この30年間で、癌の早期発見・早期治療の進歩により、癌全体の死亡率は30%以上減少した。しかし、膵臓癌は依然として治療が困難な癌だ。これは、この癌が治療に抵抗する生物学的要因に守られていることが一因だ。UCLAの研究者たちは、この流れを変えることを期待して、膵臓癌の治療法の一部として承認されている化学療法薬イリノテカンと、免疫活性を高めて腫瘍の抵抗力を克服するのに役立つ治験薬3M-052を装填したナノスケール粒子を、膵臓腫瘍に投与する技術を開発した。研究チームは、ACS Nano誌に掲載された最近の研究で、膵臓癌のマウスモデルにおいて、同時に投与された組み合わせが、各成分の合計よりも優れた効果を発揮することを明らかにしている。この論文は、「ナノキャリアによるTLR7アゴニストと免疫原性細胞死刺激の同時投与は、膵臓癌化学免疫療法に有効(Nanocarrier Co-formulation for Delivery of a TLR7 Agonist Plus an Immunogenic Cell Death Stimulus Triggers Effective Pancreatic Cancer Chemo-Immunotherapy)」と題されている。 UCLAカリフォルニア・ナノシステム研究所の医学特別教授兼研究ディレクターのアンドレ・ネル医学博士は、「私の考えでは、免疫系を活用することで、膵臓癌の治療成績に大きな違いが生まれると思っている」と語っている。 この研究者らが開発した二重担体ナノキャリアは、ナノキャリアなしのイリノテカンや、2つの薬剤を別々に送達するナノキャリアよりも、マウスの腫瘍を縮小させ、癌の転移を予防する効果が高かった。また、この併用療法は、癌を殺す免疫細胞をより多く腫瘍部位に引き寄せ、血中の薬物濃度をより長く維持することができた。有害な副作用の

ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らは、腎臓病の治療薬として開発された実験的薬剤が、遺伝子操作により重症のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)を発症させたマウスの生存期間を延長し、筋肉の機能を改善することを報告した。DMDは、筋ジストロフィー協会(MDA)によると、男子の出生5,000人に1人が発症し、筋細胞を強化し機械的損傷から保護するために必要なジストロフィンと呼ばれるタンパク質が欠損するため、重度の筋肉の消耗と衰弱を引き起こすとされている。ジストロフィンの遺伝子はX染色体にあるため、DMDは主に男子に発症する。女の子は、X染色体の両方に異常がある場合のみ発症する。筋肉の症状は2歳から4歳の間に始まり、10代前半にはほとんどの人が歩けなくなる。ジストロフィンは心筋にも重要であるため、10代後半から20代前半にかけて心不全を起こすことが多い。MDAによると、DMDの患者は一般的に20代後半から30代前半まで生きるとされている。治療法はないが、理学療法と副腎皮質ステロイドが炎症を抑え、筋肉の衰えを遅らせ、症状を改善し、生活の質を向上させるのに役立つ。新しい遺伝子ターゲティング治療が試験的に行われているが、対象となる患者はまだ少数に限られている。9月13日にJournal of Clinical Investigation-Insight誌に発表された新しい研究によると、重症DMDのマウスにTRPC6というイオンチャネルを遮断する薬剤を投与すると、生存期間が2倍になり、骨格筋と心筋の機能が改善されたとのことだ。また、筋力低下に伴う骨の変形も抑制された。このオープンアクセス論文は「TRPC6の薬理学的阻害によるデュシェンヌ型筋ジストロフィー発症マウスの生存率および筋機能の改善(Pharmacological TRPC6 Inhibition Improves Survival

攻撃的な行動を引き起こす脳のメカニズムは、よく研究されている。しかし、闘争を止めるべき時を体に伝えるプロセスについては、あまり理解されていない。このたび、ソーク大学の研究者らは、ミバエの攻撃性を抑制するのに重要な役割を果たす脳内の遺伝子と細胞群を特定した。この研究成果は、2022年9月7日にScience Advances誌に掲載され、時に攻撃性や戦闘性の増加といった行動の変化を引き起こすパーキンソン病などの疾患への示唆を与えている。このオープンアクセス論文は「経験依存的攻撃性抑制の神経遺伝学的メカニズム(A Neurogenetic Mechanism of Experience-Dependent Suppression of Aggression)」と題されている。 「我々は、通常、高いレベルの攻撃性を表現することを妨げている脳内の重要なメカニズムを発見した。今回の発見はミバエでのものだが、少なくとも分子レベルでは、ヒトでも同じメカニズムが働いている可能性があり、多くの精神疾患をより良く説明するのに役立つと思われる。」と、ソーク大学分子神経生物学研究所の朝比奈 健太 准教授は語っている。 デエスカレーションとは、戦いを止めるタイミングを判断することであり、生存に不可欠な行動である。なぜなら、動物はライバルと遭遇したときのコストと利益に応じて攻撃性を調整し、ある時点で戦い続けることはもはや価値がないことになるからだ。例えば、満腹になると食べるのを止めるように、明確なきっかけがあるわけではないので、「そろそろやめようかな」というタイミングを見極めるのは難しい。 この研究では、通常のショウジョウバエ(Drosophilia) と、さまざまな遺伝子を欠いたショウジョウバエの行動が比較された。特に、この種の典型的な攻撃行動であるオス同士の突進の頻度を調べた。その結果、「n

テキサス大学MDアンダーソン癌センターの研究者らによる新しい研究によると、癌細胞は独自の形態のコラーゲンを少量生成し、腫瘍マイクロバイオームに影響を与え、免疫反応から保護する独自の細胞外マトリックスを形成していることが明らかになった。この異常なコラーゲン構造は、人体で作られる正常なコラーゲンとは根本的に異なるため、治療戦略上、極めて特異的なターゲットとなる。2022年7月21日にCancer Cellに掲載されたこの新しい研究は、癌生物学講座およびジェームズ・P・アリソン研究所の運営ディレクターであるラグ・カルーリ医学博士(写真)の研究室で既に発表された知見を基に、線維芽細胞によって作られるコラーゲンおよび癌細胞によって作られるコラーゲンの固有の役割に新しい理解をもたらしているものであり、癌細胞によって作られるコラーゲンがどのように機能しているかということを明らかにするものだ。このオープンアクセス版のCancer Cell論文は「癌細胞由来の発癌性コラーゲンIホモトリマーは、α3β1インテグリンに結合し、腫瘍のマイクロバイオームと免疫に影響を及ぼし、膵臓癌を促進する(Oncogenic Collagen I Homotrimers from Cancer Cells Bind to α3β1 Integrin and Impact Tumor Microbiome and Immunity to Promote Pancreatic Cancer)」と題されている。 「癌細胞は、非定型コラーゲンを作って、独自の保護細胞外マトリックスを作り、その増殖と生存能力、T細胞の撃退に役立っている。また、癌細胞が増殖するのに役立つように、マイクロバイオームを変化させる。このユニークな適応を解明し理解することで、これらの影響に対抗するための、より具体的な治療法をターゲットにすることがで

3型自然リンパ球(ILC3)と呼ばれる免疫細胞が、ヒトの消化管に生息する共生微生物に対する耐性の確立に重要な役割を果たしていることが、ワイルコーネル・メディシンの研究者を中心とする研究により明らかになった。この発見は、炎症性腸疾患(IBD)、大腸癌、その他の慢性疾患に対するより良い治療法の鍵となる、腸の健康や粘膜免疫の重要な側面を明らかにするものだ。このNature誌の論文は「ILC3sは腸内の耐性を確立するためにマイクロバイオータ特異的制御T細胞を選択する(ILC3s select Microbiota-Specific Regulatory T Cells to Establish Tolerance in the Gut)」と題されている。 「本研究の一環として、我々は、消化管内の微生物叢に対する免疫寛容を促進する新たな経路を明らかにした。これは粘膜免疫の理解における基本的な進歩であり、IBDのような疾患において免疫系が微生物叢を不適切に攻撃し始めると、何がうまくいかなくなるのかを理解する鍵を握っているかもしれない。」と、筆頭著者のグレゴリー・F・ソネンバーグ医師(写真右)(消化器・肝臓部門の微生物学・免疫学准教授兼基礎研究部長、ジル・ロバーツ炎症性腸疾患研究所)は述べている。 哺乳類の腸内には、数兆個もの細菌や真菌などの微生物が共生していることが、科学者たちの間で古くから知られている。通常、免疫系がこれらの”有益な”腸内細菌を攻撃するのではなく、許容するメカニズムはよく分かっていない。しかし、IBDではこの耐性が崩れ、腸の炎症が有害に再燃するという証拠がある。このため、腸管免疫寛容を詳細に理解することで、米国だけでも数百万人が罹患しているクローン病や潰瘍性大腸炎を含むIBDの強力な新しい治療法を開発することが可能になると期待される。 ソネンバーグ研究室のポスド

テキサス大学MDアンダーソン癌センターの研究者らは、広範な単一細胞解析を通じて、早期肺癌における腫瘍浸潤B細胞と形質細胞の空間マップを作成し、これらの免疫細胞が腫瘍の発生と治療成績に果たすこれまで認識されていなかった役割に光を当てた。2022年9月13日にCancer Discovery誌に掲載されたこの研究は、腫瘍浸潤B細胞および形質細胞に関するこれまでで最大かつ最も包括的な単一細胞アトラスであり、新規免疫療法戦略の開発に利用することができるという。このオープンアクセス論文は「早期肺腺癌におけるB細胞および形質細胞のシングルセル・イムノゲノムランドスケープ(The Single-Cell Immunogenomic Landscape of B and Plasma Cells in Early-Stage Lung Adenocarcinoma)」と題されている。 「腫瘍の微小環境は、腫瘍の成長と転移の制御に重要な役割を果たすことがわかっているが、これらの相互作用については不完全にしか理解されていない。これまでのところ、T細胞に焦点が当てられている。我々の研究は、初期の肺癌発生に重要な役割を果たすB細胞や形質細胞の表現型について、切望されていた理解をもたらしている」と、共著者のワン・リンホア(写真)医学博士(ゲノム医学准教授)は述べている。 検診方法の改善により、肺癌が早期段階で診断される割合が増加している。手術によって治癒する患者もいるが、それでも多くの患者が再発を繰り返すため、新しい治療法が必要とされている。癌細胞と免疫細胞の初期の相互作用を理解することで、癌の増殖を抑えたり、抗腫瘍免疫反応を高めたりする機会が見つかるかもしれない。 ワン博士とその同僚が共同で行った以前の研究では、メラノーマ患者における免疫療法への反応にB系細胞が重要であることが発見された。さ

新しい肥満治療薬の週1回の注射によって、2型糖尿病(T2D)のリスクが半分以下になることが、スウェーデンのストックホルムで開催された欧州糖尿病学会(EASD)の年次総会(9月19~23日)で発表された新しい研究成果で明らかになった。セマグルチド(商品名:Wegovy(ウィゴビー)・販売元:ノボ ノルディスク社)は、グルカゴン様ペプチド受容体蛋白で、最近米国で肥満治療薬として承認され(1)、英国では肥満治療薬として暫定的に承認されている(2)。 本研究を主導した米国アラバマ大学バーミンガム校(UAB)栄養科学科教授のW. ティモシー・ガーベイ医学博士は、「セマグルチドは、これまでで最も有効な肥満治療薬と考えられ、肥満手術後の体重減少量との差を縮め始めている」「この承認は、健康的なライフスタイルのプログラムと併用することで、平均15%以上の体重減少を示す臨床試験の結果に基づいている。この体重減少量は、健康や生活の質を損なう広範な肥満症合併症の治療や予防に十分であり、肥満症医療におけるゲームチェンジャーとなるものだ。」と述べている。肥満はT2Dのリスクを少なくとも6倍高めることが知られており、ガーベイ博士らは、セマグルチドがこのリスクを低減できるかどうかに関心を持った。そこで、博士らはセマグルチドの2つの臨床試験から得られたデータを新たに解析し、セマグルチドがこのリスクを低減できるかどうかを調べた。 ステップ1では、過体重または肥満の参加者(1,961名)に、セマグルチド2.4mgまたはプラセボを毎週注射し、68週間にわたって投与した。 ステップ4では、803名の過体重または肥満の被験者が参加した。全員が週1回2.4mgのセマグルチドを20週間注射された。 その後、48週間、セマグルチドを継続投与するか、プラセボに変更した。両試験とも、参加者は食事と運動に関するアドバイスを受

マラリアをはじめとする蚊が媒介する多くの病気が原因で毎年100万人近くが死亡している。そのため、蚊と人間の間の致命的な関係を抑制することは、公衆衛生上の重要な課題である。しかし、蚊が人間の匂いを感知する方法を阻害することでこれを実現しようとする試みは、これまで実を結ばなかった。 このたび、新しい研究により、蚊の嗅覚を妨害することが困難である理由が明らかにされた。2022年8月18日にCell誌に掲載されたこの研究は、ヒトスジシマカが人間を専門に狩りを行い、デング熱、ジカ熱、チクングニヤ、黄熱病などのウイルスを拡散する力を与える絶妙に複雑な嗅覚システムを明らかにするものである。この論文は、蚊が匂いを感知し解釈する方法について、長年の仮定を覆すデータを示している。 「蚊の嗅覚は一見すると意味をなさない。」と、ロックフェラー大学のロビン・ケマーズ・ノイシュタイン教授で、ハワード・ヒューズ医学研究所の最高科学責任者であるレスリー・ヴォスホール博士は言う。「蚊が嗅覚を組織化する方法は全く予想外だ。しかし、蚊にとっては理にかなったことなのだ。嗅覚系は基本的に壊れないように、匂いを解釈するすべてのニューロンが冗長になっている。これが、蚊が人間に引き寄せられるのを断ち切る方法が見つかっていない理由かもしれない。」 嗅覚の法則を破る 昆虫から哺乳類に至るまで、科学者は一般的に、脳が1:1:1のシステムで匂いを処理していると考えている。各嗅覚神経細胞は1つの匂い受容体を発現し、糸球体として知られる1つの神経終末の集まりと連絡を取り合っているのである。昆虫における1ニューロン1レセプター1糸球体モデルの証拠としては、多くの種が糸球体とほぼ同じ数の嗅覚受容体を持つという観察がある。ミバエは約60の受容体と55の糸球体、ミツバチは180:160、タバコの角虫は60:70である。 研究により、ハ

ある6歳の男の子は、壁や学校のインターホンから、自分や他人を傷つけるような声を聞くようになり、幽霊、木の上のエイリアン、色のついた足跡を見たという。ボストン小児病院の精神科医であるジョセフ・ゴンザレス・ヘイドリッチ医学博士は、この少年に抗精神病薬を投与し、恐ろしい幻覚は止まった。別の子どもは4歳のとき、モンスターや大きな黒いオオカミ、クモ、顔に血を塗った男などの幻覚が現れたという。子どもは想像力が豊かなことで知られているが、本当の精神病の症状を持つことは極めて稀だ。染色体アレイ検査により、2人の子どもはコピー数変異体(CNV)を持っていることが分かった。これは、DNAの塊の欠失や重複を意味し、特定の形質について持っている遺伝子のコピー数が通常とは異なっていることを示している。2022年8月24日、ボストン小児病院の早期精神病調査センター(EPICenter)を通じて、ゴンザレス・ヘイドリッチ博士と同僚のデヴィッド・グラーン博士、キャサリン・ブラウンシュタイン博士、その他のチームのメンバーは、早期発症精神病と呼ばれる、18歳以前に精神病症状が現れる子供と青年137人の遺伝学検査を行ったことを報告した。2022年8月24日に米国精神医学雑誌に掲載された彼らの知見に基づき、彼らは精神病症状を持つすべての子どもたちに染色体マイクロアレイ検査を行うよう促している。この論文は「早期発症の精神病と自閉症スペクトラム障害におけるコピー数変異の同程度の割合(Similar Rates of Deleterious Copy Number Variants in Early-Onset Psychosis and Autism Spectrum Disorder)」と題されている。 精神病の遺伝的原因。コピー数バリアント この研究の対象となった子どもの70%以上が13歳以前に精神病を経験し

カリフォルニア大学サンフランシスコ校、ペンシルバニア大学、ミシガン大学が共同で行った研究によると、外傷性脳損傷(TBI:Traumatic Brain Injury)後24時間以内に行われる血液検査によって、どの患者が死亡し、どの患者が重度の障害を負いながら生存する可能性が高いか予測できることが報告された。この検査結果は数分以内に得られるため、迅速な外科的手術の必要性を確認したり、深刻な損傷を受けた場合に家族との会話の指針になる可能性がある。2つのタンパク質バイオマーカーを検出するこの検査は、軽度のTBI患者がCTスキャンを受けるべきかを判断するために使用することが、2018年に食品医薬品局によって承認された。これらのバイオマーカーであるGFAPとUCH-L1の高値は、死亡や重傷と相関していると、著者らは研究論文で述べている。 2022年8月10日にThe Lancet Neurologyに発表されたこの論文は「米国TRACK-TBIコホートにおける外傷性脳障害後の機能回復を予測するための受傷日血漿GFAPおよびUCH-L1濃度の予後価値:観察的コホート研究(Prognostic Value of Day-of-Injury Plasma GFAP and UCH-L1 Concentrations for Predicting Functional Recovery After Traumatic Brain Injury in Patients from the US TRACK-TBI Cohort: An Observational Cohort Study)」と題されている。 本研究の共同研究者であるUCSFのジェフリー・マンリー医学博士(脳神経外科教授兼副学長)は、これらの血液検査は「診断と予後の両方が可能」であり、また、管理が容易で迅速、かつ安価であると述

イリノイ大学シカゴ校の研究者らは、アルツハイマー病のマウスで新しい神経細胞の生産を増やすと、この動物の記憶障害が回復することを発見した。2022年8月19日にJournal of Experimental Medicine(JEM)に掲載されたこの研究は、新しいニューロンが記憶を保存する神経回路に組み込まれ、その機能を正常に回復できることを示しており、ニューロンの生産を高めることがアルツハイマー病患者の治療戦略として有効である可能性を示唆している。このオープンアクセス論文は「神経新生の増強は、記憶を記憶する神経細胞を回復させる(Augmenting Neurogenesis Rescues Memory Impairments in Alzheimer's Disease by Restoring the Memory-Storing Neurons)」と題されている。新しい神経細胞は、神経幹細胞から神経新生と呼ばれる過程を経て作られる。これまでの研究で、アルツハイマー病患者とアルツハイマー病に関連する遺伝子変異を持つ実験用マウスの両方で、特に記憶の獲得と回復に重要な海馬と呼ばれる脳の領域で神経新生が損なわれていることが示されている。 イリノイ大学シカゴ校医学部解剖学・細胞生物学教室のオルリー・ラザロフ教授は、「しかし、記憶形成における新しく形成されたニューロンの役割や、神経新生の欠陥がアルツハイマー病に伴う認知障害に寄与しているかどうかは不明だ」と述べている。 ラザロフ教授とその共同研究チームは、遺伝子工学的に神経幹細胞の生存率を高めることにより、アルツハイマー病マウスの神経新生を促進させた新しい研究をJEMで発表した。研究チームは、神経幹細胞の死滅に大きな役割を果たす遺伝子であるBaxを欠失させ、最終的に新しい神経細胞をより多く成熟させることに成功した。このようにし

野生生物保護協会(WCS:Wildlife Conservation Society)とアパラチア州立大学が率いる科学者チームは、環境DNA(eDNA)を用いて、地球最高峰のエベレスト(標高8849メートル)に存在する高山性生物多様性の幅広さを記録した。この重要な研究は、史上最も包括的な単独科学探査であり、画期的な2019年ナショナルジオグラフィックとロレックス・パーペチュアル・プラネット・エベレスト遠征の仕事の一部である。 研究チームは、標高14,763メートルから18,044メートルの間の10の池や川で、4週間にわたって水のサンプルからeDNAを採取し、その結果を学術誌「iScience」に発表した。その中には、樹木限界を超えて存在し、顕花植物や低木種が生息する高山帯と、顕花植物や低木種の生息域を超えて生物圏の最上流に達する風成帯のエリアが含まれていた。これは、地球上の生物多様性の家系図である「生命の木」の6分の1にあたる16.3%に相当する。 このオープンアクセス論文は2022年8月15日に公開され、「環境DNAを用いたエベレスト南麓の生命の樹にわたる生物多様性の推定(Estimating Biodiversity Across the Tree of Life on Mount Everest's Southern Flank with Environmental DNA)」と題されている。 eDNAは、生物および野生生物が残した微量の遺伝物質を探索し、水環境における生物多様性を評価する調査能力を向上させるため、より身近で迅速かつ包括的なアプローチを提供するものだ。サンプルは、遺伝物質を捕獲するフィルターを内蔵した密閉型カートリッジで採取され、後にラボでDNAメタバーコードやその他のシーケンス手法で分析される。WCSは、ザトウクジラから、地球上で最も希少な種の

コロンビア大学の遺伝学者であるアンジェラ・クリスチャーノ博士(写真右)は、10年以上にわたって円形脱毛症財団の年次総会に出席している。この総会には、脱毛症の患者が何百人も集まり、互いに支え合いながら最新の科学研究について学んでいる。この学会は、脱毛症患者(その多くが髪をすべて失っている)が、恥や判断を恐れることなく、ウィッグや頭巾を喜んで外して3日間の祭典に参加する、安全な空間とされている。しかし、今年の会議は少し違っていた。クリスチャーノ博士は、長年一緒に仕事をしてきた参加者の多くが頭髪がふさふさになっているため、見分けがつかないほどだった。円形脱毛症は、眉毛まで抜けてしまうほどの脱毛を引き起こす自己免疫疾患だが、その人達にとって、外見の変化は劇的なものだったのだ。 円形脱毛症患者の発毛を回復させる薬物 これは、クリスチャーノ博士のこの症状に関する画期的な研究の直接的な成果でもあり、2022年6月にFDAが重度の円形脱毛症に特化して開発された初の全身治療薬(オルミエント)を承認するに至った。「不思議な感覚だ。ある症状の遺伝子を発見し、患者に直接役立つ治療法を開発することは、遺伝学者の誰もが夢見ることだ。」と語るクリスチャーノ博士は、自身の円形脱毛症がきっかけで、20年以上にわたって円形脱毛症の研究を続けている。 不思議な成り立ち 円形脱毛症は、ホルモンによる男性型脱毛症とは異なり、体内の免疫システムが誤って毛包を攻撃し、毛髪の生産を停止してしまう自己免疫疾患である。しかし、クリスチャーノ博士が研究を始めた当時、その原因を正確に知っている人はいなかった。クリスチャーノ博士は、毛髪の成長に関する遺伝学と細胞生物学に関する一連の基礎研究に始まり、様々な分野の協力者と共に、研究室からクリニックへと着実に進歩を遂げてきた。最初の大きな手がかりは、2010年にクリスチャーノ博

2022年8月10日、Panacell Biotech株式会社は、ナチュラルキラー(NK)細胞、エクソソーム、褐色脂肪由来幹細胞が、ロングCOVID状態、またはCOVID-19後の状態、および末期症状の患者の治療に有効であると発表した。Panacell Biotech社は、脂肪由来幹細胞(ADSC)を用いた先進的な再生医療細胞治療を専門とする韓国の研究機関だ。同社は2022年8月10日に、これらの細胞やエキソソームの毒性試験を、臨床試験や実験動物を通じて近々実施すると発表している。 現在、韓国では、COVID-19から回復した患者の血漿を他の患者に投与する血漿療法のガイドラインが定められている。COVID-19の治療薬としては、すでにPaxlovidなどが存在するが、明確な治療効果はまだ確認されていない。 ロングCOVIDには、性欲減退や脱毛など、60以上の状態がある。アメリカの非営利学術医療機関メイヨークリニックによると、「なんと65歳以上の4人に1人がCOVID-19の後遺症に悩まされている 」とのことだ。また、ガーディアン紙は、ロングCOVIDの患者は、しばしば、健忘症のようなあまり知られていない副作用を含む、「非常に幅広い」様々な症状を経験し、慣れた動作や制御を行うことができないと報告している。TIME誌は、約400万人(米国の就業人口の2.4%)が、ロングCOVIDのために働く能力が低下していると述べている。 オックスフォード大学ナフィールド臨床神経科学科(NDCN)のグェナエル・ドゥオー准教授とそのチームは、「眼窩前頭皮質と海馬傍回における灰白質の厚さと組織の縮小がより大きく」、「一次嗅覚皮質と機能的につながっている領域における組織損傷のマーカーがより大きく変化する」ことを観察している。嗅覚に対するCOVID-19の長期的な影響は、まだ結論が出ていないが、

市販の鎮痛剤、理学療法、ステロイド注射......すべてを試しても、膝の痛みに悩まされる人もいることだろう。膝の痛みは、軟骨のすり減りが進行して起こる変形性膝関節症が原因であることが多く、成人の6人に1人、世界では8億6700万人が発症していると言われている。膝関節の全置換を避けたい患者にとって、早く、痛みのない状態に戻し、その状態を維持することができる別の選択肢が間もなく登場するかもしれない。デューク大学が率いる研究チームは、Advanced Functional Materials誌に、本物よりもさらに強く、耐久性のあるゲルベースの軟骨代替品を初めて作成したことを発表した。2022年8月4日に掲載されたこの論文は「軟骨よりも強度と耐摩耗性が高い合成ハイドロゲル複合体(A Synthetic Hydrogel Composite with a Strength and Wear Resistance Greater Than Cartilage)」と題されている。 デューク大学の研究チームが開発したハイドロゲル(吸水性ポリマーでできた素材)は、天然の軟骨よりも強い力で押したり引いたりすることができ、摩耗や損傷に対する耐性が3倍高いことが、機械的試験で確認された。この素材を使ったインプラントは、現在Sparta Biomedical社が開発し、羊でテストしているところだ。研究者らは、来年にはヒトでの臨床試験を開始できるように準備を進めている。 デューク大学機械工学・材料科学教授のケン・ガル博士とともに研究を主導したデューク大学化学教授のベンジャミン・ワイリー博士は、「すべてが計画通りに進めば、早ければ2023年4月に臨床試験を開始できるだろう」と語っている。 この材料を作るために、デューク大学の研究チームは、セルロース繊維の薄板にポリビニルアルコールというポリマーを注

チェックポイント阻害剤は、多くの癌患者にとって画期的な治療法だ。チェックポイント阻害剤は、腫瘍に対する免疫系の反応にかかる「ブレーキ」を取り除くことで効果を発揮するが、それでも約70%の患者がこの薬剤に反応しない。こうした非奏功者の中には、通常は癌細胞を排除するために働く免疫系のキラーT細胞が、腫瘍の境界まで侵入できない人がいることが発見された。ペンシルバニア大学人文科学部の生物学者であるウェイ・グオ博士らは、キラーT細胞が腫瘍に侵入できないようにするメカニズムを明らかにした。この研究は、2022年7月14日にNature Communicationsに掲載され、チェックポイント阻害剤に対する患者の反応性を予測するための新しいツールを提供するものだ。このオープンアクセス論文は「HRSリン酸化が免疫抑制性エクソソーム分泌を促進し、CD8+ T細胞の腫瘍への浸潤を抑制する(HRS Phosphorylation Drives Immunosuppressive Exosome Secretion and Restricts CD8+ T-Cell Infiltration into Tumors)」と題されている。「チェックポイント阻害療法の成功には、腫瘍への浸潤が極めて重要だ」と、この研究のシニアオーサーであるグオ博士は述べている。「このT細胞浸潤が非常に重要であるため、どのように作用し、どのような場合に作用しないのか、その分子メカニズムを知ることも重要だ。」 腫瘍細胞から分泌されるエクソソームの役割 これまでの研究で、グオ博士の研究室は、癌性腫瘍がエクソソーム(生体ドローンとして機能する小胞)を分泌し、原発腫瘍からかなり離れた部位で免疫系と戦闘を行う方法を探ってきた。2018年にNatureに掲載されたその研究は、PD-L1タンパク質を搭載したエクソソームが、T細胞を腫

ヘブライ大学医学部のアイナヴ・グロス教授とシュムール・ベン=サッソン教授の研究に基づくバイオベンチャー企業Vitalunga社は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの老化関連疾患の治療と予防を目的とした新規経口薬[1,8-diaminooctane (VL-004)]を開発したと2022年6月13日に発表した。高齢者の寿命延長には多くの成功例があるが、無病は依然として課題となっている。ヘブライ大学の技術移転会社であるYissum社によれば、この新薬候補は、高齢者の生活の質を著しく向上させる可能性があるとのことだ。現在、前臨床試験を開始するための資金調達を行っている。老化に関連する多くの疾患には、健康な組織であっても細胞が劣化するという共通の発症メカニズムがあると考えられている。グロス教授とベン=サッソン教授の独創的なドラッグデザインプラットフォームにより、ヒト細胞において強力なオートファジー(代謝ストレスに適応するための基本的な細胞生存メカニズム)とマイトファジー(ストレスに応じて有害な影響を防止し細胞の恒常性を回復するミトコンドリア品質管理メカニズム)を促進する新規化合物群(デザイナージアミン)の発見を実現した。さらに、この化合物は、モデル生物である線虫の寿命と健康寿命を促進した。 グロス教授、ベン=サッソン教授、およびヘブライ大学の同僚による論文は、これらの化合物の第一世代の生物学的特徴を詳細に記述しており、この分野の主要雑誌であるAutophagyに2022年6月1日にオンライン公開された。この論文は「識別可能なデザイナーズジアミンはミトファジーを促進し、それにより線虫の健康寿命を延ばし、酸化ダメージからヒト細胞を守る(Distinct Designer Diamines Promote Mitophagy, and Thereby Enhance Healths

2022年7月28日、「タンパク質の宇宙をまるごと:AIがほぼすべての既知のタンパク質の形状を予測 - DeepMind社のAlphaFold ツールは約2億個のタンパク質の構造を決定した。(The Entire Protein Universe: AI Predicts Shape of Nearly Every Known Protein–DeepMind’s AlphaFold Tool Has Determined the Structures of Around 200 Million Proteins.)」と題された画期的な一歩を記した論文がNature誌に掲載された。この偉大な成果を受け、DeepMindのCEO兼共同創業者のデミス・ハサビス博士は、ニュースリリースで次のように書いている。 DeepMind CEOが語る、記念すべき偉業 我々が1次元のアミノ酸配列からタンパク質の立体構造を予測するAIシステム「AlphaFold」を公開・オープンソース化し、この科学的知識を世界に自由に発信する「AlphaFoldタンパク質構造データベース(AlphaFold DB)」を構築してから、1年が経った。 タンパク質は生命の構成要素であり、あらゆる生物のあらゆる生物学的プロセスを支えている。そして、タンパク質の形はその機能と密接に関係しているため、タンパク質の構造を知ることで、その機能と仕組みがより深く理解できるようになる。我々は、この画期的なリソースが科学的研究と発見を世界的に加速させ、他のチームがAlphaFoldの進歩から学び、それを基にさらなるブレイクスルーを生み出すことを期待した。その願いは、我々が夢見たよりもずっと早く現実のものとなった。それからわずか12ヶ月で、AlphaFoldは50万人以上の研究者に利用され、プラスチック汚染から抗生物質耐性に至

2022年8月16日、世界有数のバイオ受託開発・製造機関(CDMO)であるAGCバイオロジクス社は、ヒト間葉系幹細胞(hMSCs)、高度工学培地、バイオプロセス開発サービスのリーディングサプライヤーであるルースターバイオ社との戦略的パートナーシップを発表した。この提携により、ルースターバイオ社の確立された細胞・培地製品およびプロセス開発サービスと、AGCバイオロジクス社のグローバルな細胞・遺伝子治療製造能力を活用して、hMSCおよびエキソソーム治療薬の開発・製造のためのエンドツーエンドのソリューションが創出される。ルースターバイオ社は、自社の細胞・培地製品の広範なポートフォリオを活用し、hMSCおよびエキソソーム治療のための堅牢で拡張性のあるプロセスを開発する予定だ。 これらの能力には、治療標的を発現させるための細胞およびエクソソームの遺伝子工学、2Dフラスコおよび3Dバイオリアクターシステムでのアップストリーム・プロセッシング、望ましい純度および効力を達成するためのダウンストリーム精製、得られた細胞またはエクソソーム治療の包括的分析特性評価などが含まれている。AGCバイオロジクス社は、そのグローバルネットワークを活用し、前臨床試験および第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験に必要なプロセス開発、cGMP 製造、品質管理、薬事サービスを提供し、第Ⅲ相および商業生産への拡張が可能な体制を整える。また、そのCDMOは、世界のさまざまな地域の医薬品開発者の特定のニーズに合わせた開発・製造規模を提供することができる。AGCバイオロジクス社の科学チームは、先端治療の生産と製造において 20 年以上の経験を持ち、これまでに 3 つの商業製品を上市している。このグローバルCDMOの拠点ネットワークは、同種・自家培養システムおよび技術を含む最新の細胞治療技術およびプロセスを提供している。 AGCバイオロジク

人類が乳糖を消化できる遺伝形質を進化させる何千年も前に、ヨーロッパの先史時代の人々は牛乳を消費していたことが、新研究で明らかになった。2022年7月27日にNature誌に掲載されたこの研究は、過去9,000年にわたる先史時代の牛乳の使用パターンをマッピングし、牛乳消費と乳糖耐性の進化について新たな知見を提供するものだ。この論文は「ヨーロッパにおける酪農、病気、ラクターゼ持続性の進化(Dairying, Diseases and the Evolution of Lactase Persistence In Europe)」と題されている。これまで、乳糖耐性が出現したのは、人々がより多くの牛乳や乳製品を消費できるようになったからだと広く考えられていた。しかし、ブリストル大学とロンドン大学(UCL)の科学者が、他の20カ国の共同研究者とともに主導したこの新しい研究は、飢饉と感染症への曝露が、牛乳や他の非発酵乳製品を摂取する能力の進化を最もよく説明できることを示している。 今日のほとんどのヨーロッパの成人は不快感なく牛乳を飲むことができるが、今日の世界の成人の3分の2、そして5,000 年前のほぼすべての成人は、牛乳を飲みすぎると問題に直面する可能性がある。牛乳には乳糖が含まれており、この乳糖が消化されないと大腸に移動し、痙攣、下痢、鼓腸などを引き起こすため、乳糖不耐症と呼ばれている。しかし、この新研究は、今日の英国ではこのような影響はまれであることを示唆している。 ブリストル大学MRC統合疫学ユニットのディレクターであり、本研究の共著者であるジョージ・デイヴィー・スミス教授は、次のように述べている。「乳糖を消化するためには、我々の腸内でラクターゼという酵素を作り出す必要がある。ほとんどの赤ちゃんはラクターゼを産生するが、世界の大多数の人は、離乳期から青年期にかけてその産生

シンシナティ大学の科学者と共同研究者による画期的な新研究で、新薬が脳卒中による損傷の修復を助ける可能性があることが示された。シンシナティ大学とケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究者らは、2022年7月26日、前臨床研究をCell Reports誌に発表した。この論文は「CSPG受容体PTPσの阻害は、新生神経芽細胞の移動、軸索萌芽を促進し、脳卒中からの回復を促す。(Inhibition of CSPG Receptor PTPσ Promotes Migration of Newly Born Neuroblasts, Axonal Sprouting, and Recovery from Stroke.)」と題されている。現在、脳卒中による損傷を修復するFDA承認の薬剤は無い。この研究では、NVG-291-Rという薬剤が、重症虚血性脳卒中の動物モデルにおいて、神経系の修復と大幅な機能回復を可能にすることを発見した。また、この薬剤の分子標的を遺伝的に欠失させると、神経幹細胞にも同様の効果が見られるという。 カリフォルニア大学医学部分子遺伝学・生化学科の准教授で、この研究の筆頭著者であるアグネス(ユー)・ルオ博士(写真)は、「運動機能、感覚機能、空間学習、記憶の著しい改善を示すデータに非常に興奮している」と述べている。 ルオ博士は、初期の結果が臨床の場に反映されれば、この薬は「実質的なブレークスルー」になると述べている。この薬がヒトの虚血性脳卒中の損傷を修復するのにも有効であるかどうかを判断するには、さらなる研究と独立したグループによる結果の検証が必要だろう。また、NVG-291-Rが出血性脳卒中による障害を、動物モデルおよびヒトの患者の両方で効果的に修復するかどうかを調べるために、さらなる研究が必要とされる。 「現在研究されているほとんどの治療法は、主に脳卒中の初期障害を

何世紀にも渡り放棄されたカリブ海の植民地が発見され、考古学的記録の誤りが発見され、バージニア州とメリーランド州の海岸沖にある防波島の歴史が書き換えられようとしている。 これらの一見無関係に思える事柄は、フロリダ自然史博物館のポスドク研究員であるニコラス・デルソル博士が考古学的遺跡で発見した牛の骨から回収した古代DNA の分析に着手した際に結びついた。 デルソル博士は、アメリカ大陸で牛がどのように家畜化されたかを理解したいと考えていた。その答えは、何世紀も前の歯に保存されている遺伝情報にあった。 しかし、そこには驚きの事実があった。 「それは偶然の発見だった」と彼は言う。 「私は博士号取得のために牛の歯の化石からミトコンドリア DNA の配列を決定していたが、その配列を分析したところ、標本の 1 つで何かが大きく異なっていることに気付いた。」それは、問題の標本である大人の臼歯の断片が、まったく牛の歯ではなく、馬のものだったからだ。2022年7月27日にPLoS ONE誌に発表された研究によると、この歯から得られたDNAは、アメリカ大陸の家畜化された馬のものとしては、これまでで最も古い塩基配列でもあるという。このオープンアクセス論文は「16世紀ハイチのカリブ海植民地時代の馬(Equus caballus)の最古の完全なmtDNAゲノムを解析した結果(Analysis of the Earliest Complete mtDNA Genome of a Caribbean Colonial Horse (Equus caballus) from 16th-Century Haiti)」と題されている。 この歯は、スペインが最初に植民地化した集落の一つから出土したものだ。ヒスパニオラ島にあるプエルト・レアルという町は1507年に設立され、カリブ海から出航する船の最後の寄港地として何

メルボルン大学の研究者らによって、身体の活動によって筋力を促進する遺伝子が特定され、体を鍛えるメリットの一部を模倣した治療法開発の可能性が示唆された。2020年7月25日にCell Metabolism誌に掲載されたこの研究は、異なるタイプの運動が筋肉内の分子をどのように変化させるかを示し、その結果、すべてのタイプの運動で活性化し、筋力促進を担う新しいC18ORF25遺伝子が発見されたことを明らかにした。C18ORF25を持たない動物は、運動能力が低く、筋肉が弱くなる。この論文は「3つの運動様式におけるリン酸化プロテオミクスにより、骨格筋機能を制御するAMPK基質として標準的なシグナル伝達とC18ORF25が同定された(Phosphoproteomics of Three Exercise Modalities Identifies Canonical Signaling and C18ORF25 As an AMPK Substrate Regulating Skeletal Muscle Function)」と題されている。 プロジェクトリーダーのベンジャミン・パーカー博士は、C18ORF25遺伝子を活性化することで、筋肉が必ずしも大きくならずに、より強くなることが確認できたと述べている。「この遺伝子を特定することは、健康的な加齢や筋肉萎縮の病気、スポーツ科学、さらには家畜や食肉生産の管理方法にも影響を与える可能性がある。というのも、最適な筋肉機能を促進することは、健康全般を予測する最良の指標の1つだからだ」「運動は、糖尿病、心血管疾患、多くの癌を含む慢性疾患を予防・治療できることが分かっている。現在、様々なタイプの運動が、どのようにこれらの健康増進効果をもたらすかを分子レベルでより良く理解することで、この分野が、新しい、より良い治療法を利用できるようになることを期待し

医者に行くと泣きたくなることがあるが、新研究によれば、医者は将来その涙を有効利用できるようになるかもしれない。2022年7月20日にACS Nano誌に掲載された論文で、ハーバード大学と中国の温州医科大学の研究チームは、涙から採取したエクソソームを精製するナノ膜システムを開発し、疾患バイオマーカー探索のための迅速な分析を可能にしたとの報告がなされた。iTEARSと名付けられたこのプラットフォームは、症状のみに頼らず、多くの疾患に対して、より効率的で侵襲性の低い分子診断が可能になると期待される。このオープンアクセス論文は「迅速分離システム: iTEARSによる涙のエクソソーム解析で病気の秘密を発見(Discovering the Secret of Diseases by Incorporated Tear Exosomes Analysis Via Rapid-Isolation System: iTEARS)」と題されている。 病気の診断は、患者の症状の評価に依存することが多いが、初期段階では観察不能であったり、報告の信頼性に欠けることがある。エクソソームと呼ばれる小胞構造から特定のタンパク質や遺伝子など、患者から採取したサンプルから分子的な手がかりを特定できれば、診断の精度を向上させることができる。しかし、これらのサンプルからエクソソームを単離する現在の方法は、長くて複雑な処理工程や大量のサンプルを必要としていた。涙液は、一度に採取できる量はごくわずかだが、非侵襲的に素早く採取できるため、サンプル採取に適している。そこで、ハーバード大学医学部のLuke Lee博士と温州医科大学のFei Liu博士らは、もともと尿や血漿からエクソソームを分離するために開発したナノ膜システムを用いて、涙からこの小胞を迅速に取得し、疾患バイオマーカーを分析できないかと考えた。 研究チームは、

我々の体内には好中球と呼ばれる細胞の軍隊があり、傷口にいる細菌や気道に侵入するウイルスなど、あらゆる侵入者を排除するために準備万端整えている。好中球は、免疫システムの最初の防御線として、感染症を防ぐために攻撃し、援軍を呼ぶという協調的な働きをしている。ミシガン大学医学部薬理学・細胞発生生物学教室のキャロル・ペアレント博士は、「好中球は体内で最も速い免疫細胞で、1分間に細胞1個分の距離を移動することができる」と説明している。好中球が浸潤部位に迅速に反応するのは、走化性という化学的メッセージシステムによるものだ。ミシガン大学メディカルスクールとミシガン大学ライフサイエンス研究所のペアレント博士とその同僚による新しい研究は、これらの化学物質の正確で驚くべき生成方法について説明している。 その場所に最も近い好中球は、病原体が放出する化学物質を感知し、自らロイコトリエンB4(LTB4)という別の化学物質を放出し、異物や細胞の残骸を食べたり、分解したり、捕捉するためにその場所にさらに好中球を呼び寄せる。 LTB4を作る酵素は、エクソソームと呼ばれる小胞の中に入っており、これが一種の保護膜の役割を果たしていると、ペアレント博士は説明する。好中球が移動するとき、この小胞を分泌して内容物を放出し、化学的勾配を作り出し、さらに多くの免疫細胞を呼び出すリレーを開始するのだ。 2022年6月23日にNature Cell Biologyに掲載されたこの新しい論文は、「セラミドが豊富なマイクロドメインが核膜の出芽を促進し、従来とは異なるエクソソーム形成を実現する(Ceramide-Rich Microdomains Facilitate Nuclear Envelope Budding for Non-Conventional Exosome Formation)」と題されており、好中球からエクソソ

進行したメラノーマ患者において、脳転移は癌関連死の最も一般的な原因の一つであり、非常に頻繁に発生する。新しい免疫療法はメラノーマの脳転移を有する一部の患者に有効だが、メラノーマが脳に転移する理由や多くの治療法の奏効率が低いことについては、ほとんど分かっていなかった。このたび、コロンビア大学の研究者らは、メラノーマの脳転移巣内の細胞に関する最も包括的な研究を完了し、新世代の治療法の開発に拍車をかける可能性のある詳細な情報を公表した。「脳転移は、メラノーマ患者において極めて一般的だが、その基礎となる生物学については、これまで初歩的な理解しか得られていなかった。我々の研究は、これらの腫瘍のゲノム、免疫学、空間構成について新たな洞察を与え、さらなる発見と治療法の探求の基礎となるものだ。」と、本研究を主導したコロンビア大学ヴァージロス内科大学助教授のベンジャミン・イザール医学博士は語っている。この研究成果は、2022年7月7日、Cell誌のオンライン版に掲載された。この論文は「治療未経験のヒト黒色腫脳転移の生態系の分析(Dissecting the Treatment-Naive Ecosystem of Human Melanoma Brain Metastasis)」と題されている。 革新的な手法で、より深い分析が可能に メラノーマの脳転移が現在の治療法を回避する理由を解明するために、イザール博士と彼のチームは、凍結脳サンプルの単一細胞遺伝子解析を行う新技術を発明する必要があった。「このような研究は通常、新鮮な脳サンプルを用いて行われるが、サンプルが不足しているため、分析できる腫瘍の数が大幅に制限される。これに対し、我々は組織バンクに多くのメラノーマの凍結サンプルを保有している。この技術革新により、治療を受けていない患者の組織も分析できるようになり、治療によって変化する前の腫瘍と

腸内環境が悪い人は、アルツハイマー病の発症リスクが高い可能性がある。エディス・コーワン大学(ECU)(西オーストラリア州)の世界初の研究により、両者の関連性が確認され、早期発見や新たな治療法の可能性につながることが期待されている。アルツハイマー病は、記憶力や思考力を破壊し、認知症の中で最も多く見られる病気だ。アルツハイマー型認知症は、記憶や思考能力を破壊する最も一般的な認知症で、治療法は確立されておらず、2030年までに8200万人以上が発症し、2兆米ドルの費用がかかると予測されている。これまでの観察研究では、アルツハイマー病と消化管障害の関係が示唆されていたが、その背景にあるものはこれまで明らかではなかった。このたび、ECUのプレシジョン・ヘルス・センターは、アルツハイマー病と複数の消化管障害の間に遺伝的な関連性があることを確認し、これらの関係性について新たな知見を提供した。この研究は、アルツハイマー病と複数の腸疾患に関する大規模な遺伝子データ(それぞれ約40万人分)を解析したものである。 研究代表者のエマニュエル・アデウイ博士は、「アルツハイマー病と複数の腸疾患の間の遺伝的関係を包括的に評価したのはこれが初めてだ」と述べている。研究チームは、アルツハイマー病と腸疾患の患者には共通の遺伝子があることを発見した。このことは、多くの点で重要である。「本研究は、アルツハイマー病と腸疾患の併発の背景にある遺伝学的な新しい知見を提供するものだ。これは、これらの疾患の原因に対する我々の理解を向上させ、疾患を早期に発見し、両方のタイプの疾患に対する新しい治療法を開発する可能性を調査するための新しいターゲットを同定するものだ。」とアデウイ博士は述べている。 精密医療研究センターのディレクターで研究監督者のサイモン・ロウズ教授は、この研究は腸の障害がアルツハイマー病を引き起こす、またはその

ヒトのゲノムには、宿主の利益を考えず、自己増殖のみを目的とする「利己的な遺伝要素」が散見される。利己的な遺伝子要素は、例えば、性比を歪め、生殖能力を損ない、有害な突然変異を引き起こし、さらには集団絶滅を引き起こす可能性もあるなど、大混乱を引き起こすことがある。ロチェスター大学の生物学者であるアマンダ・ララクエンテ准教授(写真)とダブン・プレスグレーブス教授は、集団ゲノム解析法を用いて、「Segregation Distorter(SD)」と呼ばれる利己的遺伝要素の進化と影響に初めて光を当てた。2022年4月29日にeLifeに掲載された論文ではSDが染色体構成と遺伝的多様性に劇的な変化をもたらしたと報告している。このオープンアクセス論文は「利己的な分離歪みの超遺伝子駆動、組換え、および遺伝的負荷に関する上位性の選択(Epistatic Selection on a Selfish Segregation Distorter Supergene-Drive, Recombination, and Genetic Load)」と題されている。 ゲノムシークエンスで初めて 研究チームは、公正な遺伝子伝達のルールを歪めてしまう利己的な遺伝要素であるSDを研究するために、モデル生物としてミバエを使用した。ミバエは、ヒトの病気の原因となる遺伝子の約70%を共有しており、生殖周期が2週間以下と短いため、比較的短時間でハエの世代を作ることができる。メスのハエは、メンデルの遺伝の法則で予想されるように、SDに感染した染色体を子孫の約50%に伝える。しかし、オスはSDの染色体をほぼ100%子孫に伝える。これはSDが利己的な遺伝要素を持たない精子を殺してしまうからである。なぜ、SDはこのようなことができるのだろうか?それは、SDが研究者の間で「スーパー遺伝子」と呼ばれる、同じ染色体上にある利己的

通常、脂肪細胞はエネルギーを蓄積する。しかし、褐色脂肪細胞では、エネルギーが熱として放散されるため、褐色脂肪は生体内ヒーターとして機能し、ほとんどの哺乳類がこのメカニズムを持っている。ヒトでは新生児を温め、成人では褐色脂肪の活性化が心臓代謝の健康と正の相関を示す。ボン大学薬理学・毒物学研究所のアレクサンダー・ファイファー教授は、「しかし、現代人は冬でも暖かく過ごすことができようになった。だから、体内の暖炉はもうほとんど必要ないのだ」と説明する。同時に、我々は高カロリーの食事をするようになり、また、先祖に比べれば動く量もはるかに少なくなっている。この3つの要因は、褐色脂肪細胞にとって毒である。褐色脂肪細胞は次第に機能を失い、ついには死んでしまうのだ。一方、世界的に見ると深刻な肥満の人は増え続けている。「そこで、世界中の研究グループが、褐色脂肪を刺激して脂肪燃焼を促進する物質を探している」とファイファー博士は言う。 死滅した脂肪細胞が隣の細胞のエネルギー燃焼を促進する ボン大学の研究チームは、同僚グループとともに、今回、脂肪を燃焼させることができるイノシンという重要な分子を同定した。ファイファー博士の研究グループのビルテ・ニーマン博士は、「死にかけた細胞は、隣接する細胞の機能に影響を与える様々なメッセンジャー分子を放出することが知られている」と説明する。ニーマン博士は、同僚のサスキア・ハウフス=ブルスベルク博士とともに、この研究の中心的な実験を計画し、実施した。ブルスベルク博士は「我々は、このメカニズムが褐色脂肪にも存在するかどうかを知りたかったのだ。」と述べている。 そこで研究者らは、褐色脂肪細胞を、事実上細胞が死んでしまうような激しいストレスにさらして研究した。「その結果、褐色脂肪細胞がプリン体であるイノシンを大量に分泌していることが分かった」とニーマン博士は言う。しかし、

ライス大学とテキサス大学MDアンダーソン癌センターの研究者は、他の薬と協調して白血病に致命的なワンツーパンチを与える新薬の可能性を発見した。この潜在的な薬剤は、癌患者での試験にはまだ何年もかかるが、最近発表された研究(2022年6月7日付のLeukemia誌)で、その有望性と発見に至った革新的な方法が注目されている。この論文は「ミトコンドリアを標的とした新規化合物がヒト白血病細胞を選択的に殺傷(Novel Mitochondria-Targeting Compounds Selectively Kill Human Leukemia Cells)」と題されている。 ライス大学の生化学者ナターシャ・キリエンコ博士とMDアンダーソン病院の医師科学者マリーナ・コノプレバ博士の研究グループは、これまでの研究で、約45,000の低分子化合物をスクリーニングし、ミトコンドリアを標的とするいくつかの化合物を発見した。今回の研究では、最も有望な8種類の化合物を選び、それぞれについて5〜30種類の近縁類似化合物を同定し、数万回のテストを実施して、それぞれの類似化合物を単独投与した場合とドキソルビシンなどの既存の化学療法剤と併用した場合の両方で、白血病細胞に対してどの程度の毒性を示すかを系統的に決定した。 「大きな課題の1つは、癌細胞と健康な細胞の両方について試験を行うための最適な条件と用量を確立することだった。」と、この研究の主執筆者で、テキサス大学オースティン校の研究員のスベトラーナ・パニナ博士(ライス大での博士研究員時代にこの研究を実施)は述べている。「以前発表した細胞毒性試験の結果は有用だったが、これらの低分子化合物についてはほとんど知られていなかった。どの化合物も他の研究で十分に説明されていなかったので、使用量や細胞内での作用など、基本的にゼロから始めなければならなかった。投与量や治

遺伝性の衰弱性疾患を治すことは、現代医学の大きな課題の一つである。過去10年間、CRISPR技術の開発と遺伝学研究の進歩は、患者とその家族に新たな希望をもたらしたが、これらの新しい手法の安全性は依然として大きな懸念材料となっている。2022年7月1日発行のScience Advances誌に、カリフォルニア大学サンディエゴ校の博士研究員シタラ・ロイ博士、専門家アナベル・ギチャード博士、イーサン・ビア教授を含む生物学者チームが、将来的に遺伝的欠陥を修正できるかもしれない新しい、より安全なアプローチについて説明している。この自然のDNA修復機構を利用する戦略は、広範な遺伝性疾患を治療する可能性を有する新しい遺伝子治療戦略の基礎を提供するものだ。このオープンアクセス論文は「ショウジョウバエ体細胞におけるCas9/ニッカーゼによる相同染色体テンプレート修復による対立遺伝子変換(Cas9/Nickase-Induced Allelic Conversion by Homologous Chromosome-Templated Repair in Drosophila Somatic Cells)」と題されている。 多くの場合、遺伝性疾患の患者は、両親から受け継いだ2本の遺伝子のコピーに、それぞれ異なる変異を有している。つまり、一方の染色体上の変異が、もう一方の染色体上の機能的な配列と対応することがよくあるのだ。この研究者らは、この事実を利用するために、CRISPR遺伝子編集ツールを採用した。 「健全な変異体は、変異体DNAを切断した後、細胞の修復機構によって欠陥のある変異を修正するために使用することができる。驚くべきことに、これは単純で無害なニックによってさらに効率的に達成できる。」と、この研究の主執筆者のギチャード博士は述べている。 研究チームは、ミバエを用い、目の色素の産生によっ

タコは、無脊椎動物の中でも極めて複雑な脳と認知能力を持つ例外的な生物であり、ある意味では無脊椎動物よりも脊椎動物と共通する部分が多いほどである。2022年5月18日にBMC Biology誌に掲載された、イタリア・トリエステのSISSA(国際高等研究教育機構)のレモ・サンジス博士とナポリにあるアントンドルン動物園のグラツィアーノ・フィオリート博士の共同研究によって明らかになったこれらの生物の神経と認知の複雑さは、人の脳との分子的類似に由来している可能性がある。この研究により、ヒトの脳と、タコの一種であるコモンダコとカリフォルニアダコの脳で、同じ「ジャンピング遺伝子」が働いていることが明らかになった。この発見は、タコという魅力的な生物の知能の秘密を解明する一助となるものだ。 トランスポゾンは、分子的なコピーアンドペーストやカットアンドペーストのメカニズムによって、個人のゲノムのある地点から別の地点へ「移動」し、シャッフルしたり複製したりすることができる、いわゆる「ジャンピング遺伝子」と呼ばれる配列で、2001年には、ヒトゲノムの45%以上がトランスポゾンと呼ばれる配列で構成されていることが判明している。多くの場合、これらの移動性要素は、目に見える効果を持たず、移動する能力を失ったまま、沈黙を守っている。あるものは、何世代にもわたって突然変異を蓄積したために不活性であり、またあるものは、細胞防御機構によってブロックされているが無傷である。進化の観点からは、このようなトランスポゾンの断片や壊れたコピーでさえ、進化が彫刻することができる「原料」として、まだ役に立つことがある。 これらの可動要素のうち、最も関連性が高いのは、いわゆるLINE(long interspersed nuclear elements)ファミリーに属するもので、ヒトゲノム中に100コピーほど存在し、現在でも潜

ソーク研究所の研究者らは、脱毛症(人の免疫システムが自身の毛包を攻撃し、脱毛を引き起こす疾患)の一般的な治療法の予想外の分子標的を発見した。この研究成果は、2022年6月23日にNature Immunologyに掲載され、制御性T細胞と呼ばれる免疫細胞が、ホルモンをメッセンジャーとして皮膚細胞と相互作用し、新しい毛包を生成して髪を成長させる仕組みが説明されている。「長い間、制御性T細胞は、自己免疫疾患における過剰な免疫反応を減少させる仕組みについて研究されてきた」と、ソーク研究所NOMIS免疫生物学・微生物病原学センターの准教授であるイェー・チェン博士は述べている。このNature Immunologyの論文は、「グルココルチコイドシグナルと制御性T細胞は協調して毛包幹細胞ニッチを維持する(Glucocorticoid signal and regulatory T cells cooperate to maintain the hair-follicle stem-cell niche. )」と題されている。 この研究者らは、脱毛の研究から始めたわけではない。彼らは、自己免疫疾患における制御性T細胞とグルココルチコイドホルモンの役割について研究することに興味があった。(グルココルチコイドホルモンは、副腎やその他の組織で作られるコレステロール由来のステロイドホルモンである)。彼らはまず、多発性硬化症、クローン病、喘息において、これらの免疫成分がどのように機能しているかを調べた。 彼らは、グルココルチコイドと制御性T細胞は、これらのいずれの状態においても、共に機能して重要な役割を果たしていないことを突き止めた。そこで研究チームは、皮膚組織など、制御性T細胞がグルココルチコイド受容体(グルココルチコイドホルモンに反応する)を特に大量に発現している環境を調べれば、よりよい結果が

指紋や虹彩などの生体認証は、スパイ映画の定番であり、それらのセキュリティ対策を回避しようとすることは、しばしば核心的なターニングポイントになる。しかし、最近では、指紋認証や顔認証が多くの携帯電話に搭載されるようになり、この技術はスパイに限定されたものではない。今回、九州大学、東京大学、名古屋大学そしてパナソニック インダストリー株式会社の研究グループは、バイオメトリクス・セキュリティのツールキットに、人の息の匂いという新たなオプションを追加する可能性を見出し、呼気に含まれる化合物を分析して個人を特定できる嗅覚センサーを開発した。この論文は2022年5月20日にChemical Communicationsに掲載され、「Breath Odor-Based Individual Authentication by an Artificial Olfactory Sensor System and Machine Learning(人工嗅覚センサーシステムと機械学習による呼気臭に基づく個人認証)」と題されている。 機械学習と組み合わせて、16チャンネルのセンサーアレイで作られたこの「人工の鼻」は、平均97%以上の精度で最大20人の個人を認証することができたという。情報化時代において、バイオメトリクス認証は貴重な資産を守るために重要な手段だ。指紋、掌紋、声、顔といった一般的なものから、耳音響や指の静脈といったあまり一般的ではないものまで、機械が個人を特定するために利用できるバイオメトリクスはさまざまである。 「これらの技術は、各個人の身体的な独自性に依存しているが、確実ではない。身体的特徴はコピーされる可能性があり、また怪我によって損なわれる可能性さえある。最近、人間の香りが新しいバイオメトリクス認証として注目されているが、これは本質的に、人間特有の化学組成を利用して、自分が誰であ

ラトガース大学の科学者が国際チームの一員として、土壌や水、一部の食品に含まれ、体内の抗酸化作用を高める必須微量ミネラルであるセレンを25の特殊なタンパク質に組み込むプロセスを解明し、癌から糖尿病まで多くの疾患の新しい治療法の開発に役立つ発見をした。この研究は、2022年6月16日付けのScience誌の論文で詳述されており、細胞や生物の生物学の多くの側面にとって重要な、セレンが細胞内の必要な場所に到達する過程について、これまでで最も詳細な説明がなされている。まず、セレンは必須アミノ酸であるセレノシステイン(Sec)の中に封入される。Secは、25種類のいわゆるセレノプロテインに取り込まれ、これらのタンパク質はすべて、細胞や代謝のプロセスの鍵を握っている。ラトガース大学ロバート・ウッド・ジョンソン医科大学生化学・分子生物学科のポール・コープランド教授(PhD)らは、これらの重要なメカニズムの仕組みを詳細に理解することは、新しい治療法の開発にとって極めて重要であるとしている。この研究の著者であるコープランド博士は、「この研究によって、これまで見たこともないような構造が明らかになり、そのうちのいくつかは、生物学全体で見てもユニークなものだ」と述べている。このScience誌の論文は「セレノシステインUGAコドンを解読する哺乳類リボソームの構造(Structure of the Mammalian Ribosome As It Decodes the Selenocysteine UGA Codon)」と題されている。 コープランド博士と研究チームは、特殊な低温電子顕微鏡を使って、細胞のメカニズムを可視化することに成功した。この顕微鏡は、光ではなく電子ビームを使って、複雑な生物学的構造をほぼ原子レベルの分解能で3次元画像化する。このプロセスでは、分子複合体の凍結サンプルを使用し、高

狂犬病ウイルスは毎年59,000人を殺し、その犠牲者の多くは子供だ。一部の被害者(特に子供達)は、手遅れになるまで気づかないことが多い。その他の人々にとって、高額な狂犬病治療プランは論外だ。平均3,800ドルの費用が掛かる治療は誰もが利用可能ではなく、世界中のほとんどの人々に考えられない経済的負担をもたらする。一方で狂犬病ワクチンは治療よりもはるかに手頃な価格で投与が簡単だ。しかし、これらのワクチンには大きな欠点もある。「狂犬病ワクチンは生涯にわたる保護を提供しない。ペットに3歳まで毎年接種する必要がある。」 「現在、人間と家畜のための狂犬病ワクチンは、死んだウイルスから作られている。しかし、この不活化プロセスにより、分子の形が崩れる可能性がある。そのため、これらのワクチンは免疫系に適切な形を示していない。より良い形でより構造化されたワクチンを作った場合、免疫はより長く続くだろうか?」とラホーヤ免疫学研究所(LJI)のエリカ・オルマン サファイア教授は述べている。パスツール研究所のエルヴェ・ブーリィ博士が率いるチームと協力して、サファイア教授と彼女のチームは、より良いワクチン設計への道を発見したという。Science Advances で2022年6月17日に公開された新研究で、この研究者らは、脆弱な「三量体」の形で狂犬病ウイルス糖タンパク質を調べた最初の高解像度研究の1つを共有している。このオープンアクセス論文は、「狂犬病ウイルス糖タンパク質三量体が融合前特異的中和抗体に結合した構造(Structure of the Rabies Virus Glycoprotein Trimer Bound to a Prefusion-Specific Neutralizing Antibody.)」と題されている。「狂犬病糖タンパク質は、狂犬病がその表面に発現する唯一のタンパク質だ

中国のBGIリサーチの科学者が率いる国際研究グループは、単一細胞技術を使ってアリの脳を研究し、アリのコロニー内での社会的分業が、細胞レベルでの脳の機能特化に反映されていることを初めて明らかにした。2022年6月16日にNature Ecology & Evolutionに掲載された研究「アリの超生物における分業の神経基盤を追跡する単一細胞トランスクリプトームアトラス(A Single-Cell Transcriptomic Atlas Tracking the Neural Basis of Division of Labour in an Ant Superorganism)」では、BGIグループのBGIリサーチ、中国科学アカデミー昆明動物学研究所, コペンハーゲン大学などの研究者が、BGIのDNBeLab単一細胞ライブラリプラットフォームを応用し、ファラオアリの脳から20万以上の単一核トランスクリプトームを取得し、労働者、雄、雌(処女女王)、女王というこの種のアリのすべての成体表現型を網羅する単一細胞トランスクリプトームマップを構築した。 アリは1億4千万年以上前から存在する地球上で最も成功した生物の一つだ。アリのバイオマス(推定個体数に平均体重をかけたもの)は、ヒトのバイオマスに匹敵すると言われている。アリの成功は、一般に、生殖分業が明確で、社会的行動が顕著であることに起因すると考えられている。アリのコロニーは、1世紀以上にわたって超生物として概念化されてきた。今回、単一細胞技術を駆使して、アリの脳の細胞の複雑さを系統的に明らかにし、同じコロニー内の個体間の脳細胞の組成の違いを評価することに成功した。 この論文の筆頭著者であるBGIリサーチのカイヨ・リ博士は、「今回の発見は、アリの脳の機能特化が、個々のアリの社会的タスクの分担を支えるメカニズムであることを

ミシガン大学ローゲル癌センターの科学者らは、脳腫瘍の重要な経路を阻害する低分子を発見した際は楽観的だった。しかし、阻害剤を血流にのせて脳に送り込み、腫瘍に到達させるにはどうしたらよいかという問題が立ちはだかった。そこで、複数の研究室と共同で、阻害剤を封入したナノ粒子を作製したところ、予想以上の成果が得られた。このナノ粒子は、マウスモデルの腫瘍に阻害剤を送達し、免疫系をオンにして癌を消滅させることに成功しただけでなく、このプロセスが免疫記憶を誘発し、再導入された腫瘍も消滅させたのである。「誰もこの分子を脳に入れることができなかった。これは本当に大きなマイルストーンだ。」と、ミシガン大学医学部のR.C. Schneider Collegiate Professor of Neurosurgeryであるマリア・G・カストロ博士は述べている。カストロ博士は、ACS Nano誌に掲載されたこの研究の主執筆者だ。 「多くの癌種で生存率が向上しているにもかかわらず、神経膠腫は依然として頑強で、診断から5年後に生存している患者はわずか5%だ」と、研究著者でミシガン大学医学部脳神経外科のRichard C. Schneider 大学教授であるペドロ・R・ローウェンシュタイン医学博士は述べている。 神経膠腫は従来の治療法に抵抗性を示すことが多く、また、腫瘍内の環境が免疫系を抑制するため、新しい免疫系治療法が効かないことがある。さらに、血液脳関門の通過という課題があり、これらの腫瘍に効果的な治療法を届けることはさらに難しくなっている。 カストロとローウェンシュタインの研究室は、このチャンスに目をつけた。低分子阻害剤AMD3100は、神経膠腫細胞から放出されるサイトカインであるCXCR12の作用を阻害するために開発された。CXCR12は、免疫系の周りにシールドを構築し、侵入する腫瘍に対して発

異なる組織が遺伝子から情報を読み取る方法を新たに調べたところ、脳と精巣は、あるタンパク質を生成するために多くの異なる種類の遺伝暗号を用いることに非常に寛容であることが明らかになった。実際、ミバエとヒトの精巣では、めったに使われない遺伝暗号の断片を使ったタンパク質産物が豊富に含まれているようだ。この研究者らは、稀少な遺伝暗号の使用は、生殖能力と進化の革新に不可欠な、ゲノムのもう一つの制御層である可能性があるとしている。フランシス・クリックは、DNAがA、C、T、Gの塩基からなる二重らせん構造であることを解明してから10年後、これらの3文字が「コドン」というタンパク質を構成するアミノ酸1個のレシピに翻訳される中間段階を解読した。当時も今も不可解だったのは、この生命暗号の層では、わずか20種類のアミノ酸を生成するために61種類の3文字のコドンが使われていたことだ。つまり、同じものを表現するために、多くのコドンが使われていたのだ。 「生物学の授業では、コドンのあるバージョンから別のバージョンに変えてもアミノ酸が変化しないことをサイレント・ミューテーションと呼ぶと教わった。しかし、研究者がこれら全ての異なる生物の塩基配列を調べたところ、階層性があることが分かった。あるコドンは、本当に頻繁で、あるコドンは、本当に稀だ。そして、そのコドンの分布は、ある生物のある種の組織から別の組織へと変化しうるのだ。」と、デューク大学医学部の薬学および癌生物学の准教授であるドン・フォックス博士は述べている。 フォックス博士は、例えば、肝細胞が肝臓の働きをしたり、骨細胞が骨の働きをしたりする際に、この希少なコドンが何らかの役割を果たしているのではないかと考えた。そこでフォックス博士と、博士課程の学生スコット・アレン氏が率いる研究チームは、実験用のショウジョウバエのモデルであるメラノガスターを用いて、希

米国国立眼科研究所(NEI; National Eye Institute)の研究者らは、人間の視覚認識にとって重要な網膜の組織を構成する細胞の間に、明確な違いがあることを発見した。NEIの研究者らは、網膜の光を感じる視細胞を養い支える組織である網膜色素上皮(RPE; retinal pigment epithelium)に5つの亜集団があることを発見した。研究チームは、人工知能を用いてRPEの画像を1細胞単位で解析し、眼球内の各集団の位置を示す参照マップを作成した。この研究報告は、2022年5月6日、PNASに掲載された。この論文は「ヒト網膜色素上皮の単一細胞分解能マップが疾患感受性を異にする部分集団の発見に役立つ(Single Cell-Resolution Map of Human Retinal Pigment Epithelium Helps Discover Subpopulations with Differential Disease Sensitivity)」と題されている。 米国国立衛生研究所(NEI)のディレクターである マイケル・F・チェン医師は、「これらの結果は、異なる RPE 細胞の亜集団と網膜疾患に対する脆弱性を理解し、それらを治療するための標的治療法を開発するための初めての枠組みを提供するものだ」と述べている。 また「この研究結果は、特定の変性性眼疾患に対するより精密な細胞治療や遺伝子治療の開発に役立つだろう」と、この研究の主任研究者で、NEI 眼球・幹細胞トランスレーショナルリサーチセクションを率いるカピル・バルティ博士は述べている。 視覚は、目の奥の網膜に並ぶ杆体および錐体の光受容体に光が当たることで始まる。光受容体が活性化すると、他の網膜神経細胞の複雑なネットワークを介して信号が送られ、視神経に収束した後、脳のさまざまな中枢に送ら

長寿の秘訣のひとつは、簡単とまではいかないまでも、「食べる量を減らす」ことだ。カロリーを制限することで、より健康で長生きできることは、さまざまな動物を使った研究で明らかにされている。そして今、新たな研究により、この長寿効果には身体の1日のリズムが大きく関わっていることが示唆された。1日のうち最も活動的な時間帯にのみ食事をすることで、カロリーを抑えた食事をしたマウスの寿命が大幅に延びたと、ハワードヒューズ医学研究所のジョセフ・高橋博士(写真)らが2022年5月5日、Science誌で報告した。この論文は「カロリー制限の早期開始による概日リズムがC57BL/6J雄マウスの長寿を促進する(Circadian Alignment of Early Onset Caloric Restriction Promotes Longevity in Male C57BL/6J Mice)」と題されている。 彼のチームが数百匹のマウスを4年間かけて調査したところ、カロリー低減食だけで動物の寿命が10%延びた。しかし、マウスが最も活動的になる夜間のみ減量食を与えると、寿命が35%延びた。カロリーを抑えた食事と夜間の食事の組み合わせにより、マウスの寿命は通常2年であるが、さらに9カ月延長された。人間でいえば、昼間の食事に制限をかけるようなものである。テキサス大学サウスウェスタン医学センターの分子生物学者である高橋博士は、この研究は、特定の時間帯にだけ食事をすることを強調するダイエット計画に関する論争を解きほぐすのに役立つと言う。ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に掲載された他の研究者の最近の報告によれば、このようなダイエット法は人間の体重減少を速めないかもしれないが、健康上のメリットをもたらし、寿命を延ばす可能性があるとのことだ。高橋博士のチームの研究結果は、加齢における代謝の

CRISPRを用いた系統追跡により構築された肺癌細胞の系図から、癌が初期の段階からどのように進化し、侵攻性を持ち、全身に広がることができるようになるか詳細に明らかになった。癌細胞は、時間の経過とともに、治療に対する耐性、攻撃性、転移性(体内の別の場所に広がり、新たな腫瘍を形成する能力)を持つように進化する可能性がある。このような特徴を持つ癌は、進化すればするほど、より致命的なものになる。研究者らは、致命的な癌を予防し治療するために、癌がどのようにこれらの特徴を進化させるのかを理解したいと考えている。しかし、患者に癌が発見されるまでに、癌は通常何年も、あるいは何十年も存在しており、重要な進化の瞬間は観察されることなく過ぎ去っているのだ。 ホワイトヘッド研究所のメンバーであるジョナサン・ワイズマン博士と共同研究者は、癌細胞を世代を超えて追跡し、研究者がその進化の歴史を追うことを可能にするアプローチを開発した。この系統追跡法は、CRISPR技術を使って、各細胞に継承可能かつ進化可能なDNAバーコードを埋め込むものである。細胞が分裂するたびに、そのバーコードはわずかに修正される。やがて元の細胞の子孫を採取すると、研究者は細胞のバーコードを比較して、近縁種の進化系統図のように、個々の細胞の系図を再構築することができる。そして、細胞の関係から、その細胞がいつ、どのように重要な形質を進化させたかを復元することができるのだ。研究者らは、同様の手法でCovid-19の原因となるウイルスの進化を追跡し、懸念される変異型の起源を追跡している。 ワイズマン博士と共同研究者らは、以前にもこの系統追跡法を用いて、転移性癌がどのように全身に広がるかを研究している。今回の研究では、ワイズマン博士、マサチューセッツ工科大学(MIT)のダニエル・K・ルートヴィヒ奨学生兼デヴィッド・H・コッチ生物学教授のタ

パーキンソン病は、運動に関する症状、特に震えやこわばりでよく知られているかもしれない。しかし、この病気は発声を妨げることでも知られており、パーキンソン病患者の声は柔らかい単調なものになる。これらの症状は、発症のかなり早い時期、つまり運動関連の症状より数十年も前に現れることが研究により示唆されている。アリゾナ大学の神経科学者の新しい研究により、パーキンソン病とよく関連する特定の遺伝子が、声に関する問題の背後にある可能性が示唆された。この発見は、パーキンソン病患者の早期診断と治療につながる可能性がある。この研究は、理学部の神経科学および言語聴覚科学の助教授であるジュリー・E・ミラー博士の研究室で行われた。ミラー博士は、神経科学部門と神経科学大学院の学際的プログラムを兼任しており、アリゾナ大学BIO5研究所のメンバーでもある。この研究は、2022年5月4日(水)に科学雑誌PLOS ONEに掲載された。ミラー博士の研究室の元博士課程学生で、現在ジョンズ・ホプキンス大学の博士研究員であるセザール・A・メディナ氏が論文の主執筆者だ。また、アリゾナ大学の元学部生で、間もなく医学部-ツーソン校に入学予定のエディ・バルガス氏と、神経科学科の研究員であるステファニー・マンガー氏が研究に参加した。このオープンアクセスのPLOS One論文は「歌専用の前脳経路におけるαシヌクレインの過剰発現によるパーキンソン病モデルにおける発声変化(Vocal Changes in a Zebra Finch Model of Parkinson's Disease Characterized by Alpha-Synuclein Overexpression in the Song-Dedicated Anterior Forebrain Pathway)」と題されている。 ユニークで理想的なヒトの発声研究モ

臨床試験の失敗が科学的なブレークスルーにつながることは、そうそうあることではない。英国で癌免疫療法の試験中に患者に副作用が現れ始めたとき、ラホヤ免疫学研究所(LJI)癌免疫療法センターとリバプール大学の研究者は、データを遡り、患者のサンプルを使って何が問題だったかを調べた。この研究成果は、2022年5月4日にNature誌に掲載され、多くの免疫療法がなぜ危険な副作用を引き起こすのかについて重要な手がかりを与え、固形癌患者を治療するためのより良い戦略を指し示している。「この研究は、初期段階の臨床試験から学ぶことの重要性を示している」と、ラホヤ免疫学研究所(LJI)の非常勤教授であるクリスチャン・H・オッテンスマイヤー博士と教授であるパンジュランガン・ビジャヤナンド博士は語っている。 免疫療法の成功は限られている ビジャヤナンド博士とオッテンスマイヤー博士はともに科学者であり、オッテンスマイヤー博士は固形腫瘍患者を治療する腫瘍学者である。この10年間で、博士は免疫療法の進歩のおかげで、より多くの患者が成功するのを目の当たりにしてきた。「癌治療の世界では、免疫療法は治療に対する考え方に革命をもたらした。転移があっても免疫療法を行い、3年後には癌が治ったと伝えて別れることができるのだ。これは驚異的な変化だ。」とオッテンスマイヤー博士は言う。 残念ながら、免疫療法を受けた固形癌患者のうち、長期寛解に至るのは20~30%程度に過ぎない。免疫療法を行っても変化が見られない人もいるが、治療中に肺や腸、さらには皮膚に深刻な問題が発生する人もいる。これらの副作用は衰弱させ、命にかかわることさえあり、これらの患者は免疫療法を中止せざるを得なくなる。 臨床試験から得た重要な教訓 LJIとリバプール大学の研究者は、頭頸部癌患者を対象とした英国での最近の臨床試験で得られたサンプルを使って研究

皮膚生検は、医師が検査用に小さな組織の塊を削り取るため、患者には痛みを伴う傷が残り、治るまで何週間も掛かることもあり楽ではない。しかし、癌の早期治療が可能になるなら、その価値は大きい。しかし、近年、積極的な診断の取り組みにより、生検の回数は癌の発見数の約4倍に増加しており、現在では皮膚癌が発見されるたびに約30の良性病変が生検されている。スティーブンス工科大学の研究者らは、現在、不必要な生検の割合を半分に減らし、皮膚科医やその他の現場の医師が実験室レベルの癌診断に簡単にアクセスできるようにする、低価格の携帯型機器を開発している。 「我々は生検をなくそうとしているわけではない。しかし、我々は医師に追加のツールを与え、彼らがより良い判断を下すのに役立ちたいと考えている。この装置は、空港のセキュリティスキャナで使われているのと同じ技術であるミリ波イメージングを使って、患者の皮膚をスキャンする。」と、スティーブンス大学の生体電磁気研究所所長で准教授のネガー・タバソリアン博士は述べている。タバソリアン博士とそのチームは、この装置が癌であるかどうかを検出するために、すでに生検された皮膚で作業する必要があった。 健康な組織と癌組織ではミリ波帯の反射率が異なるため、皮膚から反射されるミリ波帯のコントラストを観察することで癌を発見することが理論的には可能である。研究チームは、このアプローチを臨床応用するために、複数の異なるアンテナから取得した信号を1つの超高帯域幅画像に融合するアルゴリズムを用い、ノイズを低減し、ごく小さなホクロやシミの高解像度画像も迅速に取得することに成功した。アミール・ミルベイク博士(2018年)が率いる研究チームは、この技術の卓上型バージョンを使用して、実際の臨床診察で71人の患者を診察し、その方法がわずか数秒で良性病変と悪性病変を正確に区別できることを発見した。タ

タコ、イカは、それらを研究する科学者にとっても、素晴らしく奇妙な生き物である。軟体動物または甲殻類として知られる頭足類は、無脊椎動物の中で最大の神経系を持ち、瞬時にカモフラージュするなどの複雑な行動をとり、器用な吸盤をちりばめた腕など、進化的にユニークな特徴を持っている。この珍しい動物がどのようにして誕生したのかを解明するため、頭足類のゲノムが調査された。その過程で、研究者らは頭足類のゲノムが、頭足類と同じくらい奇妙なものであることを発見した。マサチューセッツ州ウッズホールにある海洋生物学研究所(MBL)、ウィーン大学、シカゴ大学、沖縄科学技術大学院、カリフォルニア大学バークレー校の研究者らは、この研究成果をNature Communications誌に新たに発表した。 共同研究者のキャロライン・アルバーチン博士(MBLヒビットフェロー)は、「大きくて精巧な脳は、これまでにも何度か進化してきた。有名な例としては、脊椎動物があり、もう一つは、軟体動物である頭足類で、大規模で複雑な神経系がどのように組み合わされるかを示す別の例として役立っている。頭足類のゲノムを理解することで、神経系を構成するのに重要な遺伝子や、神経細胞の機能についての知見を得ることができる。」と語っている。2022年4月24日に発表されたNature Communications誌の論文では、2種のイカ(Doryteuthis pealeiiとEuprymna scolopes)およびタコ(Octopus bimaculoides)のゲノムを解析し比較した。このオープンアクセス論文は、「頭足類の進化を駆動するゲノムおよびトランスクリプトームメカニズム(Genome and Transcriptome Mechanisms Driving Cephalopod Evolution )」と題されている。これら3

100年の歴史を持つ結核のBCG(Bacille Calmette-Guérin)ワクチンは、世界で最も古く、最も広く使われているワクチンの一つで、毎年1億人の新生児の予防接種に使われている。結核が蔓延している国で接種されるこのワクチンは、驚くことに、結核とは無関係の複数の細菌やウイルスの感染から新生児や幼児を守ることが分かっている。COVID-19の重症度を下げることができるという証拠もあるほどだ。BCGワクチンの何が特別なのだろうか?どうしてそんなに広範囲に乳児を守ることができるのだろうか?それはまだほとんど分かっていない。 ボストン小児病院のプレシジョンワクチンプログラムの研究者は、その作用機序を理解するために、初期予防接種を研究する国際チームであるEPIC(The Expanded Program on Immunization Consortium)と協力し、強力な「ビッグデータ」アプローチを用いてBCGを接種した新生児の血液サンプルを収集、包括的にプロファイル化した。彼らの研究は、2022年5月3日にCell Reports誌オンライン版に掲載され、BCGワクチンが自然免疫系反応と相関する代謝物や脂質の特異的変化を誘発することを発見した。この研究結果は、新生児など免疫系が異なる脆弱な集団において、他のワクチンをより効果的にするための手がかりとなるものだ。このオープンアクセス論文は「バシル・カルメット・ゲラン・ワクチンは、生体内および生体外のヒト新生児の脂質代謝をプログラムする(Bacille Calmette-Guérin Vaccine Reprograms Human Neonatal Lipid Metabolism in Vivo and in Vitro)」と題されている。 スモールベイビー、ビッグデーター 筆頭著者であるボストン小児科のジョアン

カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)の科学者らは、ブドウ園にとって致命的な脅威であるグラッシーウィングシャープシューターを殺虫剤への抵抗力が強まる中、根絶することに成功した。この虫はブドウの木を食べ、ピアス病の原因となる細菌を媒介する。一度感染すると、3年以内にブドウの木が枯れる可能性が高く、580億ドル規模のカリフォルニアのワイン産業にとって大きな問題である。現在、この害虫は防疫と効果の低い薬剤散布によってのみ防除が可能だ。しかし、新しい遺伝子編集技術が、このシャープシューターの駆除に新たな希望をもたらした。UCRの科学者らは、この技術によってこの昆虫に永久的な物理的変化を与えることができることを実証した。また、これらの変化が3世代以上の昆虫に受け継がれることも示した。このチームの仕事を説明した論文は、2020年4月19日のScientific Reportsに掲載され「CRISPR/Cas9によるGlassy-Winged Sharpshooter Homalodisca vitripennis (Germar)の効率的なゲノム改変(Efficient CRISPR/Cas9-Mediated Genome Modification of the Glassy-Winged Sharpshooter Homalodisca vitripennis (Germar))」 と題されている。 UCRの昆虫学者で論文の共著者であるピーター・アトキンソン博士は、「我々のチームは、グラッシーウィングシャープシューターを制御するための遺伝的アプローチを初めて確立した」と述べている。このプロジェクトで研究者らは、CRISPR技術を使って、シャープシューターの目の色を制御する遺伝子をノックアウトした。ある実験では、この昆虫の目を白色にした。また、別の実験では、目が血のように赤い朱

スクリプス研究所の科学者らは、体内の薬物と標的との結合部位を、さまざまな組織にわたって、これまでよりも高い精度で画像化する方法を開発した。この新しい方法は、医薬品開発における日常的なツールになる可能性がある。CATCHと呼ばれるこの新しい方法は、薬物分子に蛍光タグを取り付け、化学的手法により蛍光シグナルを改善するものだ。2022年4月27日にCell誌に掲載されたこの論文は「哺乳類組織における細胞性薬物ターゲットの特定(In situ Identification of Cellular Drug Targets in Mammalian Tissue)」と題されている。 この研究者らは、この方法を複数の異なる実験薬で実証し、個々の細胞内のどこで薬物分子が標的にヒットしたかを明らかにした。「この方法によって、ある薬が他の薬よりも強力である理由や、ある薬に特定の副作用がある一方で別の薬にはない理由を、比較的簡単に知ることができるようになる」と、研究主任のリー・イェ博士(スクリプス研究所の神経科学助教授、化学・化学生物学におけるアバイド・ビヴィジョン講座)は語っている。この研究の筆頭著者であるパン・シェンユアン氏は、イェ研究室の大学院生である。また、この研究は、スクリプス研究所の化学生物学ギルラ講座のベン・クラバット博士の研究室との密接な共同研究でもある。「生物学者と化学者が日常的に共同研究を行っているスクリプス研究所のユニークな環境が、この技術の開発を可能にしたのだ」と、イェ博士は語る。 薬物分子が標的のどこに結合して治療効果を発揮するのか、あるいは副作用はないのかを把握することは、医薬品開発の基本である。しかし、従来、薬物と標的分子の相互作用の研究は、臓器全体の薬物濃度のバルク分析など、比較的不正確な方法を用いて行われてきた。CATCH法では、薬物分子に微小な化学的ハン

ある新しい研究により、科学者らは脳卒中研究でかつて人気を博したものの議論の的となっていたアイデアを再考することになった。脳卒中の後遺症として、過剰に興奮した神経細胞を落ち着かせることで、酸素不足で損傷している神経細胞を殺す可能性のある毒性分子が放出されるのを防ぐことができると、神経科学者らは考えていたのである。この考えは、細胞や動物を使った研究によって裏付けられていたが、多くの臨床試験で脳卒中患者の予後を改善できなかったため、2000年代前半には支持されなくなった。しかし、新たなアプローチにより、この考えはあまりにも早く捨て去られた可能性があることが明らかになった。この新しい知見は、2022年2月25日にBrain誌に掲載された。この論文は「多系統のGWASが虚血性脳卒中後の転帰と関連(Multi-Ancestry GWAS Reveals Excitotoxicity Associated with Outcome After Ischaemic Stroke)」と題されている。 ワシントン大学医学部(セントルイス)の研究者らは、脳卒中を経験した約6,000人の全ゲノムをスキャンし、脳卒中後の極めて重要な最初の24時間以内の回復に関連する2つの遺伝子を同定した。脳卒中の発症から24時間以内に起こる事象は、良きにつけ悪しきにつけ、脳卒中患者の長期的な回復への道筋をつけるものである。この2つの遺伝子は、いずれも神経細胞の興奮性の制御に関与していることが判明し、神経細胞の過剰な刺激が脳卒中の転帰に影響を及ぼすことを示す証拠となった。共同研究者のジン・モー・リー医学博士(Andrew B. and Gretchen P. Jones教授兼神経科長)は、「興奮毒性が脳卒中の回復に本当に重要なのか、という疑問はずっと残っている。興奮毒性のブロッカーを用いれば、マウスで脳卒中を治すこ

コペンハーゲン大学神経科学科の脳科学者ビルギッテ・コルヌム博士(写真)は、世界最大級の睡眠学会が開かれるローマに到着した際、至るところに、「日中の眠気を覚ましたい」とか「夜間の脳の働きを止めたい」などという製薬会社のブースや資料、キャンペーンばかりで非常に驚かされたという。その中で、最近、睡眠の研究で注目されているのが、脳細胞に存在するタンパク質「ヒポクレチン(Hypocretin)」である。というのも、ヒポクレチンは、寝つきが悪くなる不眠症や、日中の覚醒度が低下するナルコレプシーに関与していると考えられているからだ。不眠症の人は脳内のヒポクレチンが多すぎる可能性があり、ナルコレプシーの人は少なすぎる可能性がある。また、うつ病やADHD(注意欠陥多動性障害)などの精神疾患にも、ヒポクレチンが関与していると考えられている。脳内のヒポクレチン系については、すでに多くのことが知られている。2018年にカナダで導入されたばかりの、ヒポクレチンの作用に対抗する不眠症の新薬もある。しかし、コルヌム博士によると、問題は、ヒポクレチンが細胞内でどのように制御されているのかについて、ほとんど分かっていないことだという。そこで、コルヌム博士らはこの問題に光を当てるべく、新たな研究に着手し、2022年4月22日にPNASに論文が掲載された。この研究は、マウス、ゼブラフィッシュ、ヒトの細胞を用いた試験を組み合わせたもので、研究者らはコペンハーゲン大学細胞分子医学科の仲間たちと協力した。このオープンアクセス版のPNAS論文は「進化的に保存されたmiRNA-137は神経ペプチドであるヒポクレチン/オレキシンを標的として、覚醒/睡眠比を調節する(The Evolutionarily Conserved miRNA-137 Targets the Neuropeptide Hypocretin/Orexi

ペンシルバニア大学およびドイツ・ドレスデン工科大学の研究者らは、重度の歯周病などの疾患と関節炎との関連性が骨髄に辿り着くことを実証した。免疫系は記憶する。この記憶は、過去に細菌やウイルスなどの脅威と遭遇したときに呼び起こされたもので、多くの場合は財産となる。しかし、その記憶が慢性炎症のような体内の要因によって呼び起こされた場合、誤った免疫反応を永続させ、有害なものになる可能性がある。ペンシルベニア大学歯学部の研究者らは、ドレスデン工科大学の研究者を含む国際チームと共同で、自然免疫記憶が、ある種の炎症状態(この例では歯周病)を引き起こし、骨髄の免疫細胞前駆体に変化を与えることによって、別のタイプの炎症(ここでは関節炎)に対する感受性を高めるメカニズムを明らかにした。研究チームは、マウスモデルを用いて、骨髄移植を受けた患者が、そのドナーが炎症性歯周病であった場合、より重度の関節炎を発症する傾向があることを実証した。このCellに掲載された論文は「骨髄造血の不適応自然免疫トレーニングと炎症性合併症の関連(Maladaptive Innate Immune Training of Myelopoiesis Links Inflammatory Comorbidities)」と題されている。「歯周炎と関節炎をモデルにしているが、今回の発見は、これらの例を凌駕している。これは、実際、中心的なメカニズムであり、様々な併存疾患との関連性の根底にある統一原理だ。」と、ペンシルベニア大学歯学部教授で、この研究の責任著者であるジョージ・ハジセンガリス博士は述べている。研究者らは、このメカニズムが、骨髄ドナーの選別方法の再考を促すかもしれないと指摘している。なぜなら、基礎にある炎症性疾患によって引き起こされたある種の免疫記憶を持つドナーは、骨髄移植を受けた人を炎症性疾患の高いリスクにさらすかもしれ

運動で糖尿病がもたらすダメージに対抗する一つの方法は、糖尿病によって既存の血管が破壊されたときに新しい血管を成長させるという人間の自然なシステムを活性化させることであるという報告がなされた。 ジョージア医科大学(MCG)血管生物学センターの専門家は、「血管新生とは新しい血管を形成する能力であり、糖尿病は既存の血管を傷つけるだけでなく、病気や怪我に直面したときに新しい血管を育てるこの生来の能力を阻害する」と述べている。 内皮細胞は我々の血管を覆っており、その新しい血管の成長に不可欠だ。このたび、MCGの研究者らは、糖尿病の場合、45分間の適度な運動でも、より多くのエクソソームが、血管新生を開始させるタンパク質ATP7Aをこれらの細胞に直接多く供給できることを初めて明らかにした。研究グループは、2022年2月10日にThe FASEB Journalに掲載された論文でこのことを報告している。このオープンアクセス論文は「2型糖尿病において運動が循環系エクソソームの血管新生機能を改善する。エクソソームSOD3の役割(Exercise Improves Angiogenic Function of Circulating Exosomes in Type 2 Diabetes: Role of Exosomal SOD3)」と題されている。 特にパンデミック時には、我々が頼りにしている最も洗練された効率的な配送サービスとは異なり、エクソソームが運ぶものは、どこから来てどこへ向かうかによると、MCG血管生物学者で循環器内科医の深井透医師は言う。深井教授と共同研究者のMCG血管生物学者である深井(牛尾)真寿子博士は、これらの有用なエクソソームの起源についてまだ確信を持っていないが、それらが内皮細胞に届けられる場所の1つは明らかであると述べている。2型糖尿病モデル動物と健康な50歳代の被

韓国基礎科学研究所のゲノム工学センターの研究者らは、転写活性化因子様エフェクターリンクデアミナーゼ(TALED)と呼ばれる新しい遺伝子編集プラットフォームを開発した。TALEDは、ミトコンドリア内でAからGへの塩基変換を行うことができる塩基編集酵素である。この発見は、ヒトの遺伝子疾患を治療するための数十年にわたる旅の集大成であり、TALEDは遺伝子編集技術におけるパズルの最後のミッシングピースと考えることができる。 1968年の最初の制限酵素の同定、1985年のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の発明、そして2013年のCRISPRを用いたゲノム編集の実証と、バイオテクノロジーにおける画期的な発見のたびに、生命の設計図であるDNAを操る能力がさらに向上してきた。特に近年、「遺伝子のハサミ」と呼ばれるCRISPR-Casシステムの開発により、生きた細胞のゲノム編集を網羅的に行えるようになった。これにより、ゲノムから変異を編集することで、これまで治すことができなかった遺伝病の治療に新たな可能性が生まれた。しかし、細胞の核ゲノムでは遺伝子編集がほぼ成功しているのに対し、独自のゲノムを持つミトコンドリアの編集には失敗している。ミトコンドリアは、細胞の発電所と呼ばれる小さな細胞内小器官で、エネルギーを生み出す工場としての役割を担っている。エネルギー代謝に重要な小器官であるため、ミトコンドリアの遺伝子に変異が生じると、エネルギー代謝に関わる重大な遺伝病の原因となる。 ゲノム工学センターのキム・ジンス所長は、「ミトコンドリアDNAの欠陥によって生じる極めて厄介な遺伝病がある。例えば、突然両目が見えなくなるレーバー遺伝性視神経症(LHON)は、ミトコンドリアDNAの単純な一点変異が原因だ。」と述べている。もう一つのミトコンドリア遺伝子関連疾患は、乳酸アシドーシスと脳卒中様エピソードを伴うミ

脂質代謝は心血管系疾患や2型糖尿病の発症に重要な役割を担っている。しかし、その分子的な関係についてはほとんどわかっていない。ドイツ糖尿病研究センター(DZD)のファビアン・アイケルマン博士率いる研究チームは、最新の分析法であるリピドミクスを用いて、心血管疾患および2型糖尿病に対して統計的に関連する脂質を特定した。さらに、不飽和脂肪酸(FA)の比率を高めた食事により、リスク関連脂質が減少し、低リスクの脂質が増加することを明らかにした。この研究成果は、2022年4月15日付の『Circulation』に掲載された。このオープンアクセス論文は、「ヒト血漿中の深部リピドミクス-心代謝疾患リスクと食事脂肪調節の効果(Deep Lipidomics in Human Plasma-Cardiometabolic Disease Risk and Effect of Dietary Fat Modulation)」と題されている。 心血管疾患は、世界における死亡原因の第1位であり、年間約1800万人が亡くなっている。2型糖尿病の患者は、心臓発作や脳卒中にかかるリスクが2~3倍高くなると言われている。罹患者数は数十年にわたり着実に増加し続けている。ドイツではすでに800万人以上の人が2型糖尿病を患っている。科学的な予測によると、この数字は2040年までに約1,200万人にまで増加すると言われている。そのため、糖尿病の発症を予防あるいは軽減するために、疾患の発症を早期に示すバイオマーカーを特定することが強く望まれている。これまでの研究から、心血管疾患や2型糖尿病は脂質代謝と密接な関係があることが明らかになっている。これらの関係を分子レベルで解明するために、科学者らは数年前からリピドミクス分析を利用している。これは、血漿中の脂肪酸プロファイルを非常に詳細に把握することができる最新の分析手法で

40年程前から、製薬会社は遺伝子操作された細胞を小さな医薬品工場として使っている。このような細胞は、癌や関節炎などの自己免疫疾患の治療に使われる薬物を分泌するようにプログラムすることができる。標準的な実験室で単一の生きた細胞を素早く選別する新技術によって、新しい生物学的製剤の開発・製造に繋がるかもしれない。UCLAの研究チームは、「ナノバイアル」と呼ばれる微細なボール状のハイドロゲルコンテナーを用いて、細胞の種類や分泌する化合物、その量に基づいて細胞を選別する能力を最近実証した。この研究は、2022年3月24日、学術誌『ACS Nano』に掲載された。この論文は「超並列単一細胞機能解析およびソーティングのための浮遊性ハイドロゲル・ナノバイアル(Suspendable Hydrogel Nanovials for Massively Parallel Single-Cell Functional Analysis and Sorting)」と題されている。この技術は、生物学の基礎研究を進展させる可能性もある。 本研究の責任著者であり、UCLA サミュエリ工学部のアーモンド&エレナ・ハラペチアン工学・医学部教授 であるディノ・ディカルロ 博士は、「この技術により、タンパク質コード化遺伝子の大部分を占める重要な生物学的過程について、科学界は新しい洞察を見出すことができる。私は、単細胞を生物学の量子限界と考えている。ナノバイアルは、その基本的な限界である単一細胞へのペトリ皿の進化なのだ。」と語った。 UCLAのカリフォルニア・ナノシステム研究所とUCLAジョンソン総合癌センターのメンバーでもあるディカルロ博士は、ナノバイアルを使うことで、細胞分泌物を測定するための他の機器の限界を克服することができると語っている。より一般的な方法は、マイクロウェルプレートと呼ばれる小さなプラスチ

2022年4月1日、INOVIQ Limited(ASX:IIQ)は、世界初のエクソソームを用いた卵巣癌スクリーニング検査の開発に向けて、クイーンズランド大学との協力関係を拡大したことを発表した。この研究は、卵巣癌の正確なバイオマーカーの供給源としてエクソソームを利用するものだ。エクソソームは、細胞外小胞(EV)の一種で、すべての細胞から血液、尿、唾液などの生体液中に放出される小粒子(直径約30~150nm)だ。エクソソームは、DNA、RNA、タンパク質、脂質などさまざまな種類の生理活性分子を含んでおり、親細胞に関する重要な情報を伝えることから、バイオマーカーの同定、病気の診断や治療に利用されることが期待されている。イノベック社のEXO-NET技術は、血液中のエクソソームを効率的に捕捉し、癌、炎症、代謝、神経変性疾患など様々な疾患をより早く正確に発見するために、複数のバイオマーカーをアルゴリズムで組み合わせたマルチオミクス診断検査の開発を可能にするものだ。 背景-クイーンズランド大学の説得力ある初期データ 2021年7月28日、イノベック社は、クイーンズランド大学の研究者がエクソソームタンパク質とマイクロRNA(miRNA)バイオマーカーを特定・検証し、OCRF-7アルゴリズム1において組み合わせると、500サンプルのレトロスペクティブケースコントロール研究でステージ1および2の卵巣癌を90%以上の精度で検出できたことを発表した。さらに、クイーンズランド大学は、関連するエクソソームバイオマーカーの分離のために、クイーンズランド大学の自家製サイズ排除クロマトグラフィー法と比較して、イノヴィックの特許取得済みEXO-NETパンエクソソーム捕捉製品の初期評価を実施した。クイーンズランド大学の研究者は、EXO-NETはエクソソームバイオマーカーを簡単かつ迅速に、高い純度と収率で

「物理学を専攻した当初は、力学が癌の生理病理学においてこれほど重要な役割を果たし、医学に役立つ可能性があることを発見するとは想像もしていなかった」と、キュリー研究所の機械工学および発生・腫瘍遺伝学チーム(CNRS UMR168/ソルボンヌ大学)のインセル研究ディレクター・教授のエマニュエル・ファージ博士は説明する。彼は同僚とともに、マウスの大腸癌発生における機械的圧力の驚くべき役割を明らかにした。この発見は、ヒトのさまざまな種類の癌に対する新しい治療法の道を開くものだ。 幹細胞の数が2倍にファージ博士は、キュリー研究所のマリア・エレナ・フェルナンデス=サンチェス博士と彼女のチーム、およびソルボンヌ大学を含む他の研究機関の共同研究者とともに、大腸の自然収縮によるβカテニンという生化学経路の機械的活性化が、大腸内の幹細胞の生理量を維持するために必要であり、一方、腫瘍による永久増殖圧によってこの経路が過度に活性化すると、増殖する幹細胞が病的に倍増していることを突き止めた。さらに、癌幹細胞のマーカーが増加していることも発見された。これは、過度の増殖が、癌幹細胞に組織への侵入能力や治療への抵抗力を与えていることを示すものである。そこで研究チームは、関連する生物学的メカニズムの探求を続け、Retキナーゼと呼ばれるタンパク質がβカテニン経路の上流で役割を果たしていることを、マウスを用いて確認した。そして、キュリー研究所病院グループの診断・治療医学部門、Pathex実験病理プラットフォームのメディカルマネージャーであるディディエ・メセウ医学博士のチームは、この同じ生化学的経路がヒト結腸癌細胞で過剰活性化していること、この過剰発現は他の9つの悪性固形癌でも見られることを確認した。これらの観察結果は、多くの種類の癌、特に予後不良の卵巣、肺、膵臓の癌に対する標的治療法を生み出す可能性がある。こ

免疫療法は多くの癌患者を救うことに成功したが、それでも大多数の患者にはこれらの治療が効かないため継続的な研究が必要だ。2022年4月20日、スローンケタリング研究所(SKI)の研究者は、最近発見された新しい免疫細胞が免疫療法の良いターゲットになる可能性があり、反応する人としない人のギャップを狭めるのに役立つかもしれないという期待についてNature誌に報告した。この論文は「自己反応性自然免疫型T細胞を介した癌免疫のプログラム(Programme of Self-Reactive Innate-Like T Cell-Mediated Cancer Immunity)」と題されている。この新しく発見された細胞は、科学者達がキラー自然免疫様T細胞と呼んでいるが、多くの免疫療法の従来の標的である細胞障害性(別名「キラー」)T細胞とは、注目すべき点で異なっている。1つは、細胞傷害性T細胞のように長時間の活動で疲弊することがないことである。そして、癌が潜んでいる組織により深く入り込むことができる。これらのユニークな性質が、免疫療法のターゲットとして魅力的なのだ。「このキラーT細胞は、癌治療の標的として、あるいは遺伝子操作によって利用できると考えている。従来のT細胞よりも固形癌に到達して死滅させる能力が高いかもしれない。」と、SKIの免疫学者で今回の研究の主執筆者であるミン・リー博士(写真)は述べている。 細胞を特徴づけるものを突き止めるリー博士のチームは、2016年にこの珍しい細胞集団の存在を初めて報告した。そのとき、この細胞が癌細胞を殺す力を持っていることは彼のチームにとって明らかだったが、この細胞がどこから来たのか、どのように働くのかについてはほとんど分かっていなかった。この新しい研究のために、リー博士と同僚らは、単一細胞解析やCRISPRゲノム編集などのさまざまな技術を駆使し

ワイルコーネルメディスンの研究者らは、脳に常駐する免疫細胞の重要なシグナル伝達経路を阻害することで、脳の炎症を鎮め、それによりアルツハイマー病やその他の神経変性疾患における病気の進行を遅らせることができる可能性を示唆した。この研究結果は、神経変性疾患に対する新たな治療戦略の可能性を示している。神経変性疾患は、高齢者に比較的よく見られる疾患で、今のところ、有効な疾患修飾治療法がない。 脳の炎症、特にミクログリアと呼ばれる脳内の免疫細胞の活性化を介した炎症は、神経変性疾患の共通の特徴として長い間指摘されてきた。また、タウと呼ばれる神経細胞タンパク質の異常な糸状の凝集体『タングル』が広がることも、これらの疾患の特徴としてよく知られている。研究チームは、このタウの絡まりが、NF-κB経路と呼ばれる多機能シグナル伝達経路を介して、ミクログリアの炎症活性化の引き金となることを明らかにした。タウに基づくアルツハイマー病モデルマウスでミクログリアのNF-κBシグナルを阻害すると、免疫細胞が炎症状態から大きく脱却し、動物の学習・記憶障害が回復した。 2022年4月12日にNature Communicationsに掲載されたこのオープンアクセス論文は、「ミクログリアNF-κBは、タウ障害マウスモデルにおいてタウの拡散と毒性を促進する(Microglial NF-κB Drives Tau Spreading and Toxicity in a Mouse Model of Tauopathy)」と題されている。 「今回の研究結果は、NF-κBの過剰な働きを抑制することが、アルツハイマー病やその他のタウ変性疾患における優れた治療戦略となる可能性を示唆している」と、ワイルコーネル医学大学ファイルファミリー脳・精神研究所で、ヘレン&ロバートアペルアルツハイマー病研究所所長、バートンP&ジュディ

ヒトの染色体では、DNAがタンパク質で覆われ、非常に長いビーズのようなひも状になっている。この「ひも」は、細胞が遺伝子発現を制御したり、DNAの修復を促進したりするなどの機能を持ち、多数のループに折り重なっていることが知られている。MITの新しい研究によると、これらのループはこれまで考えられていたよりも非常に動的であり、寿命も短いことが示唆された。今回の研究では、研究チームは生きた細胞内のゲノムの動きを約2時間にわたって観察することができた。その結果、ゲノムが完全にループしている時間は全体の3〜6%に過ぎず、ループは10〜30分程度しか持続しないことが判明した。2022年4月14日にサイエンス誌に掲載されたこの論文は「CTCFとコヒーシンを介したクロマチンループのダイナミクス、ライブセルイメージングによって明らかに(Dynamics of CTCF- and Cohesin-Mediated Chromatin Looping Revealed by Live-Cell Imaging)」と題されている。この結果は、ループが遺伝子発現に及ぼす影響に関する科学者の理解を修正する必要があることを示唆していると、この研究者らは述べている。「この分野の多くのモデルは、静的なループがこれらのプロセスを制御しているという図式だった。今回の論文は、この図式が実は正しくないことを示している。これらのドメインの機能状態は、もっとダイナミックであることを示唆している。」と、MIT生物工学部の助教授であるアンデルス・セイル・ハンセン博士は語っている。ハンセン博士は、MITの医用工学・科学研究所と物理学科の教授であるレオニード・ミルニー博士と、ドイツ・ドレスデンのマックスプランク分子細胞生物学・遺伝学研究所とドレスデン・システム生物学センターのグループリーダーであるクリストフ・ゼヒナー博士と共に、

個々の腫瘍に合わせた癌治療が行われるようになるにつれ、放射線腫瘍学における予測バイオマーカーの探索が続けられている。放射線治療への反応に影響を与える複数の要素を調べる包括的なアプローチが必要である、とウェイル・メディカル大学のシルビア・C・フォルメンティ医学博士は述べている。標的を定めたアプローチには、腫瘍の微小環境、宿主のマイクロバイオーム、腫瘍の病期、放射線照射の時期、宿主の遺伝的特徴などを調べることが含まれる。フォルメンティ博士は、4月11日(月)のAACR年次総会シンポジウムで議長を務め、これらの分野のいくつかについて現在の研究を紹介する3つのプレゼンテーションを行った。このセッション、Predictive Biomarkers for Precision Radiation Oncologyなどは、2022年7月13日まで、登録済みの会議参加者がバーチャルプラットフォームで閲覧することが可能だ。登録はこちらから行うことができる。19,000人以上の科学者や医師がこの最高峰の癌会議に登録し、約80%(約15,200人)が直接参加し、約20%(約3,800人)がバーチャル参加した。AACRの会員数は全世界で50,000人を超えている。米国癌研究協会(AACR)年次総会は、4月8日から13日までニューオーリンズで開催された。 腫瘍の微小環境 - アナ・ウィルキンス博士 英国王立マースデン病院癌研究所のアナ・ウィルキンス博士は、非癌細胞を含む腫瘍微小環境の様々な特徴が、放射線治療後の腫瘍の生存をどのように助けるかについて議論し、セッションを始めた。ウィルキンス博士は、治癒目的の放射線治療を受けた前立腺癌患者の免疫組織化学マーカーを用いてタンパク質群を評価した以前の研究について述べた。その結果、PTENの欠損と増殖マーカーの両方が放射線治療後の再発を予測することが示され

ヒトの心臓細胞から分泌されるエクソソーム(画像)が、損傷した組織を修復し、致死的な心拍障害を防ぐ可能性があることが、シーダーズ・サイナイ大学スミット心臓研究所の研究者らによる新しい研究で明らかになった。この研究は、心臓突然死の最大の原因である心室性不整脈と呼ばれる心臓のリズム障害を治療する新しい方法につながる可能性がある。2022年3月9日にEuropean Heart Journalに掲載されたこの論文は「慢性虚血性心筋症豚モデルにおける生体基質修飾による心室性不整脈抑制(Biological Substrate Modification Suppresses Ventricular Arrhythmias in a Porcine Model of Chronic Ischaemic Cardiomyopathy)」と題されている。専門家は、添付の論説で、この研究を「この分野全体を根底から覆す準備が整った」と評している。 傷ついた心臓を修復する 心臓発作で組織が損傷すると、心室性不整脈が発生し、心臓の下部の部屋で混沌とした電気的パターンを引き起こす。心臓の拍動が速くなり、血液循環を維持できなくなると、血流が不足し、治療しなければ死に至る。心臓発作によって引き起こされる心室性不整脈に対する現在の治療法は、理想的とは言い難いものだ。副作用の大きい薬物療法、体内ショックを与える埋め込み型装置、心臓の一部を意図的に破壊して乱れた電気信号を遮断する高周波アブレーションと呼ばれる処置などがある。残念ながら、いずれも再発率は高い。 「アブレーションは、すでに弱っている心臓の心筋を破壊しているので、直感に反するアプローチだ」と、シーダーズ-シナイのスミート心臓研究所、および研究の上級著者の心遺伝学 – 家族性不整脈プログラムのディレクターであるエウジェニオ・チンゴラーニ医師は述べ

4月8日から13日までニューオーリンズで開催されたAACR年次総会2022で発表された第I/II相臨床試験の結果によると、CD30+リンパ腫の再発または難治性の患者において、CD30/CD16Aバイスペシフィック抗体と複合化した臍帯血由来NK細胞が89%の全奏功率を引き出したという。発表したテキサス大学MDアンダーソンがんセンター幹細胞移植・細胞治療科の医学部教授であるヤゴ・ニエト医学博士は、「抵抗性リンパ腫の患者の中には、登録時に非常に悪い状態だった方もいたが、腫瘍反応の質には好意的な驚きを覚えた」と述べています。CD30は、多くのホジキンリンパ腫および一部の非ホジキンリンパ腫の特定の細胞に発現する受容体で、その活性化によってがん細胞の増殖が促進される。再発CD30+リンパ腫に対する現在の標準治療は、CD30を発現する細胞に毒性のある細胞骨格不安定化剤を投与する抗体薬物複合体であるブレンツキシマブ・ベドチン(アドセトリス)である。しかし、すべての腫瘍が反応するわけではない。 「再発したCD30+リンパ腫は、多くの場合、ブレンツキシマブ・ベドチンや、ホジキンリンパ腫の場合はチェックポイント阻害剤で治療が成功する」「しかし、これらの治療が失敗した場合、これらの患者の腫瘍は殺傷能力が極めて高くなり、患者には有効な治療選択肢がほとんど残されていない」とニエト博士は述べている。 そこで、ニエト博士らは、リンパ腫細胞のCD30とナチュラルキラー細胞のCD16Aに結合するバイスペシフィック抗体を利用した。この抗体、自然免疫細胞エンゲージャーAFM13は、2つの細胞タイプの間で橋渡しの役割を果たし、ナチュラルキラー細胞がより効果的にがんと闘えるようにするものだ。AFM13を用いた先行研究では、ホジキンリンパ腫、T細胞リンパ腫、末梢性T細胞リンパ腫の患者を対象とした臨床試験で予備的な有

2022年4月8日、カリフォルニア大学サンディエゴ校ヘルス、サンフォード再生医療コンソーシアムの研究者とスペースタンゴのパートナーが、NASAから3年間で約500万ドル(約6.3億円)を獲得したことで、国際宇宙ステーション(ISS)内に新しい統合宇宙幹細胞軌道研究室を開発し、その中で3つの共同研究プロジェクトが開始されることが発表された。幹細胞は自己複製を行い、より多くの幹細胞を生成し、血液、脳、肝臓などの組織特異的な細胞に特化するため、地球資源から遠く離れた場所での生物学的研究には最適な細胞だ。この新しい取り組みの目的は、微小重力における幹細胞のこのようなユニークな性質を利用して、宇宙飛行が人体にどのような影響を与えるかをより深く理解することにある。この研究は、電離放射線や炎症性因子にさらされる機会が増える中で、老化、変性疾患、癌、その他の疾患がどのように発生するかについても情報を提供するものだ。これらの研究から得られた知見は、地球上のさまざまな変性疾患に対する新しい治療法の開発を加速させる可能性がある。この賞の共同研究者であり、癌研究のコーマン・ファミリー大統領冠講座の教授、ムーア癌センター副所長、サンフォード幹細胞臨床センター所長、UCサンディエゴ・ヘルスのCIRMアルファ幹細胞クリニック所長であるキャトリオナ・ジェイミーソン医学博士は、「我々は、ISSにこれらの機能を確立することにより、商用幹細胞企業の次の繁栄のエコシステムとバイオテクノロジーの次の中心が、地上400キロメートルにつくれると想定している」と述べている。   写真(上):2007年、スペースシャトル「ディスカバリー号」から見た国際宇宙ステーション(ISS) (Credit: NASA)  (写真)共同研究者のキャトリオナ・ジェイミーソン医学博士      このプロジェクトのISSへの初飛行

感染症は、ヒトゲノムを書き換える力を持っている。この100年で最も深刻な問題のひとつは、COVID-19の原因物質であるSARS-CoV-2によるものだ。病気に対する宿主の反応は、個体によって異なる宿主の遺伝的特性によって支配されている部分がある。ある遺伝子型は、他の遺伝子型よりも軽症になる可能性がある。病気の結果の違いは、感染症に対する感受性、自然免疫反応とその初期段階での感染を制御する能力、適応免疫反応とその後期段階での病気を制御する能力、そして病気が引き起こすかもしれない最も深刻な被害のいくつかを占める炎症反応における変動から生じる可能性がある。さらに、個体によって薬物療法によく反応する人とそうでない人がいる一方、ワクチン接種によく反応する人とそうでない人がいる。これらの特性や分子的な相互作用、それらを制御する基礎となる遺伝子はすべて、自然淘汰と進化の対象である。しかし、感染や治療結果の違いは、ワクチンを含む医薬品の入手可能性の違いや、社会経済的な理由に起因する感染リスクを回避するための隔離能力などのライフスタイルの選択によって生じることもある。これらの違いは遺伝学に基づくものではなく、進化的変化や病原体への適応をもたらすものでもない。 人類の進化に非常に強い影響を与えた病気のひとつに、マラリアがある。マラリアは、マラリア原虫をはじめとする様々な種類の寄生虫属によって引き起こされる。マラリアに対する適応のひとつに、赤血球が鎌状になる変異型ヘモグロビン蛋白質をコードする鎌状赤血球対立遺伝子(Hb-S)のヘテロ接合性がある(ホモ接合状態の場合)ことが知られている。ヘテロ接合体の個体はマラリアに感染しにくいが、その代償として、世代を経るごとに鎌状赤血球のホモ接合体が出現し、重度の貧血を呈するようになるのである。 このようなヘテロ接合体の選択的優位性をヘテロ接合体優位性(h

エチオピア高原の高山草原には、胸が真っ赤なことから「ブリーディング・ハート」と呼ばれるゲラダヒヒという霊長類が生息している。ゲラダヒヒは、絶滅した親類よりも長生きして、変わった生活様式を身につけた最後の一種である。森林やサバンナに生息するサルとは異なり、高地で草を食べながら生活している。一般的にゲラダヒヒは登山に長けており、群れを成して朝には崖にしがみつき、一日中座って草を食べるのに最適なクッションのようなお尻で休んでいる。ヒヒの仲間とは異なり、海抜1800〜4300メートルの高原の薄い空気の中で繁栄するために、彼らがユニークに適応しているのは何だろうか?そして、これらの特徴がヒトにも適応できる可能性はあるのだろうか?2022年3月24日、Nature Ecology and Evolution誌のオンライン版に掲載されたこの研究は、30 以上の機関による大規模な国際的取り組みと、アフリカ野生生物基金、エチオピア野生生物保護局(EWCA)、全米科学財団、全米衛生研究所、サンディエゴ動物園、ワシントン大学ロイヤリティ研究基金、ドイツ研究財団の寛大な許可と支援によって実現した。この論文は「ゲラダにおける高地順応と染色体多型に関するゲノム上のシグネチャー(Genomic Signatures of High-Altitude Adaptation and Chromosomal Polymorphism in Geladas)」と題されている。 「高地での生活は非常に困難だ。空気はより冷たく、酸素の含有量も少なくなっている。我々のチームは、このような極限環境で生活するゲラダを10年以上研究してきたので、高所で長期間にわたって生活することがいかに困難であるかということを、直接的に理解している。しかし、ゲラダヒヒはもっと長い間生存しており、その厳しい環境に適応するために、一体どのよ

ペンシルバニア大学の研究者らは、先天性夜盲症の犬に薄明かりの視力を回復させる遺伝子治療を開発し、人における同様の症状に対する治療に希望をもたらした。先天性定常性夜盲症(CSNB)の人は、薄暗い場所で物を見分けることができない。この障害は、特に人工照明がない場所や夜間の運転時に課題となる。2015年、ペンシルベニア大学獣医学部の研究者らは、犬が人の症状と強い類似性を持つ遺伝性夜盲症を発症する可能性があることを知った。2019年、研究チームは原因となる遺伝子を特定。2022年3月22日、ペンシルベニア大学のチームと同僚らは、CSNBを持って生まれた犬に夜間視力を戻す遺伝子療法という大きな前進を雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』で報告した。これは、網膜の奥にある「ON双極細胞」と呼ばれる細胞群を標的としたアプローチで、この疾患やON双極細胞の機能が関与する他の視覚障害に対する犬や人の治療法開発の目標に向けた重要な一歩となる。このオープンアクセス論文は「AAV遺伝子療法によるON双極細胞の標的化( Targeting ON-Bipolar Cells by AAV Gene Therapy Stably Reverses LRIT3-Congenital Stationary Night Blindness )」と題されている。 遺伝子治療を受けたCSNBの犬は、網膜に健康なLRIT3タンパク質が発現するようになり、薄暗い場所でも迷路を上手に進むことができるようになったのだ。また、この治療法は持続性があり、治療効果は1年以上続くとされている。「このパイロット試験の結果は非常に有望だ。先天性静止型夜盲症の人や犬では、生涯を通じて病気の重症度が一定で変化しない。これらの犬を1歳から3歳の成犬を治療することができた。つ

シドニーのガーバン医学研究所の研究者とオーストラリア、英国、イスラエルの共同研究者が開発した新しいDNA検査は、既存の検査よりも迅速かつ正確に、診断が困難なさまざまな神経・神経筋遺伝病を特定できることが示された。ガーバン研究所のゲノミクス技術部長であり、本研究の上席著者であるアイラ・デベソン博士は、「ハンチントン病、脆弱X症候群、遺伝性小脳失調症、筋緊張性ジストロフィー、ミオクロニーてんかん、運動ニューロン疾患など、すでに知られていた疾患を持つすべての患者を正しく診断した」と述べている。この検査で対象となる疾患は、ヒト遺伝子の中にある異常に長い反復DNA配列によって引き起こされる50以上の疾患に属し、「ショートタンデムリピート(STR)伸長障害」として知られている。「これらの疾患は、患者が示す複雑な症状、これらの反復配列の困難な性質、および既存の遺伝子検査法の限界のために、しばしば診断が困難だ」とデベソン博士は述べている。2022年3月4日にScience Advances誌にオンライン掲載されたこのオープンアクセス論文は「プログラム可能なターゲット型ナノポアシーケンスによるタンデムリピート伸長型障害の包括的な遺伝学的診断(Comprehensive Genetic Diagnosis of Tandem Repeat Expansion Disorders with Programmable Targeted Nanopore Sequencing)」と題されており、この検査が正確であることを示し、世界中でこの病理学検査を利用できるようにするための検証に取り掛かることについて述べられている。この研究に参加した患者の一人であるジョンは、スキーのレッスン中にバランスをとるのに異変を感じ、初めて異変に気が付いた。「アクティブで動きやすい状態から、支えがないと歩けない状態まで、数

アルツハイマー病に罹患した脳を細胞の奥深くまで観察すると、怪しげなタンパク質の塊が見つかるだろう。1980年代に神経科学者がこのタンパク質のもつれを同定し始めて以来、他の脳疾患にも独自のタンパク質のもつれの特徴があることが分かってきた。コロンビア大学ズッカーマン研究所の主任研究員であるアンソニー・フィッツパトリック博士は、「これらの疾患には、それぞれ固有のタンパク質のもつれ、すなわちフィブリルがある。病気に関連するこれらのタンパク質は、独自の形状と挙動を持っている」と述べている。フィッツパトリック博士は、コロンビア大学アービング・メディカルセンターの生化学と分子生物物理学の助教授でもあり、コロンビア大学のアルツハイマー病と加齢脳に関するタウブ研究所のメンバーでもある。このフィッツパトリック博士と22人の国際共同研究者による研究は、2022年3月4日付のCell誌にオンライン掲載され、病気の脳に新しい線維が存在することを明らかにした。このオープンアクセス論文は、「多様な神経変性疾患におけるTMEM106Bのホモ型線維化( Homotypic Fibrillization of TMEM106B Across Diverse Neurodegenerative Diseases )」と題されている。 この論文の共同筆頭著者であるフィッツパトリック研究室の学部生アンドリュー・チャン氏は、「我々は、神経変性疾患の管理に何らかの影響を与えることが期待できる、驚くべき刺激的な結果を得た」と語っている。薬物研究者らは、長い間、新薬のターゲットとしてこのタンパク質を追求してきたが、これまでのところ、ほとんど期待はずれの結果しか得られていない。フィブリル関連疾患は、一般的なものと稀なものを合わせて、世界中で何百万人もの人々に影響を与えている。人口の増加や寿命の延長に伴い、その発生率は増加す

スーパーバグであるクロストリジウム・ディフィシル菌(C. Difficile)の保護鎧の壮大な構造が初めて明らかにされ、鎖帷子のように緊密かつ柔軟な外層が示された。この構造は、分子の侵入を防ぎ、将来の治療法の新しいターゲットになると、この構造を解明した科学者らは述べている。ニューカッスル大学、シェフィールド大学、グラスゴー大学の科学者とインペリアルカレッジ、ダイヤモンド光源研究所の研究者らが、鎖帷子のリンクを形成する主要タンパク質SlpAの構造と、それらがどのように配置されてパターンを形成し、この柔軟な鎧を作り出しているかを概説している。これにより、クロストリジウム・ディフィシル菌に特異的な薬剤を設計して、保護層を破り、分子が侵入して細胞を死滅させるための穴を開けられる可能性が出てきた。2022年2月25日のNature Communicationsに掲載されたこのオープンアクセス論文は「クロストリジウム・ディフィシル菌のS層の構造と組み立て(Structure and Assembly of the S-Layer in C. Difficile)」と題されている。 保護鎧 下痢を引き起こすスーパーバグであるクロストリジウム・ディフィシル菌が抗生物質から身を守るために持っている手段の1つが、細菌全体の細胞を覆う特別な層、すなわち表面層またはS層だ。この柔軟な鎧は、細菌と戦うために我々の免疫系が放出する薬物や分子の侵入を防いでいる。この研究チームは、X線結晶構造解析と電子線結晶構造解析を組み合わせて、そのタンパク質の構造と配置を決定した。 ニューカッスル大学でこの研究を主導した高分子結晶学上級講師のポーラ・サルガド博士は、次のように語っている。「私は10年以上前にこの構造の研究を始め、それは長く厳しい道のりだったが、本当にエキサイティングな結果を得ることができた。驚く

自然免疫系は、宿主と微生物の相互作用を制御し、特に粘膜に侵入した病原体に対する防御に重要な役割を担っている。今回、パスツール研究所とInserm (フランス国立衛生医学研究所)の研究者らは、腸管感染モデルを用いて、自然免疫系エフェクター細胞-グループ3自然免疫系リンパ球が感染の初期段階で作用するだけでなく、再感染時に宿主を保護する自然免疫記憶を発達させるよう訓練できることを明らかにした。この研究は、2022年2月24日のScience誌に掲載された。この論文は「訓練されたILC3応答が腸管防御を促進する(Trained ILC3 responses promote intestinal defense)」と題されている。 腸の病気や消化管出血の原因となる大腸菌感染症対策は、公衆衛生上の大きな課題だ。飲料水や食品中に存在するこれらの細菌は、急性腸炎に伴う持続的な下痢を引き起こすことがある。その結果、腸管病原性大腸菌および腸管出血性大腸菌は、世界の小児死亡原因の約9%を占めている。 腸粘膜は、正常な身体機能に不可欠な常在細菌叢に対する耐性を維持しながら、病原体の感染に対抗するための複雑な防御システムを保有している。この常時監視を行うのが自然免疫系であり、感染後数時間のうちに初期防御を行う。次に、適応免疫系は、BおよびTリンパ球の表面に発現する特異的受容体を活性化することにより、遭遇した病原体に対する記憶を形成し、それによって防御抗体および炎症性サイトカインの産生を可能にする。長期的な耐性と防御における適応免疫系の機能が明確に確立されているのとは異なり、免疫記憶における自然免疫系の役割はいまだ解明されていない。 2008年にInsermの科学者ジェームズ・ディ・サント博士率いるチーム(パスツール研究所/Insermの自然免疫ユニット)は、適応型Tリンパ球やBリンパ球とは異な

オックスフォード大学ビッグデータ研究所の研究者らは、人類間の遺伝的関係の全体像、すなわちすべての人の祖先をたどる単一の系図をマッピングするための大きな一歩を踏み出した。この研究は、2022年2月24日付の『Science』誌に掲載された。この論文は「 現代と古代のゲノムの統一的な系図(A Unified Genealogy of Modern and Ancient Genomes)」と題されている。 この論文の要点は以下の通りだ: • 人類の遺伝的多様性を示す新しい系図ネットワークにより、世界中の個人がどのように関連しているかが、これまでにないほど詳細に明らかになった。 • この研究により、共通の祖先がおおよそいつ、どこに住んでいたかが予測される。 • 分析により、アフリカからの移住など、人類の進化史における重要な出来事を復元することができる。 • この方法は、病気のリスクを予測する遺伝子の特定など、医学研究にも広く応用できる可能性がある。 以下は、その内容を記したニュースリリースである: 過去20年間、ヒトの遺伝子研究は驚異的な発展を遂げ、何千人もの先史時代の人々を含む何十万人もの人々のゲノムデータが作成されてきた。これにより、人類の遺伝的多様性の起源をたどり、世界中の人々が互いにどのような関係にあるのかを示す完全な地図を作成できる可能性が出てきたのだ。これまで、このビジョンを実現するための主な課題は、多くの異なるデータベースからゲノム配列を組み合わせる方法を開発することと、このサイズのデータを処理するアルゴリズムを開発することであった。しかし、オックスフォード大学ビッグデータ研究所の研究者が発表した新しい手法は、複数のソースからのデータを容易に結合し、数百万のゲノム配列に対応できる規模に拡張することができる。 ビッグデータ研究所の進化遺伝学者で、主執筆者の一

ノースカロライナ大学(UNC)チャペルヒル校の科学者らは、ヒトの消化管から採取した個々の単一細胞で発現する遺伝子の配列を決定し、新しい細胞型の特徴を発見するとともに、栄養吸収や免疫防御などの重要な細胞機能についての知見を得た。緊張すると腸はそれを感じるかもしれない。唐辛子を食べると腸が反乱を起こすかもしれないが、ある人は何を食べても美味しく感じる。ある人はイブプロフェンを飲んでも何も影響がないが、ある人は腹から出血し、痛みの緩和ができないかもしれない。それはなぜだろうか?その答えは、我々は皆違うからだ。では、具体的にどのように違うのか、そしてその違いは健康や病気に対してどのような意味を持つのか。これらに答えるのは難しいのだが、UNC医科大学のスコット・マグネス博士の研究室では、興味深い科学的な答えを発見した。 マグネス研究員は、3人の臓器提供者から採取したヒトの消化管全体を用いて、腸のすべての領域で細胞の種類がどのように異なるか、細胞の機能を明らかにし、これらの細胞間および個人間の遺伝子発現の違いを初めて明らかにしたのである。2022年2月14日にCellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology誌にオンライン掲載されたこの研究は、腸の健康の様々な側面を、これまで以上に高解像度でより正確に探求するための扉を開くものだ。この論文は「健康な成人小腸と結腸上皮の近位から遠位までの調査(A Proximal-to-Distal Survey of Healthy Adult Human Small Intestine and Colon Epithelium by Single-Cell Transcriptomics)」と題されている。 「我々の研究室では、栄養吸収、寄生虫からの保護、食行動や腸の運動を制御する粘液やホ

脂肪組織は、人間の健康にとって重要な役割を担っている。しかし、脂肪組織は加齢とともにその機能を失い、2型糖尿病、肥満、癌、その他の病気の原因となる可能性がある。コペンハーゲン大学の研究によると、デンマーク人男性の加齢、運動、脂肪組織機能の関係を調べたところ、生涯にわたって高いレベルの運動をすることで、この劣化に対抗できるようだ。あなたの脂肪はどの程度機能しているのだろうか?あまり聞かれることのない質問だ。しかし、近年の研究によると、脂肪組織(adipose tissue)の機能は、我々の体が年齢とともに衰えていく理由の中心であり、肥満がしばしば発症し、脂肪細胞が年齢とともに機能変化を起こすため、糖尿病2や癌などの人間の病気と強く結びついていることが示唆されている。よって、健康全般は、単に脂肪の量に影響されるのではなく、脂肪組織がいかにうまく機能しているかが重要なのだ。コペンハーゲン大学の新しい研究は、我々の脂肪組織が年齢とともに重要な機能を失うにもかかわらず、大量の運動がより良い方向に大きな影響を与えることを実証している。 「全身の健康は、脂肪組織の機能の良し悪しと密接に関係している。かつて、我々は脂肪をエネルギー貯蔵所とみなしていた。しかし、脂肪は他の器官と相互作用し、代謝機能を最適化することができる器官なのだ。特に、脂肪組織は、空腹を感じたときに筋肉や脳の代謝に影響を与える物質を放出するなど、さまざまな働きをしている。だから、脂肪組織が本来の働きをすることが重要なのだ」と、コペンハーゲン大学生物学部のアンデルス・グディクセン助教授(博士)は説明している。 加齢とともに悪化する脂肪細胞の機能グディクセン博士のグループは、脂肪組織の機能維持に年齢と身体トレーニングがどのように関わっているかを調べた。特に、脂肪細胞の中にある小さな発電所であるミトコンドリアについて研究した

冠動脈疾患を引き起こし、心臓発作を誘発する最も重要な遺伝子が、新たな大規模研究で特定された。ビクター・チャン心臓研究所、ニューヨーク州マウントサイナイ市のアイカーン医科大学、および欧州と米国の他の拠点のチームによるこの研究は、2022年2月1日にCirculation: Genomic and Precision Medicine誌で発表された。このオープンアクセス論文は「冠動脈疾患の原因遺伝子の統合的優先順位付け(Integrative Prioritization of Causal Genes for Coronary Artery Disease)」と題されている。 この成果は、冠動脈性心疾患のリスクを有する人々に対する標的治療という、全く新しい分野への道を開くものだ。ビクター・チャン心臓研究所のエグゼクティブ・ディレクターであるジェイソン・コバチッチ教授(医学博士)は、この論文の主執筆者として、この研究は3つの大きなブレークスルーを達成し、そのすべてが心臓病との闘いにおいて重要である、と語っている。「まず、冠動脈性心疾患を引き起こす可能性のある遺伝子をより正確に特定することができた。」「第二に、これらの遺伝子の主な影響が体のどこにあるのかを正確に特定したことだ。心臓の動脈自体が直接閉塞を引き起こすのかもしれないし、肝臓でコレステロール値を上昇させるのかもしれないし、血液中で炎症を変化させるのかもしれない」「3つ目の大きな成果は、冠動脈疾患の原因となる遺伝子(合計162個)を、優先順位の高いものから並べたことだ。」「このリストの上位にある遺伝子の中には、これまで心臓発作との関連で研究されたことのないものもある。これらの新しい重要な遺伝子を見つけることは、本当にエキサイティングなことだが、同時に本当のチャレンジでもある。なぜなら、そのうちのいくつが冠動脈疾患を引き起

エボラウイルス感染の非ヒト霊長類モデルを用いた研究で、エボラウイルスは体の特定の場所に留まり、モノクローナル抗体で治療した後でも、再び出現して致命的な病気を引き起こすことがあることが説明された。Science Translational Medicine誌の2022年2月9日号(画像)に掲載されたこの論文は「抗体治療を受けた非ヒト霊長類の脳におけるエボラウイルスの持続性と疾患の再発(Ebola Virus Persistence and Disease Recrudescence in Brains of Antibody-Treated Nonhuman Primate Survivors)」と題されている。 論文の主執筆者であるXiankun (Kevin) Zeng博士によると、アフリカで最近発生したいくつかのエボラウイルス病は、以前の発生を免れた患者の持続感染に関連しているとのことだ。特に、2021年にギニアで発生したエボラウイルス病は、少なくとも5年前に発生した大規模なアウトブレイクで持続感染した生存者から再出現したものである。しかし、持続性エボラウイルスの正確な「潜伏場所」や、生存者(特に標準的なモノクローナル抗体治療を受けている人)のその後の再上昇(再発)の基礎となる病態は、ほとんど分かっていなかった。そこで、米陸軍感染症研究所(USAMRIID)のZeng博士のチームは、ヒトのエボラウイルス疾患を最も忠実に再現できる霊長類モデルを用いて、これらの疑問を解決することにした。 「我々の研究は、非ヒト霊長類モデルにおいて、脳内エボラウイルス持続性の隠れ場所と、その後の致命的なエボラウイルス関連疾患の再上昇を引き起こす病理を明らかにした最初の研究だ」「我々は、モノクローナル抗体治療薬による治療後に致死的なエボラウイルスへの曝露を免れたサルの約20%が、他の全ての

マサチューセッツ総合病院(MGH)とブリガム・アンド・ウィメンズ病院(BWH)の研究チームは、mRNAナノ粒子を用いて肝臓癌の腫瘍微小環境を再プログラム化した。この技術は、COVID-19ワクチンに使われているものと同様で、肝臓だけでなく他の種類の癌でも変異している癌抑制因子であるp53マスターレギュレーター遺伝子の機能を回復させた。このp53 mRNAナノ粒子を免疫チェックポイント阻害剤と併用すると、肝細胞癌実験モデルにおいて、腫瘍増殖の抑制を誘導するだけでなく、抗腫瘍免疫反応を有意に増加させることができたという。本研究成果は、2022年2月9日にNature Communications誌のオンライン版に掲載された。このオープンアクセス論文は「p53 mRNAナノセラピーと免疫チェックポイント阻害剤の併用により、癌治療に有効な免疫微小環境が再プログラム化される(Combining p53 mRNA Nanotherapy with Immune Checkpoint Blockade Reprograms the Immune Microenvironment for Effective Cancer Therapy)」と題されている。 BWHのナノメディシンセンターの共同研究者であるJinjun Shi博士は、MGHの肝臓癌生物学者で共同研究者のDan G. Duda博士とともに、このプラットフォームを開発した。Shi博士は「この新しいアプローチにより、我々は、mRNAナノ粒子を用いて、腫瘍細胞の特定の経路を標的にしている。この小さな粒子が、細胞にタンパク質を構築する指示を与え、肝細胞癌の場合、腫瘍の成長を遅らせ、免疫療法による治療に腫瘍がより反応するようにした。」と述べている。 肝細胞癌は肝臓癌の中で最も多く、死亡率が高く、患者の予後が悪いことが特徴だ。免疫チェ

オスナブリュック大学(ドイツ)とオゾーガ・チンパンジー・プロジェクトの研究チームは、チンパンジーが自分の傷や仲間の傷に昆虫を塗る様子を初めて観察した。2022年2月7日にCurrent Biology誌のオンライン版で発表されたこの新発見は、「野生チンパンジーの自己および他者の傷に対する昆虫の適用について(Application of Insects to Wounds of Self and Others in Chimpanzees in the Wild)」と題されている。 ガボンのロアンゴ国立公園では、オスナブリュック大学のトビアス・デシュナー博士(霊長類学者)とシモーネ・ピカ教授(認知生物学者)が率いるオズーガ・チンパンジー・プロジェクトが実施されている。ロアンゴ国立公園では、約45頭のチンパンジーの社会的関係、他のグループとの交流や争い、狩猟行動、道具の使用、認知・コミュニケーション能力などに重点を置いて、その行動を調査している。「昆虫、爬虫類、鳥類、哺乳類など様々な動物種で、病原体や寄生虫に対抗するために植物の一部や非栄養素を用いるセルフメディケーションが観察されている」「例えば、我々の最も近い近縁種であるチンパンジーとボノボは、駆虫効果のある植物の葉を飲み込み、腸内寄生虫を殺す化学的特性を持つ苦い葉を噛んでいる。」と認知生物学者のピカ博士は述べている。 しかし、西アフリカと東アフリカの他の長期的なフィールドサイトからの数十年にわたる研究にもかかわらず、開いた傷口に動物性物質を外用することは、今まで記録されたことがない。「今回の観察は、チンパンジーが定期的に昆虫を捕獲し、開いた傷口に塗布していることを示す初めての証拠となる。我々は今、このような驚くべき行動がもたらす潜在的な利益を調査することを目指している」と霊長類学者のデシュナー博士は述べた。 しかし、

片頭痛研究の第一人者からなる国際コンソーシアムは、片頭痛のリスクに関連する120以上のゲノム領域を特定した。この画期的な研究により、研究者は片頭痛とそのサブタイプの生物学的基盤の理解を深め、世界中で10億人以上が苦しんでいるこの症状の新しい治療法の探索を加速させることができる。この片頭痛に関する最大規模のゲノム研究では、片頭痛の既知の遺伝的危険因子の数が3倍以上に増加した。今回明らかになった123の遺伝子領域の中には、最近開発された片頭痛治療薬の標的遺伝子を含むものが2つ含まれている。 この研究は、ヨーロッパ、オーストラリア、米国の主要な片頭痛研究グループが協力し、873,000人以上の研究参加者(うち102,000人が片頭痛持ち)の遺伝子データをプールした。 また、2022年2月3日にNature Genetics誌のオンライン版で発表された新知見により、片頭痛のサブタイプの遺伝子構造がこれまで知られていたよりも多く明らかにされた。このオープンアクセス論文は「片頭痛102,084例のゲノムワイド解析により、123のリスク関連遺伝子とサブタイプ固有のリスク関連遺伝子が特定された(Genome-Wide Analysis of 102,084 Migraine Cases Identifies 123 Risk Locies And Subtype-Specific Risk Allees)」と題されている。   片頭痛の病態生理を支える神経血管のメカニズム 片頭痛は、全世界で10億人以上の患者がいるといわれる、非常にありふれた脳疾患だ。片頭痛の正確な原因は不明だが、脳内と頭部の血管の両方に疾患メカニズムがあるとされ、神経血管障害であると考えられている。これまでの研究により、片頭痛のリスクには遺伝的要因が大きく関与していることが明らかになっている。しかし、片頭痛の主

遺伝子サイレンシングツールは、生物医学の基礎研究や医薬品開発を前進させる新たな機会を提供する可能性を秘めている。この技術は、通常は遺伝子の活動を抑制する小さなノンコーディングRNA分子の力を利用するものである。ピウィ・インタラクティングRNA(piRNA)として知られるこれらの制御分子は、通常、ゲノム上の寄生体(トランスポーザブル・エレメント)を服従させるのに重要な役割を担っているが、King Abdullah University of Science & Technology(KAUST)の遺伝学者クリスチャン・フロックヤールイェンセン博士と彼の同僚は、このpiRNA経路を利用して、目的の標的遺伝子の活性を意図的に抑制することに成功した。 フロックヤールイェンセン博士のチームは、遺伝学研究の一般的な実験モデルである線虫(C. elegans)を用いて、天然のpiRNA機構と相互作用する21文字の合成RNA配列を作成し、目的の遺伝子を不活性化することに成功した。この新しい研究は、2022年2月3日にNature Methods誌にオンライン掲載された。この論文は「C. エレガンスにおける多重世代間遺伝子抑制のためのpiRNA経路の再プログラム(Reprogramming the piRNA Pathway for Multiplexed and Transgenerational Gene Silencing in C. Elegans)」と題されている。 研究チームは、この原理を実証するため、虫の性別を決める2つの遺伝子に作用する「ガイドpiRNA」を設計し、雌雄の比率を偏らせることに成功した。さらに、このpiRNAを介した干渉機構(略称:piRNAi)を用いて、他の多くの遺伝子も単独または多重でサイレンシングすることに成功した。「我々は、通常、生物のゲノム

カーティン大学(西オーストラリア州)の研究者は、オーストラリア膵臓癌財団(PanKind)からの資金提供により、膵臓癌の早期発見を最終目的として、癌を運ぶエクソソームの組成を調査することになった。カーティン医科大学のマルコ・ファラスカ教授が率いるこの研究は、血液やその他の体液から発見される、膵臓癌細胞に存在するいわゆるエクソソームに焦点を当てるものだ。ファラスカ教授によると、この研究は最終的に、最も悪性で攻撃性の高い癌の一つである膵臓癌を早期に発見し、早期介入と効果的な薬物療法の開発を可能にすることを目的としている。 ファラスカ教授は、「エクソソームと呼ばれる気泡は、癌細胞がコミュニケーションをとるために使用し、癌を広げる手助けをする。腫瘍細胞からのこれらのエクソソームは、膵臓癌の成長と発達に重要な役割を果たしている。膵臓癌に特有のエクソソームによって運ばれる分子を特定することで、それをマーカーとして使うことを目指し、膵臓癌の早期発見に役立つことを意味している。もし、これができれば、早期非侵襲的診断の重要な発展となり、また、より効果的な薬物療法の開発を最終目標とした、これらの分子を不活性化する方法の研究の展望を開くことになるだろう。」と述べている。 ファラスカ教授は、「膵臓癌を早期に発見する方法を見つけることは、診断から1年後に生存する人が10人中3人しかいないことを考えると、依然として高い優先順位である。」「注意すべき早期警告の兆候に関する情報が不足しているため、診断が遅れ、転移が早くなり、化学療法に対する耐性が生じるのだ。PanKind からの資金提供により、この重要な研究を行い、この重要な新しい道を調査できることに感謝する。」と述べている。 PanKindの最高経営責任者であるミシェル・スチュワート氏は、「PanKindがオーストラリアの最も才能ある膵臓癌研究者

カリフォルニア州ラホーヤにあるスクリプス研究所の科学者らは、健康な脳内で常に輸送されている数百種類のタンパク質を小さな膜で囲まれた袋『エクソソーム』内で発見し、脳細胞間の新しいコミュニケーション形態を明らかにした。この研究成果は、2022年1月25日発行のCell Reports誌のオンライン版に掲載され、アルツハイマー病や自閉症を含む神経疾患の理解を深めるのに役立つと期待されている。この論文は「プロテオーム解析により、視覚系における神経細胞間の多様なタンパク質輸送が明らかになった。(Proteomic Screen Reveals Diverse Protein Transport Between Connected Neurons In The Visual System.)」と題されている。 スクリプス研究所のハーン神経科学教授であるホリス・クライン博士は、「これは、脳の細胞が互いにコミュニケーションをとる全く新しい方法であり、これまで健康や病気について考える際に組み込まれてこなかったものだ。」「それは、多くのエキサイティングな研究の道を開くものだ。」と述べている。 脳全体に信号を送るために、神経細胞は、通常、神経伝達物質と呼ばれる化学物質を用いてコミュニケーションをとるが、この物質は、ある細胞から隣の細胞へと移動する。また、ホルモンも脳内を循環し、脳細胞の成長に影響を与え、神経細胞間の新しい結合を形成するのに役立っている。これまで研究者らは、脳内では少数のタンパク質が孤立した状態でより独立した動きをするのではないかと考えていた。例えば、アルツハイマー病の研究者は、神経変性に関連する2つのタンパク質であるシヌクレインとタウが、アルツハイマー病に罹患した動物の脳内で細胞間を移動する可能性があることを発見している。しかし、これがアルツハイマー病と関係があるのかどうかは

イスラエルとガーナの研究者チームによる新しい研究は、ヒトの遺伝子に非ランダムな突然変異が起きていることを初めて証明し、環境圧力に対する長期的な方向性のある突然変異反応を示すことで、進化論の中核をなす仮定を覆すものだ。ハイファ大学のアディ・リブナット教授率いる研究チームは、新しい方法を用いて、マラリアから身を守るHbS突然変異の発生率が、マラリアが流行しているアフリカ出身の人々の方が、そうでないヨーロッパ出身の人々より高いことを明らかにした。2022年1月14日にGenome Research誌のオンライン版に掲載されたこの論文は、「適応と遺伝的疾患に関連するヒトHBB遺伝子領域における単一変異分解能でのDe Novo変異率(De Novo Mutation Rates at the Single-Mutation Resolution in a Human HBB Gene-Region Associated with Adaptation and Genetic Disease)」と題されている。 「1世紀以上にわたって、進化論の主役はランダムな突然変異に基づいている。今回の結果は、HbS変異がランダムに発生するのではなく、適応的に重要な意味を持つ遺伝子と集団の中で優先的に発生することを示している。」「我々は、進化は2つの情報源の影響を受けると仮定している。すなわち、自然選択である外部情報と、世代を経てゲノムに蓄積され突然変異の起源に影響を与える内部情報だ。」とリブナット教授は述べている。突然変異の起源に関する他の知見とは異なり、特定の環境圧力に対するこの突然変異特異的な反応は、従来の理論では説明できないものだ。 ダーウィン以来、我々は生命が進化によって誕生したことを知っている。しかし、その壮大さ、謎、複雑さにおいて、進化はいったいどのように起こるのだろうか?過去1世

細菌が互いに結合して、協力や競争、高度なコミュニケーションを行う社会組織的なコミュニティを形成していると言うと、最初はSF世界のことのように思えるかもしれない。しかし、バイオフィルム・コミュニティは、病気の原因から消化の助けまで、人間の健康にとって重要な意味をもっている。また、環境保護やクリーンエネルギーの生成を目的としたさまざまな新技術においても、バイオフィルムは重要な役割を担っている。UCLAが主導した新研究は、人体の組織や臓器など、バイオフィルムが形成された表面から有用な微生物を培養したり、危険な微生物を除去したりするのに役立つ知見を科学者に与える可能性がある。この研究は、2022年1月25日にPNAS誌のオンライン版に掲載されたもので、バイオフィルムが形成される際に、バクテリアが無線通信に似た化学信号を使って子孫と通信する仕組みが説明されている。 この論文は、「振幅および周波数変調されたc-di-GMPシグナルのブロードキャストにより、バクテリアの系統における協調的な表面コミットメントが促進される(Broadcasting of Amplitude- and Frequency-Modulated c-di-GMP Signals Facilitate Cooperative Surface Commitment in Bacterial Lineages.)」と題されている。 この研究者らは、環状ジグアニル酸(c-di-GMP)と呼ばれるメッセンジャー分子の濃度レベルが、時間と共に、そして細菌の世代を超えて、明確に定義されたパターンで増加したり減少したりすることを明らかにした。この研究により、細菌細胞はこの化学的シグナル波を利用して、子孫に情報を伝達し、コロニー形成を調整していることが明らかになった。 「この現象では、ある細胞が表面に付着するかどうかは、その

長い冬を食べ物なしで乗り切るために、冬眠する動物(ジュウサンセンジリスなど)は、代謝を99%も低下させるが、冬眠中も筋肉を維持するためにタンパク質などの重要な栄養素は必要だ。ウィスコンシン大学(UW)マディソン校の新しい研究によると、冬眠中のジリスは、腸内の微生物からこの助けを得ていることが明らかになった。この発見は、筋肉が衰弱している人や、宇宙飛行士の長期滞在に役立つかもしれない。2022年1月27日にサイエンス誌のオンライン版に掲載されたこの論文は「冬眠期におけるジリスの腸内共生細菌を介した窒素循環の増加(Nitrogen recycling via gut symbionts increases in ground squirrels over the hibernation season)」と題されている。 「どんな動物でも、運動しない期間が長くなればなるほど、骨や筋肉は萎縮し始め、質量や機能を失ってくる。」「食事性タンパク質が一切入ってこないため、冬眠者は、筋肉が必要とするものを得るための別の方法を必要としている。」と、UWマディソン大学獣医学部の名誉教授で、この新しい研究の共著者、Hannah Carey 博士は語っている。 アミノ酸とタンパク質の重要な構成要素である窒素の源の一つは、尿の成分である尿素として全ての動物(ヒトを含む)の体内に蓄積される。研究チームは、リスの消化管に移動した尿素が、一部の腸内細菌によって分解されることに気づいた。腸内細菌もまた、自らのタンパク質のために窒素を必要とする。しかし、この研究者らは、微生物によって解放された尿素の窒素の一部が、リスの体内にも取り込まれているかどうかを確かめたいと考えた。 研究チームは、追跡可能な炭素と窒素の同位体を用いて作った尿素を、夏の活動期、冬の冬眠期、冬の終わりの3回に分けてリスの血液に注射した

糖尿病や外傷などにより手足を失った多くの患者にとって、自然再生による機能回復の可能性はまだ手の届かないところにある。足や腕の再生の話は、サンショウウオやスーパーヒーローの世界に留まっている。しかし、タフツ大学とハーバード大学ヴィース研究所の科学者らが、2022年1月26日にScience Advances誌のオンライン版に発表した研究で再生医療の目標に一歩近づいたと述べている。この論文は「ウェアラブルバイオリアクターを用いた急性多剤投与による成体Xenopus laevisの長期的な手足再生と機能回復の促進。(Acute Multidrug Delivery Via a Wearable Bioreactor Facilitates Long-Term Limb Regeneration and Functional Recovery In Adult Xenopus laevis. )」と題されている。 手足を再生することができない成体のカエルに、5種類の薬物カクテルをシリコン製の装着型バイオリアクタードームに注入し、24時間密閉することで、失った足を再生させることに成功したのだ。この短期間の治療で、18ヵ月間の再生が始まり、機能的な脚が蘇った。サンショウウオ、ヒトデ、カニ、トカゲなど、多くの生物が少なくとも一部の手足を完全に再生する能力を持っている。ヒラムシは切り刻むと、その断片ごとに生物全体が再生されることさえある。人間は傷口を新しい組織で塞ぐことができるし、肝臓は50%損傷しても元の大きさに再生するという、ほとんどヒラムシのような驚くべき能力を持っている。しかし、大きくて構造的に複雑な四肢、つまり腕や脚を失った場合、人間や他の哺乳類のいかなる自然な再生過程によっても回復させることはできない。実際、人間は大きな怪我をすると瘢痕組織という無定形の塊で覆い、それ以上の出

アラバマ大学バーミンガム校(UAB)Marnix E. Heersink School of Medicineは、遺伝子組み換えされた臨床グレードの豚の腎臓を脳死したヒトに移植し、レシピエントの本来の腎臓に置き換えることに成功したことを概説した初の査読付き論文を発表した。この結果は、世界的な臓器不足の危機に対して異種移植が有効であることを示すものだ。2022年1月20日にAmerican Journal of Transplantationに掲載された論文では、この研究でUABの研究者は遺伝子組み換えブタの腎臓をヒトに移植する初の前臨床モデルをテストしたとしている。 この研究のレシピエントは、生まれつきの腎臓を摘出した後、遺伝子組み換え豚の腎臓を2つ腹部に移植された。この臓器は、病原体のない施設で遺伝子組換え豚から調達されたものだ。このオープンアクセス論文は「臨床グレードのブタ腎臓をヒトの遺体モデルで異種移植(First Clinical-Grade Porcine Kidney Xenotransplant Using a Human Decedent Model)」と題されている。   UAB Heersink School of Medicineの学部長であり、UABヘルスシステムおよびUAB/Ascension St.Vincent's AllianceのCEOであるSelwyn Vickers医学博士は、「パートナーとともに、我々は今日発表されたような結果を期待して、約10年に渡って異種移植に大きな投資を行ってきた。」「今日の結果は、人類にとって目覚ましい成果であり、異種移植を臨床領域へと前進させるものだ。この研究により、我々の研究チームはまた、遺体モデルが異種移植の分野を推進する大きな可能性を持っていることを実証した。」と語った。今回初めて、移植されたブタ

COVID-19の原因ウイルスを含む呼吸器系ウイルスに対して、体が誇張された炎症反応を起こす肺炎を抑止するための情報を、あるウイルスタンパク質が提供している可能性がある。そのウイルスタンパク質とは、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)のNS2であり、ウイルスがこのタンパク質を欠く場合、人体の免疫反応は誇張された炎症が始まる前にウイルスを破壊できることが研究で明らかになった。ワシントン州立大学獣医学部で行われたこの研究は、2022年1月18日、MBio誌に掲載された。このオープンアクセス論文は「ヒト呼吸器シンシチアルウイルス NS2タンパク質のBeclin1タンパク質の安定化およびISGylationの調節によるオートファジーの誘導(Human Respiratory Syncytial Virus NS2 Protein Induces Autophagy by Modulating Beclin1 Protein Stabilization and ISGylation)」 と題されている。 RSVは、COVID-19の原因となったSARS-CoV-2ウイルスなど他の呼吸器系ウイルスと同様に、ガス交換を担う肺細胞に感染し、その細胞を工場としてさらにウイルスを作り出する。この細胞でのウイルスの増殖が制御できなくなると、細胞が破壊されて激しい炎症が起こり、肺炎などの肺の病気になり、時には死に至ることもあるのだ。この研究を率いたWSUのポスドク研究員、Kim Chiok博士は、「炎症がひどくなると気道が詰まり、呼吸が困難にながる」「これが、このような長期的で重度の炎症反応を持つ人々が、肺炎になって、呼吸の助けを必要とする理由であり、病院でICUに入ることになる理由なのだ。」と述べている。 Chiok博士とWSUの仲間の研究者達は、RSVのような呼吸器系ウイルスが、どのように細胞内

2022年1月17日、アイルランド王立外科医学校(RCSI)医学・健康科学大学、AMBER、アイルランド科学財団(SFI )先端材料・生体工学研究センターの研究者と、医療技術の大手グローバル企業インテグラライフサイエンス社は、身体自らのプロセスに基づく神経修復治療の新たなブレークスルーを発表した。この研究成果は、2022年1月13日にMatrix Biologyのオンライン版で発表された。このオープンアクセス論文は、「多因子神経誘導導管工学は、炎症、血管新生、大断層神経修復の結果を改善する(Multi-factorial Nerve Guidance Conduit Engineering Improves Outcomes in Inflammation, Angiogenesis and Large Defect Nerve Repair)」と題されている。 前臨床研究では、細胞外マトリックス(ECM)を使用することで、追加の細胞や成長因子を適用することなく、大きな神経欠損部において神経線維の再生を改善できることを示した。この前臨床試験において、研究チームが開発した「神経誘導導管」と呼ばれる新しいECM搭載医療デバイスは、組織が大きく失われた外傷性神経裂傷の修復後8週間で、回復反応の改善をサポートすることが明らかにされた。研究チームは、ECMタンパク質の組み合わせと比率を微調整して神経誘導導管に充填することで、標準治療と比較して、修復を促進する炎症の増加、血管密度の増加、再生する神経の密度の増加を支援できることを発見した。この新しいアプローチは、体内の神経修復プロセスを模倣することで、幹細胞や薬物療法を追加する必要性をなくすことができるかもしれない。末梢神経損傷は臨床上の大きな問題であり、毎年世界中で500万人以上が罹患していることが知られており、罹患者は筋肉や皮膚の

ダナファーバー癌研究所、ハーバード大学、イスラエルの科学者らは、複雑で繊細かつ洗練された驚異のシステムであるヒトの免疫システムに、細菌がウイルスから身を守るために使用する10億年前のタンパク質ファミリーが含まれていることを発見した。この発見は、2022年1月13日付の科学誌Scienceのオンライン版に掲載されたもので、地球上に存在する病気に対する高度な盾である我々の免疫システムの構成要素が、古代の生命体の早い段階で進化していたことを示す最新の証拠である。この研究は、免疫系がすでに存在していた要素を吸収し、何年もの進化を経て、ヒトのように生物学的に複雑な生物の要求を満たすために、それらを新しい方法で利用するようになったことを示している。このScience誌の論文は、「バクテリアのGasderminは、古代の細胞死メカニズムを明らかにする (Bacterial Gasdermins Reveal an An Ancient Mechanism of Cell Death)」と題されている。 この研究の主執筆者であるダナファーバーのPhilip Kranzusch博士は、「ヒトの免疫系の機能を理解するために、世界中の研究者は多大な努力を払ってきた。」「ヒトの免疫の重要な部分がバクテリアに共通して存在するという発見は、この分野の研究に新たな青写真を提供するものだ」と述べている。研究の中心となっているタンパク質は、Gasdermin として知られている。細胞が感染したり、癌化したりすると、Gasderminは細胞膜に穴を開け、細胞を死滅させる。この穴から炎症性サイトカインと呼ばれる物質が漏れ出し、感染や癌の存在を知らせて、免疫系が体を守るために結集するよう促すのだ。このプロセスはパイロプトーシス(pyroptosis)と呼ばれ、免疫系が疾患細胞や感染細胞を殺すためのレパートリーの

体内の免疫系を刺激して腫瘍を攻撃させることは、癌治療の有望な方法だ。腫瘍が免疫系にかけるブレーキを外すこと、そして「アクセルを踏む」こと、つまり免疫細胞をジャンプスタートさせる分子を送り込むことである。しかし、免疫系を活性化させる場合、免疫系を過剰に刺激しないように注意しなければならない。MITの研究者チームは、インターロイキン12(IL-12)と呼ばれる刺激性分子を腫瘍に直接投与する新しい方法を開発し、免疫賦活剤を全身に投与した場合に起こりうる毒性作用を回避することに成功した。マウスを使った研究では、この新しい治療法は、FDAが承認した免疫系のブレーキをかける薬と一緒に投与することで、多くの腫瘍を消失させることができたという。 「このIL-12のケース以外にも、何らかの影響を与えることを期待しているし、他の免疫賦活剤のどれにも適用できる戦略だ。」と、MITのコッホ統合癌研究所の副所長であり、MGH、MIT、ハーバード大学のラゴン研究所のメンバーでもあるDarrell Irvine博士は語っている。 研究者らはこの戦略について特許を申請しており、この技術は新興企業にライセンスされ、2022年末までに臨床試験を開始することを目指している。 この研究はIrvine博士とコーク研究所のメンバーであるDane Wittrup 博士がシニアオーサー、そしてMITの大学院生であるYash Agarwal氏がリードオーサーとなり、2022年1月10日にNature Biomedical Engineeringのオンライン版に掲載された。この論文は、「ミョウバン結合型サイトカインの腫瘍内投与による局所および全身への強力かつ安全な抗癌剤免疫の誘導(Intratumourally Injected Alum-Tethered Cytokines Elicit Potent and Saf

カリフォルニア大学デービス校とドイツのマックス・プランク発生生物学研究所、およびその共同研究機関による新しい研究が発表された。この研究成果は、1月12日付のNature誌に掲載され、進化に関する我々の理解を根本的に変えるものだ。また将来的には研究者がより優れた作物を育種したり、人間が癌と戦うのに役立つかもしれない。この論文は「シロイヌナズナの突然変異の偏りは自然淘汰を反映している(Mutation Bias Reflects Natural Selection in Arabidopsis thaliana)」と題されている。 突然変異は、DNAが損傷して修復されないまま放置され、新たな変異を生み出す時に起こる。この研究者らは、突然変異が純粋にランダムなものなのか、それとももっと深い意味があるのかを知りたかった。そしてその結果、予想外のことが判明した。 この論文の筆頭著者であるカリフォルニア大学デービス校植物科学科のGrey Monroe 助教授は、「我々は、突然変異は基本的にゲノム上でランダムに起こると考えていた」「突然変異は非常に非ランダムであり、植物に利益をもたらす方法で非ランダムであることがわかった。これは突然変異についての全く新しい考え方だ。」と語っている。 この研究者らは、3年間かけて、数百のシロイヌナズナのDNA配列を決定した。シロイヌナズナは、約1億2000万塩基対からなる比較的小さなゲノムを持っているので、「植物の中の実験用ネズミ」と考えられている小さな花を咲かす雑草だ。ヒトのゲノムが約30億塩基対であるのに対して、シロイヌナズナは約1億2千万塩基対と比較的小さい。 「遺伝学のモデル生物なのだ」とMonroe博士は述べた。 実験室で育てた植物から、さまざまなバリエーションが生まれる マックス・プランク研究所では、自然界では生存できないような欠陥

脳は我々の体の中で最も複雑な器官であり、常に周囲の環境を吸収し、解釈し、我々の動作、思考、行動、感情を導いている。人間は、氷は冷たい、火は熱い、ナイフは鋭いなど、周囲の環境を基本的に理解しているが、処理した情報については、一人ひとりが独自の解釈をしているのだ。例えば、全く同じ食事をした後、同じ音を聞いた後、あるいは共有の社会的交流から離れた後、2人の人間は全く異なる反応を示すことがある。 脳の神経回路を研究しているボストン大学芸術科学部生物学助教授のJerry Chen博士は、感覚処理、意思決定、学習・記憶などの認知機能を制御する遺伝的・電気的影響の関係をよりよく理解することを目指している。 「神経コードを解読するためには、少なくとも2つのことを知る必要がある」「まず、被験者がさまざまな認知課題を遂行する際の脳内ニューロンの活動を測定できるようにする必要がある。そしてもうひとつは、それらの神経細胞が発現している遺伝子から、その正体を知ることだ」とChen博士は説明した。 Science誌の12月7日号に掲載された彼の最新の研究成果では、Chen博士と彼の共同研究者らは、マウスの脳が感覚情報、特に触覚の知覚を理解する方法を明らかにした。 この新しい発見は、脳卒中などの神経疾患から、知覚が変化する自閉症スペクトラム障害などの神経精神疾患まで、幅広い疾患に関連するものだ。さらに、この新発見は、精神・神経疾患に対する標的治療や介入につながる画期的なものだ。 このScience誌の論文は「感覚皮質における回路ハブの高密度な機能および分子的読み出し(Dense Functional and Molecular Readout of a Circuit Hub in Sensory Cortex)」 と題されている。 Chen博士は、以下のQ&Aで、この研究の目標、方

利用可能なすべてのエビデンスを対象とした最近の系統的レビューによると、ケタミン療法は、うつ病と自殺念慮の症状を軽減する短期的な効果が速やかに得られるとのことだ。このレビューは、エクセター大学が主導し、医学研究評議会の資金援助を受けて行われたもので、83の発表された研究論文から得られたエビデンスを分析したものだ。 最も強力なエビデンスは、大うつ病と双極性うつ病の治療におけるケタミンの使用に関するものであった。症状は、1回の治療で1〜4時間という速さで軽減し、最大で2週間持続した。繰り返し投与することで効果が持続することを示唆するエビデンスもあったが、どの程度の期間であれば効果が持続するのかについては、より質の高い研究が必要である。同様に、ケタミンの単回投与または複数回投与により、自殺念慮が中程度から大きく減少した。この改善は、ケタミン投与後、早ければ4時間後に見られ、平均3日間、最長で1週間持続した。 主著者の一人であるエクセター大学の大学院生Merve Mollaahmetoglu氏は、次のように述べている。「我々の研究は、ケタミンの治療効果について増えつつあるエビデンスを、今日までで最も包括的に検討したものだ。我々の発見は、ケタミンがうつ病や自殺願望を迅速に緩和するのに有用である可能性を示唆しており、さらなる治療的介入が効果的であるための窓を開けるものだ。このレビューでは、ケタミンのあらゆるリスクを安全に管理できる、慎重にコントロールされた臨床環境でのケタミン投与を検討したことに留意することが重要である。」 不安障害、心的外傷後ストレス障害、強迫性障害など、他の精神疾患についても、ケタミン治療の潜在的な有用性を示唆する初期のエビデンスが存在するという。さらに、物質使用障害を持つ個人に対して、ケタミン治療は、渇望、消費、および離脱症状の短期的な減少につながった。 2

ほとんどの身体機能の制御は、細胞同士の対話能力にかかっている。細胞間のコミュニケーションには、神経系とホルモンの分泌という2つのルートがあることは以前から知られていた。エクソソームとは、細胞が分泌したタンパク質やRNA分子を含む小胞のことで、代謝を調節するために他の細胞に取り込まれることができる。現在、多くの研究者が、マイクロRNAを運ぶエクソソームに注目している。マイクロRNAは非常に短いRNAで、細胞のさまざまなタンパク質を作り、細胞の機能を制御する他の長いRNAの能力を制御することができる。   このように、マイクロRNAは健康や病気における細胞のふるまいの多くの側面に影響を与える。ジョスリン糖尿病センターの上級研究員でハーバード大学医学部教授のC. Ronald Kahn医学博士は「このたび、細胞がエクソソーム用のマイクロRNAの集合体を選択する方法を発見した。」「なぜ細胞がある種のマイクロRNAを分泌し、他のマイクロRNAを保持するのかという暗号を解読した。」と述べている。このNature論文は、2021年12月22日にオンライン公開され、「小型細胞外小胞の放出と細胞内保持を制御するMicroRNAの塩基配列(MicroRNA Sequence Codes for Small Extracellular Vesicle Release and Cellular Retention)」と題されている。 Kahn博士と彼の同僚達は、代謝に関わる5種類の細胞(褐色脂肪、白色脂肪、骨格筋、肝臓、血管に並ぶ「内皮」細胞)の組織培養をセットアップして、細胞がどのようにエクソソームに入れるマイクロRNAを決定するか研究を開始した。 その結果、これらの異なる種類の細胞がエクソソーム中に分泌するマイクロRNAの集合体は、まったく異なることが判明した。「いくつかのマイクロRN

炭疽菌は怖いというイメージがある。炭疽菌は人間の肺に深刻な感染症を引き起こし、痛みはないものの醜い皮膚病変を引き起こすことが広く知られており、恐怖の兵器として使われたことさえある。このたびの研究で、この恐ろしい微生物が思いがけない有益な可能性を持っていることが明らかになった。 この研究では、この炭疽病菌の毒素が痛みを感知するニューロンのシグナル伝達を変化させ、中枢神経系や末梢神経系のニューロンを標的として投与すると、苦痛を感じている動物に緩和を与えることが明らかにされた。 この研究はハーバード・メディカル・スクール(HMS)の研究者が主導し、企業の科学者や他の機関の研究者と共同で行われ、2021年12月20日にNature Neuroscienceのオンライン版に掲載された。この論文は「炭疽病毒素が痛みのシグナル伝達を制御し、分子カーゴをANTXR2+DRG感覚ニューロンに送り込む(Anthrax Toxins Regulate Pain Signaling and Can Deliver Molecular Cargoes into ANTXR2+DRG Sensory Neurons)」 と題されている。 さらに、研究チームは、炭疽病毒素の一部を異なる種類の分子カーゴと組み合わせ、痛みを感知する神経細胞に送り込んだ。この技術は、痛みの受容体に作用しながらも、オピオイドなどの現行の鎮痛剤のように全身に広く作用しない、新しい精密標的型疼痛治療薬の設計に用いることができるという。 HMSブラバトニック研究所の免疫学の准教授である研究主任のIsaac Chiu博士は、「細菌毒素を用いて神経細胞に物質を送達し、その機能を調節するというこの分子プラットフォームは、痛みを媒介する神経細胞を標的とする新しい方法だ」と述べている。 研究者らは、疼痛管理のための現在の治療法を拡大

Weill Cornell Medicineの研究者らによる新しい研究によると、胚発生の最初の1カ月間の脳細胞の複数の変化が、後年の統合失調症に関与している可能性があることが明らかになった。この研究は、2021年11月17日にMolecular Psychiatry誌のオンライン版に掲載された。この研究者らは、統合失調症患者と未病者から採取した幹細胞を用いて、実験室で3次元の「ミニ脳」またはオルガノイドを増殖させた。両者の発生を比較した結果、患者の幹細胞から育てたオルガノイドでは、細胞内の2つの遺伝子の発現低下が初期の発生を妨げ、脳細胞の不足を引き起こしていることを発見した。このオープンアクセス論文は、「統合失調症は、患者由来の脳オルガノイドにおける細胞特異的神経病理と複数の神経発達メカニズムによって定義される(Schizophrenia Is Defined by Cell-Specific Neuropathology and Multiple Neurodevelopmental Mechanisms in Patient-Derived Cerebral Organoids)」と題されている。 「今回の発見は、統合失調症に対する科学者の理解における重要なギャップを埋めるものだ 。」と、筆頭著者であるWeill Cornell MedicineのFeil Family Brain and Mind Institute and the Center for Neurogeneticsの神経科学助教授Dilek Colak博士(写真)は述べている。統合失調症の症状は一般的に成人してから発症するが、この病気の患者の脳を死後調査したところ、脳室と呼ばれる空洞の拡大や皮質層の違いが見つかり、これらはおそらく人生の早い時期に生じたものであると考えられている。 「精神分裂病が初

ノースウェスタンメディシンの研究者が、患者の脳脊髄液(CSF)内に自閉症の1つのタイプのバイオマーカーを発見したと発表した。2021年12月17日にNeuron誌にオンライン掲載されたこの研究論文は、「CSFで検出される Shed CNTNAP2 Ectodomain はPMCA2/ATP2B2を介してCa2+の恒常性とネットワークの同期を制御する。(Shed CNTNAP2 Ectodomain Is Detectable in CSF and Regulates Ca2+ Homeostasis and Network Synchrony Via PMCA2/ATP2B2)」と題されている。 ノースウェスタン大学のRuth and Evelyn Dunbar教授(精神医学・行動科学)、Peter Penzes博士(神経科学・薬理学)は、このバイオマーカーの存在により、自閉症とてんかんの関連性を明らかにすることができると述べている。ノースウェスタン大学医学部の自閉症・神経発達研究センター長でもあるPenzes博士(写真)は、「脳内では興奮が強すぎ、抑制が弱すぎることが、自閉症とてんかんの両方に影響を与える可能性がある」「脳脊髄液に自閉症のバイオマーカーがあるという報告は今回が初めてだ。」と述べている。 自閉症の患者の中には、てんかんを併発する人もおり、特にCNTNAP2(contactin-associated protein-like 2)という遺伝子の変異と自閉症が関連している患者は、てんかんを併発することがある。最新の基準ヒトゲノムGRCh38以来、CNTNAP2はヒトゲノムの中で最も長い遺伝子である。この遺伝子は通常、神経細胞が互いにつながるのを助ける細胞接着タンパク質を作り出すが、機能喪失変異が自閉症とてんかんの両方に関連している。 今回の研究で、Penz

紙によるささいな切り傷が、激しい活動の場となる。そこでは表皮の幹細胞が勢いよく再生され、傷を修復している。この表皮幹細胞の中には、その部位にもともと存在するものもあれば、傷口を感知して毛包から傷口に移動し、本来の表皮幹細胞のように変化した新参者もあることがわかっている。毛包から皮膚表面に移動した幹細胞は、その遺伝子の中に、毛包から皮膚表面に移動し、傷ついた皮膚を修復し、最後に新しい場所に適応するための記憶を保持していることが明らかになった。これらの幹細胞は、未熟な表皮幹細胞とほとんど見分けがつかない。しかし、2021年11月26日号のScience誌に掲載された新しい研究によると、彼らは傷を早く治すための下準備ができており、傷を繰り返すうちに、慢性疾患や癌につながるような記憶を身につける可能性があることが示唆された。この論文は「幹細胞は多様なエピジェネティック記憶を蓄積することで潜在能力を拡大し、組織のフィットネスを変える(Stem Cells Expand Potency and Alter Tissue Fitness by Accumulating Diverse Epigenetic Memories)」と題されている。 ロックフェラー大学のElaine Fuchs博士(本研究の主著者)は、「毛包由来表皮幹細胞は、通常の表皮幹細胞と同じように見える。」「しかし、その移動の記憶と、強化された可塑性が、結果をもたらしている。」と述べている。   炎症性記憶の先へ 近年、科学者らは、免疫細胞が病原体を撃退する際にエピジェネティックな変化を獲得し、訓練された免疫または炎症記憶として知られるプロセスでさらなる炎症に対して感作することを発見した。 Fuchs博士らは、乾癬、アトピー性皮膚炎、慢性創傷にまつわる謎のいくつかを解明しようと、2017年に皮膚における炎症記憶

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