コペンハーゲン大学神経科学科の脳科学者ビルギッテ・コルヌム博士(写真)は、世界最大級の睡眠学会が開かれるローマに到着した際、至るところに、「日中の眠気を覚ましたい」とか「夜間の脳の働きを止めたい」などという製薬会社のブースや資料、キャンペーンばかりで非常に驚かされたという。その中で、最近、睡眠の研究で注目されているのが、脳細胞に存在するタンパク質「ヒポクレチン(Hypocretin)」である。というのも、ヒポクレチンは、寝つきが悪くなる不眠症や、日中の覚醒度が低下するナルコレプシーに関与していると考えられているからだ。不眠症の人は脳内のヒポクレチンが多すぎる可能性があり、ナルコレプシーの人は少なすぎる可能性がある。また、うつ病やADHD(注意欠陥多動性障害)などの精神疾患にも、ヒポクレチンが関与していると考えられている。
脳内のヒポクレチン系については、すでに多くのことが知られている。2018年にカナダで導入されたばかりの、ヒポクレチンの作用に対抗する不眠症の新薬もある。しかし、コルヌム博士によると、問題は、ヒポクレチンが細胞内でどのように制御されているのかについて、ほとんど分かっていないことだという。
そこで、コルヌム博士らはこの問題に光を当てるべく、新たな研究に着手し、2022年4月22日にPNASに論文が掲載された。この研究は、マウス、ゼブラフィッシュ、ヒトの細胞を用いた試験を組み合わせたもので、研究者らはコペンハーゲン大学細胞分子医学科の仲間たちと協力した。このオープンアクセス版のPNAS論文は「進化的に保存されたmiRNA-137は神経ペプチドであるヒポクレチン/オレキシンを標的として、覚醒/睡眠比を調節する(The Evolutionarily Conserved miRNA-137 Targets the Neuropeptide Hypocretin/Orexin and Modulates the Wake to Sleep Ratio)」と題されている。
睡眠調節に関連するマイクロRNA
研究チームは、ヒポクレチンの濃度に影響を与える細胞メカニズムの1つを数年間かけて研究してきた。ここで彼らは、マイクロRNA-137(miR-137)と呼ばれる低分子に注目した。
「miR-137がヒポクレチンの制御に役立っていることを発見したのだ。正常な睡眠を得るためには、脳内に適切な量のヒポクレチンが適切なタイミングで存在する必要があり、miR-137はそれを助ける」。MiR-137は体の他の部位にも存在するが、特に脳で顕著だ」と、コルヌム博士は、同じくデンマークのオールボー大学のアンニャ・ホルム助教授(博士)と共に、今回の研究について述べている。
マイクロRNAは、ヒポクレチンのレベルを含め、さまざまな細胞プロセスを制御している。そのため、このようなプロセスを制御するためにマイクロRNAを標的とすることができるため、マイクロRNAに対する研究上の関心は非常に高い。
しかし今回、コルヌム博士の研究チームは、miR-137がヒポクレチンの調節、ひいては睡眠に関連していることを明らかにした。
「これは、マイクロRNAが睡眠調節に関連する初めての例だ。英国バイオバンクを利用して、我々は、日中の眠気を引き起こすmiR-137の遺伝子変異をいくつか発見した。この研究では、マウスとゼブラフィッシュの両方でこの関連性を実証し、ヒポクレチンとの関連性を証明することができた。我々の発見は、睡眠の仕組みがいかに複雑であるかを示している。miR-137の変異体を受け継ぐと、日中に眠気を感じるリスクが高くなることを想像してみて欲しい」と、コルヌム博士は語っている。
ヒポクレチンは睡眠段階に影響を与える
製薬会社が注目する「ヒポクレチン」は、睡眠段階の順番にも影響を与える。
我々の睡眠は通常4つの段階に分けられる。その順番は睡眠の質を左右する重要なものだ。
「ヒポクレチンの量が少ないナルコレプシーの患者では、睡眠段階が混乱しているのだ。このことは、ヒポクレチンが睡眠段階の順序に影響を与えることを示すマウス実験からわかっている」と、本研究の筆頭著者であり、コルヌム博士とともに実験を行ったホルム博士は説明する。
既存の研究では、この問題を解決するためには、ヒポクレチンの調節機構についてより多くの知識が必要であることが示唆されている。ここでデンマークの研究者らは、パズルの別の、しかし同様に重要なピース、すなわち免疫系を指摘する。
「病気になると体がだるくなることは、多くの人が知っていることだ。そして、熱があり、免疫系が一生懸命働いているときには、しばしば睡眠不足に悩まされる。そこで、例えばウイルス感染に対抗しようとするときに、ヒポクレチンのレベルに何かが起こることが分かっており、このプロセスを解明しようとしている」「この研究では、免疫系の伝達物質の1つであるIL-13が、ヒポクレチンに特別な影響を与えることを明らかにしている。IL-13を添加すると、miR-137に影響を与え、その結果、体内のヒポクレチンのレベルにも影響を与えることがわかるのだ。しかし、その理由はまだわかっていない。現在、その答えがわかるかもしれないテストを行っているところだ。」と、コルヌム博士は述べている。
BioQuick News:Micro-RNA (miRNA-137) Helps Regulate Hypocretin Levels and Thus Influences Sleep Stages



