微量のアルコールが蠕虫の寿命を劇的に延ばす
サイエンス出版部 発行書籍
お酒に含まれるアルコールであるエタノールは、僅かな量であれば、Cエレガンスとして知られている小さな虫−この虫は老化の研究で実験モデルとして頻繁に使用される−の寿命が、2倍に延びる事を、UCLAの生化学研究チームが発表した。但し、それを科学的に説明するのは、どうやら難しそうだ。この研究結果は2012年1月18日付けのPLoS ONE誌のオンライン版に発表されたが、「この結果はショッキングであり、私達を悩ませています。」とUCLAの化学科と生化学科の教授であり、本論文の上席著者でもあるスティーブ・クラーク博士は話す。
アルコールの摂取は人においては一般的に害をなし、Cエレガンスも多量のアルコールを摂取すれば神経系を損傷し死に至る事は、他の研究で明らかになっていると、クラーク博士は話す。「私達は非常に少量のエタノールを投与しました。そうするとCエレガンスには効用があるのです。」と付け加えるクラーク博士は、老化の研究に関する生化学の専門家である。
Cエレガンスは卵から成虫まで僅か数日で成長し、世界中どこでも土壌中に生息し、バクテリアを食餌としている。クラーク博士の研究チームのパオラ・カストロ、シルピ・カーレ博士、ブライアン・ヤング博士等は、生後数時間のまだ幼生であるCエレガンスを、何千匹も研究してきた。この虫の寿命は凡そ15日で、何も食べなくても10日から12日間は生きる。「しかし、私達の研究では、微量のエタノールを与えると、20日から40日に寿命が延びます。」とクラーク博士は話す。研究チームが最初にやろうとした事は、コレステロールがCエレガンスに与える影響を観察することであった。「コレステロールは人間にとって必須の成分です。細胞膜には欠かせません。但し、血流には悪影響を与えます。」とクラーク博士は説明する。Cエレガンスにコレステロールを与えたところ、寿命が延びたため、明らかにコレステロールの影響であると当初は考えられた。コレステロールはエタノールに1000倍濃度に溶解されていたが、エタノールはよく使われる溶媒である。「それは溶媒に過ぎないのですが、その溶媒こそ、寿命を延ばす作用がある事が判ったのです。コレステロールは何の関係もありませんでした。エタノールは1000倍希釈で作用するだけでなく、20,000倍希釈でも活性を持って至る事が判りました。ほんの僅かな量であれば適当に調合しても、その効き目に変わりはありません。」と同博士は言う。
では、微量のエタノールの量とはどのくらいなのでしょう?「この濃度は、ティースプーン1杯のエタノールをバスタブ満杯の水に溶かした位です。或いは、グラス1杯のビールを100ガロンの水に混ぜた位の薄さです。」とクラーク博士は説明するが、どうしてこのような極微量のエタノールが寿命の延長に作用するのだろうか?「全ての答えは判りません。それなりの説明は出来ない事も無いのですが、今回のケースには当てはまりません。判っていることは、エタノール濃度を増やせば、もはやCエレガンスは長生きできないという事です。極微量のエタノールが、彼等にとって最大限の良薬なのです。」とクラーク博士は言う。80単位を超えれば、エタノールの効用は無くなる事が確かめられている。このように研究はなされているが、人間にも同じように有用かどうかの答えは得られていない。人間の場合、適量のアルコール摂取は心血管の健康に有用であると言う知見が、この場合のメカニズムを説明する上で適用できるかどうかは不明であるにしろ、その可能性については興味があるとクラーク博士は述べている。
フォローアップ研究において、クラーク博士の研究チームは、Cエレガンスの寿命を延ばすメカニズムについて研究を進めている。Cエレガンスの遺伝子の凡そ半分はヒトの遺伝子と同等性があるので、もしCエレガンスの寿命の延長に関与する遺伝子を同定できれば、ヒトの老化に関連する情報を得る事が出来るかもしれない。「よく使われる溶媒であるエタノールが、このような極低濃度でCエレガンスに大きな影響を与える事は、他の研究者にも重要な情報になると思います。更に興味をそそられるのは、ストレス下の生育条件におけるCエレガンスの変化です。顕微鏡で拡大して観察すると、少量のエタノールの投与によって、エタノールを与えない対照に比べて、より顕著に健全になる様は驚くべき事です。」と主著者のパウロ・カストロは話す。同氏はクラーク博士の研究室のUCLA生化学科の学士課程の学生(2010年)で、UCサンタ・クルツの生物工学科のPh.D課程も専攻していた。
「ヒトにおいて、多量のアルコール摂取による生理学的影響については、様々な弊害をもたらすと認識されています。しかし昨今の研究では、一日に1-2杯のワインやビールに相当する、少量から適量のアルコール摂取は、心血管の疾病リスクを低下させ寿命の延長に繋がる事が実証されています。」と、元UCLA生化学科と分子生物学科のPh.D課程の学生で、現在はサンジエゴのノバルティス・研究開発機構のゲノム研究所のポスドク研究員で、本論文の共同著者であるシルピ・カーレ博士は話す。「これらの効用が魅力的だとしても、私達の理解では、それを支えている生化学的メカニズムは幼少期に留まっている。私達は、極微量のエタノール摂取が、Cエレガンスにとって“長寿薬”として効くのは、飢餓状態のストレス下で生育する時である事を示しました。」とカーレ博士は続ける。そして「メカニズムは未だに明確では無いですが、私達の研究結果では、この1mm長のラウンドワームは、高エネルギー代謝の中間体を生合成するプリカーサーとして微量のエタノールを直接利用するか、寿命を延ばす作用への信号として間接的に活用している事を、明らかにしました。この発見によって、人間にとって少量のエタノール摂取が生理学的観点からどのように作用し、心臓疾患のリスクの低下や健康の増進の研究を進めるために、大変役に立つと思います。」と語る。クラーク博士の研究室では、1980年代の初期に、タンパクを修復する酵素を初めて同定し、細胞にとってタンパク修復作用が大変重要である事を示した。
現行の研究では、このタンパク修復酵素が欠損した幼生は、ストレス下で飼育した場合、寿命の低下が顕著に現われる事が明らかにされている(150種を超える酵素が、DNAのダメージ修復に関与し、タンパク修復酵素は1ダースほど同定されている)。「生体分子の寿命は1週間から1ヶ月です。長生きしたければ生体分子の寿命を延ばす必要があるのです。その方法は、DNAを修復する酵素やタンパクを修復する酵素を活用して、生体分子の入れ替えや修復を促進する事なのです。」とクラーク博士は説明する。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください: Tiny Amounts of Alcohol Dramatically Extend a Worm’s Life Span
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