細胞コレステロールの役割解明に一歩迫る
長年、科学者はコレステロールについて頭をひねっていた。コレステロールは生体に必須の物質であり、同時にはっきりと有害な物質だが、細胞でコレステロールがもっとも集中している細胞膜でのその働きを誰も知らない。イリノイ州シカゴ市のUniversity of Illinois at Chicago (UIC) の研究チームは、先駆的な光学画像技術を用い、世界で初めて細胞膜内でのコレステロールの位置と動きを正確に追跡した。その結果、コレステロールは様々な生体的役割の他に、細胞膜内で情報を伝達する信号分子の役割という意外な発見があった。
この研究論文は、2016年12月26日付Nature Chemical Biologyオンライン版に掲載され、「Orthogonal Lipid Sensors Identify Transbilayer Asymmetry of Plasma Membrane Cholesterol (直交脂質センサーで形質膜コレステロールの二重層間非対称性突き止める)」と題されている。
この研究を指導したUICの化学教授、Wonhwa Cho, Ph.D.は、「コレステロールという脂質は循環器系疾患との関連で悪者扱いされている。かなり研究はされてきたが、細胞内での機能については余り知られていない。その役割は何か? 悪玉脂質なのか? 絶対にそんなことはない。たとえば、脳は約半分が脂質であり、脳の中でもっとも量の多い脂質はコレステロールだ」と述べている。コレステロール欠乏症で何種類かの疾患が起きるし、体内で12種ほどのステロイド・ホルモンをつくるのもコレステロールが出発物質になっている。Dr. Choの以前の研究で、コレステロールが様々な調節分子、特に細胞タンパク質と相互作用していることは突き止められていたが、コレステロール自体が調節分子とは考えられていなかった。Dr. Choは、「コレステロールが、たとえば増殖や発達といった細胞調節に大切な役割を果たしている可能性は分かっていた。コレステロール・レベルを押し上げる高脂肪食とがん発症率の高さとには関係があることは知られているが、その仕組みについてはよく分かっていない」と述べている。さらに、「理論的に大きな難問の一つは、調節脂質や信号伝達脂質といったものは情報を伝達するために一時的に存在するもののはずなのに、実際にはコレステロールは常在している」と述べている。
細胞のコレステロールは90%が細胞膜に含まれており、しかも細胞膜脂質の40%がコレステロールである。また、細胞膜そのものが二重層の脂質分子で成り立っており、コレステロールがその膜の安定を保っている。コレステロールは集まって「ラフト」を形成しており、この「ラフト」は他の信号分子が機能するための足場の役割を果たしていると考えられていた。
Dr. Choは、「しかし、私たちの論文では単一のコレステロール分子そのものが信号の引き金として機能することを明らかにした。これまで、コレステロールは細胞膜のどちらの層にも含まれており、内層の方がコレステロール・レベルは高いかも知れない程度に考えられていた。ところが、私たちが、世界で初めて生体細胞の細胞膜内層と外層のコレステロール・レベルを同時にリアルタイムで測定し、その結果、コレステロールは圧倒的に外層に集中していることを突き止めた」と述べている。コレステロールは細胞膜外層の40%を占めており、対して内層ではわずか3%に過ぎなかった。細胞の特定の刺激に対して、内層中のコレステロール・レベルは倍以上になり、外層中のレベルは同量だけ下がる。また、正常細胞では細胞膜内層のコレステロール・レベルは低いが、がん細胞でははるかに高いレベルになることを突き止めた。Dr. Choは、「様々な細胞株で確かめた」と述べている
この新しい研究では、スタチン系薬剤が、がんのリスクを下げるという有益な副作用も明らかになった。Dr. Choと研究チームは、細胞をスタチンで処理すると細胞膜内層のコレステロール・レベルが大きく引き下げられ、細胞成長活動を抑制することを突き止めた。
Dr. Choは、「この結果から、細胞のコレステロール・レベルを薬剤で調整することで、がんを治療する方法が考えられる。もっとも、私たちはまだコレステロールの調節的な役割についてごく表面をなぞっただけだと思う。コレステロールが様々な細胞のプロセスや調節に関わっていることを示す未発表のデータが数多くある」と述べている。さらに、「コレステロールのような脂質は普通の生体分子のように水に溶けるわけではないため、研究するにも非常に厄介で、定量化の作業にも困難が伴う。そこで新しい方法を考え出さなければならなかった」と述べている。
6年前、Dr. Choと研究チームは、直接、生体細胞内の脂質を定量化できる光学画像技術を開発した。脂質に結合した時に色が変わる蛍光センサーを、脂質に結合するタイプのタンパク質分子にタグ付けしたのである。そこで色の変化が遊離脂質との結合率を示すため、細胞膜の特定の位置にどれだけの脂質が存在するかが判定できるのである。
この研究論文の共同著者には、UIC Department of ChemistryのShu-Lin Liu、Ren Sheng、Li Wang、Ewa Stec、Matthew J. O'Connor、Seohyoen Song、Daesung Lee、UIC College of MedicineのRama Kamesh Bikkavilli、Robert A. Winn、Irena Levitan、韓国の慶熙大学校のJae Hun Jung、Kwanghee Baek、Kwang-Pyo Kim、京都大学の植田和光の各氏が名を連ねている。
原著へのリンクは英語版をご覧ください
Researchers Zero-In on Role of Cholesterol in Cells
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