Gladstone研究所とSanBio社、幹細胞の改変により脳活動の回復を確認―脳卒中から1か月以上経過後でも効果あり

アメリカでは40秒に1人が脳卒中を発症しています。最も一般的なタイプである虚血性脳卒中の生存者のうち、完全に回復するのはわずか約5%です。多くの患者は、長期にわたる筋力低下、慢性疼痛、またはてんかんといった後遺症に苦しみ続けます。このたび、グラッドストーン研究所と再生医療企業SanBio社の科学者らは、幹細胞に由来する細胞治療が、脳卒中後に失われた正常な脳活動のパターンを回復させることを示しました。多くの脳卒中治療は発症直後の数時間以内に投与される必要がありますが、本研究で用いられた細胞治療は、発症から1か月後にラットへ投与しても有効であることが確認されました。

 「現在、脳卒中発症から数週間や数か月後に投与できる治療法は存在しないため、これは非常に画期的です。」と述べるのは、本研究を主導したグラッドストーン研究所のジーン・パズ博士(Jeanne Paz, PhD)です。論文は『Molecular Therapy』誌に掲載されました。

「今回の発見は、このタイミングでも介入によって改善が可能であることを示唆しています。」

本研究は、オープンアクセス論文「Modified Human Mesenchymal Stromal/Stem Cells Restore Cortical Excitability After Focal Ischemic Stroke in Rats(改変ヒト間葉系幹細胞によるラット焦点性虚血性脳卒中後の大脳皮質興奮性の回復)」として、2024年12月11日に発表されました。

 著者には、グラッドストーン研究所のアグニェシュカ・シェシエルスカ(Agnieszka Ciesielska)、ジェレミー・フォード(Jeremy Ford)、ブライアン・ヒガシクボ(Bryan Higashikubo)、デール・テイガー(Dale Tager)、アレクサンダー・アリー(Alexander Urry)、そして責任著者のジャンヌ・パズ博士(Jeanne Paz PhD)が含まれます。また、SanBio社からはバーバラ・クライン博士(Barbara Klein PhD)、パトリシア・モラン・ロサダ(Patricia Morán Losada)、アナ・サトウ(Anna Sato)、サジタ・シャー・モラレス(Sajita Shah-Morales)、ジュリアネ・ボンボシュ(Juliane Bombosch)、ウェイチェン・チャン(Wei-Cheng Chang)、ヤイサ・アンドリュース・ズウィリング(Yaisa Andrews-Zwilling)、ビジャン・ネジャドニク(Bijan Nejadnik)、ズハ・ワライチ(Zuha Warraich)らが共著者です。

この研究は、グラッドストーン神経疾患研究所(Gladstone Institute of Neurological Disease)およびSanBio社から資金提供を受けて実施され、SanBio社はこの治療法に関する仮特許を出願しています。 

本研究で使用された改変幹細胞は、脳卒中および外傷性脳損傷の治療を目的として10年以上にわたり臨床開発が進められてきました。すでに実施された臨床試験では、一部の患者において腕や脚の運動機能を回復させる効果があることが示されています。しかし、これまでその症状改善に関与している脳内の変化については明らかになっていませんでした。

今回の研究は、幹細胞が脳活動に与える影響を初めて詳細に明らかにしたものです。この成果は、幹細胞治療の改良に寄与するだけでなく、脳に類似の影響を与える新たな治療法の開発にもつながる可能性があります。

 

脳の過興奮性(ハイパーエキサイタビリティ)を標的に

虚血性脳卒中は、血栓や血管の狭窄などによって脳の一部への血流が遮断されることで発症します。これにより脳細胞は酸素や栄養の供給を絶たれ、一部の細胞は死に、他の細胞は活動状態を変化させます。 

ジャンヌ・パズ博士は、脳卒中による脳の変化が長期的な問題、たとえばてんかんの原因となることに長年取り組んできました。彼女や他の研究者らは、損傷を受けた脳領域の細胞が過剰に活性化され、他の脳領域へ強すぎたり頻繁すぎたりするシグナルを送る「過興奮性」状態になることを発見しています。

「この過興奮性は運動障害やてんかん発作と関連があることがわかってきましたが、それを効果的に逆転させる治療法はこれまで開発されていませんでした」と語るパズ博士は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UC San Francisco)の神経学部門の准教授でもあり、さらに、脳卒中後のてんかん発症を防ぐための発見を加速させることを目的とした国際的な共同研究体「国際ポストストロークてんかんコンソーシアム(International Post-Stroke Epilepsy Consortium)」のメンバーでもあります。

 

顕著な効果

 本研究において、パズ博士とその共同研究者らは、SanBio社が開発中の幹細胞治療を検証しました。ラットに脳卒中を起こさせた1か月後、改変されたヒト幹細胞を脳損傷部位の近くに注入しました。その後数週間にわたり、脳内の電気活動を測定し、個々の細胞や分子レベルでの変化も解析しました。

 その結果、この治療法は脳卒中を起こしたラットの脳における過興奮性を逆転させ、神経ネットワークのバランスを回復させることが確認されました。さらに、脳機能や修復に重要な複数のタンパク質および細胞が増加していました。

 興味深いことに、移植から1週間後の時点でラットの脳内に残っていたヒト細胞は1%未満であったにもかかわらず、治療の効果は持続していました。

 「この細胞は、脳本来の修復プロセスをいわば“再起動”させているようです。」と語るのは、SanBio社の主任研究員であり、本研究の筆頭著者のひとりであるバーバラ・クライン博士(Barbara Klein, PhD)です。

「これは、脳卒中の慢性期においても回復の可能性を開く、新たな“治療の窓”を意味するかもしれません。」 

研究チームはさらに、幹細胞治療を受けたラットと受けていないラットの血液サンプルを解析しました。その結果、炎症や脳の健康に関わる多数の分子を含む、血中の特定の分子の組み合わせが変化しており、治療によりそれらが正常レベルに回復することが分かりました。

 「これらの効果があまりにも顕著だったため、我々は実験を何度も繰り返しました。最初は自分たちでも信じられなかったのです。」と語るのはパズ博士です。

「短期間しか脳内に存在しない細胞を注入するだけで、脳の過興奮性だけでなく、全身にも持続的な影響を及ぼすとは驚異的です。」

 

今後の治療法への影響

 研究チームによれば、今回の研究で最も希望が持てるのは、「脳卒中から1か月後でも、脳の正常な興奮状態を回復させる治療が可能である」ことを示した点です。

 「これは、これまで治療の選択肢がなかった慢性期の脳損傷患者にとって希望の光となるかもしれません」と語るのは、グラッドストーン研究所のパズ研究室に所属する博士研究員で、本研究の筆頭著者のひとりでもあるアグニェシュカ・シェシエルスカ博士(Agnieszka Ciesielska, PhD)です。

 ただし、幹細胞による過興奮性の軽減が、最終的に患者の症状の改善につながるかどうかを確認するには、さらなる研究が必要です。もしその関係が証明されれば、過剰に活動する神経細胞を鎮めるための追加的な治療法の開発につながる可能性があります。

 チームはまた、幹細胞がどのようにして脳機能を改善しているのかを、今後より詳細に解明していくことを目指しています。鍵となる分子が特定できれば、その効果を模倣する低分子薬の開発も視野に入ります。 

今回使用されたSB623細胞は、SanBio社が、脳卒中や外傷性脳損傷後の慢性的な運動障害の治療を目的として開発してきたものです。この治療法は最近、日本において外傷性脳損傷後の慢性期運動麻痺の改善を目的として承認されました。SanBio社は現在、適応拡大および米国食品医薬品局(FDA)からの承認取得を進めています。

 

グラッドストーン研究所について

 グラッドストーン研究所は、病気の克服を目的に、先見的な科学とテクノロジーを駆使する独立系の非営利ライフサイエンス研究機関です。1979年に設立され、サンフランシスコのミッションベイ地区というバイオメディカルとテクノロジーの中心地に位置しています。グラッドストーンは、従来の科学の枠を超える研究モデルを構築し、大胆なアイデアに資金を提供し、最も優秀な頭脳を引き寄せています。

 

写真;グラッドストーン研究所とサンバイオの科学者チームが、脳卒中後の脳活動に対する幹細胞治療の効果について初めて詳述した。左から右に科学者たち: Jeanne Paz、Barbara Klein、Agnieszka Ciesielska、Yaisa Andrews-Zwilling、Zuha Warraich。


[News release] [Molecular Therapy article]

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