Menaタンパク質バイオマーカーで、トリプル・ネガティブ乳がんの治療ガイドラインを支援

Menaタンパク質バイオマーカーで、トリプル・ネガティブ乳がんの治療ガイドラインを支援

MITの研究チームは、特に浸潤性の強い乳がん患者の場合に、もっとも一般的な抗がん剤の一つ、paclitaxel (商品名はTaxol) の治療効果の有無を判定する新しいバイオマーカーを突き止めた。このタイプの乳がんは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、Her2タンパクという3種のもっとも一般的な乳がんマーカーを欠いているため、「トリプル・ネガティブ」と呼ばれており、医師が乳がんの治療で抗がん剤を選ぶ際にこの研究成果が大いに役立つことになる。



このバイオマーカーは、Menaと呼ばれるタンパク質でがん細胞が体内に広がるのを助けることが突き止められている。しかも、paclitaxelにMenaの効果を阻害する薬剤を合わせて投与すればpaclitaxel単独よりも効果があることも突き止めた。MIT Professor of Biologyを務め、Koch Institute for Integrative Cancer ResearchのメンバーでもあるDr. Frank Gertlerは、「経路を標的とする薬剤がMenaを発現する細胞のpaclitaxel感受性を回復するためだ。さらに、研究の結果、治療中はMenaのレベルをモニターしておいた方がいいということも分かった。もしレベルが上がっていくようなら、他の治療法に切り替えた方がいいようだ」と述べている。Dr. Gertlerは、この研究の首席著者であり、論文は2016年11月3日付Molecular Cancer Therapeuticsオンライン版に、「Mena Confers Resistance to Paclitaxel in Triple-Negative Breast Cancer (トリプル・ネガティブ乳がんがMenaによってPaclitaxel耐性獲得)」の表題で掲載されている。この論文の筆頭著者はKoch InstituteポスドクのDr. Madeleine Oudinが務めている。


Menaタンパク質は、細胞の細胞骨格に作用し、細胞の移動性を高める働きがある。がん患者には、Menaタンパク質に似ているが、浸潤性の強いMena (INV) というタンパク質を持っている者も多い。このタンパク質は、がん細胞が原発巣から転移によって広がるのを助けている。過去にDr. Gertlerの研究チームは、浸潤性の強い形のタンパク質のレベルが高い乳がん患者は転移しやすく、生存率が低いことを突き止めている。そこで、がん細胞が化学療法に対して耐性を持つようになるのもMenaタンパク質の影響ではないかと考えた。トリプル・ネガティブ乳がん患者の30%から70%は化学療法への反応はいいが、平均して6か月から10か月で再発する。Dr. Oudinは、「がんを退治できるいい薬剤があるが、一部の患者はその薬剤に反応しないし、さらに一部の人はごく短期間しか反応しない」と述べている。

研究チームは、Menaレベルの異なるトリプル・ネガティブ乳がん細胞に対して何種類かの化学療法薬剤を試験した結果、Menaレベルのもっとも高い細胞がPaclitaxelに耐性を持っていることが分かった。ただし、Menaレベルも、化学療法でよく用いられるdoxorubicinとcisplatinという2種の薬剤に対する感受性には影響しなかった。卵巣がん治療にも用いられるPaclitaxelは、細胞骨格を構成し、細胞分裂を助ける微小管と呼ばれる管状のタンパク質の機能を阻害して効果を発揮する。微小管は活動的なこともあり、また不動な場合もある。細胞分裂のためには活動的な状態でなければならない。トリプル・ネガティブ転移腫瘍のマウスにpaclitaxelを投与した結果、Menaが最高レベルの腫瘍が最悪の反応を示した。薬剤は原発腫瘍も転移腫瘍もその進行を遅らせることができなかった。その効果は、浸潤性のMenaを発現する腫瘍でも、もとのままのMenaでも変わらなかった。それだけでなく、Menaレベルの高いがん細胞はMenaレベルの低いがん細胞に比べて微小管が活動的だということもつきとめられた。活動的な微小管が増えれば細胞が分裂しやすくなり、paclitaxelの効果に耐性を持つこともできるということである。

耐性に対抗する

過去の研究で、paclitaxel治療はERKシグナリングと呼ばれる細胞経路に作用することが突き止められている。がん細胞ではしばしばこの細胞経路が亢進し、その結果、細胞が増殖することが示されている。この経路はがん細胞が治療に打ち勝って生き残る働きをするが、paclitaxel治療でこの経路を叩く際にERKシグナリング阻害物質を一緒に投与するとさらに治療効果が上がる。MIT研究チームは、Molecular Cancer Therapeuticsの研究で、高Menaレベルの乳がん細胞に対してpaclitaxel-ERK経路阻害剤混合をテストし、paclitaxel単独よりも効果的にがん細胞を死滅させることを確かめた。乳がんに対するこの混合薬剤の効力を試す臨床治験はすでに進められている。Dr. Oudinは、「私たちの研究で高Menaレベル・タイプの患者はこの混合で大きな治療効果を得られることが示されるのではないか」と述べている。また、その成果により、医師が患者の腫瘍のMenaレベルを検査することで治療法を選択できるようになる可能性もある。

その可能性を追求するため、研究チームは人間の腫瘍サンプルで研究を続け、Menaレベル、paclitaxel感受性、患者の予後の間に同じような相互関係が成り立つかどうかを調べようと考えている。その研究は、Dr. Gertler その他の人々が、Menaその他のバイオマーカーに基づいた診断検査法を開発するために設立した会社、MetaStat社との共同で進められることになるかも知れない。また、「研究の成果から、薬剤を選ぶ際にさらに重要な判定材料が得られ、患者によっては効果の弱い薬剤を投与せずに済むようになることを期待している」と述べている。Harvard Medical SchoolのProfessor of Cancer Biology and Surgeryを務めるDr. Bruce Zetterは、「トリプル・ネガティブ乳がん患者には治療の選択肢があまりない。この研究の結果から、Taxolに反応する患者を見つけ、MEK阻害剤とTaxolを併用する療法が広まれば、乳がん患者の生存率も向上するのではないか」と述べている。研究チームは、Menaが微小管に作用する機序をさらに究明し、いつか、同じような作用が卵巣がんなど他のタイプのがんの薬剤耐性にも関係しているかどうかを突き止めることを期待している。

原著へのリンクは英語版をご覧ください
Mena Protein Biomarker Could Help Guide Cancer Therapy for Triple-Negative Breast Cancer

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Edited by Michael D. O'Neill

Michael D. O'Neill

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