リプログラムしたマウスの胃組織で血糖を調節

リプログラムしたマウスの胃組織で血糖を調節

サイエンス出版部 発行書籍

糖尿病患者の場合、膵臓でインスリンを産生するβ細胞と呼ばれる細胞が喪失するか、機能不全に陥っている。長年、研究者は、このβ細胞を補充する方法を探し求めてきた。
2016年2月18日付Cell Stem Cell誌オンライン版に掲載された研究論文で、ある研究チームが、胃下部の組織がβ細胞としてリプログラムできる可能性がもっとも高いことを突き止めたと報告している。


このオープンアクセス論文は、「Reprogrammed Stomach Tissue As a Renewable Source of Functional Beta-Cells for Blood Glucose Regulation (血糖調節のためのβ細胞再生源としてリプログラムした胃組織)」と題されている。

同研究チームは、マウスからこの組織のサンプルを採取して、「ミニ器官」として培養した上でマウスに戻すとインスリンの分泌を始めた。それだけでなく、「ミニ器官」幹細胞は、インスリン産生細胞を補充し続け、組織の再生能力を維持することができた。リプログラミングでインスリン分泌能力を持たせるのに適した体内組織を見つけるため、研究チームは、マウスの遺伝子組み換えを行い、他のタイプの細胞をβ細胞に変えることのできる3種の遺伝子を発現するようにした。


研究論文の主席著者を務めたHarvard University, Department of Stem Cell and Regenerative BiologyのQiao Zhou, Ph.D.は、「マウスの鼻先から尻尾まですべての組織をチェックした。その結果、驚いたことに胃幽門部の一部の細胞がもっともβ細胞に変えやすいことを突き止めた。この部分の組織がβ細胞を創るための出発点としてもっとも適しているようだった」と述べている。

幽門部は胃と小腸をつなぐ部分である。この部分の細胞をリプログラムすると、血中のグルコース濃度の上昇に対して敏感に反応し、マウスの血糖値を正常値に下げるようインスリンの分泌を始める。この細胞の有効性を試験するため、マウスの膵臓のβ細胞を破壊し、マウスの身体が遺伝子組み換え胃細胞にのみ頼るようにした。組織のリプログラミングを受けていない対照群のマウスは8週間以内に死滅した。一方、実験群のマウスのリプログラムした細胞は、マウスの観察を続けた6か月の間、血中のインスリンと血糖のレベルを維持していた。

幽門胃にはもう一つの利点があった。幹細胞は自然状態で定期的に腸組織を再生しているのである。幽門胃の細胞が変換遺伝子を発現した後、最初にリプログラムした細胞を実験的に破壊すると、その部位の幹細胞はインスリン産生細胞群を補った。Dr. Zhouは、「障害の様態によってはβ細胞を喪失し続けるものもある。基本的には、この研究で、失われたβ細胞を再補充できる可能性が生まれた」と述べている。ただし、この研究成果を現実の治療法に近づけるためにはちょっと違った角度からアプローチしなければならなかった。

Dr. Zhouは、「研究ではマウスが成体に成長する際に3つの遺伝子をオンさせた。しかし、将来の治療において患者に遺伝子移植することはできない」と述べている。そこで、研究チームは、マウスの胃組織を採取し、ラボでβ細胞リプログラミング因子を発現するよう遺伝子組み換えを行い、その細胞の成長過程でミニ胃袋の微小な球になるように操作した。このミニ胃袋球がインスリンを産生し、また幹細胞の働きで自身を再生していくことになる。

次いで研究チームは、このミニ器官を、マウスの腹腔内側を覆っている膜に移植した。マウスの膵臓細胞を破壊し、ミニ器官が失われた機能を補うかどうか観察したところ、実験マウス22匹のうち5匹で血糖値が正常範囲にとどまっていた。これは研究チームの予想する成功率であった。

Dr. Zhouは、「すべてを総合すると、基本的には採取した幹細胞を母体上で新しい器官になるよう指示するということだ。移植した組織が正しい層を形成することができるかどうかだけがこの手法の限界になる」と述べている。幽門胃細胞がインスリン産生能力を持つのは、元来、この細胞が膵臓β細胞に類似していることによるという可能性がある。さらに、研究チームは、β細胞の機能に重要な遺伝子の多くが、幽門のホルモン産生細胞でも通常に発現されていることを突き止めた。

Dr. Zhouは、「この手法が可能性として非常に優れているのは、患者個人から組織を採取し、ラボで細胞を培養し、それをβ細胞にリプログラムした上で患者に移植するという手続きを取るため、患者個人に合わせた治療法を創り出せるというところにある。現在、私達の研究はその段階にあり、結果を楽しみにしている」と述べている。

画像:
画像はインスリン分泌細胞を生成するよう遺伝子操作したミニ胃袋の断面で、免疫蛍光染色法で染色してある。ミニ器官には数多くの人工インスリン産生細胞 (赤) が見える。また、胃の幹細胞や前駆細胞 (緑) は腺の基部に検出される。細胞核は青で染色されている。(Credit: Chaiyaboot Ariyachet)

原著へのリンクは英語版をご覧ください
Engineered Mini-Stomachs Produce Insulin in Mice; Renewable Source of Insulin-Producing Beta Cells Offers Promising Possible Avenue to Diabetes Treatment

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Edited by Michael D. O'Neill

Michael D. O'Neill

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