質量分析屋の髙橋です。
今までLC/MSに関する内容を中心に、基礎的な内容について書いて来ましたが、今回から何回かに分けて、質量分析としては比較的新しい技術として、質量分析イメージングについて解説します。
質量分析イメージング(mass spectrometry imaging, MSI)とは、生体組織切片など平面状の試料に対して、レーザー照射などによって直径数µm~100 µmの微小領域から試料表面に存在する分子をイオン化してマススペクトルを測定し、イオン化の位置を少しずつ変えながら二次元的に万遍なく繰り返す事で、イオンのm/z情報から試料中の分子の分布情報を可視化する技術です。MSIの分析イメージを図1に示します。

MSIは、薬物動態解析の分野では、投与した医薬品やその代謝物が狙った臓器に移行しているか確認できるため、ドラッグデリバリーシステム研究で注目されています。また、疾患に関連するマーカー物質の探索研究などにも使われ始めています。
MSIによる薬物動態解析例として、抗うつ薬であるイミプラミンとその代謝物の、マウス腎臓における分布の様子を図2に示します。

MRI (magnetic resonance imaging)やPET (positron emission tomography) などは医療分野で用いられているイメージング技術ですが、MSIはこれらの技術に比べると、分子自身の情報(イオンの質量(m/z値))を使うという点が利点だと言えるでしょう。
MSIでは平面状試料の表面における微細領域からイオンを生成させる必要があり、イオン化の種類と空間分解能の間には密接な関係があります。LC/MSでは分析種の物理化学的な性質に応じてイオン化の種類(ESI, APCI, APPIなど)を選択します。MSIではそれに加え、あるいはそれ以上に、要求される空間分解能によって用いるイオン化法が限定される場合があります。有機分子を壊さずにそのままイオン化出来る、MSIで用いられるイオン化法として、MALDI (matrix assisted laser desorption/ionization)とDESI (desorption electrospray ionization)が知られていますが、空間分解能はMALDIの方が高く(<10 µm)設定できるため、高い空間分解能が要求されるMSI分析では、イオン化法はMALDIが選択される事になります。
MALDIはイオン化にマトリックスが必要であり、MSIでは、試料表面にマトリックスを塗布して分析します。マトリックスを塗布する方法には幾つかありますが、マトリックス溶液を空圧スプレーで塗布する方法が一般的です。
空間分解能に関する制限はあるものの、ターゲット物質が決まっている場合、その性質に応じてイオン化法を選択するという側面は、MSIでもLC/MSのように存在します。例えば、低分子物質の場合、MALDIではマトリックス由来のイオンがターゲット物質由来のイオンに干渉してしまうリスクがあります。DESIではマトリックスが不要なので、そのようなリスクは原理的に回避できます。また、イオン化の際にターゲット物質に与えるエネルギーは、MALDI > DESIなので、MALDIではイオン化の際に壊れてしまうような不安定な物質が、DESIでは壊さずに観測できる可能性が高いです。
次回は、MSIに用いられるイオン化について、もう少し詳しく解説してみようと思います。

