古代ウイルスDNAの新たな役割:初期胚発生における「トランスポゾン」の重要性

私たちのゲノムの半分以上は、古代ウイルスDNAの名残である「トランスポゾン(transposable elements)」によって構成されています。このかつて「ゲノムの暗黒面」とも呼ばれた要素が、初期胚発生において重要な役割を果たしていることを、ドイツ・ヘルムホルツミュンヘン研究所およびルートヴィヒ・マクシミリアン大学(LMU)の研究者チームが明らかにしました。

 

未解決の謎:古代ウイルスDNAの役割

トランスポゾンは、受精直後の数時間から数日にわたり再活性化されます。この初期発生のダイナミックな過程では、胚細胞が顕著な可塑性を示しますが、その分子メカニズムや規制因子については依然不明な点が多いです。マウスをモデルとした研究では、トランスポゾンが細胞の可塑性に重要な役割を果たすことが示唆されていますが、この現象がすべての哺乳類に共通するのかは未解明です。これらのウイルス遺伝子の進化的起源が多様であることから、哺乳類のゲノムにおける保存性についてさらなる疑問が生じています。この規制メカニズムを解明することは、生殖医学の進歩やゲノム規制の基本原則を理解するために重要です。

 

消滅したはずのウイルス遺伝子が哺乳類胚で再活性化

マリア・エレナ・トーレス=パディリャ博士(Maria-Elena Torres-Padilla, PhD)を中心とする研究チームは、これらの古代DNA配列を研究するための新しい手法を開発しました。この手法により、マウス、ウシ、ブタ、ウサギ、アカゲザル(非ヒト霊長類)など複数の哺乳類種の胚を比較し、単一胚アトラスを作成しました。その結果、消滅したと考えられていた古代のウイルス配列が、哺乳類胚で再活性化されることが判明しました。また、それぞれの種が特有のトランスポゾンを発現することも明らかになりました。この成果は、2025年1月20日付で科学誌「Cell」に掲載されました。このオープンアクセス論文のタイトルは「An Atlas of Transcription Initiation Reveals Regulatory Principles of Gene and Transposable Element Expression In Early Mammalian Development(転写開始のアトラスが初期哺乳類発生における遺伝子およびトランスポゾン発現の規制原則を明らかにする)」です。

 

遺伝子操作と細胞可塑性研究の新たな可能性

この研究は、トランスポゾンの活性化が種を超えて保存されていることを示しており、特定の要素を特定することで、多数の遺伝子を同時に操作する新しい機会を提供します。「このアプローチは、通常数百の遺伝子操作を必要とする幹細胞の分化誘導など、細胞運命を制御する新しい方法を提供します。」と、筆頭著者であるマールリス・ウーメン博士(Marlies Oomen)は語ります。

トーレス=パディリャ博士は次のように説明しています。

「トランスポゾンの活性化は、いくつかの哺乳類種の初期胚に特有の特徴です。この発見は、これらの初期細胞がすべての体細胞タイプに分化できるという特性を持つことから重要です。これらの細胞が古代ウイルス要素をどのように規制するのかを理解することで、細胞可塑性のメカニズムについて貴重な洞察が得られます。この研究は、健康、病気、そしてこれらの要素を操作することで細胞プロセスに影響を与える可能性に関する将来の研究の基盤を築きます。」

 

哺乳類種を横断した前例のないデータセット

この研究は、単一細胞や胚を扱う研究者に新しい方法論を提供するとともに、前例のないデータセットを生成しました。初期胚発生は非常にダイナミックなプロセスであり、科学者にとって大きな関心事ですが、これまでの研究はマウスやヒトといった単一の種に焦点を当てることが一般的でした。しかし、今回の研究は進化的なアプローチを取り、複数の哺乳類種を比較することで、哺乳類間で共有される主要な規制経路を特定しました。この研究から得られた生物学的洞察と豊富なデータセットは、発生生物学や生殖生物学の研究者にとって貴重なリソースとなります。

 

画像:マリア=エレナ・トレス=パディーリャ博士(Researcher team leader Maria-Elena Torres-Padilla, PhD)

 

[News release] [Cell article]

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