抗炎症剤・抗菌剤の応用に期待されるデコイ型核酸とリボスイッチ
サイエンス出版部 発行書籍
現在、医薬品として承認されている核酸医薬は、AIDS 患者におけるサイトメガロウィルス(CMV)性網膜炎に適用されるアンチセンス、Vitravene(fomivirsen)と、血管新生型(滲出型)加齢性黄斑変性症に用いられるアプタマー、Macugen(pegaptanib)の2つのみである。Macugenは、2008 年7 月に承認された国内初の核酸医薬品で、Vitravene、Macugenいずれも硝子体内への局所投与であり、作用の発現は限局的である。しかし、今後は全身適用可能な核酸医薬品の開発が求められている。大阪大学の森下竜一教授たちはデコイ核酸医薬の開発を行い、Drug Delivery System(DDS)と組み合わせて、全身適用可能な抗炎症薬の開発を考えています。
デコイ型核酸医薬は、転写因子の結合部位を含むオリゴヌクレオチドを合成し、2 本鎖核酸とし、ターゲット細胞の核内に導入することで遺伝子発現を抑制する方法を応用した核酸医薬です。デコイが転写因子と結合することでDNA 上への転写因子の結合を阻害し、プロモーター活性が低下し、本来発現する遺伝子群がコントロールされ、活性化される遺伝子群の発現を調節する方法です。デコイは細胞周期や炎症などターゲットとなる現象に関与する複数の遺伝子を同時に制御することが可能であることから「おとり型核酸医薬」と言われています。デコイ型核酸医薬はアンチセンス法より高い効果を得ることができ、特にデコイオリゴは細胞周期に関与するE2F、炎症に関与するNFκB、そして細胞増殖・分化関与に対する治療効果が期待されます。そのため、炎症反応を担うサイトカインや接着分子の転写発現を抑制することでその作用を発揮し、炎症性疾患の治療薬としての期待が寄せられています。
特に森下教授たちは、NFκB デコイオリゴのアトピー性皮膚炎治療薬としての開発に期待している。アトピー性皮膚炎の治療薬であるステロイドの抗炎症作用は、IkBの発現を増強し、NFκBの活性化を制御することが作用機序の一つになっていて、これはNFκB デコイオリゴの作用点と同じと考えられています。ステロイドはIkBへの応用以外にも多岐にわたる作用を持っていることから、その多岐の作用が副作用発現に関与していると考えられています。しかし、特異的なNFκB活性阻害を有するデコイオリゴはステロイドよりも高い安全性があるのではないかと考えられています。
私はデコイ型核酸が細胞増殖や分化に関与する治療効果も可能なことから、抗癌剤の開発にも応用できるのではないかと考えています。
次に、核酸医薬の開発とは趣向が異なりますが、核酸研究の進展に伴い、RNAを標的とする低分子創薬である「リボスイッチ」受容体に関して話します。
RNAは,現在の生命科学研究の大きなターゲットとなっている生体分子であり、触媒作用を持つRNA分子であるリボザイム,二本鎖RNAがmRNAを特異的に分解する現象であるRNA 干渉(RNA interference:RNAi),タンパク質に翻訳されない非コードRNA(non-coding RNA:ncRNA)の発見により,RNA が生命の起源であるというRNAワールド仮説までもが提唱されるようになっています。これらの様々な新機能の発見に伴い,RNAのリボスイッチを新規創薬標的とする抗菌剤・抗生物質などの感染症に効果があると注目されるようになりました。
多くの細菌はmRNAの5‘非翻訳領域にリボスイッチと呼ばれる特異的な立体構造を形成するRNA領域を持っています。リボスイッチには様々な種類があり、それぞれに対応する特定の天然リガンド(図1)と特異的に結合して、リボスイッチの下流にある遺伝子の発現を調節します。
特に、通常の真核生物にはリボスイッチは存在せず、リボスイッチによる遺伝子発現の調節は細菌に特有な仕組みです。更に、リボスイッチが発現を調節する下流の遺伝子産物が、生命機能の維持に不可欠なリガンドの生合成や輸送に関与しています。そのため、リボスイッチは新たな抗生物質の標的として注目されています。
チアミンピロリン酸(TPP)やフラビンモノヌクレイチド(FMN)に応答するリボスイッチは病原性細菌も含めて多くの細菌に存在していることから、TPPやFMNリボスイッチを標的とする低分子化合物スクリーニングで有効な抗生物質が見つかっています。また、グアニンやグルコサミン6-リン酸に応答するリボスイッチを標的とした薬剤開発も試みられています。
この様にリボスイッチを標的とした創薬は感染症をターゲットとした低分子創薬としてこれから発展すると考えられます。
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昭和48年3月 立命館大学理工学部卒業
昭和48年5月~
昭和56年4月 電気通信大学材料科学科、コロンビア大学化学部研究員
昭和56年6月 日本ロシュ株式会社研究所 入社
平成8年4月 日本ロシュ株式会社研究所天然物化学部、機器分析グループ長
平成16年10月 中外製薬株式会社研究本部化学部分析グループ長
平成21年4月 中外製薬株式会社 定年 シニア職
平成26年4月 中外製薬株式会社 退職
平成26年5月~現在 株式会社バイオシス・テクノロジーズ 取締役&チィーフ・テクニカル・オフサー(CTO)
平成27年4月~平成31年3月 聖マリアンナ医科大学分子病態情報研究講座講師
平成31年1月~現在 株式会社Spectro Decypher 取締役&チィーフ・テクニカル・オフサー(CTO)