DDSの具体的な研究例の最後にエクソソームを取り上げます。最近の研究で細胞が分泌するナノサイズの小胞であるエクソソームが、タンパク質や核酸を内封して、細胞間にコミニケションツールとして働いていることが明らかになりました。更に、エクソソームには臓器などの体内組織の特定の細胞に、分子を送達する機能も有している可能性が示されていて、このことはエクソソームが生体に備わっている天然のDDSであり、高分子ミセルやリボソームよりも有効なDDSにつながる可能性があると考えられます。  エクソソームをDDSのキャリアとして利用するには、エクソソームがどのような特性をもっているのかを理解する必要があります。エクソソームは細胞が分泌する100nmほどの脂質二重膜を有する、細胞外小胞の一種です。エクソソームの分泌機構については完全に解明されているわけではありませんが、一般的にエンドソーム由来と考えられています。後期エンドソームは内側にくびれて腔内膜小胞(intraluminal membrane vesicle;ILV)を形成します。このILVを多数含む多胞性エンドソーム(multivesicular body;MVB)が細胞膜と融合して、細胞外へと放出される小胞がエクソソームと考えられています。そのエクソソームの内容物には、細胞に由来するmicroRNA(miRNA)やmRNAなどの核酸やさまざまなタンパク質が内包されています。そして、脂質二重膜にも膜タンパク質が存在しています。 あらゆる細胞がこのような小胞(エクソソーム)を分泌しており、細胞間にコミニケションツールとして働いているのです。(Y.Yosioka & T.Ochiya, Drug Delivery System, 35-1, 35,2020)近年、エクソソームに含まれているmiRNAは、人の全遺伝子の60

 DDSは標的部位に到達するまで薬物を保持して、標的部位で薬物を放出する必要があります。そこで、前回も話したようにDDSは、温度などの物理的刺激やpH変化などの環境の刺激に応答して薬物を制御する必要があり、更に薬物の作用部位が細胞内の場合は、薬物を細胞内に到達させる必要があります。そこで、DDSナノキャリアとして注目されたのが、A.D.Banghamによって発見されたリボソームです。  リボソームは、リン脂質からなる数10~数100nmの粒径を持つ微小なカプセルで、その内部に様々な分子を封入でき、生体適合性や生分解性にも優れています。そのため、発見されてから、薬物や生理活性物質の理想的な運搬体と考えられてきました。更に、薬の効果を最大限引き出すために、臓器・組織レベルあるいは細胞の内部まで薬物送達させ、正確なコントロールを実現する新しいリポソームテクノロジーが必要とされています。薬物送達システムとしてのリポソームの有用性をより高めるために、高度な機能をもつリポソームとして、温度感受性リポソームおよび、膜融合能をもったリポソームなどの開発と応用についての研究が進められています。  そこで、今回はリボソームを用いたDDS研究の第一人者である河野健司教授の研究例を紹介します(Kenji Kono, Drug Delivery System 31-4, 2016, 331)。 河野教授らは下記の図に示すように、リポソームの機能はポリマーとリポソーム膜との相互作用によって発現するため、リポソームにさまざまな機能の分子鎖構造を持つポリマーを複合させることにより、多様な機能性と鋭敏な応答性を持った高機能・高性能リポソームの作成が可能になると考えました。 その中で、今回はPH応答性ポリマーの複合化による機能性リポソームについて説明します。 まず、機能性ポリマーにポリグリシド

 高分子ミセルやリポソームを利用したDDSナノキャリアは抗癌剤などの薬物を内包した第一世代のナノDDSと言われていて、既に一部が実用化され、また臨床試験中です。これらの第一世代ナノDDSの組織への集積は、癌組織などにおける血管透過性の亢進と未発達なリンパ系の構築を利用したenhanced permeability retention(EPR)効果によると考えられます。そこで今回は第一世代ナノDDSから高分子ミセルについて説明します。 DDSナノキャリアは標的部位に集積したキャリアから薬物を選択的に放出する方法として、部位特異的な化学反応を利用しています。細胞が細胞外の物質を取り込む過程の一つであるエンドサイトーシスとリソソーム酵素の攻撃により消化分解です。このため、高分子医薬品の分子設計として、リソソーム酵素に対する特異的な基質を高分子と薬物を結ぶスペーサーとして利用することは、リソソーム内でキャリアから薬物を放出するための有力な手段となります。  その研究の例として片山教授らがJ.Am.Chem.Soc.,130,14906(2008)発表した例を紹介します。片山らは細胞内シグナル伝達に重要な役割を担うリン酸化などの酵素反応を利用したキャリア設計をおこないました。まずは、リン酸化部位を含むペプチド修飾ポリアクリルアミドとプラスミドDNAを用いて、薬物を取り込んだ高分子-DNA複合体を作成します。この複合体は癌特異的酵素(PKCα)でリン酸化ペプチドとDNAに分解され、癌細胞内に薬物を放出します。更に、疎水性脂質(ポリカプロラクトン:PCL)と親水性リン脂質(ポリエチルエチレンホスフェート:PEEP)をスルフィド結合した脂質(PCL-SS-PEEP)の疎水性部位を複合体に付けることで、PCL-SS-PEEP親水性部位が外側に来るので体内動態がよくなります。更にPCL-

今まで話してきたように、核酸医薬はそのまま体内に投与しても、体内で分解され易く、更に細胞への導入効率が非常に悪く、殆どの場合効能を発揮できません。そこで、薬物の安定性を保ち、細胞に効率よく輸送するための運び屋が必要となります。この運び屋はウイルスベクターと非ウイルスベクターに大きく分類されます。 1990年後半に考えられたDDSはウイルスベクターを用い、ウイルスの感染力を利用して細胞に薬物を送達する方法でした。しかし、この方法はウイルス由来のタンパク質による免役応答、ウイルスゲノムが染色体に取り込まれることによる他の遺伝子への影響や、ウイルスの増殖や変異などの有害現象が多く報告されました。特に、遺伝子治療の際に多く起きています。1999年にペンシルバニア大学でアデノウィルスベクターによる遺伝子治療受けた際には、大量投与で死亡する事故が起きました。さらに、2002年にはフランスでレトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療では、細胞の癌化や白血病の発症が確認されました。そのため、最近ウイルスベクターを利用する方法はあまり用いられていません。ただ、私は核酸医薬の分野では、感染症や一部の癌には有効ではないかと思うのでが、多少の発熱などの副作用も伴います。 そこで、最近注目を浴びているのは、非ウイルスベクター(DDSナノキャリア)です。DDSナノキャリアを用いた核酸医薬では、組織及び細胞特異的ターゲティング技術の開発以外に、細胞内動態制御技術の開発が必須となります(前回の図2の「薬物の細胞内取込み過程」を参照)。このDDSナノキャリアはウイルスサイズの大きさに様々な機能を集約することで、体内で異物として認識されにくくして、DDSナノキャリアに核酸医薬を閉じ込めてターゲット細胞に送達させる方法です。 薬物をターゲット部位に送達させるためには、DDSナノキャリアに複数の機能を盛り

核酸医薬品はアンチセンスのヴィトラミューンが1998年に承認されて、その後2004年にRNAアプタマーのマキュジェンが承認されましたが、その後ヴィトラミューンが発売中止になり、それ以降核酸医薬はあまり開発が進んできませんでした。このことは、前から話しているように核酸医薬の安定性に問題があったからです。そして、このころから急速に開発が進んだ競合品の抗体医薬の市場導入により、核酸医薬は医薬市場で厳しい状態になり、更に核酸医薬の多くが臨床試験で有効性を証明できませんでした。そこで、siRNAに関してAlnylam社と資本提携をしていたRoche社が核酸医薬から完全撤退し、Novartis社もAlnylam社との提携を終了し、Merck社のsiRNA医薬からmiRNA医薬開発へのシフト、更にPfizer社は核酸医薬開発ユニットの解散など、メガファーマの核酸医薬からの撤退が相次ぎました。 しかし、最近は2013年に世界初の全身投与型のアンチセンス核酸医薬のホモ結合型家族性高コレステロール血症を対象としたmipomersenがアメリカで承認され、2016年にはDDS技術を利用せずに化学修飾により血中安定性を実現した、デュシャンヌ型筋ジストロフィーに対するeteplirsenなどが承認されてきました。更に2018年にAlnylam社より、DDS技術を導入したsiDNA医薬patisiranがアミロイドーシスの核酸原因遺伝子の標的治療薬としてアメリカで承認されました。このように、最近では合成アミノ酸や化学修飾などを用いて核酸医薬品の安定性が高められ、更にDrug Delivery System(DDS)により体内安定性とターゲットへの薬剤の輸送が可能となりました。これからは核酸医薬の分野でDDSが必要不可欠な技術になっていくと考えられます。それでは、標的細胞へのDDSを用いた核酸輸送

 Drug Delivery System(DDS)についは、核酸医薬との関連を中心に話したいと思いますが、その前にDDSが考えられた経緯について少し話してみたいと考えています。  低分子創薬が盛んな2000年以前は、レセプターとリガンドの創薬のスクリーニングで、天然物などや合成化合物をスクリーニングすることで、生理活性物質を探索してきました。しかし、見つかった生理活性物質が直ぐに薬になるかと言うと、以前にも話したように生体に投与した際の体内動態などの問題で殆どの生理活性物質は薬になりません。そこで、経口投与薬の場合、体内吸収や体内動態を良くするために発展したのが製剤の技術です。生理活性物質にポリエチレンオキシドとポリエチレングリコールなどを加え、混合した徐放性製剤にすることにより体内での放出を制御し、薬物の血中濃度を治療領域に長時間一定に維持することで、体内での薬効作用をコントロールできました。私はこれがDDSの考え方の始まりと考えています。  その後、2000年代に入り、低分子薬の副作用を軽減するために、疾患部位に選択的に薬物を送る薬物ターゲティングの技術が出てきました。一方、このころ創薬の分野にも大きな変革があり、生体高分子、特に抗体が医薬品として利用されるようになってきました。開発段階で、抗体の中には薬効は示さないがターゲットの疾患部位の細胞に取り込まれる抗体があることがわかり、低分子薬に運び屋のこの抗体を付けて疾患部位に薬物を送り込む方法(Antibody-drug conjugate)が考えられました。詳しくは以前に「低分子・中分子創薬の新しい考え方であるAntibody-drug conjugate(ADC)製剤」の項目で紹介したので、そこをお読み頂ければ幸いです。  その後、ペプチドドリーム社が提案した中分子のペプタイドをDDSに利用するPepti

現在、医薬品として承認されている核酸医薬は、AIDS 患者におけるサイトメガロウィルス(CMV)性網膜炎に適用されるアンチセンス、Vitravene(fomivirsen)と、血管新生型(滲出型)加齢性黄斑変性症に用いられるアプタマー、Macugen(pegaptanib)の2つのみである。Macugenは、2008 年7 月に承認された国内初の核酸医薬品で、Vitravene、Macugenいずれも硝子体内への局所投与であり、作用の発現は限局的である。しかし、今後は全身適用可能な核酸医薬品の開発が求められている。大阪大学の森下竜一教授たちはデコイ核酸医薬の開発を行い、Drug Delivery System(DDS)と組み合わせて、全身適用可能な抗炎症薬の開発を考えています。 デコイ型核酸医薬は、転写因子の結合部位を含むオリゴヌクレオチドを合成し、2 本鎖核酸とし、ターゲット細胞の核内に導入することで遺伝子発現を抑制する方法を応用した核酸医薬です。デコイが転写因子と結合することでDNA 上への転写因子の結合を阻害し、プロモーター活性が低下し、本来発現する遺伝子群がコントロールされ、活性化される遺伝子群の発現を調節する方法です。デコイは細胞周期や炎症などターゲットとなる現象に関与する複数の遺伝子を同時に制御することが可能であることから「おとり型核酸医薬」と言われています。デコイ型核酸医薬はアンチセンス法より高い効果を得ることができ、特にデコイオリゴは細胞周期に関与するE2F、炎症に関与するNFκB、そして細胞増殖・分化関与に対する治療効果が期待されます。そのため、炎症反応を担うサイトカインや接着分子の転写発現を抑制することでその作用を発揮し、炎症性疾患の治療薬としての期待が寄せられています。特に森下教授たちは、NFκB デコイオリゴのアトピー性皮膚炎治療薬としての開発

核酸アプタマーは一本鎖のDNAやRNAから構成された核酸医薬ですが、細胞内でmRNAやゲノムDNAとのハイブリダイゼーションで薬効を発揮する他の核酸医薬の作用機序と異なり、抗体と同じように標的タンパク質や細胞と結合し、細胞膜上や細胞外で薬効作用を発揮します。すなわち、一本鎖のDNA/RNAが熱的に安定な立体構造の分子内相補鎖を形成することで、標的分子に特異的に結合する物質になります。この原理から、この物質を標的に特異的に結合する分子を指す、ラテン語のaptus(結合)とギリシャ語のmeros(部分)を合わせてアプタマー呼ぶようになりました。更にアプタマーは標的分子に特異的に結合することから「合成抗体」、「化学抗体」や「核酸抗体」と言われ、よく抗体と対比して語られます。 アプタマー作成法は1990年にTuerk(Science 246, 505-510, 1990)とElllington (Nature 346, 818-822,1990)らによって報告された、SELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)法を利用しています。初めにSELEX法は10~50残基ほどのランダムな配列を持つ一本鎖DNA/RNAを合成し、熱処理して相補配列に基づく三次元構造形成したDNA/RNAのライブラリーができます。天然のDNAは基本的に二重らせん構造ですが、アプタマーのように人工的に作られたDNA/RNAは二次構造を形成し、複雑な立体構造を形成することで、多種多用なライブラリーが構築できます。このライブラリーを用いてアプタマーの探索を行います。ライブラリーに標的タンパク質や細胞を添加して、標的に結合した数種のDNA/RNAを抽出して、PCRでこれらのDNA/RNAを増幅します。更にこの増幅したDNA/RNA

皆様、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。コロナ禍が一向に終息の兆しが見えませんが、今年はWithコロナの生活が昨年以上に定着していくのではないでしょうか? それでは、今回は予定どおりsiRNAを紹介しましょう。siRNAは2006年のノーベル賞生理学・医学賞を受賞したスタンフォード大学のProf. Andrew Z. Fireとマサチューセッツ大学のProf. Craig C. Melloが発見した、2本鎖RNAによる遺伝子発現制御現象のRNA interference(RNA干渉)の現象を利用した核酸医薬です。 その方法は、ゲノムはDNAの塩基配列として書き込まれており、これがRNAに転写され(mRNA)、タンパク質に翻訳されます。この遺伝子発現機構を阻害し、機能を制御する手段の一つとして、注目を集めているのがRNA干渉です。RNA干渉とは二本鎖RNAによって塩基配列特異的にmRNAが制御され、タンパク質への翻訳が阻害されて、最終的に遺伝子発現が制御される現象です。  Prof. FireとProf. Melloらは標的mRNAと同じ配列を有する二本鎖RNAを線虫の細胞内に導入したところ、一本鎖RNAの場合と比較して効果的に遺伝子発現を阻害することを明らかにしました[Nature 1998, 391 (6669) : 806-811]。このRNA干渉は哺乳類を含めた殆どの生物に共通で見られる現象であることが明らかになり、RNA干渉は遺伝子発現を制御することから、疾患に関わる遺伝子の機能を制御する治療薬(siRNA)として、またsiRNAは一本鎖RNAのアンチセンスと比較して活性が極めて高いことから期待が高まったのです。 それでは、siRNAがどのように遺伝子発現を制御するのかに関して少し説明します。siRNAは細胞内に入るとAr

ここで核酸医薬のメリットを少し話すことにします。疾病の原因となるタンパク質に作用し、その機能を阻害する低分子医薬品や抗体医薬と異なり、核酸医薬は疾病の原因となる遺伝子発現を制御しており、従来の医薬品と異なり遺伝子選択性が高く、標的に直接作用します。そのため今まで開発が困難とされた難病の治療にも期待されており、更に薬物の副作用も軽減されると考えられます。現在承認されている核酸医薬は、国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部のホームページで確認すると2022年8月時点では以下のようになっています。 これを見ると承認された核酸医薬品で一番多いのはアンチセンスで、次にsiRNAになります。そこで、初めにアンチセンスについて詳細を説明することにします。 アンチセンスは日常的に体内で行われている、DNAからmRNAができ、更にタンパク質が出来る遺伝子情報が伝達される流れの中で、途中の遺伝子レベルの機能であるDNAやmRNAに結合することで、疾病に関与するタンパク質の合成プロセスを阻害します。疾病の原因となるmRNAやDNAの塩基配列がわかっているとその部分を標的として、それに相補助な配列を有する短い核酸(アンチセンスRNA)を合成し、体内に投与することで、細胞内の疾病に関与する標的mRNAやDNAの標的位置にアンチセンスRNAがバインドすることで二重鎖を形成し、疾病に関与するタンパク質の生成を制御する方法です。特定の病原ウィルスの遺伝子やガン等の様に異常な遺伝子の働きで疾病を引き起こす場合は、遺伝子レベルで病気の治療にはアンチセンスRNA有効であると考えられます。 しかし、アンチセンス核酸の配列の選択をどのようにするかが問題です。普通mRNAは数百から数千塩基長とアンチセンス核酸に比べて非常に長く、mRNAのどの領域を標的にするかについての検討が必要です。一般にmRNAは一本鎖で

この3年間のコロナ禍でワクチン接種の話が良く出ています。特に直近ではコロナウイルスオミクロン株亜系統BA5で、今まで以上に高い第7波の感染拡大に見舞われ、4回目のワクチン接種が勧められています。しかし、ウイルスは変異することにより薬に対する耐性も獲得するので、今のワクチンがBA5の感染予防にどれほど効果があるか疑問視されていますが、少なくても重症化を防ぐ効果は高いと考えられています。  ところで、コロナウイルスのmRNAワクチンとはどのようなものなのでしょうか。一般的にRNAはゲノムDNAの一部分を転写したもので、その後翻訳され蛋白質なります。コロナウイルスのmRNAワクチンはこのmRNAから翻訳さら蛋白質が出来ることを利用して、コロナウイルスの表面の蛋白質をコードするmRNAを人工合成してワクチンを作ります。そのため、このワクチンを接種すると体内でコロナウイルス表面の蛋白質が生成され、この蛋白質を免疫細胞が取り込むことで、ウイルスに対する抗体が生成されるので、体内でのウイルスの増殖を抑えることが出来ます。この様にDNAや転写因子のRNAを利用した薬の分野を「核酸医薬」と言います。最近この核酸医薬に分野が進んでおり、低分子医薬から抗体医薬に続く第3の医薬と言われています。  そこで、今回は核酸医薬について話しましょう。人のゲノムDNAは遺伝子数3万個強の遺伝子情報を持っています。このDNAからmRNAに転写され、蛋白質が出来て細胞が増殖されることで人体を維持しています。しかし、DNAの遺伝子の一部が変異していると、そのmRNAは蛋白質に翻訳される際に、蛋白質の欠損、異常蛋白質産生や蛋白質の異常発現などにより、細胞の異常増殖や機能異常を起こしてしまい、これが疾患に繋がるのです。そのためmRNAを利用して薬を作り、体内で疾患を阻害する蛋白質を発現したり、疾患RNAを切断したりト

人間の病気の殆どは感染症と癌・成人病(生活習慣病)や先天性心疾患などの個別化医療の疾患領域であり、薬の開発の考え方や手段など創薬が異なります。この中で癌の領域の創薬は、2000年以前は癌細胞殺すか細胞増殖を抑える薬の開発が殆どで、感染症と同じような考え方でしたが、2000年以降はバイオマーカーを用いた個別化医療の疾患領域の創薬の考え方に変わっています。 コロナウイルス感染が世界的に猛威を振るう前は、感染症の薬はインフルエンザの治療薬がRocheなどで開発されてから、新しい薬の開発は殆ど必要無いと考えられ、多くの製薬企業は感染症医薬品から手を引いていました。それは、前々回もお話しましたが、感染症の治療薬や予防薬はウイルスや病原菌の増殖を抑えることを目的に開発されるため、全ての人に共通に使用できます。薬に患者さん個人に差があるとすれば、効き方と副作用の出方なので、一つの疾患に対して多種の薬を開発する必要がなく、特効薬が開発されれば解決するからです。また、感染症の治療薬の創薬は低分子創薬が中心で、殆どの製薬企業が低分子創薬のスクリーニングに用いていた低分子創薬用のライブラリーを手放してしまい、今回のコロナウイルスの治療薬開発に迅速に対応できなかったと考えられます。迅速に対応できた製薬企業は、以前から感染症の分野に強く、豊富な低分子創薬のライブラリーを維持してきた、ファイザー製薬や塩野義製薬などでした。 癌の領域の癌細胞殺すか細胞増殖を抑える薬の開発は副作用が強く古いと考えられていましたが、最近はプロドラッグ化やAntibody-drug conjugate(ADC)にし、癌細胞への選択性を高めることで、有効な薬になっています。また、PETのように癌細胞に蓄積する性質を持った化合物に光を吸収するユニットを付けた薬を作り、癌細胞に薬を集積させて、そこにレーザー光線を当てる治療法(

前回、私たちのグループ(Spectro Decyphe & CaBNET)の臨床バイオマーカー探索の手法をもう少し詳しくお話ししたいと書きましたが、このグループは臨床医も参加しており、一昨年からのコロナ禍のためグループの具体化が進展していない状態です。早くコロナウイルス感染が収まることを期待しているところです。 そのため今回はグループの具体的な臨床バイオマーカー探索の手法では無く、私たち(Spectro Decypher)が考えている臨床バイオマーカー探索の手法をお話します。 私たちは臨床試料を用いた癌治療の個別化医療を目的とした診断マーカー探索の組織です。皆さんもご存知のように抗がん剤は、例えばオブジーボでも、癌患者さん全体の20~30%しか効果がありません。その中で完治する患者さんはごく一部です。更に抗がん剤は多種類市場されていますが、どの治療薬も万能ではありません。それは、癌細胞が単一でなくヘテロであり、更に癌患者さん個々人によって癌細胞のヘテロな度合いが変わることによります。そのため、臨床のお医者さんは癌細胞の病理学的解析(癌細胞の形状や状態)では、どの治療薬を選べば良いかを正確に判断できない状態です。最近はハーセプチンのように診断マーカーを提供している治療薬が殆どですが、それでも診断マーカーで選ばれた癌患者さんの一部にしか効果が認められません。私は癌のようなヘテロな組織の場合、単一の診断マーカーで癌患者さんの全てに最適の治療薬を提供するのは難しいと考えています。そこで、私たちは癌患者さんの今までの臨床Data(血液や癌細胞の病理学的解析など)に、ゲノム・プロテインとメタボローム解析した最新Dataを用いて、全てMachine leaningの手法で解析し、患者さんを層別し、個々人に合った臨床バイオマーカー探索する事で患者さんに適した治療薬の選択の方法を考えてい

このコラムの初めの頃に個別化医療に関して説明しましたが、個別化医療で重要になるのは科学的に患者さんを層別でき、最適の薬を選べる遺伝子やタンパク質などの診断マーカーです。癌の領域では他病気の領域よりも診断マーカー(腫瘍マーカー)が少し進んでいると思われますが、患者個々人で病気の状況も異なるので、個別化医療には程遠く、また癌以外の病気(感染症を除く)では診断マーカーが殆ど無いのが現状です。 そのため、医療現場では現症診断にまだ多くを頼っており、遺伝子やタンパク質などの分子レベルで、ターゲットを予想して科学的に開発された医薬品の間に、まだまだ大きな谷があります。そのためには何が必要なのか。私は臨床の現場で起きている病気の現症を遺伝子やタンパク質などの分子レベルで解明し、それに合った最適な診断マーカーを病態組織や血液などの臨床資料から探索することが必要になっていると考えています。 アメリカでは2015年の年頭のオバマ大統領のPrecision Medicineの開発に大きな予算を出すと発言してから、癌治療を目的としたCancer Moonshot Projectが数年前から始まっており、臨床試料を用いたゲノムやプロテイン解析を利用した個別化医療に向かっています。 そこで、私たちは日本でも病態組織や血液などの臨床資料から患者さんを層別できる、診断マーカーを探索し、個別化医療に結びつけるシステムに取り組んで、今年の7月に癌治療の個別化医療を目的とした診断マーカー探索の組織を構築しました。  このグループは私たちのベンチャー企業の(株)Spectro Decypherと(株)Biosys Technologiesと、日本医科大学が中心になってできたCancer Biomarker NETwork(CaBNET)が共同で臨床バイオマーカー探索を行う組織です。  私たちの組織の体制

コロナウイルス感染の第4波の中で、医薬品業界はコロナウイルス治療薬や予防薬の研究開発に全力を注ぐ必要があり、この時期に個別化医療で無いでしょうと考える人も多いと思います。そこで、今回は私たちの個別化医療を行うための臨床試料を用いたバイオマーカー探索グループの話をする前に感染症と個別化医療について少し話します。  人間の病気の殆どは感染症と個別化医療の疾患領域です。感染症は、治療薬や予防薬が全ての人に共通に使用できるので、個別化医療の考え方は必要ないと考えられます。個人差があるとすれば、効き方と副作用の出方ですので、一過性で特効薬が開発されれば解決します。一方、個別化医療は癌・成人病(生活習慣病)や先天性心疾患などで、疾患の出方が多様なため個々人にあった薬が必要になります。今のコロナウイルス感染での外出自粛が長引けば、私は生活習慣病が増えるのではないかと危惧しています。  最近、政府はコロナ禍の中で日本のコロナウイルスのワクチンなど予防薬や治療薬の研究開発遅れている、特に抗体医薬の研究開発が遅れているので、そこを推進すると言っています。しかし、最近外国の抗体創薬の探索研究を行っているベンチャー企業から、「日本の製薬各社に抗体医薬の研究開発を共同で行いたいと話しをしても殆どの企業は乗り気ではない。何故でしょう」との相談がありました。これを考えると政府の言っているように日本で抗体医薬の研究開発がこれから進むかどうかは疑問です。 確かに、抗体創薬の探索研究は低分子創薬に比べて、創薬ターゲットに対するリード薬の探索は早いと思います。それなのに何故日本の製薬会社は乗り気にならないのか。それは抗体医薬やRNAワクチンの開発(品質保証などGLP、動物実験)・製品化(GMPなどの工場生産)には多額の費用が掛かるからです。この開発・製品化が出来るのは世界のトップ10に入るような資金力のあ

今回は中分子化合物をPPI阻害剤として利用する以外の、新たな利用法に関して少し説明します。以前の「プロテイン相互作用を阻害する中分子創薬が最近話題」のところで、「最近では中分子サイクリックペプタイドがPPI阻害剤の開発への利用だけでなく、低分子創薬への応用や、抗体薬やドラッグデリバリーにも利用できるのではないかとも考えられています。」と書きました。   更に、前回天然物の中分子化合物にサイクリックペプタイドやペプチドミメティック化合物多く含まれていることを説明している際に、動植物はそれらの中分子化合物の多くを生理活性物質として分子の立体構造変えながら利用していることを思い出しました。特にセファロスポリンなどのサイクリックペプタイドの一部分は体内動態の研究で、血液中では水酸基などの水溶性残基を分子の外に出して水溶性になり、目的のプロテインと相互作用する際には水溶性残基を分子の内側に入れて脂溶性を高めることが明らかになっています。この様な体内動態を示す中分子化合物は抗体薬やドラッグデリバリーにも利用できると考えられます。 中分子化合物の抗体薬やドラッグデリバリーの応用は、最近盛んにおこなわれるようになり、20015年から2017年に掛けて既に報告があります。 初めに中分子化合物を用いたドラッグデリバリーですがペプチドドリーム社が2017年の合成誌(K.Masuya, et.al.,J.Synth.Chem.,Jpn.75.1171)に報告しています。それによるとサイクリックペプタイドなどの中分子化合物は抗体と同じ様に目的の疾患細胞に集積する性能を持つ化合物が存在し、このような性能を持つ中分子化合物を利用することでAntibody-Drug Conjugate(ADC)と同様のドラッグデリバリーが可能となると言っています。これをペプチドドリーム社はPeptide-Drug C

前回の話の中でも、プロテインープロテイン相互作用を阻害する中分子としてサイクリックペプタイドやペプチドミメティック化合物が有効であることやこれらの化合物は天然物の中に多く含まれていることを話しました。そして、今まで行われて来た低分子創薬には中分子は適さないことから、中分子天然物はスクリーニングの対象から除外されて来たため、現在は利用可能な中分子天然物のスクリーニング用のライブラリーは殆ど存在しないことも話しました。   ところで、私も元は天然物化学を専門にしていて、会社でも天然物スクリーニングに携わっていたので、天然物化学の専門家を良く知っています。その何人かから、私の書いている「創薬は何処へ」を読んでいて、創薬のための中分子天然物のライブラリーが無いと書いているが、近年製薬会社では創薬標的タンパクのバインデングアッセイのスクリーニングソースから中分子を除外していたからであって、1990年以前のin vitroバイオアッセイでは中分子天然物が多く見つかっていた。 更にアカデミアの天然物化学者の中には植物・動物のフェロモンや毒物や共生物質など、また海洋天然物、微生物を研究している人が多く、その対象の化合物には中分子のサイクリックペプタイドやペプチドミメティック化合物が多く含まれていことから、そのような化合物の情報を集めて中分子創薬スクリーニングソースにすると良いのではとの話を頂きました。 確かに、以前に私が天然物の構造決定を行っていた際に、大学との共同研究の対象化合物は中分子のサイクリックペプタイドやペプタイドが多かった。例えば蜂毒はアミノ酸5から7の直鎖ペプタイドだったし、名城大学薬学部と共同研究で構造決定をした、アオコの生理活性物質のミクロシスチンも異常アミノ酸を含んだサイクリックペプタイドでした。 最近では天然物を再利用しようとする動きも始まっています。日本農芸化

今回はプロテインープロテイン相互作用(PPI)を阻害する中分子化合物のドラッグスクリーニングについて話します。 PPIを阻害する中分子化合物の探索は、低分子化合物の探索とあまり変わらない、バインデング・アッセイが中心になると考えられます。但し、問題は前回話したようにPPI部位はシグナル伝達に関与している場は弱い相互作用であり、また機能に関与している場合は強い相互作用であると考えています。     ここで、機能に関与している強い相互作用の場合は低分子探索と同じバインディング・アッセイで良いと考えられますが、シグナル伝達に関与している場のように弱い相互作用には、スクリーニングの対象化合物がサイクリックペプタイドなどであるため、相互作用が弱いと目的と異なる場所にも相互作用を起こしてしまう、non-specific(非特異的)相互作用が数多く含まれてしまいます。 この非特異的な相互作用の除去はウエスタンブロッティングや免疫染色同様にかなり厄介な課題です。そこで、私は前回の「中分子化合物が目的の阻害部位に相互作用しているかを確認する方法」で説明した相互作用部位の確認に用いたHDX法などを用いて、目的の阻害部位に相互作用しているかを確認するのが適切と考えています。   以上、上記のことを考慮して、私の考えるプロテインープロテイン相互作用を阻害する中分子化合物のドラッグスクリーニング以下のとおりです。                               スクリーニングソースとしてサイクリックペプタイド、ペプチドミメティック化合物などや低分子から作成した合成中分子化合物を使い、SPRなどで相互作用する中分子化合物を探索します。その後化合物が阻害部位に特異的に相互作用しているかをHDX法で確認して、ドラッグターゲット化合物を選択する

中分子化合物の阻害対象はプロテインープロテイン相互作用部位であることは今までの話の中で何度か説明してきました。そこで、創薬にはプロテインープロテイン相互作用部位の解明が不可欠になります。プロテインープロテイン相互作用部位はシグナル伝達に関与している場は弱い相互作用であり、また機能に関与している場合は強い相互作用であると考えています。   その相互作用部位の解明には立体構造解析が必要です。しかし、立体構造解析に一般的に用いられるX線解析は、相互作用が弱い場合は結晶になりにくく、また相互作用が強い場合は分子量が大きい過ぎるためどちらかのプロテインの分子量を小さくする必要があり、相互作用部位の解明には不向きです。強い相互作用のプロテインープロテイン相互作用部位の解明には、最近クライオ電子顕微鏡が用いられることが多いようです。ところが中分子創薬の場合、シグナル伝達に関与しているプロテインープロテイン相互作用部位を創薬ターゲットにする場合が多く、その場合は相互作用が弱いので部位の解明にX線解析もクライオ電子顕微鏡も用いることが出来ません。それでは、弱い相互作用部位の解明に関してどのようにしたら良いか話すことにします。以前に「探索的プロテインープロテイン相互作用の解明」の項目でプロテインの動的ネットワークの解明の際に相互作用部位の解明方法を少し話しましたが、今回は中分子創薬に絞って話します。  シグナル伝達に関与している弱いプロテインープロテイン相互作用部位の解明には、まず相互作用している両方のプロテインのX線解析が必要と考えています。しかし、シグナル伝達に関与しているプロテインの分子量が小さく、立体構造を持ないことが多く、その場合X線解析が不可能になるので、X線解析は薬のターゲットプロテインだけでも良いと考えています。  次に以前に説明したLC/MSを用いたHydroge

 前回までに、これからは中分子創薬の有用であることを話しました。中分子創薬をするにあたって一番困難な問題である、中分子創薬に応用可能な中分子のライブラリーが少ないことについては、以前「中分子創薬開発において有望な化合物ライブラリーはあるの?」のところで、中分子創薬に有効な化合物はサイクリックペプタイド、ペプチドミメティックなどの天然物化合物が有効であることや、現状では分子量が1000以上3000位の中分子創薬に特化した化合物ライブラリーが、ペプチドドリーム社のもの以外に、殆ど存在しないことを話しました。そこで、今回は創薬のリード中分子化合物探索のために、「中分子有機化合物のライブラリーをどうするか」と、「低分子有機化合物ライブラリーの利用法」に関して話します。  幾つかの製薬会社は、独自でライブラリーを作成していると聞いています。自社でアミノ酸を合成しサイクリックペプタイドのライブラリーを作例するのも一つの考え方ですが、その場合ペプチドドリーム社のアミノ酸と同じにならないように、別のコンセプトでアミノ酸を合成する必要があると考えています。  次に天然物化合物を用いたスクリーニングですが、現在市販されている天然物化合物の中で分子量が1000以上の中分子化合物は非常に少ないと思います。そこで、天然物化合物のスクリーニングをするのであれば天然物の資源をもっているグループとの共同研究が必要になってきます。資源を持っているのは大学などのアカデミアの研究機関が多く、これらの研究機関もこれからの天然物化合物の活用を模索しているところが多いので、共同研究はやり易いと考えられます。ただ、今までの天然物化合物のスクリーニングは目的の化合物探索にマンパワーと時間がかかって来ました。そこで、これからこのスクリーニングをするには、「探索的プロテインープロテイン相互作用の解明」のところで話した、S

創薬開発において有望な中分子有機化合物は以前にも紹介しましたが、下記の図の様に2011年のJACSにAroraらが紹介したサイクリックペプタイド、ペプチドミメティックや天然物ライク化合物と考えられます。   これらの中分子有機化合物は合成品としては殆ど存在しておらず、天然物の中に多く含まれており、微生物、植物や昆虫などの生命機能などにかかわっている化合物が多いと考えられています。  しかしながら、これまでも何回か述べてきましたが、今までの天然物の創薬探索においては低分子有機化合物のスクリーニングが主流で、中分子有機化合物はいらないとされ、分子量1000以上の化合物は排除されてきたために現存する中分子有機化合物のライブラリーで公開されているものはありません。   多分今存在する中分子有機化合物のライブラリーはペプチドリーム社のものだけではないでしょうか。それは、2016年ごろから合成でサイクリックペプタイドのライブラリーを作ることが考えられ、その先駆けがサイクリックペプタイドのライブラリーを構築したペプチドリーム社です。ペプチドリーム社はサイクリックペプタイドのライブラリーを売っているのではなく、自社のサイクリックペプタイドのライブラリーを用いた中分子有機化合物スクリーニングの受託を行っています。 それでは、ペプチドリーム社のサイクリックペプタイド合成の概要を少しお話ししますので、下記の図を参照してください。 ペプチドリーム社は400種の異常アミノ酸を合成し、それぞれのアミノ酸には固有のDNAタグをつけておきます。そして、このアミノ酸を元に自動でアミノ酸6~8個のサイクリックペプタイドを作成します。出来たサイクリックペプタイドはDNAタグの配列を調べれば、サイクリックペプタイドのアミノ酸配列がわかることになります。これによりアミノ酸400種でアミノ酸6個のサイク

今回から中分子創薬の詳細について話すことにします。内容としては先ず多くの創薬研究者が思う、「中分子有機化合物は本当に医薬品になるのだろうか?」との疑問に対する話から始めて、創薬に応用可能な中分子のライブラリー、更に中分子が最も有効と考えられるプロテインープロテイン相互作用阻害剤における相互作用部位の解析手法、最後に総合的な創薬開発が期待される中分子創薬と今後の展望について話を進めたいと思います。   それでは、初めに私が講演した中分子創薬セミナーの際に多くの創薬研究者から疑問として質問されるのが中分子化合物は医薬品になるのですかとのことです。 それは、今まで開発された中分子医薬品はセファロスポリンやFK-506で、これらの化合物は特別で1990年代に開発されたものですが、それ以来中分子医薬品は殆ど開発されてきていないではないこと、その原因について中分子化合物は体内動態が悪いし、更に分子量から考えて体内に入ると異物と認識されて抗原抗体反応を起こし易いのではないかとの疑問がだされます。 まずは、この疑問に答えることで、中分子有機化合物が医薬品になると考えた根拠を説明することにします。 セファロスポリンやFK-506が探索されたのは1980年代で、その頃の医薬品探索は天然物化合物を用いたビトロアッセイが主流でした。 そのため、低分子から中分子化合物までの探索さに限定され、見つかった化合物がそのまま医薬品になることは無く、活性を向上させたり、体内動態を良くすることが必要で、そのために化学合成による化学構造の変換が必要でした。 そこで、化学合成のやり易い低分子化合物が選ばれることが多くなり、必然的に低分子が作用する、プロテインの活性化を阻害する薬剤の開発が優先しました。また中分子化合物はプロテインープロテイン相互作用部位を阻害する化合物ですが、その創薬のための高次元のアッセイ

随分、長い間ご無沙汰しておりすみませんでした。昨年に中分子創薬が話題になっているので詳しく説明しますと言いました。しかし、最近の日本の創薬企業はここの研究よりも各社の創薬研究の方向性をどの様にするかが最大のテーマになっていて、中分子創薬がこれから伸びますと話しても各社余り乗り気になってくれません。   そのため「創薬よ何処へ」のテーマでコラムを書いている身としてはこの問題を直ぐに書くかどうか悩んでいるうちにかなりの期間が立ってしまいました。 そこで、今回中分子創薬のテーマに入る前に、最近の日本創薬企業の現状をお話ししたいと思います。 近年創薬研究は以前にコラムでも説明したように低分子・中分子薬からバイオ医薬品と開発研究も多岐にわたっており、更に個別化医療の中で医薬品のバイオマーカーが、またターゲット探索ではプロテオゲノミックスが重要視されてきています。また、抗体や免疫製剤などのバイオ医薬品は開発に多額の費用が掛かります。 このような現状の中で、全ての創薬研究に対応しようとすると多額の資金が必要となり、世界の薬業界のトップ10の会社以外は資金的に総合的な創薬研究が出来ないと言われています。しかし、創薬企業はどのようにするか既に方向性を決めている企業もありますが、多くの特に日本企業は悩んでいるのが現状で、更に一昨年から業績不振の日本企業が多く出ているのが現状です。 このような中で、今後の日本の薬業界が進むべき道は、幾つかの企業の例から考えて小職は大きく3つに分けられると考えています。 一つは企業同士が合併し、世界でトップ10の企業のような資金力を確保して、総合的な創薬研究を進める選択しです。日本政府はこの方向を推薦しているようで、そのために一昨年からリストラをする企業が多いのかとも思われます。 次は大学やベンチャー企業の創薬研究を後押しする、オープンイノベーションを積極

最近、プロテインープロテイン相互作用を阻害する中分子創薬が話題になっていますが、小職のところにも中分子創薬のセミナーをしてくださいとの依頼がありました。そこで、先日「中分子医薬品の基礎/最新動向を踏まえた創薬・開発の留意点」という題名でセミナーをしたところです。   そのセミナー参加者の多くが、プロテインープロテイン相互作用を阻害する中分子創薬に興味があるが、中分子創薬が話題になった背景と、なぜこれから中分子化合物が創薬に重要なのか疑問を持っていました。そこで、今回のセミナーでは中分子創薬が話題になった背景から説明しました。その背景はこのコラムでも以前に取り上げた以下の内容です。 近年の個別化医療では、臨床での薬の選択や創薬において、臨床バイオマーカーが重要になっています。更に、正常状態と病態の臨界状態、病態初期状態あるいは病態悪化の動的状態遷移過程をはっきり識別することが出来る動的ネットワークバイオマーカーを、複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出に広く適用することで、適切なタイミングで適切な個別化医療を行なうことが可能となるものと期待されています。 そこで、疾患状態で起こっている動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用(PPI)のシステムを解明することで、その疾患のメカニズムが明らかになると同時に、このが創薬のターゲットになるのではないかと考えられており、製薬各社は阻害剤の開発に力を入れようとしています。そのPPIの阻害剤として中分子化合物が有効ではないかと考えられているのです。 一方、中分子化合物、特に中分子サイクリックペプタイドは低分子医薬品や抗体などの生体高分子医薬品の両方の欠点を補う医薬品であることが明らかになってきています。     上記の図が示すように、低分子薬の弱点は特異性が低く、そのために副作用が多く、またPPI阻害は狙えませ

実際には遺伝子の変異やプロテインなどの分子の構成や感度のパターンの違いにより様々なタイプの患者がいることが最近わかってきています。そこで、病気に合った遺伝子診断やプロテイン診断などの科学的な診断を臨床現場に取り入れ、各疾患の状態に則して患者を層別し、層別データを元に個々の患者に最適な医薬品を提供することが個別化医療なので、現在市販されている全て医薬品を、動的バイオマーカーから解析された遺伝子やプロテインなどの診断マーカーを詳細に解析して患者を層別することで、現在市販されている全ての医薬品から患者にあった薬を的確に選ぶ必要があることを前回話しました。   しかし、この様な科学的な診断で患者さんにあった医薬品の選択をする個別化医療は実際にどこまで進んでいるのでしょうか? スウェーデンやデンマークなどの北欧の国では国家プロジェクトとして全国民を対象に遺伝子やプロテインの情報を収集し個別化医療に利用しようとしています。 それでは、日本ではどうでしょうか?昨年から癌治療については国家プロジェクトとしてDNA診断を利用して最適な抗癌剤の選択治療を推進することが決まり、実際に国立癌センターを中心にプロジェクトがスタートしています。 癌の場合は癌細胞の種類による遺伝子の変異の情報がかなり解明されており、その遺伝子の情報から薬を選択することは可能になっています。 話は少し逸れますが、最近のTVのニュースで、国立癌センターではこの遺伝子診断を末期の癌患者に利用したいとの話をしていました。 私はそのことに少し疑問を感じるのです。それは、癌は初期の段階では癌細胞が単一で動的バイオマーカーシステムもシンプルですが、末期の癌は癌細胞が多種類(ヘテロ)で動的バイオマーカーシステムも複雑になり、そのため、初期の癌では遺伝子診断による薬の選択で完治する可能性がありますが、末期の癌では完治は難しく、

今回は最近盛んになっている抗体や免疫製剤における診断マーカーの重要性について話したいと思います。 例えば夢の抗がん剤と言われた癌免疫治療薬のオブジーボでも、効果のある患者は2~3割であるが、診断マーカーが無いために7割強の効かない患者にも使用していて、健康保険財政を圧迫しています。更に、抗体薬で乳がんの特効薬と言われたハーセプチンも、診断マーカーはHAR2タンパクに陽性のチェックで陽性の場合に使用することになっていますが、陽性の患者の3割強は効かないことが報告されています。   そこで、現在市販されている全て医薬品を、動的バイオマーカーから解析された遺伝子やプロテインなどの診断マーカーを詳細に解析して患者を層別することで、臨床現場でも患者にあった薬を的確に選ぶことが出来ると思うのです。そして、これこそが正に最良の個別化医療に繫がると私は考えるのです。 更に、今後の創薬も動的バイオマーカーから解析された遺伝子やタンパク質などの診断マーカーを詳細に解析して患者を層別して、効く薬の無い患者のグループにターゲットを絞って新薬の開発を進めることがこれからは必要となってきているのではないでしょうか。 ここで個別化医療の中での創薬について私の考えを話すことにしましょう。前にも話した様に、病気は動的ネットワークバイオマーカー中で起きているので、細胞や血液などの臨床試料を用いてプロテインの解析を行い、図2に示すように病気の動的ネットワークバイオマーカー明らかにすることで、それによって病気に特異的なプロテインを見出すことができます。 更に、現在市販されている医薬品の遺伝子解析に基づいた診断マーカーの情報から、市販品で効かない患者のグループのバイオマーカーシステムを探索し、図2の様に探索されたバイオマーカーシステムを創薬のターゲットとして、新しいタイプの薬を開発することが重要と考えま

 久しぶりですが、皆様良いお年をお迎え頂けたでしょうか?  今回は個別化医療と創薬に焦点を絞って話したいと思います。   病気の原因や病態について近年遺伝子やプロテインなどの分子レベルでの解明が進んで、同じ病気と診断された患者でも、実際には遺伝子の変異やプロテインなどの分子の違いにより様々なタイプの患者がいることが最近わかってきています。そこで、病気に合った遺伝子診断やプロテイン診断などの科学的な診断を臨床現場に取り入れ、各疾患の状態に則して患者を層別し、層別データを元に個々の患者に最適な医薬品を提供することが個別化医療なのです。 現在市販されている医薬品も本当に患者個人にあったものが適用されているかも疑問なところがあります。その一例として、臨床現場での2型糖尿病のある患者と医者の話を以前に説明しましたが、今の医療現場では試行錯誤しながら薬を選んでいるのが実情です。個別化医療で重要になってきているのが、患者を科学的に層別し、最適の薬を選べるゲノムやプロテインなどの診断マーカーの必要性なのです。以前を話した様に、癌の領域では他病気の領域よりも診断マーカー(腫瘍マーカー)が少し進んでいますが、他の病気の領域ではまだまだではないかと思うのです。また、患者個々人で同じ病気でも状況や症状の出方も異なるので、一種類の診断マーカーでは詳細がわからず、複数の診断マーカーが必要になっていると考えらます。 以前に説明しましたが、最近は臨床資料を用いた遺伝子やプロテインの解析から、細胞などの機能は機能性タンパク質のシステム(バイオマーカーシステム)を持っていることが明らかになってきました。更に、病気にはバイオマーカーシステムのどの部分が関与しているかも明らかになってきています。 そこで、以前に説明したバイオマーカーシステムの図を使って、病気の診断マーカーについて説明します。同じ病気でも

前回の最後で、次回は低分子・中分子創薬の今までの考えを変えるかも知れないAntibody-drug conjugate(ADC)製剤に関して説明しますと言って、その後中断して失礼いたしました。 低分子・中分子創薬の場合、ターゲットプロテインを用いた阻害物質のバインデングスクリーニングだと脂溶性の高い化合物が多く見つかり、殆どが体内動態の悪い化合物が多いと以前にお話ししました。   そこで、低分子創薬はHTS-Screeningでリード化合物を探索し、次にX線などのバイオストラクチャーの情報とHT-In-Vitro ADME Screeningの情報からMedicinal Chemistryを用い高活性で体内動態の良い化合物に合成変換して医薬候補品にするという創薬の手法が必要で、そのために多大な人員と時間を費やすことになります。更に中分子も同様な創薬の手法を用いますが、低分子以上にMedicinal Chemistryの分野が困難で、より一層時間がかかります。 そこで、Antibody-drug conjugate(ADC)の手法を用いるとデリバリー抗体が目的の低分子・中分子を運んでくれるので体内動態と毒性・副作用の問題解決するのではないかと考えています。まず初めにADCの基礎的な考え方をお話しします。ADCとは疾病細胞を認識する抗体(デリバリー抗体)と、活性本体の低分子・中分子剤を適当なリンカーで繋いで出来た医薬品です。ADCは体内の投与するとデリバリー抗体によって疾病細胞に送られ細胞の中に入ります。その後は下記の図に示すように細胞内でデリバリー抗体が分解されるとリンカーと活性分子が出て、更にリンカーの部分が外れて活性分子が出て高い治療効果を発揮することになります。 以上のことからADC製剤では、今まで多大な能力と時間をかけていた、低分子・中分子の活性物質の体内動態

どの様な薬でも人体では異物と判断し、必ず体外に排除する代謝機能が働きます。また抗体などの高分子化合物や免疫製剤などは体内防御機構が働き、抗原抗体反応や自己免疫疾患のような拒絶反応を引き起こした場合、異物と認識されて化合物は一切薬にすることが出来ません。この代謝機能と防御機構には個人差があります。   更に、全ての薬は常に薬物活性と副作用・毒性の両面を持っており、活性を高めて副作用・毒性を最小限に抑えるために薬物の体内動態を検討することが必要です。そして、この活性と副作用・毒性の出方にも個人差が有ります。 創薬初期の段階で見つかった活性の高い創薬候補化合物には、動物や人に投与することが難しい化合物が非常に多いことは私がRoche時代に行った天然物のScreeningのところで問題点として少し書きました。 特に、近年のHT-Screeningで行われている、低分子や中分子化合物のプロテインとリガンドのバインディングやプロテイン-プロテイン相互作用をみるAssay系では、脂溶性の高い化合物ほどプロテインとの相性が良く活性が高くなる傾向がみられます。そのため、これらの化合物は体内動態が非常に悪くそのままでは動物に投与することが出来ないものが多いのです。 更に、薬は図のように薬物活性、安全性、体内動態・物性と化学構造が全てバランスよく成り立つことが重要です。 しかし、特に1980年代後半からプロテインーバインディングAssayが盛んになってから、医薬品開発の失敗確率の一番高なってきました。それは当時創薬候補品の体内動態を検討ために動物に投与する必要があり、大量の動物を使うことが出来ないために体内動態の検討は創薬の後期に行っていたからです。 そこで、私の経歴の所でも少しお話しましたが、私たちが上記の様に体内動態を1)から5)の様に細分化して、それぞれの項目についてロボットを用

ターゲットバリデーションより見つけられた創薬標的プロテインを用いて創薬リード化合物の探索(Screening)を行います。その場合低分子医薬か、抗体医薬か、プロテイン-プロテインインターラクション(PPI)を阻害するようなサイクリックペプタイドのような中分子医薬か、更に最近話題になっている免疫阻害剤のどのリード化合物を探索するかは、その標的プロテインの機能から判断する必要があります。   今回は私が長年行ってきた低分子・中分子創薬の創薬リード化合物のScreeningを中心に、その今後について考えてみます。 最近の創薬の傾向は長年行われて来た低分子創薬は時代遅れで、これからは抗体・免疫阻害剤の時代だと考える人も多いようですが、臨床試料を用いたゲノム解析やプロテオーム解析から新たな創薬標的が探索される可能性は高く、そこでは低分子創薬がまだまだ必要になっていると考えます。但し、今までの低分子創薬のScreeningのように、大量の低分子化合物についてロボットを用いたハイスクールプット(HT)Screeningでランダムに探索することは少なくなっていくと考えます。 それは、前回のターゲットバリデーションでお話しした標的プロテインの機能と、X線などを用いその立体構造から相互作用を行っている部分が詳細にわかると、Screeningに用いる大量の化合物から相互作用の可能性がある化合物をコンピューターで選び出し(ヒットバレデーション)、選ばれた化合物だけをScreeningすることが可能になるからです。 実際、私たちもロシュ・中外製薬時代に標的プロテインのX線から得た詳細な相互作用部分の立体構造を用い、コンピューターでその部分にバインドする化合物を、大量の化合物ライブラリーからヒットバリデーションすると、バインデングする化合物が全体の1%程に絞ることができ、それを化学構造の似異性で

疾患の動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用のシステム、すなわち、それぞれの疾患における臨床バイオマーカーの解明し、更にゲノムの情報や臨床検査に用いられている項目の値などを取り入れ、IT技術を用い総合的に判断することで、その疾患の患者さんの層別が出来ると考えています。   そして、この様な総合判断が一般化すると、現在市販されている医薬品の個々の患者さんにあった最適な選択も可能にし、更に今までphase2でドロップアウトした医薬候補品も、上記の様に患者さんを層別し、再度臨床試験をすることで医薬品にできる可能性もあると考えます。 更に、この様に層別した患者さんに適した医薬品を提供することが、本当にメデカルニーズにあった創薬と思います。   そこで、創薬の標的を考えるために、患者さんの層別に用いた疾患の動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用メカニズムを詳細に解析し、そのメカニズムのどの部分を創薬の標的にするかを検討する必要があります。それには薬理学的な観点から動的ネットワークを見る必要があり、そこでは今までゲノム解析情報や創薬研究者の経験と蓄積が生かされます。この様に創薬標的プロテインを探索することを製薬業界では「ターゲットバリデーション」と言います。 そして、ターゲットバリデーションした創薬標的プロテインが「既存標的」で健常な状態の生理学的な標的機能も、ヒトの病理学的な標的機能も科学的な理解が良くなされている場合は創薬研究に結び付けることがスムーズにできます。しかし、一般には、「新規標的」の場合が多く、発見された新規標的プロテインの多くはGタンパク質共役受容体(GPCR)とプロテインキナーゼが主な主流になっていると考えます。 創薬標的プロテインがターゲット細胞の外なのか、それとも細胞表面か、細胞内かを見極め、更にその標的プロテインが疾患を引き起こ

標的疾患の臨床試料から抽出される「動的ネットワーク」を構成するタンパク質群に対する薬剤などのキネティックスが解析されれば、一気に疾患メカニズムと治療標的、候補薬剤の同定に迫ることが可能となります。   そこで、臨床プロテオミクスとメタボロームを基に、ネットワークバイオマーカーを実験的に証明する必要があり、それぞれのバイオマーカーの相互作用、言い換えるとプロテインープロテイン相互作用(PPI)を解明することで、それはバイオシステムを構成する因子の機能構造を分子レベルで解析することです。それらを俯瞰して全体の動きやそれらがお互いに与え合う影響を総体的にとらえ理解することが必要であると思います。 そこで、その方法としては、標的疾患の臨床試料と疾患に影響の無い臨床試料を比較して、その中で疾患に関与しているプロテインを探索し、探索された疾患に関与するプロテインをゲノム解析や今までのプロテオーム解析情報を用いたコンピューター解析で同定します。しかし、このコンピューター解析で同定できない場合は、標的疾患の臨床試料を用いて疾患に関与するプロテインの構造を同定します。 それにはスループットと感度が高く、化合物の分子量や構造を確認できる質量分析の手法がこの分野で重要になっています。次に疾患に関与するプロテインが同定できたらそれと相互作用するプロテインを探索します。この様に実際に疾患状態で起こっている動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用のシステムを解明することで、その疾患のメカニズムが明らかになり、このプロテインープロテイン相互作用がこれからに創薬のターゲットになるのではないかと考えます。 そこで、ここでは探索的プロテインープロテイン相互作用を解明できる非常に有効な東京工業大学大学院生命理学研究所の林宣宏准教授が開発した、ハイスループット(HT)で測定できる二次元電気泳動法

東京大学生産技術研究所の会原幸一先生らは臨床バイオマーカーで正常(健康)状態と異常(疾病)状態の違いを定量的に示すことができるため、癌、心臓病、糖尿病などの診断において広く使われていますが、従来の静的バイオマーカーは、正常状態と疾病の早期状態や病態悪化の初期状態の違いをはっきり識別することが困難(なため)で、疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出をするには有効ではないため、正常状態と病態の臨界状態、病態初期状態あるいは病態悪化の動的状態遷移過程をはっきり識別することが出来る動的ネットワークバイオマーカー(DNB:Dynamical Network Biomarker)を提案しています。   このDNBを複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出に広く適用することで、適切なタイミングで適切な個別化医療を行なうことが可能となるものと期待されます。 前回の西村先生らの肺癌の臨床プロテオーム解析から、24 cancer-related KEGG pathways から得られたLPIA、MIAとAISのSTRING gene set enrichments(GSE)の結果でも、動的ネットワークバイオシステムがどのように病気ステージで変わるかを明らかにしました。更に癌細胞近傍の正常細胞も既に癌細胞特有のバイオシステムが高発現していることは、まさに会原先生らに提言している正常状態と病態の臨界状態を実験的に証明していると考えられます。 この様にバイオマーカーは上記の図のように、以前には何か単一のバイオマーカーを探索することで創薬に応用可能と考えられていました。更に、ゲノム解析からバイオマーカーシステムが明らかになりネットワークバイオマーカーの考え方が必要と言われるようになってきました。しかし、最近では今までは話してきたように疾病の早期診断や病態悪化などのステージの異なる臨床試料を用いた

前回述べたように現症診断にまだ多くを頼っている臨床の現場と、ゲノムから解析されたバイオメカニズムを用いターゲットを予想して科学的に開発された医薬品の間に、まだまだ大きな谷があって、そこを科学的に結びつけることがまだ十分でないためにその谷を埋めることが出来ないのが現状ではないでしょうか。   そのためには何が必要なのでしょうか?私は臨床の現場で起きている現症を分子レベルで解明することが非常に重要になっていると考えています。そのためには臨床試料を用いた臨床プロテオーム解析やメタポローム解析手法と最新の分析技術、更に最近のIT技術を応用したAIやマシンランニングの手法を総合的に活用して臨床現場で起きている現症を科学的に解明していくことが必要であると思うのです。 そこで、この点をはじめに臨床試料を用いた臨床プロテオーム解析から詳しく説明することにします。 その代表例としてアストラゼネカ社が上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤イレッサ(非小細胞肺癌治療薬)を合成・開発した際に、現在一緒に仕事をしている聖マリアンナ医科大学特任教授の西村先生たちは、臨床試料を用いるタンパク質発現・定量解析技術としての質量分析に基づく探索的プロテオミックス解析(MS-based discovery proteomics)手法を用いて、EGFRに変異がある人では受容体の形がイレッサと結合しやすい形になっているので、薬の効果が高まることを解明しました。 また、日本人などの東アジア人にEGFRの変異が多く認められる事を報告し、そのことがイレッサの医薬申請に大きく寄与しました。更に、臨床の現場でもEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異検査を行い、がん細胞を調べEGFR遺伝子に変異が起きている場合には、イレッサを投与するようになっています。 このように、疾患を起こしている機能分子はタン

それでは、本題の「創薬よ何処へ」に入りましょう。そこで初めは創薬研究現状と個別化医療などについて少し考えてみたいと思います。 近年創薬の分野は、以前から行われてきた低分子医薬、1990年後半から盛んに開発が行われ2000年初頭に製品化された抗体医薬、更にプロテイン-プロテインインターラクション(PPI)を阻害するようなサイクリックペプタイドのような中分子医薬や、ロシュ・ジェネンテックの抗がん剤のKadcylaのような抗体を用いた低分子医薬のドラッグデリバリーシステムであるAntibody-drug conjugate(ADC)分野、また最近話題になっている日本で小野製薬が発売した抗がん剤のオブジーボの様な免疫阻害剤の分野などと多種多様になり、そこから出てくる医薬候補品も多彩になっています。   この様な創薬研究の多様性の中、今まで行われて来た低分子創薬はHTS-Screeningでリード化合物を探索し、次にX線などのバイオストラクチャーの情報とHT-In-Vitro ADME Screeningの情報からMedicinal Chemistryを用い高活性で体内動態の良い化合物に合成変換して医薬候補品にするという、創薬の手法が固定化しています。そこで、研究開発手法が固定した低分子創薬に対しては、最近の創薬研究の外注委託会社がリード探索から医薬候補化合物創出までを受託するところが多くなってきています。 特に2012年にAstraZenecaは中国の創薬研究開発(R&D)受託機関Pharmaronと低分子創薬開発に関して戦略提携を結んで、自社では低分子創薬を殆ど行わなくなり、会社の研究体制も改革しました。 このことは、今まで長年の低分子創薬を基盤にしてきた研究体制を変えようとする製薬企業も多くなって来ることが予想されます。更に、最近は抗体や免疫などの新しい分野の創薬は大学で

日本ロシュから鎌倉研究所に日本電子の質量分析装置のD-300が納入されるのでその日から出社して欲しいと連絡があり、昭和56年6月にD-300と一緒に入社することになりました。ただ、念願だったFABイオン化をD-300にどうしても付けたい思い、当時日本電子の営業担当だった栗原氏(現日本電子社長)にD-300に一番小さい電子顕微鏡の電子ガンを付けて欲しいとお願いしたら、栗原氏から「中山さん、それはFABイオン化をしたいのでしょうか?今日本電子の応用研究室で開発をしているので、2か月後に付けることが出来るので待ってください。」と言われました。   そして2か月後に待望のFABイオン源をゲットすることができました。 その頃は日本ロシュ鎌倉研究所に分析のグループが無く、天然物や合成化合物の構造決定や薬物の分析は分析の素人が本や文献で勉強しながらやっているような状態でした。 そこで、最初の仕事は分析のグループを立ち上げることでした。 この様な出来立ての分析グループでしたがFABイオン源のおかげで天然物の構造決定では外部にも有名な先進的なグループになり、更に昭和59年ごろ2D-NMRで13C励起しプロトンディテクションで測定するC/H相関2D法(HMQC、HMBC)の文献が発表されました。 そこで昭和60年ごろ300MHz-NMRの導入と同時にHMQC、HMBCの測定を可能にし、東大応用微生物研究所と同時に世界に先駆けてHMQCとHMBC法を天然物の構造決定に応用することが出来ました。 この様に鎌倉研究所の天然物の構造決定の先進性と天然物(微生物やプラント)の豊富さがロシュ本社に認められ、平成元年ごろにロシュのグローバル天然物のスクリーニングセンターを鎌倉研究所に立ち上げることになりました。このスクリーニングセンターでは他社に先駆けてスクリーニングロボットを導入しハイスループッ

はじめまして。バイオシス・テクノロジーズの中山登です。 もう中外製薬を退職して2年以上になりますが、未だに「ロシュ・中外の中山さん」とよく言われ、こちらの元の所属の方が皆さん良くご存知のようです。   さてこの度、このコーナーで「創薬よ何処へ」いうテーマでコラムを書くことになりました。 この題名を見て皆さんはこの人は何を考えているのかとお思いになる方もお有かと思います。 しかし、今の創薬は今までの低分子創薬から、今や中分子・抗体・コンジュゲイトや免疫創薬と多種多様になり、私も創薬の今後について見えないことが多くこのコラムを書きながら、皆さんのご意見も参考にさせて頂き何か今後の創薬の方向性が見えてくれば良いと思いペンをとった次第ですので、よろしくお願いします。 ところで、初めに私の創薬研究に入る前と入った後の経歴を私の研究の基盤形成も含めた紹介をします。私は昭和44年4月に立命館大学理工学部に入学しました。 学園紛争の真っただ中で東京大学の入試が無い年で、大学に入ったけれど紛争で殆ど授業がありませんでした。何をしてよいか迷っていた入学2年目に京都大学工学部石油化学科に世界初の超電導マグネットのNMRと装置が入ると聞きました。当時はNMRが何であるか全く知らず、更にまだ大学2回生でしたが、担当する人を探しているとのことでしたので、装置の担当教授だった米澤貞次郎先生の所に行き、新しい装置を担当させて欲しいとお願いしたところ技官として受け入れてくれました。 学園紛争があったおかげで私がNMRに会うことが出来、それから今まで続く私の機器分析分野の人生の始まりでした。 この超電導マグネットのNMR装置(バリアンHR-220)のマグネットは220MHzで、その頃は60MHzのマグネットが主流だったので、脅威的な高磁場でした。そのため、天然物の構造解析やタンバク質の構造解析に