することが多いです。  抗体を用いた顕微鏡観察やフローサイトメトリーでは、サンプルの固定が必要になることがあります。   もちろんここで、抗原抗体の結合が損なわれてはいけないので、固定化条件は比較的温和で、パラホルムアルデヒドなどが多用されます。とはいっても、試薬の濃度や反応温度・時間など、どう設定したらよいか迷うかと思います。手軽な方法を紹介しておきます。 抗原を含むサンプルを SDS-PAGE で分画して PVDF 膜などに転写したイムノブロット用の膜をたくさん用意します。イムノブロットは SDS でたんぱく質を一度変性はさせていますが、いわゆる固定操作はしていませんので、この膜をさまざまな固定条件で処理して最後に PBS あるいは TBS で洗浄、そのあとは通常のイムノブロットの操作をして抗体の結合を調べれば良いわけです。もちろん、顕微鏡用の標本などと全く同じ環境ではありませんが、条件絞り込みの参考にはなります。

今夏2015の暑さは異常と言ってもいいほどで外を歩くのが怖かったですね。猛暑日にエンジニアが駆け込む場所はサーバールームという記事を見て大学在職時の実験室を思い出しました。大きなフロアには低温室があって真夏に出勤したときはまっすぐここに駆け込んで涼んだものです。   さて今回は、抗体に関わる実験をするときに、温度をどれくらい気にするかという話題です。抗血清から抗体をアフィニティー精製するときは、カラムへの目的抗体の結合と洗浄までは室温でかまわないです。 そして、pH を下げて抗体を溶出しアルカリを添加して溶出画分を中和するところは氷漬け(0℃)です。抗体によっては抗原と離したときに構造が不安定になるからです。 これは温度を下げるだけで良いとは限りませんが、念のため低温にするのが無難です。抗体を使って抗原のたんぱく質あるいは相互作用分子を単離したいときは、ずっと低温がよろしいです。具体的には、低温室でアイスバケットに氷を入れ、カラムやチューブを氷漬けにします。低温室が利用できないときは、サンプルを氷に埋め込むくらいの気をつけ様がよろしいです。温度を下げる理由は、サンプルに夾雑するプロテアーゼによるたんぱく質分解を極力おさえるためです。 もちろん阻害剤のカクテルを入れておくことは良いですが、とにかく0℃にちかいところで実験をします。

たんぱく質に対する抗体を作るときは、免疫原としてそのたんぱく質が必要です。以前は、たんぱく質を精製・純化しましたが、遺伝子が単離されているときはリコンビナントたんぱく質を用いることが多くなりました。そして1990年代に入ってペプチド合成の技術が普及しはじめると、たんぱく質の一部分を化学合成して免疫原に使う抗ペプチド抗体も選択肢のひとつに加わりました。   抗体分子はたんぱく質を構成する長いポリペプチド鎖のほんの数〜十数残基の領域に結合しますので、これくらいの長さのペプチドが合成できれば良いわけです。抗ペプチド抗体の技術は、抗原たんぱく質の特定の部分を狙って抗体を作成するので、モノクローン抗体に近い性質の抗体を得ることができ、リン酸化などたんぱく質の翻訳後修飾を識別する抗体の作成にも応用可能です。「抗ペプチド抗体はちょっと難しいし、あまりよい抗体ができないらしい」という声をときどき耳にします。いざ抗原ペプチドの設計をする段階で、遺伝子から翻訳される一次構造を眺めてどの部分のペプチドを抗原にしたらよいか迷ってしまうかもしれません。 たしかに、抗体の良し悪しは、抗原ペプチドのデザインに大きく依存します。簡単にポイントを言いますと、もとのたんぱく質がフォールディング(リフォールディング)したときに分子の外側に位置する部分を抗原ペプチドにすること、もうひとつは免疫原になったペプチドがもとのたんぱく質と同様なプロセッシングを免疫動物内でうけることです。

モノクローナル抗体の作成技術は、Köhler と Milstein によって1975年に報告された画期的方法です。抗体産生細胞であるBリンパ球を腫瘍細胞と融合させて不死化することにより、単一の抗原決定基に対する抗体をつくる細胞をクローン化して増殖させることができます。  免疫動物の抗血清から調製したポリクローナル抗体と比較したときのモノクローナル抗体の特長を辞典で調べて列記してみました。   1.均一な抗原認識特異性をもつ 2.力価の高い抗体が得られる 3.半永久的に抗体の生産が可能である 4.免疫原として精製抗原を必要としない これら4つの中で間違っているものがあると思うのですがいかがでしょうか、 ちょっと考えてみてください。コメントで気軽に書き込んでいただくとうれしいです。

分子生物学的技法をもっていて様々な抗体をつくりたいと思うとどうしてもここへ行き着くようです。一本鎖抗体(scFv, single chain Fv)は、抗原との結合に必要な抗体遺伝子の部分(重鎖と軽鎖の可変領域、それぞれ VH と VL)をリンカーを介して繋げた断片としファージに組み込んだものです。   通常は、抗体産生細胞である B リンパ球の集団から調製しますが、ここから様々な抗体を単離したいので、正常な(無感作の)動物由来の B 細胞を用います。 スクリーニングを繰り返して抗原に結合するファージをとってくると、確かに特異性のあるものがとれてきます。結合実験をすると、ほどほどの強さのデータもとれます。世に出ている一本鎖抗体の論文は大部分がこのようにして生まれています。 そんな良い方法があるならばこれまでの抗体はすべて scFv に取って代わられるかといえば、そうではなく、動物を免疫して通常の方法で作った抗体の方がずっと使い勝手が良いのです。 この理由、考えてみませんか。

抗体って教科書や辞典で調べると例外なく、外来抗原に対して産生される抗原結合たんぱく質というように説明があります。それでは、血液中に存在する抗体=免疫グロブリンは何に結合するのでしょうか。血漿たんぱく質でもっとも多いのはアルブミンですが、免疫グロブリン(抗体)もその数分の一は普通に存在しています。   試薬メーカーのカタログで「ノーマル igG」で検索するとでてくるたんぱく質のことです。何にもくっつかないから「ノーマル IgG」というのかもしれませんが、ちょっと妙ですね。 結合の強さの基準値を考えると、ほんとうは何かに弱く結合するのかもしれないし。これだけの濃度が血中にあるということは血液のメンテナンスをしているような気もします。 それなら誰それが研究している、こんな話きいたことがあるとか、もしご存知でしたら何でも結構です、教えてください。

はじめまして、大海 忍(おおうみしのぶ)です。抗体にかかわる話題を提供することになりました。私がはじめて抗体を意識したのは1970年代後半で大学院生の頃です。研究テーマの対象が原核生物だったせいか、高等動物の複雑なしくみを何となく避けていたようにも思えます。   抗体作製のエキスパートから手ほどきをうけながら、自ら精製した大腸菌受容体たんぱく質をウサギに注射したことを記憶しています。当時はもちろんイムノブロットのような検出技法がなかったので、 オクタロニーで抗体がうまくできたことを確認しました。ニトロセルロース膜に転写した電気泳動像を蛍光標識抗体で染め暗室で緑色に光るバンドを見て感激したのは何年かあとになります。いまでは、モノクローン抗体をはじめとする様々な技術があり、 抗体が身近で扱いやすい存在になりましたが、私にとって大きな転機はペプチド合成機との出会いでした。 1987年、東京大学医科学研究所に赴任したとき、 故上代淑人教授に医科研3号館地階にあった430A(アプライドバイオシステムズ 社の固相ペプチド合成装置)を見せられ、「これ使ってみないか?」と誘われました。ちょうど医科研では、食細胞のスーパーオキシド産生系にかかわる新しい 研究テーマに取り組もうとしてました。白血球膜にある電子伝達たんぱく質やこれを活性化する関連分子の抗体を次々と作りました。 「次々と」抗体を作れたの は、免疫原に化学合成したペプチドを用いたからです。さらに、たんぱく質の限定分解やリン酸化など翻訳後修飾を受けた部位を特異的に認識する抗体も、この 抗ペプチド抗体の技術を応用すれば作成可能であることがわかってきました。ここでは、抗体に関わることを中心に、基礎から応用まで、ときには明確な答えがないとわかっていても、面白そうな話題を紹介したいと考えています。 【略歴・抗体歴など】1977 年