はじめまして。質量分析屋こと、エムエス・ソリューションズの髙橋 豊です。このコーナーで、バイオ研究者向けのLC-MSに関する話題を提供していくことになりました。私が質量分析(mass spectrometry, MS)に出会ったのは、1986年、群馬工業高等専門学校の5年生、卒業研究で田島進先生の研究室に配属になった時でした。
当時、田島研には日立製作所製の磁場型MS装置が何台かありましたが、お金のない研究室だったので新品の装置は皆無で、全て企業や大学で廃棄される装置を輸送費だけ払って譲り受けていました。 磁場型MS装置は大きいので、そのままでは運べません。 何分割かに解体して運びます。メーカーのエンジニアの方に組み立てや調整をお願いするお金はないので、自分達で組み立てから調整まで全て行います。そのようにして使えるようになった装置を用いて行った私の研究テーマは、“種々の前駆体イオンから生じるm/z 74イオンの構造”でした。有機イオンのフラグメンテーション解析が主であり、この時の経験は今の仕事に大いに役立っています。 高専卒業後は群馬大学工学部の3年に編入し、4年から修士まで有機ケイ素化合物の合成を主に行う研究室にいました。
そこに日本電子製の磁場型MS装置(DX302;イオン源はEI*1, CI*2, FD*3)があり、私が高専でMSの研究をしていた事を知った故永井洋一郎教授から、「君は高専の田島先生のところでMSをやっていたんだって? うちにも装置があるから、MSの研究をやってみなさい」と言われ、研究室で他の人が合成した有機ケイ素化合物のフラグメンテーション解析が研究テーマになりました。 必要に応じて自分でも合成しましたが、他メンバーに比べると合成経験は圧倒的に少なかったですね。Si-Si単結合はC-C単結合と異なり、紫外線領域の光を吸収して分解します。 有機ケイ素化合物のMS内での分解(不活性ガスとの衝突)と紫外線照射による分解の比較を行うことが、私の修士論文になりました。
*1 EI:electron ionization、電子イオン化
*2:CI:chemical ionization、化学イオン化
*3:FD:field desorption、電解脱離(イオン化)
大学で使っていたMS装置が日本電子製だったことから、1990年、私は日本電子株式会社に入社しました。当時、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)の技術は概ね確立し、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)が日本でも導入されていました。 20年間日本電子に勤め、その間LC/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)の応用研究、LC-MS制御ソフトの開発フォロー、LC-MSアタッチメントの開発などの業務を担当しました。特にLC/MS応用研究のグループには10年以上所属していて、社外の知り合い(ユーザーさんや学会等でお会いした人達)の多くは、この時に出会った方達です。 最近のMS装置は、その種類や機種に依らず、非常に扱い易くなっています。性能は安定しており、ソフトウェア開発の発展によって操作性は向上しています。正直言って、MSの知識が全くなくても、それなりにデータ(結果)は得られてしまいます。しかし、MSというのは、本来非常に難しい学問です。他の機器分析に比べると理論的に説明できなことが多く、経験則に頼っている部分がまだまだあります。
MS装置のメーカー(海外製品の場合はベンダー)では、装置の販売後も、装置のオペレーションに対するトレーニングはもちろん、基礎セミナーや各種アプリケーションセミナーなどを開催し、ユーザーのニーズに応える努力をしています。しかし、個々のユーザーの現場での問題点に一つ一つ丁寧に向き合うようなことまでは出来ていません。これは当然のことだと思います。
車のディーラーが、オーナー1人1人のニーズに応えて車をカスタマイズすることはないですよね? 車をカスタマイズしたいというオーナーのニーズに応えるために、車をカスタマイズするための専門的な店舗がある訳です。
私は約30年MSに関わる仕事をしていますが、最初に使った装置は当時で10年以上経過していた古い機種だったので、経験年数以上に長いMS装置の変遷を見てきています。 そして日本電子在職中に、MSの知識がない人達がMS装置を正しく使えていない現実を目の当たりにしました。そんな中で、現在そして今後MS装置を使う人達の多様化に対して、個別に技術指導をする必要性を感じました。日本電子を退職してエムエス・ソリューションズという会社を設立したのは、そんな経緯からでした。車の例で言えば、オーナーのニーズに合わせて車をカスタマイズする小さな店舗といったところでしょうか。 このコーナーは、「バイオ研究者向けのLC/MS」ですが、MSに関して広く話題提供をしていきたいと思います。
アメブロや会社のホームページでも、MSに関するブログ記事を書いていますので、参考にしてください。
