脳神経回路の新発見が「弱視」治療に役立つ可能性
サイエンス出版部 発行書籍
マウスでの研究で、視神経系統が成長する過程で、眼球と頭脳をつなぐ視神経の働きを制御する見事な神経回路が突き止められた。National Institutes of Health (NIH) が助成金を出したこの研究では、弱視、すなわち脳が一方の眼だけに注意を集中し、もう一方の眼を無視してしまう視覚障害の治療の可能性を明らかにしている。
弱視は、子供にもっとも多い視覚障害で、白内障で視野が曇っていたり、双方の眼球の位置がずれていたりすることでそれぞれの眼球の視覚像にずれがある場合に起きやすい。そういった場合、脳はわずかでも機能に優れた側の眼の信号を優先し、時間が経つにつれて、優先された側の眼がより有用な情報を脳に送り続けることでますます脳はその眼の信号を優先するようになり、もう片側の眼を無視するようになる。視力の強い方の眼に眼帯をして機能を抑えることで弱視を矯正する助けにはなるが、子供のうちにこの状態を発見し、矯正しなければ、視力の弱い側の眼の視覚障害は大人になってもそのまま残る。
University of California, Los Angeles (UCLA)、David Geffen School of Medicineの神経生物学准教授、Joshua Trachtenberg, Ph.D.は、「私たちの研究で、幼い脳の視覚発育の機序が突き止められた。また、同じ機序を成人した脳で再活動させることが可能だということも突き止めている。児童期後期や成人してからでも弱視を治療することが可能になるかも知れない」と述べている。この研究論文は2013年8月25日付Natureオンライン版に掲載された。
脳の中の両眼視領域と呼ばれる小さな領域の細胞が両眼からの信号を受け取り、処理している。脳の発達時期には両眼がこの領域への接続をめぐって争い、時には片方の眼が主導権を握ることがある。この過程は眼優位と呼ばれている。眼優位は正常な過程であり、可塑性と呼ばれる経験に基づいて適応していく能力の一例である。しかし、この能力が弱視を引き起こす下地にもなっている。もし片側の眼が障害をこうむり、十分に競争できなくなると、両眼視領域の地位をもう片側の眼に取られていく。
また、このような競争は脳の発達の臨界期と呼ばれる一時期にも起きる。児童が7歳程度になって一旦この臨界期を過ぎると、この神経の接続を変更することが困難になる。しかし、いくつかの研究では十代になっても弱視を部分的に矯正することも可能だと証明されている。
Dr. Trachtenbergは、「新しい研究で、眼優位可塑性の主なプロセスを突き止めた」と述べている。この研究は、National Eye Institute (NEI) とNational Institute of Neurological Disorders and Stroke (NINDS) とが研究費を出しているが、この2つの機関はNIHの部門である。
この眼優位の機序はかなりまで知られている。眼優位については50年に及ぶ研究の歴史があり、「sliding threshold model」と呼ばれる可塑性の一般理論まで導き出されている。新しい研究では、この「model」理論が眼優位と一致しないという基本的な部分の解明が重要になっている。この「model」理論によれば、脳細胞の活動あるいは発火率が一定閾値以上になった場合にのみ可塑性が発揮されることになっている。この閾値未満では、強い結合が強化されることもなく、また弱い結合が失われることもない。
ここが、眼優位と「model」理論のすっきり一致しない点である。もし、両眼視領域が片方の眼だけの刺激を受け付けるようになれば、脳神経の発火率は閾値の半分にまで下がるはずである。
UCLAのDr. Trachtenbergと研究チームは、University of California, IrvineのXiangmin Xu, Ph.D.の研究室と共同研究を進め、マウスでこの問題を調べた。研究では眼優位を人為的に変化させるため、若いマウスの片眼に一時的に眼帯をかけた。24時間後に眼帯をはずし、それぞれの眼の視野に反応して両眼視領域の脳細胞の発火率がどのように変化するかを記録した。予想通り、片眼の視力を制限すると脳細胞の発火率が瞬時に半減した。しかし、その後の24時間、脳細胞はどちらの眼に対しても、つまり、眼帯をかけた眼に対しても反応し、その発火率はほぼ正常範囲にまで回復していた。
そこで、研究チームは次の目標として、なぜ発火率が増大したのかを探った。Dr. Trachtenbergは、「眼帯をかけた眼から両眼視領域に送られる信号が減ったのだから、なぜ発火率が増大したのかを解き明かそうと考えた」と述べている。まず、脳の他の部位から両眼視領域に入る刺激が増えた可能性を調べたが、結果は否定的だった。
しかし、それに代わって、通常脳細胞を抑制している脳の回路が大きく関与していることを突き止めた。片方の眼の視力が障害を受けると、その部分の脳回路による抑制が弱まったのである。このように抑制が弱まることによって、脳細胞の発火率が回復し、その結合が再モデル化できる範囲にまで増大したのである。
この脳回路を操作することで、若いマウスで眼優位を防ぐことができ、またすでに臨界期を過ぎたマウスで眼優位を引き起こすことができた。Dr. Trachtenbergは、「ヒトの脳でもこの回路をコントロールすることができれば、たとえば、薬物や、パーキンソン病治療に使われるような移植によって脳回路をコントロールすることができれば、現在可能になっている時期を過ぎてはるか後まで弱視の矯正が可能になるかも知れない」と述べている。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください:Discovery of New Brain Circuit May Aid Treatment of “Lazy Eye”
同じカテゴリーの記事
Life Science News from Around the Globe
Edited by Michael D. O'Neill
バイオクイックニュースは、サイエンスライターとして30年以上の豊富な経験があるマイケルD. オニールによって発行されている独立系科学ニュースメディアです。世界中のバイオニュース(生命科学・医学研究の動向)をタイムリーにお届けします。バイオクイックニュースは、現在160カ国以上に読者がおり、2010年から6年連続で米国APEX Award for Publication Excellenceを受賞しました。
BioQuick is a trademark of Michael D. O'Neill