ランニングの健康効果については毎週のように新しい話題が現れる。それ自体は素晴らしいことだが、走れない人にとっては何の意味もない。高齢者、肥満者、その他、運動機能に支障のある人にとっては有酸素運動の効果というのは望んでも得られないことだった。Salk Instituteの研究チームは、ランニングによって起動される遺伝子経路を突き止めた過去の研究を基礎にして、化合物によって運動不足のマウスの経路を完全に起動する手段を見つけ、脂肪燃焼効率やスタミナを高めるなど運動の健康効果を再現することができた。
2017年5月2日付のCell Metabolismに掲載されたこの研究論文は、有酸素運動持久力への理解を深めただけでなく、心臓障害、呼吸器系疾患、2型糖尿病その他健康障害のある人々にも薬剤で同じ健康効果が得られるようになる希望を与えている。このオープンアクセス論文は、「PPARδ Promotes Running Endurance by Preserving Glucose (PPARδは、ブドウ糖を保存することでランニング持久力を増進)」と題されている。
筆頭著者のRonald Evans は、Molecular and DevelopmentalでSalkのMarch of Dimes Chair の地位にあり、またBiology Howard Hughes Medical Instituteのinvestigatorでもある。彼はこの論文で、「トレーニングで有酸素運動持久力を増進させられることはよく知られているが、私達の疑問は、持久力はどのように機能するのか、また、科学をよく理解できればトレーニングを薬剤で代用することができるのか?、ということだった」と述べている。
持久力を増進するというのは有酸素運動をより長時間持続できるようになるということである。体がフィットしてくると、筋肉はエネルギー源を炭水化物 (ブドウ糖) の燃焼から脂肪の燃焼に切り替えていくようになる。そのため、持久力とは体が脂肪を燃焼する能力の高まりに関わるものと考えていたが、その過程の細部についてははっきりしていなかった。
過去にEvans研究室がPPAR delta (PPARδ) と呼ばれる遺伝子を研究しており、興味深い手がかりを残している。PPARδを恒久的に活性化したままになるように遺伝子を組み換えられたマウスは、長距離ランニングが可能になり、体重増加に対する抵抗力を備え、インシュリンに対する反応も強くなった。いずれもフィットネスに伴う特性であった。研究チームは、GW1516 (GW) と呼ばれる化合物を正常なマウスに投与して、遺伝子組み換えマウスと同じように体重抑制やインシュリンへの反応が高まったことから、この化合物もPPARδを活性化できることを突き止めた。ところが、このGWも毎日の運動と組み合わせないければ、マウスが長時間走るための持久力を向上させないことが分かり、運動を薬剤で代用するという目的は達せられなかった。現在の研究では、Salkの研究チームは正常なマウスのGW投与量を増やし、かつ長期 (以前の4週間に対して8週間) 投与で実験を進めている。
化合物の投与を受けたマウスと、投与を受けず、運動不足になっていない対照群のマウスの双方をすべてトレッドミル・テストにかけ、それぞれ疲れきるまで何時間走れるかを調べた。対照群のマウスは疲れ切るまで160分走ることができた。ところが薬剤を投与したマウスは、270分走ることができた。これは70%の増加に相当する。どちらのグループでも血糖値が約70mg/dlに下がると疲労が始まった。これは低血糖症が疲労の原因だということを示している。分子レベルで何が起きているのかを理解するため、マウスの主要筋肉の遺伝子発現を比較した。その結果、薬剤投与で975種の遺伝子の発現が抑制されるか、増加していることが判明した。また、発現が増加する遺伝子は、脂肪の分解燃焼を調整する遺伝子だった。意外なことに、発現が抑制される遺伝子は、炭水化物を分解し、エネルギーに変化させる働きに関連するものだった。このことから、運動の際に筋肉が糖をエネルギー源として消費することをPPARD経路が防いでいると考えられる。おそらく、糖を脳の活動のために保存するのだと考えられる。
脂肪燃焼の活性化には糖燃焼の活性化よりも時間がかかる。エネルギー消費が激しい時に脳機能を維持する必要などやむを得ない理由がある場合を除き、一般に脂肪よりも糖を先に消費するのはそのためである。筋肉は糖でも脂肪でも燃やすことができるが、脳のエネルギー源はブドウ糖であり、ランナーがブドウ糖の供給を使い切った際に心身の疲労で、「体力の限界」を体験することもこれで説明がつく。Salk上級研究員で、論文の共同筆頭著者を務めたMichael Downes, PhD.は、「この研究結果から、持久力は、脂肪燃焼よりも、ブドウ糖保存の補償的メカニズムに負うところが大きいと考えられる。PPARδは筋肉中の糖代謝に関わる部分をすべて抑制しており、脳の機能を維持するため、ブドウ糖を筋肉から脳に移すことができる」と述べている。
興味深いことに、運動薬剤を投与したマウスの筋肉は、ミトコンドリア増加、血管成長、糖燃焼より脂肪燃焼に適した筋肉繊維への変化など、一般的に有酸素フィットネスに伴う生理的変化を示さなかった。このことは、これらの変化が有酸素持久力増大にのみ関わるものではなく、遺伝子経路を化学物質で活性化した場合にも現れることを示している。薬剤を投与されたマウスは、持久力が増しただけでなく、薬剤の投与をしていないマウスに比べると体重増加に対する抵抗力もあり、インシュリンに対する反応も強かった。
Salkの研究助手で、論文の第一著者を務めるWeiwei Fan, PhD.は、「運動はPPARδを活性化するが、身体トレーニングをしなくても同じ効果が得られることを証明した。言い替えれば、身体運動をしなくても、トレーニングをした人と同等の持久力が得られるということだ」と述べている。同研究室の研究はマウスを使っただけだが、すでに複数の製薬会社がこの研究を人間の臨床治験に進めることに関心を示している。GWを基礎にした処方薬の用途をいくつも想定することができる。例えば肥満や2型糖尿病の患者の体脂肪燃焼を促進する医薬や手術前に患者のフィットネスを改善する医薬が考えられる。
この論文の他の著者として、SalkのWanda Waizenegger、Chun Shi Lin、Ming-Xiao He、Christopher E. Wall、Ruth T. Yu、Annette R. Atkinsの各氏、Ecole Polytechnique Federale de Lausanne のVincenzo Sorrentino、Hao Li、Johan Auwerxの各氏、University of SydneyのChristopher Liddle氏が名を連ねている。
原著へのリンクは英語版をご覧ください
Chemical Compound Promotes Running Endurance in Sedentary Mice


