新世代ゲノム編集技術CRISPR/Cpf1はCRISPR/Cas9を超えるか?
ほ乳類のゲノム編集に画期的なCRISPR/Cas9システム採用の道を開いたことで知られる研究者らのチームがまた新しいCRISPRシステムを発見した。このシステムは従来よりも簡単で精密なゲノム編集を可能にすると期待されている。ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が共同で運営するBroad Institute of MIT and Harvard、MITのMcGovern Institute for Brain ResearchのDr. Feng Zhang (写真) と同僚研究チーム、共著者である、National Institutes of HealthのDr. Eugene Koonin、Broad Institute and the MIT Department of BiologyのDr. Aviv Regev、オランダのWageningen UniversityのDr. John van der Oostらは、この新しいシステムの持つ予想外の生物学的特徴を述べ、さらに、作り替えてヒト細胞の編集に充てられることを示した。2015年9月25日付Cell誌オンライン版に掲載された研究論文は、「Cpf1 Is a Single RNA-Guided Endonuclease of a Class 2 CRISPR-Cas System (Cpf1はクラス2のCRISPR-CasシステムのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ)」と題されている。
Broad InstituteのDirectorで、ヒト・ゲノム・プロジェクトのプリンシパル・リーダーの一人、Dr. Eric Landerは、「この研究は、遺伝子工学の進歩に大きな可能性を持っている。
この論文は、これまで性質が突き止められていなかったCRISPRシステムの機能を明らかにしただけでなく、Cpf1をヒト・ゲノム編集に用いることができること、また注目に値する強力な特徴を持っていることを示した。
Cpf1システムは、新世代のゲノム編集技術を代表している」と述べている。Dr. Landerは、この研究には関わっていない。
CRISPRのシーケンスは1987年に初めて文献に現れ、その本来の生物学的機能は2010年、11年に初めて記述されている。
ほ乳類のゲノム編集にCRISPR/Cas9システムを利用することについては、Dr. ZhangとHarvard のDr. George Churchが初めてそれぞれ別個に報告している。新研究では、Dr. Zhangと共同研究者が様々なタイプの細菌の何百という数のCRISPRシステムを調べ、ヒト細胞で用いるように加工できる有用な特性を持った酵素を探した。有力な候補として、AcidaminococcusとLachnospiraceaeという2種の細菌のCpf1酵素が挙げられた。
Dr. Zhangと研究チームは、この2種がヒト細胞のゲノム遺伝子座を標的にできることを示した。Dr. Zhangは、「研究と人間の健康を前進させるために有用な、まったく異なったタイプのCRISPRの発見で私達も興奮した」と述べている。新しく文献に述べられたCpf1システムは、それまでに書かれていたCas9とはいくつか重要な点で異なっており、研究、医薬、ビジネス、知的財産などの面でかなりの影響が予想される。
まず、自然状態では、DNAを切断する酵素であるCas9は2個の小さなRNAと複合体を形成する。この2個のRNAはいずれもDNA切断に必要なものである。Cpf1システムは、RNAを一つしか必要とせず、その点でより簡単なシステムとなっている。
また、Cpf1酵素は、標準的なSpCas9よりも分子が小さく、細胞や組織への運搬が容易になっている。
次に、おそらくもっとも重要なことだが、Cpf1とCas9ではDNAの切り方が異なる。Cas9複合体がDNAを切断する際には二つの鎖を同じところで切断するため、切断面が再接合する際にしばしば突然変異を起こしてしまう。
それに対して、Cpf1複合体の場合には、二つの鎖の切断部分がずらされているため、切断端からわずかにはみ出す部分ができる。そのため、精密なインサーションが容易になり、研究者にとってはDNA断片の結合がより効率的かつ正確になる。
3つめに、Cpf1はDNAを認識部位から離れたところで切断するため、標的とした遺伝子が切断部位で突然変異を起こしても再切断する余裕があり、何度も修正編集が可能である。4つめに、Cpf1システムでは標的部位を柔軟に選べるという利点がある。Cpf1複合体もCas9複合体と同じように切断の前にPAMという短いシーケンスに付着し、標的部位は自然なPAMシーケンスの近くに選ばなければならない。
しかし、Cas9とCpf1ではPAMシーケンスの認識がかなり異なる。このことは、ヒト・ゲノムだけでなく、マラリア原虫のような生物のゲノムを標的とする場合に有利になる。
Broad Instituteのinstitute memberで、Dana-Farber Cancer Institute、Brigham and Women's Hospital、Broad InstituteのJoint Center for Cancer Precision Medicineの初代Directorを務めるDr. Levi Garrawayは、「Cpf1の予期しなかった特性とより精密な編集技術が相まって、がん研究を含めた幅広い応用分野が考えられる」と語っている。Dr. Garrawayはこの研究には関わっていない。Dr. Zhang、Broad Institute、MITは、Cpf1システムを世界中の研究者と共有することを考えている。
先行するCas9ツールの場合のように、研究グループは、プラスミド共有ウエブサイト「Addgene」のDr. Zhang研究室のページを通じて、この技術を学問研究に対して自由に公開しようと考えている。Dr. Zhang研究室は、Addgeneを通じて世界中の研究者にCas9試薬を公開しており、アクセスの回数は23,000回にものぼっている。さらに、Dr. Zhang研究室は、ウエブサイト
を通じて、研究者に無料オンライン・ツールやリソースも公開している。Broad InstituteとMITも、研究者がこの新酵素を利用し、研究作業を強化できるよう、ツールやサービスの業者のCRISPR流通経路やサービスにこの新酵素の非独占的ライセンスを与えることを計画している。また、適正で重要な医薬用途の迅速安全な開発を支援するために最適なライセンスを提供することも計画している。
Dr. Zhangは、「私達は、CRISPR/Cpf1技術をできるだけ多くの研究者が利用できるようにしたいと考えている。私達の目標は、研究を促進し、究極的に新しい医薬に結びつくツールを開発することだ。
Cpf1やCas9以外にもまだまだ見つかることと思う。
また、他の酵素もゲノム編集技術を進めるために転用することができるかも知れない」と述べている。
特許訴訟問題
BQ編註: Sharon Begley 筆によるBoston Globeの記事 (Boston Globeの記事へのリンクを下記に付す) で、CRISPR編集技術に関して現在特許訴訟進行中であり、CRISPR/Cas9ゲノム編集技術に関する最初の発見/利用は、Broadの発表したプレス/リリースに拠ったこの記事に描かれているほどには明確なものではないことが示唆されている。
Boston Globe article by Sharon Begley--"CRISPR Genome Editing Discovery May Upend High-Stakes Patent Dispute"
http://www.bostonglobe.com/business/2015/09/25/crispr-genome-editing-discovery-may-upend-high-stakes-patent-dispute/9WQTAQe2xuphAuMtindB4K/story.html
原著へのリンクは英語版をご覧ください
Newly Discovered CRISPR/Cpf1 Editing System May Be Superior to Revolutionary CRISPR/Cas9 System for Genome Editing; Eric Lander Calls It “New Generation of Genome-Editing Technology
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Edited by Michael D. O'Neill
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