腸内細菌の武器切り替えメカニズムを解明 – シカゴ大学の研究
腸内細菌は遺伝情報を共有することで急速に進化します。その中でも、バクテロイデス目(Bacteroidales)と呼ばれる細菌群は、数百もの遺伝的要素を交換することで知られています。しかし、これらのDNAのやり取りが細菌や宿主にどのような影響を及ぼすのか、まだ詳しく分かっていませんでした。シカゴ大学を中心とした研究チームは、新たな研究で、腸内の代表的な細菌「バクテロイデス・フラジリス(Bacteroides fragilis)」において、大型で普遍的な可動性遺伝因子(Mobile Genetic Element: MGE)が細菌の拮抗的な武器を変化させる仕組みを明らかにしました。
この研究によれば、MGEを取り込んだバクテロイデス・フラジリスは、従来持っていた強力な攻撃手段を停止する一方で、新しい武器を手に入れます。この新しい武器はDNAを提供した菌株には効果がなく、腸内の競争が激しい環境での生存を可能にします。
研究の中心人物と背景
この研究を主導したのは、シカゴ大学デュショワ家族研究所(Duchossois Family Institute)の微生物学教授であるローリー・コムストック博士(Laurie Comstock, PhD)です。コムストック博士は、「バクテロイデス目のDNA伝達とその拮抗機構」に10年以上にわたり取り組んできました。
「これらの細菌はDNA伝達によって非常に速く進化します。それは驚異的です」と博士は述べています。「ある株が攻撃能力を失っていることは知っていましたが、それが大型の可動性遺伝因子を獲得した結果であると分かったとき、この研究が非常に興味深いものになると確信しました。」
この研究成果は、2024年10月24日付けの科学誌Scienceに「A Ubiquitous Mobile Genetic Element Changes the Antagonistic Weaponry of a Human Gut Symbiont(普遍的な可動性遺伝因子が腸内共生菌の拮抗武器を変化させる)」として発表されました。
毒を宿すナノマシン – T6SSの仕組み
バクテロイデス目の多くの種は、毒素を用いて近隣の細菌を殺傷します。その一部は細菌から周囲へ拡散する毒素ですが、もう一つの強力な武器が**VI型分泌装置(Type VI Secretion System: T6SS)**です。この装置は、毒素を蓄えたバネ仕掛けの管で、隣接する細胞に毒素を直接注入する「毒針」として機能します。
バクテロイデス目におけるT6SSには、3つの遺伝的構造(GA1、GA2、GA3)が存在します。GA3は特にバクテロイデス・フラジリスに固有であり、他のバクテロイデス目の細菌を効率的に殺傷します。一方、GA1とGA2は大規模な可動性遺伝因子、いわゆる**統合接合因子(Integrative and Conjugative Elements: ICEs)**にコードされています。このGA1とGA2は世界中の人間の腸内で急速に広がり、多くのバクテロイデス目の種に伝達されています。
ICEの拮抗能力と競争力
研究チームは、自然界のバクテロイデス・フラジリス株を調査しました。その結果、GA3とGA1を同時に持つ株は、GA3を単独で持つ株に比べて、もはやGA3を発射できなくなっていることが分かりました。この現象がGA1 ICEの導入によるものであることを確認するため、GA1 ICEをGA3 T6SSのみを持つバクテロイデス・フラジリス株に導入したところ、新株も同様にGA3の攻撃能力を失いました。
さらに、研究チームはGA1 ICEの構造のうち、どの部分がGA3を停止させるのかを特定しました。その結果、GA1 T6SSの膜複合体をコードする領域が、GA3 T6SSを阻害する主要因であることが判明しました。
腸内生態系への影響と将来の展望
この研究は、腸内でのDNA伝達が微生物群集に重大な影響を与える可能性を示しています。GA1 ICEを持つバクテロイデス目は、GA3によって攻撃される可能性がありますが、もし攻撃側の株にGA1 ICEを伝達できれば、その新株は元の攻撃株を上回る競争力を獲得します。このメカニズムは、腸内の他の細菌種から群集を防御するための「共同防衛」の役割も果たします。
コムストック博士は、今回の発見に関連する転写抑制因子のさらなる研究に意欲を示しています。「これらの抑制因子は特定のリガンドと結合すると不活性化されます。腸内でその活性を解除するリガンドを特定したいと考えています。」
応用と警鐘
今回の研究結果は、腸内細菌を用いた創薬や腸内細菌療法の設計にも影響を及ぼします。細菌間の遺伝子伝達が治療効果を妨げる可能性があるため、安全性を確保するための新たな指針が求められるとしています。
研究には、シカゴ大学のマデリン・L・シェイハン氏(Madeline L. Sheahan)、カティア・フローレス氏(Katia Flores)、マイケル・J・コイン氏(Michael J. Coyne)をはじめとする多数の研究者が参加しました。
画像:バクテロイデス
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