100以上の記憶関連遺伝子が同定される

100以上の記憶関連遺伝子が同定される

ヒトの記憶に重要な遺伝子が100以上も同定された。しかも、初めて記憶処理中の遺伝子データと脳活動との相関関係が明らかになったのである。これにより、ヒトの記憶というものに新たな可能性が出てきた。



「これらの遺伝子と行動の関係を特定することで、記憶機能や機能障害といった局面における遺伝子の役割を研究することが可能になります。これは非常にエキサイティングなことです。なぜなら、人の記憶を支える分子メカニズムの解明に一歩近づけたということですから。これを基に様々な記憶問題に役立てることができるでしょう。」と、サウスウェスタン・テキサス大学(UT)のGenevieve Konopka博士は語る。研究発表は2017年3月26日サンフランシスコで開催されたCognitive Neuroscience Society (CNS)年次学会で行われた。

本研究は、脳の解剖学および機能の変化に遺伝的変異を関連付けることを目的とした「遺伝子イメージング」である。比較的新しい分野だが、今まさに成長拡大している分野でもある。


CNS学会の遺伝子イメージングシンポジウムの委員長も務める、ハーバード大学医学部とマサチューセッツ総合病院のEvelina Fedorenko博士は「遺伝子は脳の解剖学的構造と機能的組織を形作っています。これらの脳の構造的および機能的特徴が、行動の様式を決定するのです。遺伝子と脳との関係を調べることは、ヒトの認知・神経構造を十分に理解する可能性があります。動物界における人間の独自性についての洞察を含んでいます。」と述べている。


遺伝子と行動の関連性を解明しようと試みたこれまでの研究では、肝心の神経マーカーが欠けていたが、今回の研究はこの二つを関連付けることができた。CNS年次学会の「これからの遺伝学と認知神経科学」シンポジウムでKonopka博士とFedorenko博士の二人が研究成果の発表をおこなった。

2017年3月25日~28日に開催された学会には1,500人を超える科学者が集まり、その模様はTwitterの#CNS2017を介してフォローできるようになっている。
このような新分野での研究が可能になったのは、ジェノタイピングが安価で簡単になり、大規模な脳画像や電気生理学のデータセットが普及したおかげだといえる。同時に、大規模な国際共同研究(ENIGMAなど)の数も増加している。これは「革新的な理論や方法論をもたらし、研究所・国・大陸のデータセットを集約できるようにするため」とFederenko博士は説明する。

認知神経科学と遺伝学的手法を組み合わせるアプローチは様々である、とFedorenko博士は指摘する。例えば、研究者は、特定の遺伝的変異体に関連する発達障害を有する個体の神経の違いを探索し、それらを対照群と比較することができる。または、一卵性双生児と二卵性双生児間における脳の構造や機能を比較することもできる。さらには、皮質全体の遺伝子発現のパターンを調べ、観察されたパターンを脳構造に関する他のデータに関連付ける研究も可能である。後者はまさにKonopka博士チームの記憶遺伝子研究のアプローチ法である。

本研究は脳神経外科のBradley Lega博士との共同研究であり、学習や記憶などの「正常認知」にとって重要な遺伝子を同定することを目的とした。過去の研究では、特定の遺伝子群が認知障害を有する個体において遺伝子発現を変化させることを立証されている。またこの研究は、Konopka博士の機能的MRI(fMRI)データチームによる過去の分析に基づいており、休止状態の脳の行動を特定の遺伝子に結びつけている。

研究には死後脳組織のRNAとてんかん患者の頭蓋内EEG(iEEG)の2セットのデータが使われた。 「我々は、RNAを脳における遺伝子発現のサロゲートとして測定します。脳内RNAを定量するには、脳組織自体からRNAを抽出する必要があります。したがって、死後の脳組織にアクセスすることは限られています。まれに、脳の外科的切除から組織を得ることができます。」とKonopka博士は説明する。

iEEGデータセットは、てんかん患者が発作を局所化する電極監視を受けている間に、エピソード記憶タスクを実行するデータが含まれる。ペンシルベニア大学とトーマスジェファーソン大学から10年以上に亘って収集されたものである。このような脳記憶データでは世界最大規模だ。

「被験者はてんかん患者でしたが、てんかんの影響を受けていない頭蓋内のデータを含めるための予防措置を数々とりました。したがって、我々が同定した遺伝子はてんかん患者以外にも一般化できると考えます。」と、Konopka博士は言う。RNAおよびiEEGのデータは共に脳の左半球の新皮質領域に由来し、集団レベルでの分析が可能である。

本研究で同定された遺伝子はヒトの記憶に携わる重要なものであり、他種の認知プロセシングや静止状態でのfMRIと相関する遺伝子とは異なる。

「現時点では、遺伝子発現そのものが記憶を促進するのか、あるいはそれが単に記憶形成に必要な脳活動パターンを反映しているのか、ということまではわかりません。」とKonopka博士は説明する。さらにこの記憶遺伝子は、自閉症に関連するいくつかの遺伝子と重複している。つまり、「遺伝的な異常がみられる自閉症において、正常な記憶機能を保つために必要な分子経路を同定するのもそう遠い未来ではないかもしれないということです。」と、博士は続ける。本研究は、今後の研究を築いていくために重要なものとなった。今後は動物モデルの記憶機能実験ために必要な遺伝子ターゲットを同定し、研究を深めていく。

遺伝子イメージング分野における多くの発見は画期的だが、これらの研究のロバスト性や再現性は確立されていない。「分野全体を通して、厳密性の基準値を高めることが必要です。発表する前に少なくとも2つのデータセットに亘って結果を再現しないといけません。偽陽性結果で文献を乱用しないためにも、重要なことです。」と、Federanko博士は注意する。また、「ビッグ・データ」問題も課題として忘れれはならないと博士は言う。遺伝的変動性の確認には膨大なデータを必要とするからだ。博士自身、ヒトの言語システムに関する研究で、言語活動における個人レベルの神経マーカーデータをしっかりと蓄積している。脳活動研究をするためには必須である。「といっても、データマイニングのボトムアップアプローチは、仮説に基づき厳密にコントロールされた実験研究で補足する必要もあります。」

さらに、認知神経科学と遺伝学の統合がより素晴らしい成果をもたらすと強調する。「本質的にこの学術分野が学際的な在り様を必要とするならば、多くの若い神経科学者や遺伝学者が新たな研究や発見を試み、革新的なアイデアやエネルギーをもたらしてくれるでしょう。遺伝子がどのようにして神経・認知的基盤を築くのか、理解するためには共同作業が必要です。」とFederenko博士は言う。

原著へのリンクは英語版をご覧ください
Over 100 Genes Related to Memory Are Identified

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Edited by Michael D. O'Neill

Michael D. O'Neill

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