質量分析屋の髙橋です。大分前になりますが、このコラムでマスディフェクト値について解析しました。今回は、その具体的な例を、実際のマススペクトルを見ながら解説していきます。図1に正イオン検出のエレクトロスプレーイオン化で得られたペプチド(ロイシン・エンケファリン)とシロキサンのマススペクトルを示します。両方とも高分解能質量分析計を用いて得られたデータであり、m/zの確度は高いです。

質量分析屋の髙橋です。ペプチドやタンパク質など、分子内にアミノ基などプロトン受容性の官能基を複数もつ物質を正イオン検出のエレクトロスプレーで測定すると、1つの分子に対して複数のプロトンが付加した多価イオンが生成し易い事は良く知られています。マススペクトルの横軸はm/z(mはイオンの質量を統一原子質量単位で割った値、zはイオンの電荷数)で表され、zが1の時つまりは1価イオンでは、m/zはイオンの質量と等しくなり、イオンのm/z値とイオン種から元の分子の質量を推測する事が出来ます。一方、zが複数の時つまり多価イオンの場合、m/zとイオンの質量は大きく異なり、イオンの電荷数が分からないと元の分子の質量や分子量を推測する事は出来ません。

質量分析屋の髙橋です。この仕事をしていると、QTOFと(Q-)Orbitrapはどちらが良いですか?と聞かれる事がよくあります。両者とも、現在MS/MS(プロダクトイオン分析)可能な高分解能質量分析計として、プロテオミクスやメタボロミクス、天然物中の未知化合物の構造推定などの用途に双璧をなす装置だからでしょう。今日は、両者について一緒に書いてみたいと思います。最初に結論を書いておきますが、「個人的にはどちらが良いとは言えない」です。

質量分析屋の髙橋です。前回から質量分析部の話を書き始めていて、先ずは“イオントラップ”を取り上げました。前回予告した通り、先ずは定性分析向けの質量分析部を取り上げていこうと思いますので、今回は“飛行時間質量分析部”を取り上げます。飛行時間は英語ではtime of flightなので、飛行時間質量分析計は通常TOFMSと略されます。タイトルは質量分析部としていますが、ここでは書きやすいので、略語ではMSを使う事にします。 このシリーズでは、余り原理的な事は書かず、特徴や用途に関して中心に書いていこうと思います。TOFMSの特長は、質量分解能が高い事とスペクトル取込スピードを速く設定できる事でしょう。TOFMSがMALDIとの組合せで日本市場に登場したのは、もう30年以上前になると思いますが、当時は決して質量分解能の高い装置とは言えない代物でした。TOFMSはパルス的にイオンを生成するイオン化法との組合せが容易なので、MALDIとの組合せにおいて最初に実用化され、EIやESIのような連続イオン化との組合せが可能になったのは、直交加速と呼ばれる技術が開発されてから後の事です。そして、TOFMSが高分解能質量分析計として認知されるようになったのも、凡そその頃からだと思います。 高分解能の利点は、低分解能では重なってしまうm/z値が近いイオン同士を分離出来る事つまり選択性の高さと、イオンのm/z値を正確に測る事が出来る事です。イオンのm/z値とイオン種から元の分子の質量を推測する事が出来るため、“イオンのm/z値を正確に測る事=分子の精密質量を知る事”となり、その数値から分子を構成する元素組成即ち分子式を推測する事が出来ます。分子式が推測できるというのは、定性分析においては本当に重要で、特に有機合成の分野で論文を書いた場合、高分解能質量分析による組成推定の結果を記載する事は、必ずと言って良い程求められると思います。有機合成の分野では、狙った通りの構造の化合物が合成出来たかを、様々な分析技術を使って確認する訳ですが、主役はX線やNMRです。詳細な構造はこの2つで確認できるので、質量分析に求められるのは、分子の質量と分子式くらいになります。合成品ですから、NMRを測定出来るだけの“量”を確保する事は、それ程大変ではない訳です。 一方、天然物試料や生体試料中の微量の未知成分の構造推定を行う場合などは、ターゲットが微量ですからNMRを測定できるだけの量を集めるのが大変な訳です。もちろん、最終的に構造を決める時には、どうしてもNMRは必要ですから集めなければなりませんが、取り得ずGC/MSやLC/MSで構造のあたりを付けたいと思う訳です。LC/NMRという手も有りますが、そもそも装置をもっている施設はそう多くないですし。そのような場合には、最低限高分解能マススペクトルから得られる分子式情報は必要です。加えて、GC/MSにおいては、EIで分子イオンが検出されず分子質量が推測できない事が多々あり、ライブラリーサーチを用いても化合物推定が困難な場合があります。その場合には、CI, FI, PIなどのソフトイオン化の併用が有効です。ソフトイオン化により得られる[M+H]+など分子質量関連イオンの分子式情報、加えてEIで得られるフラグメントイオンの元素組成情報、更にライブラリーサーチの結果、また昨今AIを使ったこんなソフトも開発されていて、GC-TOFMSは非常に有用な装置です。もちろん、“分析種がGC分離の対象になれば”という大前提が必要ではありますが...

質量分析屋の髙橋です。前々回・前回に引き続き、分析目的と質量分析計の種類について書いてみます。今回は、質量分析部についてです。質量分析部は、イオン化部で生成したイオンを、そのm/zに応じて分離する場です。真空中でイオンに何らかの力を加えて運動させる訳ですが、イオンのm/zの大きさに依って、その運動の仕方(スピードや運動の軌道など)が変わるため、イオンをm/zに応じて分離する事が出来ます。現在市販されている質量分析計には、様々な質量分析部が使われています。二重収束(磁場&電場)、四重極、三連四重極、飛行時間、イオントラップ、オービトラップ、イオンサイクロトロン、リニアイオントラップ、異なる2つの質量分析部を直列に配したハイブリッドタンデム、など。それぞれの質量分析部は、質量分解能の違いやMS/MSが可能かどうか、定量分析における選択性の違い、など、機能(出来る事、得意・不得意)が異なります。従って、質量分析の目的に応じて、質量分析部を選択する事になります。イオン化部は、分析種の物理化学的な性質に応じて使い分ける必要がある事は、前回の記事で解説しています。イオン化部は、質量分析計の構成の中では比較的安価であり、通常1つの質量分析部に対して複数のイオン化部を接続可能で、装置として複数のイオン化部を保有していれば、分析種の物理化学的な性質に応じて、それらを交換しながら複数のイオン化部を用いる事が出来ます。そして、その中で最も適したイオン化部を用いて質量分析を行う事が可能です。

質量分析屋の髙橋です。前回に引き続き、分析目的と質量分析計の種類について書いてみます。今回は、予告通りイオン化にフォーカスします。つまり、どんな分析の時にどのイオン化を使うのが良いか、という内容です。本論に入る前の前提として、イオン化は試料導入法と密接に関係している事を知っておく必要があります。例えば電子イオン化(electron ionization, EI)は、直接試料導入やGCを介する試料導入(GC/MS)には使えますが、LC/MSには現在は使えません(以前はLC/MSに用いるEIが市販されていたが)。また、LC/MSに用いられているエレクトロスプレーイオン化(electrospray ionization, ESI)や大気圧化学イオン化(atmospheric pressure chemical ionization, APCI)は、GC/MSには一般的には使えません(GC/MSにAPCIを組み合わせた装置を販売しているメーカーはある)。つまり、最初に書いた事をひっくり返すようで恐縮ですが、分析目的に応じてイオン化を選択するというよりは、先ずは試料導入法を選択してその上でイオン化法を選択する、と言う事になります。試料導入に関しては、前回の記事を参考にしてください。今回は、各試料導入について、どのイオン化を選択すれば良いか、について解説していきます。1.直接試料導入(DI)

質量分析屋の髙橋です。今回から数回に亘って、何かの試料を質量分析する時、その目的に応じてどのような質量分析計を使えば良いのか? という内容について解説します。なかなか広い話になるので、何回かに分けて、書き進めていこうと思います。この内容を解説するために、先ずは質量分析計の構成(図1)を確認しておきましょう。 

LC/MSで頻繁に観測されるバックグランドイオンの代表例は、少し前の記事に書いた可塑剤由来のイオンですが、他にも色々と知られています。その1つは、シロキサン由来のイオンです。そのマススペクトルを図1に示します。これは、可塑剤由来のイオンと同様、正イオン検出で観測されます。 

質量分析屋の髙橋です。前回に引き続き、LC/MSで観測されるバックグランドイオンについて紹介します。前回は正イオンの例でしたが、今回は負イオンの例です。負イオン検出のESIやAPCIで、m/z 255や283のイオンを見た事はないでしょうか?前者はパルミチン酸(C16H32O2、モノアイソトピック質量256.240234 Da)、後者はステアリン酸(C18H36O2、モノアイソトピック質量284.271515 Da)の[M-H]-です。それぞれの[M-H]-の精密質量は、255.23293、283.26422となります。また、二重結合が1つ入ったm/z 253や281イオンが観測される事もあります。下の図は、m/z 255, 283イオンが観測されている負イオン検出でのLC/MSのバックグランドマススペクトルです。 

質量分析屋の髙橋です。今回から数回にわたって、LC/MSで頻繁に観測されるバックグランドイオンについて解説します。 最初は、LC/MSに携わる多くの人が知っていると思いますが、フタル酸エステル由来のイオンです。フタル酸エステルは、プラスチックに可塑剤として含まれており、それが移動相溶媒等で微量に溶解されて、正イオン検出でバックグランドイオンとして観測されます。負イオンとして検出される事はありません。代表例は以下です。・m/z 391:di-2-ethylhexyl phthalateの[M+H]+

こんにちは。質量分析屋の髙橋です。お仕事で質量分析に携わっている皆さんは、マスディフェクト値と言う用語を知っていますか。マスディフェクト値とは、日本質量分析学会が発刊しているマススペクトロメトリー関係用語集では、“ノミナル質量からモノアイソトピック質量を差し引いた値”と定義されています1)。 例えばベンゼン(C6H6)では、ノミナル質量は78、モノアイソトピック質量は78.04695ですから、マスディフェクトは-0.04695となります。また、同じ芳香族化合物であるアントラセン(C10H14)の場合、ノミナル質量は178、モノアイソトピック質量は178.07825ですから、マスディフェクトは-0.07825となります。つまり、当然ですがモノアイソトピック質量の小数点以下の数値が大きいほど、マスディフェクト値は小さくなります。

LC/MS/MSによるプロダクトイオン分析で対象となる偶数電子イオンのフラグメンテーションの3回目、今回はマスシフトを伴う例について解説します。偶数電子イオンのフラグメンテーションにおけるマスシフトについてはまた別の機会に紹介しますが、直ぐに知りたい方は、故中田尚男先生が論文にまとめられていますので1, 2)、そちらを読んでください。前回に続き、アルギニンのプロトン付加分子([M+H]+)のプロダクトイオンスペクトル(図1)から、典型的な例を示して解説します。 フラグメンテーションに関する基本的な考え方の一つに、¨フラグメントイオンと脱離する中性フラグメントは、両方とも有機化学的に安定な構造である¨、という事があります。今回の解説は、その事が特に重要になります。

質量分析屋の髙橋です。前回の記事に引き続き、LC/MS/MSによるプロダクトイオン分析で見られるフラグメンテーションについて解説します。今回は、偶数電子イオンのフラグメンテーション-2というタイトルにしていますが、恐らくは偶数電子イオンに特化したものではなく、LC/MS/MSで用いられる開裂法である低エネルギーCIDにおけるフラグメンテーションの考え方になります。 フラグメンテーションの基本的な考え方は、図1に示すポテンシャルエネルギー曲線によって説明できます。

質量分析屋の髙橋です。質量分析計特にGCやLCとのハイフネーション装置であるGC-MSやLC-MSは、現在定量分析に多く用いられています。しかし質量分析は、元々は定性分析のための機器分析法であり、そのためにはマススペクトル特にフラグメントイオンの解析は重要です。 電子イオン化(electron ionization)については 以前のブログに書きましたが、GC/MSに用いられているイオン化法であり、そのマススペクトルで観測されるフラグメントイオンの解析については、「有機マススペクトロメトリー入門」を始め幾つかの良書があります。また、EIで得られたマススペクトルは、NISTやWilleyなどの豊富なマススペクトルライブラリーによって、その解析の難易度は比較的低く感じられます。実際には、そんな事はないのですが...EIでは、気化した試料分子に熱電子を照射し、分子から電子が1つ脱離した分子イオンや、それが断片化したフラグメントイオンが観測されます。分子は中性状態で必ず偶数個の電子をもつため、分子イオンは奇数個の電子をもつ奇数電子イオンです。

質量分析屋の髙橋です。以前書いたエレクトロスプレーイオン化(electrospray ionization, ESI)におけるイオン化抑制に関する記事について、「エネルギー供給を絶たれた帯電液滴」からのイオン生成プロセスが、イオン化抑制の原因になると言う解説をしました。今回はその続編、以前の解説を補足する記事を書いてみます。山梨大学の平岡先生が開発された「探針エレクトロスプレー」という技術があります。そのイオン生成機構が、そのまま前回解説の補足になります。探針エレクトロスプレーは、英語ではprobe electrospray ionizationとなり、PESIと略されます。PESIについては、平岡先生の総説1)をご参照ください。ESIは、コンベンショナルからナノまで、サイズによって量は大きく変わりますが、キャピラリー先端部分では試料溶液は連続流体として供給されています。一方PESIは、探針の先端に試料溶液を付着させ高電圧を印加する事で、探針の先端に形成されたテイラーコーンから直接イオンが生成するイメージです。コンベンショナルESI、ナノESI、PESIの比較と、PESIに用いた探針先端のSEM画像を図1に示します。また、PESIの構造と動作の様子を図2に示します。PESIでは、通常のESIの様に試料溶液が供給し続けられる事がないため、高電圧を印加し続ける事により、試料溶液は帯電液滴となってあるいは直接イオンとして、探針表面から放出され徐々にその量は減少していきます。通常のESIでは分析種のイオン化抑制の原因となる物質が試料溶液に含まれているとしても、探針に電圧を印加し続ける事により、イオン化し易い物質が先にイオン化し、その後残りの物質がイオン化される、という現象が起こります。それが顕著に示されている例を図3に示します2)。これは、界面活性剤であるトリトンX100とタンパク質であるシトクロムCの混合溶液を、ナノESIとPESIで測定した時のマススペクトルです。濃度は、トリトンXの方が100倍高い条件です。界面活性剤はイオン化抑制の原因物質の一つなので、この試料はトリトンXの混在によってシトクロムCのイオン化が抑制されて検出されない事を想定したものだと思います。そして、その想定通り、ナノESIではトリトンXのイオンのみが検出され、シトクロムCイオンは検出されていません。

質量分析屋の髙橋です。以前の投稿で、エレクトロスプレーイオン化(ESI)において起こるイオン化抑制について解説しました。 ESIで他のイオン化法に比べてイオン化抑制が顕著に起こるのは、エネルギー供給が絶たれた帯電液滴からのイオン生成プロセスに原因の一旦があります。 

質量分析屋の髙橋です。今回は、MS/MS(タンデム質量分析)の動作や用語その3、プリカーサーイオンスキャンについてです。プリカーサーイオンスキャンは、特定のプロダクトイオンを生成するプリカーサーイオンを検出するMS/MSの測定法です。 タンデム質量分析には、空間的タンデム質量分析と時間的タンデム質量分析があります。それぞれの方法に対応する装置として、前者はQqQ, QTOF, Q-Orbitrap、4セクターなど、後者はQITやFTICRなどがあります。今回のテーマであるプリカーサーイオンスキャンは、空間的タンデム質量分析で且つ、MS1, MS2共に電圧走査型の装置でのみ実施可能です。先に挙げた中では、QqQと4セクターが相当します。QqQを例に動作を説明します。

質量分析屋の髙橋です。前回、MS/MSの種類を5つ挙げ、その中のプロダクトイオン分析について解説しました。プロダクトイオン分析は、未知化合物等の定性に用いられますが、今日は、プロダクトイオン分析と装置の動作原理は非常に似ていて、定量分析に用いられる選択反応モニタリング(selected reaction monitoring, SRM)について解説します。SRMは、分析現場においては、殆どはQqQ-MSを用いて行われる手法です。原理的には、Sector-MSやIT-MSにおいても実行可能です。ここでは、主にQqQ-MSによるSRMについて、その動作や用語について整理してみたいと思います。 SRMについて解説する前に、SIM(選択イオンモニタリング, selected ion monitoring)について確認しておきましょう。SIMは、Q-MSなどの電圧走査タイプの質量分析計において、主に定量分析に用いられる測定法です。Q-MSにおける印加電圧とイオンの安定振動領域の関係を図1に示します。

質量分析屋の髙橋です。今日は、LC/MSの定性(定量)分析に用いられる(LC/MSに限ったことではないが)、MS/MS(タンデム質量分析)について解説します。 MS/MSは、日本質量分析学会が発刊しているマススペクトロメトリー関係用語集によれば、以下の様に定義されています1)。 「一段目の質量分析においてプリカーサーイオン(前駆イオン)を選択し、イオンを解離させた後に二段目の質量分析でそのプロダクトイオンのm/z分離を行い検出する技法、およびそれらの結果を利用する研究分野。タンデム質量分析と同義語。 

質量分析屋の高橋です。暫く投稿をサボってしまい、大変失礼しました。今回は、LC/MSやGC/MSにおいて、マススペクトルを取得するモードで測定した時に得られるクロマトグラムの種類について説明します。添付した図は、上から(a)TICC, (b)BPIC, (c)高強度のバックを除いたm/z範囲で作成したクロマトグラム、(d)ある成分イオンのm/z値を設定した抽出イオンクロマトグラム、を示しています。試料は天然物の抽出液です。 

質量分析屋の高橋です。以前のブログで、イオン導入細孔の設定電圧とマススペクトルパターンの変化について書きました。イオン導入細孔は、ESIやAPCIなどの大気圧イオン源において、大気圧で生成したイオンが真空領域に入っていく時に最初に通過する細孔です。図1をご参照下さい。  

質量分析屋の高橋です。 前回、LC-MSに用いられているESIやAPCIのイオン源において、イオン取導入細孔の電圧設定について解説する記事を書きました。 今回はその続き、”この電圧を変えると具体的にどうなるか?”を具体例を挙げて解説したいと思います。

質量分析屋の高橋です。お仕事でLC-MSをお使いの方で、イオン導入細孔の電圧設定を意識しておられる方はどれ位いらっしゃるでしょうか?イオン導入細孔は、ESIやAPCIなどの大気圧イオン源において、大気圧で生成したイオンが真空領域に入っていく時に最初に通過する細孔です。  

 こんにちは。質量分析屋の髙橋です。2020年最初の話題です。お仕事で質量分析に携わっている皆さんは、マスディフェクト値と言う用語を知っていますか。マスディフェクト値とは、日本質量分析学会が発刊しているマススペクトロメトリー関係用語集では、“ノミナル質量からモノアイソトピック質量を差し引いた値”と定義されています1)。 

こんにちは。質量分析屋の髙橋です。LC-MSを用いて何かの試料を分析する際、試料をLCカラムで分離させずに直接試料をMSに導入する方法には、インフュージョンとフローインジェクションの2種類が用いられます。インフュージョンは、試料溶液をシリンジポンプによって連続的にMSに導入する方法で、マスキャリブレーションを行う時はこの試料導入法が用いられます。 フローインジェクションは、装置としてはLC-MSそのままですが、カラムを外してその替わりにユニオンを接続し、インジェクターから試料を注入します。試料成分がカラムで分離されませんので、試料が混合物であればそのまま混合物の状態でMSに導入されます。両方法で得られるデータのイメージは以下の様になります。

質量分析屋の髙橋です!今回から、質量分析計本体について、色々と書いてみたいと思います。現在最も普及している質量分析計は、GC/MS, LC/MS, その他全て合わせても、四重極質量分析計(quadrupole mass spectrometer, Q-MS)でしょう。Q-MSの動作原理は、様々な書籍で紹介されているのでご存知の方が多いと思いますが、簡単に解説します。 図1にQ-MSの概念図、図2に質量(m/z)分離の原理を示します。   

 こんにちは。質量分析屋の髙橋です。LC/MSでは様々なバックグランドイオンが観測されます。正イオンESIで、m/z 391や413のバックグランドイオンを見た事がある人は多いと思います。この2つのイオンは、同じ物質由来です。正体は、フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)です。通称DOP。分子式はC24H38O4、ノミナル質量は390、モノアイソトピック質量は390.2770です。 前述のm/z 391は、DOPのプロトン付加分子([M+H]+)、m/z 413はナトリウム付加イオン([M+Na]+)です。

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。LC/MSで汎用的に用いられているイオン化法はESIですが、ESIの大きな問題はマトリックス効果特にイオン化抑制が起こり易い事です。ここでは、、“ESIでイオン化抑制が何故起こるのか”について解説したいと思います。因みに、この内容の多くは、山梨大学の平岡先生から教えて頂いたことです。  

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。プロテオミクスの研究者の中には、LC/MS/MSのData Dependent Acquisition(DDA)の機能を使ってプロダクトイオンを取得し、タンパク質の同定を行っている方が沢山いらっしゃると思います。分子量にも依りますが、ペプチドの多くはESIにおいて多価イオンを生成するために、DDAの設定で“多価イオンのみをプリカーサーイオンとして選択する”機能を使う場合が殆どです。 この機能は、高分解能質量分析計で用いられる場合が多く、多価イオンであるか否かをシステムが認識するのは、同位体ピークの分離挙動だと推測されます。即ち、図1に示すように同位体ピークのm/z間隔が、1価イオンは1、2価イオンは1/2、3価イオンは1/3になる事に依るものです。

こんにちは。質量分析屋の髙橋です。前回投稿した“LC/MSにおける試料調製や前処理で重要なポイント”について、この記事の後半で描いている“ブランク試料のTICクロマトグラムで観測されたピークは、必ずしもブランク試料由来ではない可能性がある”について、今回は他の可能性を考えて見たいと思います。経験上、二つの可能性があると思います。 1.試料導入系の汚染オートインジェクターやマニュアルインジェクターなどの試料導入系が、以前測定した試料によって汚染されている場合、それが試料注入の度に混入し、あたかも試料に含まれていたかの様な挙動を示します。

こんにちは。質量分析屋の髙橋です。LC/MSにおける試料調製や前処理として何をするか?は、試料の内容によって異なります。“溶解”、“ろ過”、“遠心分離”、“固相抽出”、“溶媒抽出”、“除タンパク”、などなど。LC/MSに供される試料は液体ですから、何等かの溶媒は必ずと言っていい程頻繁に使います。そして、溶媒を扱う時のピペッターや容器。 これらは、前処理の内容に関係なく必須であると考えてよいでしょう。そしてLC/MSにおける試料調製や前処理で重要なポイントの1つは、操作に用いるこれら溶媒や容器類を使ったブランク試料を準備することです。

こんにちは。質量分析屋の髙橋です。LC/MSのイオン化法として代表的な2法、エレクトロスプレーイオン化法(electrospray ionization, ESI)と大気圧化学イオン化法(atmospheric pressure chemical ionization, APCI)、以下の図のような基準での使い分けが一般的です。  

 こんにちは。質量分析屋の髙橋です。これまで、“質量分析計による測定の基本はイオン化にある”というテーマで種々のイオン化について書いてきました。今回から複数回にわたって、現在LC/MSで汎用的に用いられているエレクトロスプレーイオン化(electrospray ionizatio, ESI)について書いてみます。ESIの開発によって、LC-MSは実用的な装置になりましたが、エレクトロスプレー(ES)イオン源が最初からLC-MSに用いられていた訳ではありません。 今回は、私の知る限りという限定付きですが、ESイオン源に関する変遷について書いてみたいと思います。

 こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。ここしばらく、イオン化法について解説を書いてきましたが、今回はマススペクトル取得モードについて書いてみたいと思います。質量分析計をお使いの皆さんは、マススペクトル取得モードについて意識されたことはあるでしょうか?   マススペクトルの取得モードは、大きく分けて二つ。ProfileモードとBarモードです。ただし、メーカーや機種によって、名称は異なる場合があります。Profileモードでは、所謂生データの状態でのマススぺクトルが得られます。一方、Barモードでは、Profileモードで保存されたマススペクトルの全てのピークを棒状に変換した状態でマススペクトルが得られます。  

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。 以前から何度か書いていますが、質量分析計による測定の基本は、第一に化合物に適したイオン化を選択することです。  揮発性(加熱して気化する性質)化合物に適したイオン化として、先ずは電子イオン化(electron ionization, EI)、そしてEIでは分子イオン(分子から電子が1つ取れたイオン)が得られず、分子内の結合が切れて断片化イオン(フラグメントイオン)が観測されてしまう場合には化学イオン化(chemical ionization, CI)が有効であると解説しました。 通常、市販されている質量分析計で、揮発性化合物に有効なのはこの2つのイオン化法ですが、今回はそれ以外の方法として、イオンアタッチメント(ion attachment, IA)を紹介します。IAは、気相分子に金属イオン(Li+)を付加させることで、フラグメントフリーのイオンが観測されるイオン化法です。以下は、IAの参考になるURLです。

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。2018年も引き続き宜しくお願いします。今年最初の記事は前回の続き、FABイオン化を用いたLC-MSインターフェースであるFrit-FABについて書いてみます。Frit-FAについては、以下の3つのブログでかなり詳しく書いています。 ESIとFABの比較-3 

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。最近3回に亘ってイオン化について書いています。EI, CI, FDに続いて今回はFAB。質量分析はイオンを分析する方法なので、何か測定したい試料(その中の特定の成分)がある時、先ずはそれをイオン化しなければマススペクトルを得ることが出来ないので、質量分析の基本は、先ずはイオン化な訳です。 前回のFDと今回のFAB、今質量分析計を使っている人の中で、この2つのイオン化を知っている人あるいは実際に使っている人(使える環境にある人)はかなり少ないと思いますが、知識として知っていても損はないでしょう。私自身、前職である日本電子ではFABは頻繁に使っていましたが、最近では殆ど使うことがなくなりました。 FABはfast atom bombardmentの略、日本語では高速原子衝撃法です。

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。前々回、前回で、揮発性化合物の分析に有効なイオン化法として、EIとCIについて述べました。EIとCIは揮発性化合物に有効なので、通常GC/MSに用いられます。  このコラムはLC/MSが中心なのに何故GC/MSのイオン化について書くのか? 

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。  質量分析計による測定の基本は、第一に化合物に適したイオン化を選択することです。もちろん、全てのイオン化が可能な質量分析計を所有しているケースは少ないので、選択すると言っても限界があるのが実態だと思います。それでも、イオン化の特徴と使用する際の注意点はしっかりと理解しておく必要があると思います。   前回は、電子イオン化(electron ionization, EI)について解説しました。GC/MSで標準的に使われるイオン化ですから、GC/MSと言えば先ずはEI! とりあえずそれ以外の選択肢はありませんが、問題はマススペクトルの解釈です。GC/MSでは注入口での、直接導入法では加熱気化段階での、試料分子の熱分解の可能性を考慮する必要があります。また、熱分解することなく気化したとして、イオン化の際に分子イオン(M+・)が生成せず、フラグメントイオンのみが生成する可能性があることを常に考える必要があります。    

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。  “質量分析”は、日本質量分析学会のマススペクトロメトリー関係用語集によると以下のように定義されています1)。「質量分析計(mass spectrometer)と質量分析器(mass spectrograph)、およびそれらの装置を用いて得られる結果に関するすべてを扱う科学の一分野。」  ピンと来ない部分もある定義ですが、要は“データの解釈”という部分にフォーカスされていて、“データを得る”という部分すなわち“測定”は含まれていないような印象を受けます。しかし、私は、“測定”の部分も当然“質量分析”に含まれて然るべきだと考えます。 

こんにちは。質量分析屋の高橋です。前回の関連投稿で、以下に示すプロダクトイオンスペクトルでおかしいと思う点についての疑問点を投げておきました。今回はその解説をします。 ここで言う“おかしい”というのは、このm/z 355プリカーサーイオン(1価)に対して有り得ないプロダクトイオンが観測されているという点です。このプリカーサーイオンの精密質量は355.1175であり、C, H, N, Oの元素を設定し2 ppmのmass tolerance(装置の性能を考慮)で組成推定を行うと、C19H13N7O(不飽和度17.0、誤差-0.31 ppm),C20H19O6(不飽和度11.5、誤差-0.32 ppm),のC6H21N5O12(不飽和度-1.0、誤差-1.75 ppm)の3候補が得られますが、同イオンの同位体パターンとC数との関係および不飽和度から、C20H19O6の可能性が最も高いことが分かります。  

こんにちは。質量分析屋の高橋です。 前回に引き続き、高分解能LC-MS/MSに関するネタです。今回は、問題形式にしてみました。試料の内容に余り依らず、未知成分の同定や構造推定には、GC/MSにしろLC/MSにしろ、高分解能MS/MSが有効です。 プリカーサーイオンのみならず、MS/MSにより取得されるプロダクトイオン(プリカーサーイオンが開裂して生成するイオン)の精密質量情報が得られ、組成推定が可能だからです。

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。前回までに、高分解能質量分析計を用いるメリットや、精密質量測定を行う際の質量校正等における注意点について少し解説しました。今回は、高分解能質量分析計を用いたLC/MSにより得られたデータ(マススペクトル)から目的イオンの正確なm/z値を取得し、組成推定を行うという過程における注意点やノウハウについて書いてみたいと思います。 

こんにちは! 質量分析屋の高橋です。前回、高分解能質量分析計で得られたマススペクトルにおいては、イオンのm/z値を小数点以下3桁ないし4桁のレベルで測定することができ、イオン種が分かれば元の分子の精密質量が得られるので、分子の元素組成を推測することができることを説明しました。 一般的に高分解能と呼べるのは、20,000 (FWHM) 以上であり、現在市販されている、LC-MSでは、幾つかのメーカーから販売されているQ-TOFと電場型および磁場型のFT-MSが該当します。そのような高分解能質量分析計を使えば、誰でもどんな状況でも、高い質量確度で精密質量測定ができるかというと、そんなことはありません。装置のことを良く知らない営業マンの方は、“この装置を使えば誰でも簡単に精密質量測定→組成推定ができますよ”と言ったりしますが、実際にはそんなに単純ではありません。幾つか注意点を紹介します。

こんにちは! 質量分析屋の高橋です。以前に投稿したマススペクトルから何が分かる?

こんにちは! 質量分析屋の高橋です。 前回まで、マススペクトルから得られる質量情報について、いくつか解説してきました。今回は、その一環として“窒素ルール”について解説します。窒素ルールとは、C, H, N, O, P, S, ハロゲン元素などから成る一般的な有機化合物において、 ・窒素原子を0個または偶数個含むと、化合物のノミナル質量は偶数になる

こんにちは! 質量分析屋の高橋です。前回、マススペクトルから得られるのは、基本的には分子の質量情報であって分子量情報ではないことを解説しました。今回は、マススペクトルから分子量情報が得られる場合もあることを、質量分解能(mass resolving power)との関係において解説します。 

こんにちは。質量分析屋の高橋です。二回目の「マススペクトルから何がわかる?」で、“質量分析では分子の質量情報が得られる”と書きました。“質量分析で得られるのは分子量情報ではないのか?”と思われる方がいると思うので、“分子の質量”と“分子量”の違いについて確認してみたいと思います。 

こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。第一回目、第二回目共に、マススペクトルの横軸であるm/zについて触れています。今回は、このことについて、もう少し掘り下げて考えてみます。 日本質量分析学会のマススペクトロメトリー関係用語集1) において、m/z は以下のように定義されています。

マススペクトルは質量分析によって得られる最も基本的なデータであり、縦軸を信号強度、横軸をm/zで表した二次元表示です(mとzはそれぞれイタリック体で表記)。ここで、mはイオンの質量を統一原子質量で割った値、zはイオンの電荷数を表しています。  図1と2に、異なる化合物を異なる条件で測定したマススペクトルを示します。 

こんにちは。質量分析屋の高橋です!初回は、質量分析計(MS装置)におけるキャリブレーションの話です。 MS装置のキャリブレーションとは、MSで得られるマススペクトルの横軸(m/z、mはイオンの質量、zは電荷数)を補正する操作です。 正確にはマスキャリブレーション、日本語では質量校正と言います。   MSはイオンを分析する技術であり、マススペクトル上に観測されたイオンのm/z値から元の分子の質量を知ることができるため、測定結果として得られたm/z値が正しいかどうかは、質量分析で最も重要なことです。

はじめまして。質量分析屋こと、エムエス・ソリューションズの髙橋 豊です。このコーナーで、バイオ研究者向けのLC-MSに関する話題を提供していくことになりました。私が質量分析(mass spectrometry, MS)に出会ったのは、1986年、群馬工業高等専門学校の5年生、卒業研究で田島進先生の研究室に配属になった時でした。 当時、田島研には日立製作所製の磁場型MS装置が何台かありましたが、お金のない研究室だったので新品の装置は皆無で、全て企業や大学で廃棄される装置を輸送費だけ払って譲り受けていました。 磁場型MS装置は大きいので、そのままでは運べません。 何分割かに解体して運びます。メーカーのエンジニアの方に組み立てや調整をお願いするお金はないので、自分達で組み立てから調整まで全て行います。そのようにして使えるようになった装置を用いて行った私の研究テーマは、“種々の前駆体イオンから生じるm/z 74イオンの構造”でした。有機イオンのフラグメンテーション解析が主であり、この時の経験は今の仕事に大いに役立っています。 高専卒業後は群馬大学工学部の3年に編入し、4年から修士まで有機ケイ素化合物の合成を主に行う研究室にいました。