まず、いくつかの主要用語を定義し、区別しておくことが重要である。まず、「targeted proteomics」と「discovery proteomics」であるが、「discovery proteomics」は、がんその他の疾患と関連している可能性のあるごく少数の「バイオマーカー」を突き止めることを目的として大量の発現タンパク質、それも未知のものも多いタンパク質を解析するためにMS技術を利用する研究者の分野の用語である。 発見したバイオマーカーは、試験によって検証され、理想としては最終的に疾患の診断観察のアッセイとして臨床に採用される。臨床現場で複数のバイオマーカーを解析する場合には、臨床医が、研究者によって疾患の状況の指標として検証済みの特定のバイオマーカーを探し、定量化する作業を行うもので、「targeted proteomics」と呼ばれる。 さらに、「targeted proteomics」と「targeted protein analysis」とを区別しておかなければならない。「targeted proteomics」では、複数の既知のタンパク質 (通常は「バイオマーカー」) を同時に解析定量化する。 それに対して、「targeted protein analysis」では、一つのタンパク質だけが解析対象となる。この解析は単純で、イムノアッセイやLC-MS/MSで行われることが多い。「targeted proteomics」では、多重化も行われ、現在のところその作業は難しく、まだそれほど普及していない。しかし、将来的な可能性は大きく、また、臨床的にも重要な用途が考えられる。 その他、hyper reaction monitoring-MS (HRM-MS)、multiple reaction monitoring-MS (MRM-MS)、par
臨床プロテオミクスでプレシジョン医療の発展促進も
HRM-MS™ (2) は、スイスのチューリッヒに本社を置く次世代プロテオミクス界をリードするBiognosys AG で開発された次世代ハイコテント・プロテオミクス技術である。 HRM-MSは、データ非依存性情報収集 (DIA) により、一回の稼働で同時に何千種ものタンパク質の再現性の高い精密な定量化が可能である。Biognosys社によれば、HRM-MS™ は、創薬や高度多重化タンパク質定量化の用途に最適なプロテオミクス法である。 図1. HRM-MSの操作 (提供: Biognosys社).
Biognosysis社によると、HRM-MS™ の特長の一つは、サンプル測定の時には重要と分かっていなかった、あるいは重要と考えられていなかったタンパク質やタンパク質アイソフォームも含めて、標的タンパク質の遡及的解析が可能だということである。 どんな時点でもスペクトル・ライブラリーの改善や拡大をオフラインで展開し、HRM測定の再解析に充てることができる。また、サンプルそのものの保存の代わりに、サンプルのタンパク質シグナルをデジタル・データとしてDigital Biobank®に保存する。従って、サンプル中のタンパク質を将来的に解析することになる場合も、最初に一度測定すればいいだけである。 MRM-MSは、選択反応モニタリング (SRM-MS) (3, 4) とも呼ばれ、複雑な生体試料のタンパク質の高度に特異的かつ感度の高い定量化が可能である。Biognosys社では、同社のiRTコンセプト (5) と、専用に開発されたSpectroDive™ ソフトウエアを用いて、定期的な高度多重MRM測定を可能とするユニークな開発とうたっている。また、このアプローチにより、一回の稼働で最高100種のタンパク質を6桁のダイナミック・レンジで高精度高再現性の定量化が可能としている。 図2. MRM-MSの操作 (提供: Biognosys社) Parallel Reaction Monitoring-MS (PRM-MS) Parallel reaction monitoring-MS (PRM-MS) (6) は、高選択、高感度、高スループットのペプチド定量化処理を可能にする標的プロテオミクス技術であり、最新世代の高解像度イメージング質量分析法と併用するもので、複雑なマトリックスでの最高50種の標的タンパク質の定量化パネルに最適である
The Xpresys® Lung Testは、2013年10月に市場に発表された。この製品は、簡単な採血だけで、肺結節 (ILNs) が良性かどうかを示す発現のシグネチャーの手がかりとなる複数のタンパク質の解析と定量化を行う。この検査製品は、ワシントン州シアトル市に本社を置くIntegrated Diagnostics, Inc. (INDI) 社で製造されたもので、三重四極 (MS/MS) 質量分析計との組み合わせで市場化される多重標的プロテオミクス検査製品としては初めてのものである。 この検査は、5種のバイオマーカー・タンパク質と、アッセイの正規化に用いられる6種のタンパク質を同時に分析評価する。この検査製品にはMRM-MS技術が採用されている。 INDIでは、研究者は、高多重化、低コスト、高精度などの特長から、そのようなプラットフォームが臨床多種タンパク質解析に適していることを長年力説していたと述べている。しかし、Xpresys検査製品発表まで、再現性、感度、スループットなど様々な技術的問題のため、臨床で採用するまでには至っていなかった。 当時、マサチューセッツ州ケンブリッジのBiomarker Research Initiatives in Mass Spectrometry (BRIMS) Thermo Fisher Center of Excellence のDirectorを務めていたMary Lopez, Ph.D.は、2014年のGenome Web (7) のインタビューでXpresys検査製品が臨床段階に入ることの重要性を強調していた。 Dr. Lopezは、「これは、質量分析検査が必ず臨床で使われるようになることを示している。素晴らしいことだ。今後ますますその領域を広げていくことになるだろう。今後数年の間に起きる大きな動
カナダとカリフォルニアを拠点に事業を展開するBiodesix, Inc.は、がん患者の治療成果向上のために血液検査による診断検査法の開発と商品化を行う分子診断法開発企業である。同社は、最近には、VeriStrat®と名付けられた血漿プロテオミクス検査製品を発表した。この製品は、非小細胞肺がん (NSCLC) 患者の治療改善のため、疾患の予後や経過の予想に必要な情報などを含めて、がん専門医が治療に必要な情報を得ることができる。 The VeriStrat検査製品は、72時間をかけずにNSCLC関連バイオマーカーのプロファイルと疾患の侵襲度指標の結果を出すことができる。NSCLCがEGFRワイルドタイプまたはEGFR変異が不明な患者の場合、この検査はMedicareが適用される。また、いくつかの大手民間医療保険会社もこの検査に保険を適用している。 2015年6月26日付Genome Web report (9) によると、Biodesix社は, VeriStrat検査製品のFDA認可申請の前段階として、市販前承認 (PMA) 申請を行っているとのことである。VeriStrat検査製品はMALDI-TOFを採用しており、Biodesix社のこの検査製品のFDA申請についても、Bruker社のMicroflex LT MALDI計器と合わせて用いるという形で出す可能性が高い。この計器は、Bruker社のMALDI Biotyper臨床微生物学プラットフォームの一部としてFDA 510(k) クリアランスを受けている。 Genome Webによると、Biodesix社がPMA申請を準備する上で難しい問題は、VeriStratの特長となっている特定のペプチドを同定することである。これまでのところ、この検査製品は、既知のタンパク質被検物質の同定と定量化では
2015年7月29日、Biodesix社は、「Biognosys社との協定に達した。Biognosys社は、同社のBiognosys HRM-MS技術をBiodesix社のコンパニオン診断開発の一部として供与し、がん治療市場の新しいタンパク質アッセイ開発に充てることになる (10)」と発表している。Biognosys社のHRM-MSは、次世代ハイコンテント・プロテオミクス技術であり、何千種ものタンパク質を高再現性高精度で定量化し、患者タイプ別グループの臨床的に有意味な差異の判定を助けるものである。 他のMSラベル化法と比べると、HRM-MS試料調製は、化学物質を使わず、分画も必要としないため、作業がはるかに容易であり、解析できる試料の数にも制限がない。 Biodesix社のプロテオミクス検査製品の基本は、深いMALDI-TOF MSデータを深い学習原理と組み合わせ、患者の血液試料から必要な分子情報を集め、それを臨床的な結果と相関させることにある。 Biodesix社は、HRM-MS技術を手に入れることで、仮説に頼らない方法論で開発された検査製品の生物学的原理を理解する筋道となるだけでなく、幅広い範囲の診断検査製品とコンパニオン診断製品の開発と有効性検証が可能になる。 Biodesix社の検査製品開発は、MALDI-TOFT質量分析、ドロップレット・デジタルPCR、次世代シーケンシング、HRM-MS技術など様々なプラットフォームを駆使し、がん治療の分野でまだ満たされていないニーズに応えることを重点にしている。 Biodesix社のDavid Brunel CEOは、「Biodesix社にとって、HRM-MS技術は、患者の血液中の対策可能なシグナルを解読する上で有用なツールであり、医師は患者の分子指標に基づいた適切な治療法を選ぶことがで
2015年2月27日付Genome Web (11) の報道によれば、マサチューセッツ州ピッツフィールド所在のNuclea Biotechnologies社が、2015年後半にMSアッセイ製品を発表し、臨床プロテオミクス市場参入を計画しているとのことである。NucleaのPresident、Patrick Muraca CEOは、Genome Webに対して、同社が、MSによる天然インスリンと医療用類似体の定量化検査製品と2型糖尿病用MS検査製品の臨床有効性検証を進めていると語った。 最近、同社は、Thermo Fisher Scientific's BRIMS Center勤務経験のある6人の研究者を採用したと発表している。このことは、Nuclea社がR&D中心の事業から製品販売への事業へと脱皮を図っていること、また同社が初めてMSを用いた検査製品の発表を計画しており、その足固めに力を入れていることを示している。 Muraca CEOは、Genome Webのインタビューに、「Nuclea社はプロテオミクス分野に眼を向けている。プロテオミクス・アッセイにとって、がん、代謝症候群、循環器系疾患、肝疾患、腎疾患などの分野には『大きな可能性』がある。それだけでなく、その種のアッセイには診断・予後検査の用途や疾患観察、コンパニオン診断などの用途もある」と語っている。 Nuclea社の新COO、Mary Lopez, Ph.D.は、Genome Webの取材に対して、「弊社の検査製品群にMSによる検査法を加えることで、弊社の現行技術がカバーしていない部分を補うアプローチも利用できるようになる。また、これでNuclea社にとっては、プロテオミクス臨床診断製品の分野はかつてなかったほどの広がりができる」と語っている。 Nuclea社の戦略は、ELISAや
2015年1月9日付Genome Web の報道によると (12)、ユタ州ソルト・レーク・シティに本社を置く女性ヘルス・ケア企業、Sera Prognostics社が、今年後半にMRM-MSプロテオミクス検査製品 (PreTRM™) の発表を計画している。この製品は、現場の医師が妊娠女性の未熟児出産リスクをするものである。Sera社は、同社の三重四極MRM-MSを用いているCLIAラボを通してPreTRM検査製品を提供していく予定になっている。 Genome Webは、検査製品が予定通りに発表されるという前提で、三重四極MRMを用いた多重プロテオミクス検査製品は、2013年に発表されたXpresys Lung Test以来ようやく2つめだと述べている。 Sera社の未熟児出産検査パネルは、同社独自のペプチド3種と追加のタンパク質6種で構成されており、妊娠第2期初期に妊婦の血液中のタンパク質を測定し、未熟児出産リスクを判定するというものである。 Sera社は、大規模なProteomic Assessment of Preterm Risk (PAPR、未熟児出産リスクのプロテオミクス評価) 臨床研究のためにアメリカ国内11箇所の病院などで5,500人の患者の研究参加登録を済ませており、2015年第2四半期には研究結果が発表されている。PAPRは、幅広く一般化が可能な未熟児出産予測因子開発目的としては、これまでにアメリカ国内で行われた単独の妊娠プロテオミクス研究としては参加患者数で最大の研究になった。 Sera社とBill & Melinda Gates Foundationは、PAPR研究とSera社の未熟児出産検査の開発の経験を活かし、これまでこの分野の医療が十分に行われていなかった発展途上国において未熟児出産のリスクを効果的かつ安価に判
2015年6月26日付Genome Web (14) は、カリフォルニア州サンディエゴ市に本社を置くApplied Proteomics, Inc., (API) が、当初MRM-MS基本の検査製品を計画していたが、診断検査製品として、先にELISAを用いた大腸がん (CRC) 8タンパク質パネルの開発を決定したと報道している。同社は、ゆくゆくはこのMRM-MSによる診断検査製品を開発する考えを変えていないが、商品化にはまだ時間がかかると見ている。 API社のCSO、Dr. John Blumeは、GenomeWebに、「しかし、この分野の将来は絶対に質量分析にある」と語り、同氏もAPI社も、今後、診断がさらに高度に多重化されたプロテオミクス検査法に移行してゆき、質量分析が一般化するだろうと考えている。 さらに、「単一タンパク質診断の時代は終わったと思う。複雑な疾患を高感度かつ高特異度で診断しなければならないのであれば、30種から40種のタンパク質のパネルに移行することは必至だ。そうすれば、結局のところ、一度に大量に、安価に、迅速に測定する最善の方法は質量分析しかない」と語っている。 Dr. Blumeは、「市場に果敢に展開していくため、まずELISA版の検査製品を発表し、それを表に立てながら、同時に多重プラットフォームに翻訳する作業を進めていくことを決定した」と発表、この将来的な多重プラットフォームは、質量分析装置でも、Meso Scale Discovery社が販売している多重イムノアッセイ・プラットフォームでも可能だとしている。 最初に発表されるELISA版の診断製品は、症状を示している患者を対象としており、医師が患者を結腸内視術検査に回すかどうかを決める資料となる。 API社の臨床MSプロットフォームは、標的作業で三重四極MRM-MSを
このレポートは完全なものではないが、臨床プロテオミクスの分野で期待感が高まっていることをはっきりと描けたのではないか。MSを用いたプロテオミクス技術の臨床応用は人々が期待したほど速やかには進まなかったが、過去2,3年の間にこの分野の技術が大きく前進している。 長年、期待されてきた本来強力な性質のこの技術がようやく臨床に採用され、そればかりでなく、特にがんに焦点が当てられているが、他にも循環器系疾患、代謝症候群、糖尿病、腎疾患、肝疾患その他複雑な障害に苦しむ患者にも広く応用される日が近いと考える専門家は多い。 プロテオミクスを臨床に採用する勢いが今後促進されれば、長年待ち望んでいた個別患者治療の劇的な改善を伴う「プレシジョン医療」の実現に向けてさらにはずみがつくことが予想される。 参考: 1.O’Neill, Michael D., “Obama Proposes $215 Million “Precision Medicine Initiative.” BioQuick Online News (January 30, 2015). 2.Bruderer R. et al. “Extending the Limits of Quantitative Proteome Profiling with Data-Independent Acquisition and Application to Acetaminophen Treated 3D Liver Microtissues.” Molecular Cell Proteomics 14(5): 140-1410 (May 2015). 3.Picotti P. et al., “High-Throughput Generation of Selected Reactio
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Edited by Michael D. O'Neill
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