糖鎖を合成する場合、最も簡単におこなえる方法は糖鎖合成酵素を使った方法である。 酵素合成の場合、基質特異性があるので、基質と酵素を混ぜるだけで、目的物ができる。 また、生体内で微量にしか発現していないような糖鎖であっても、構造さえ分かれば、酵素を組み合わせることで迅速、簡便な合成が可能である。 このように、酵素の組み合わせにより(結合様式、結合位置の違い)、多種類の糖鎖を合成することが可能な点は本手法の最大の利点である。 一方、現状では酵素の大量発現が難しいこと、基質となる糖ヌクレオチドが高価であることなどの問題点があり、質量分析やHPLC、キャピラリー電気泳動の標準物質(分子質量や溶出位置の確認に利用)として利用する程度の量(数百pmol=数百ng)が一般的な合成スケールである。

この他にも有機反応を使った糖鎖合成法がある。この方法の場合、基質となる物質は単糖であり、糖鎖合成酵素を使った方法と異なり、原料が高コストとなることは無い。また、gオーダーで合成も可能である。特に日本では糖鎖の有機合成研究の歴史が長く、いろいろな方法が開発され、現在も世界のトップを走っている。しかしながら、糖には結合に関与する水酸基(グルコースの場合5カ所)が複数存在し、目的の結合位置(1-2,1-3,1-4,1-6結合)に、目的の結合様式(α、β)でつなごうとした場合、結合させる部分以外の水酸基をある種の保護基で「ブロック」した上で、結合する部分を「活性化」し、縮合させることで、はじめて1段階目の反応が終わる。   10糖を合成する場合はこれを10回繰り返さなければないため、非常に高い技術と相当の労力(工程)が必要となる。 最初に目的糖鎖の合成方法を決定してから作業を行うので、酵素を利用する場合と異なり、構造のバリエーションを簡単に作ることができない(合成した糖鎖に後付けで新たな糖を付加することがむずかしい)。また、クロロホルムなどの有機溶媒を大量に利用するため環境的な問題も発生しやすい。

生体資材を使ったヒト型糖鎖調製法は切り出し条件の違いによって2種類ある。第一に、糖鎖水解酵素を使って糖タンパク質から糖鎖を切り出すことでヒト型糖鎖を調製する方法があげられる(図3)。糖タンパク質上に発現している糖鎖の構造情報は、1980年代以降、多くの研究者によって精力的に研究されてきたので、どの糖タンパク質を使えば、必要な糖鎖を入手できるかが事前に分かる。   また、切り出し反応に酵素を利用することから、安全、かつ簡便に糖鎖調製をおこなうことができる。 一方では、目的糖鎖を持つ糖タンパク質を予め精製しなければならないこと、酵素反応を利用しているため水溶性でなければならないこと、酵素を利用するため比較的高コストになること、また酵素の基質特異性のため切り出し効率の低い糖鎖ができることなどの理由から、酵素の基質として利用できる程度(数十nmol=数μg)の調製が一般的な合成スケールである。

第2の切り出し法は無水ヒドラジンを使う化学的な方法である。無水ヒドラジンで糖鎖を切り出す場合、基本的に化学反応であるため酵素の様な基質特異性もなく、糖タンパク質上に発現しているすべての糖鎖を切り出すことができる。また、糖タンパク質などの生体資材から直接糖鎖を切り出すため、酵素に比べてコストが低く、このため実量(mgオーダー以上)の糖鎖調製が可能である。   しかし、切り出し反応に用いる無水ヒドラジンはロケット燃料として利用される化学物質でもあり、特に爆発性を有しているので取り扱いには厳重な注意が必要である。さらに、生体資材から切り出される糖鎖をすべて分離せねばならず、手間がかかるという問題点も含んでいる。 その一方で、少ない種類の生体物質から一度に糖鎖構造のバリエーションを揃えることも可能である(1種類の生体資材から約10種類の糖鎖が調製可能)。

このように糖鎖の合成(調製)法には、決定的な方法はまだ存在しない。では、これらの方法をどのような指標で選択すればよいのだろうか。おそらく必要な糖鎖の種類と量から考えるのが最も簡単である。質量分析装置やHPLCの標準物質として使用するのであれば、酵素を使った合成法でよい。糖鎖を酵素の基質として使いたいのであれば、無水ヒドラジンを使った糖鎖調製法がよいであろう。   また、これらの方法を組み合わせることも考えられる。 生体資材から調製した糖鎖を基質にして酵素を使って構造のバリエーションを増やしてやれば、生体にほとんど存在していない糖鎖を合成することも簡単である。こうして合成された糖鎖を使って糖鎖の機能解析をおこない、ターゲットとなる糖鎖が決定すれば有機化学的手法を使って大量合成をおこない、創薬研究に役立てればよいのではないかと考えている。