パーキンソン病治療の新たな可能性—THPP化合物がミトコンドリア品質管理を回復

パーキンソン病治療に向けた画期的な発見として、四環式ピラゾロ-ピラジン(tetrahydropyrazolo-pyrazine: THPP)化合物と呼ばれる新たな低分子化合物が特定されました。この化合物群は、ミトコンドリアの品質管理に関与する重要なタンパク質「パーキン」の活性を強化する作用を持つことが明らかになりました。この成果は、早期発症型パーキンソン病(EOPD: Early-Onset Parkinson’s Disease)の根本的な治療に向けた新たな道を開く可能性があります。

この研究はマギル大学およびバイオジェン(Biogen)の研究者らによって行われ、2024年9月19日にNature Communicationsに掲載されました。論文のタイトルは「Activation of Parkin by a Molecular Glue(分子接着剤によるパーキンの活性化)」です。

 

パーキンとミトコンドリア品質管理の役割

パーキンソン病は、運動機能の障害を引き起こす進行性の神経変性疾患であり、世界中で数百万人に影響を与えています。特に50歳未満で発症するEOPDは、parkinおよびPINK1と呼ばれる2つの重要な遺伝子に変異が見られることが多いです。これらの遺伝子は、損傷したミトコンドリアを細胞から除去する「マイトファジー(mitophagy)」と呼ばれるプロセスに関与しています。

マイトファジーが正常に機能しない場合、損傷したミトコンドリアが蓄積し、炎症を引き起こして神経細胞の死につながる可能性があります。特に、ドーパミン産生ニューロンの損傷は、パーキンソン病の進行に深く関与しています。このため、ミトコンドリア品質管理を正常化することが、EOPDの進行を遅らせるための重要なターゲットとされています。

 

THPP化合物の作用メカニズム—パーキンを強化する「分子接着剤」

研究チームは、THPP化合物がパーキンとリン酸化ユビキチン(pUb)の相互作用を強化し、損傷したミトコンドリアを効果的に排除することを明らかにしました。THPP化合物は直接パーキンを活性化するのではなく、「分子接着剤(molecular glue)」として機能し、パーキンの構造を安定化させることで機能します。

 

特に有望なTHPP化合物—BIO-2007817

研究の中で、BIO-2007817が特に効果的であることが判明しました。この化合物は、

パーキンのRING0ドメインに結合し、

触媒活性を持つRcatドメインを解放することで、

損傷ミトコンドリアへのユビキチンタグ付けを促進します。

さらに、BIO-2007817は、ユビキチン様(Ubl)ドメインが機能しない場合でもパーキンを活性化できるため、EOPDに関連するparkin遺伝子変異(R42PやV56Eなど)を持つ患者にも効果がある可能性があります。

 

構造解析に基づくTHPP化合物の詳細な作用機序

研究では、別のTHPP化合物BIO-1975900を用いた構造解析も行われました。これにより、THPP化合物がどのようにパーキンを活性化するのか、その分子レベルでの詳細なメカニズムが明らかになりました。

通常、異常なパーキンはRING0ドメインの自己抑制により、Rcatドメインを活性化できません。しかし、THPP化合物が結合することで、

RING0ドメインが変化し、Rcatドメインが解放され、

ユビキチンがミトコンドリアに転移し、損傷ミトコンドリアが除去される、

というプロセスが実現しました。

特に、EOPD関連変異を持つ患者細胞においても、BIO-2007817が部分的にパーキン機能を回復させたことが示され、遺伝的パーキンソン病に対する治療法開発の可能性が示唆されました。

 

個別化医療への道—遺伝子変異に応じた治療の可能性

この研究は、単にパーキンソン病の症状を緩和するのではなく、神経変性の根本的な分子メカニズムに介入する新たな治療戦略を提案しています。

「パーキンの活性化メカニズムが解明されたことで、特定の遺伝子変異に対応した治療法の開発が可能になります」と研究チームは述べています。THPP化合物を用いた治療は、投与量を調整しながら効果を最大化し、副作用を最小限に抑える「精密医療(precision medicine)」の新たな道を開く可能性があります。

 

今後の課題と治療応用への展望

THPP化合物はすでに高い選択性を示していますが、さらなる研究では結合強度と安定性を向上させることが求められます。BIO-2007817は、pUbが存在する場合にのみパーキンを活性化するため、副作用のリスクを低減できる可能性があります。しかし、臨床応用にはさらなる改良と安全性試験が必要です。

 

パーキンソン病治療の新時代へ

本研究は、パーキンを標的とした新たな治療戦略を提示し、パーキンソン病治療の分野における大きなパラダイムシフトを示唆しています。特に、BIO-2007817は、EOPD患者におけるパーキン機能の回復を可能にする治療薬開発の重要な出発点となるでしょう。今後の臨床研究の進展により、分子レベルの革新が神経変性疾患の治療に革命をもたらす可能性が期待されています。 

写真:モハメド・アリはパーキンソン病だった。マイケル・J・フォックスもパーキンソン病だ。

[Nature Communications article]

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