「核酸抗体」とも言われるアプタマー

「核酸抗体」とも言われるアプタマー

サイエンス出版部 発行書籍

核酸アプタマーは一本鎖のDNAやRNAから構成された核酸医薬ですが、細胞内でmRNAやゲノムDNAとのハイブリダイゼーションで薬効を発揮する他の核酸医薬の作用機序と異なり、抗体と同じように標的タンパク質や細胞と結合し、細胞膜上や細胞外で薬効作用を発揮します。すなわち、一本鎖のDNA/RNAが熱的に安定な立体構造の分子内相補鎖を形成することで、標的分子に特異的に結合する物質になります。この原理から、この物質を標的に特異的に結合する分子を指す、ラテン語のaptus(結合)とギリシャ語のmeros(部分)を合わせてアプタマー呼ぶようになりました。更にアプタマーは標的分子に特異的に結合することから「合成抗体」、「化学抗体」や「核酸抗体」と言われ、よく抗体と対比して語られます。


アプタマー作成法は1990年にTuerk(Science 246, 505-510, 1990)とElllington (Nature 346, 818-822,1990)らによって報告された、SELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)法を利用しています。初めにSELEX法は10~50残基ほどのランダムな配列を持つ一本鎖DNA/RNAを合成し、熱処理して相補配列に基づく三次元構造形成したDNA/RNAのライブラリーができます。天然のDNAは基本的に二重らせん構造ですが、アプタマーのように人工的に作られたDNA/RNAは二次構造を形成し、複雑な立体構造を形成することで、多種多用なライブラリーが構築できます。このライブラリーを用いてアプタマーの探索を行います。ライブラリーに標的タンパク質や細胞を添加して、標的に結合した数種のDNA/RNAを抽出して、PCRでこれらのDNA/RNAを増幅します。更にこの増幅したDNA/RNAを再度単鎖にしてから、もう一度立体構造を形成させると、何種類かの異なったDNA/RNA配列と立体構造のライブラリーが出来て、このライブラリーに再度標的タンパク質や細胞を添加して結合DNA/RNAを抽出します。この操作を何回も繰り返すことで標的タンパク質や細胞に特異性の高いアプタマーを得ることができます。
以上のことから考えると、如何に標的タンパク質や細胞に特異性の高いアプタマーを得ることが出来るかのカギは、SELEX法を用いて多くの一本鎖DNA/RNAを合成し、如何に多様な三次元構造のライブラリーを作成することであると考えられるのです。


治療薬として承認されたアプタマー医薬品としては、加齢黄斑変性症(AMD)の治療薬のMacugenが2004年にFDAで認可され、2008年には日本でも認可されました。AMDは目の網膜の中心部の黄斑が加齢などで変性し、物が歪んで見えたり、視野の中心が欠けて見えるなどの症状を起こす疾患で、高齢者の失明や視力低下の原因になっています。MacugenはAMDの異常な血管新生の原因となっている血管内皮細胞増殖因子(VEGF)に結合して、その働きを抑えます。
抗体と似た作用機序を持つアプタマーですが、アプタマーは抗体と比較して血中半減期が極めて短いのが利点と言えます。それは、抗体は血中半減期が長いため週に数回から1か月に1回投与が可能ですが、その反面体内から抗体を除去することが難しいため、副作用が起こることが問題になります。しかし、アプタマーは腎クリアランスが早いため血中半減期は短く、標的タンパク質や細胞に結合してないフリーのアプタマーは数十分で尿中に排泄されます。また、抗体は患者さんに投与後しばしば抗薬物抗体(anti-drug antibody : ADA)が生じて治療が制限されることがありますが、アプタマーは合成中分子であるためADAが生じないと言われており、抗体に比べて安全性が高いと考えられます。更に、Antibody-Drug Conjugate(ADC)で用いられているデリバリー抗体の代わりに、アプタマーをデリバリーツールとして利用することも考えられます。
この様に抗体よりも利点の多いアプタマーですが、製品化の製造の面でも利点があります。抗体の製造は生物学的手法を用いるため、高品質にするために長時間かかりコストも高くなりますが、アプタマーは製造に生物学的手法を用いないので短時間・低コストで安定した品質を得られると考えられます。
以上の事から今後は、抗体薬品を開発するよりもアプタマー医薬品を開発した方が良いのではないかと、私は考えるのです。

著者: 中山 登
中山 登
このセクションは、(株)Spectro Decypher 取締役&CTO(元・中外製薬株式会社研究本部化学部分析グループ長)中山 登 氏による創薬研究コラムです。
長年、創薬研究に携わってこられた中山氏が、創薬研究の潮流についての雑感や、創薬研究者が直面している課題の解決法などを体験談を踏まえて語っていただきます。
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【中山 登 氏 ご略歴】
昭和48年3月 立命館大学理工学部卒業
昭和48年5月~
昭和56年4月 電気通信大学材料科学科、コロンビア大学化学部研究員
昭和56年6月 日本ロシュ株式会社研究所 入社
平成8年4月 日本ロシュ株式会社研究所天然物化学部、機器分析グループ長
平成16年10月 中外製薬株式会社研究本部化学部分析グループ長
平成21年4月 中外製薬株式会社 定年 シニア職
平成26年4月 中外製薬株式会社 退職
平成26年5月~現在 株式会社バイオシス・テクノロジーズ 取締役&チィーフ・テクニカル・オフサー(CTO)
平成27年4月~平成31年3月 聖マリアンナ医科大学分子病態情報研究講座講師
平成31年1月~現在 株式会社Spectro Decypher 取締役&チィーフ・テクニカル・オフサー(CTO)