マウス脊髄神経細胞の再生を増大する新たなアプローチ
テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターの研究チームは、成体ほ乳類の脊髄の成熟神経細胞再生の増大に成功した。いつかこの成果を脊髄損傷患者治療の改善に応用できるようになるかも知れない。
この研究論文の首席著者で、テキサス大学サウスウェスタンのAssociate Professor of Molecular Biologyを務めるDr. Chun-Li Zhangは、「この研究で脊髄損傷再生治療の基礎ができた。再生過程に関わっている経路の分子レベルと細胞レベルの重要なチェックポイントを突き止めた。脊髄損傷には、これを操作して神経細胞再生を増大させることも考えられる」と述べているが、Cell Reportsに掲載されたこのマウスでの研究は初期の実験段階であり、まだ臨床に応用できる段階ではないと慎重に語っている。
この論文の筆頭著者、Dr. Zhang研究室ポスドク研究員のDr. Lei-Lei Wangが行ったいくつものin vivoスクリーニングが今回の発見につながったのだが、論文で、「脊髄損傷は致命傷になることもあり、また重度の障害をもたらすこともある。また、生存者も身体のマヒに悩み、生活の質が下がり、経済的にも精神的にも大きな負担に悩むことが多い」と述べている。
2016年10月11日付Cell Reportsのオープンアクセスに掲載されたこの論文は、「The p53 Pathway Controls SOX2-Mediated Reprogramming in the Adult Mouse Spinal Cord (p53経路で、SOX2仲介による成体マウスの脊髄のリプログラミングを制御)」と題されている。
脊髄負傷は回復不可能な神経ネットワークの損傷につながり、究極的には瘢痕と合わさって運動機能、感覚機能の障害になることがある。Biomedical ResearchのW.W. Caruth, Jr. Scholarで、Hamon Center for Regenerative Science and MedicineメンバーのDr. Zhangは、「それというのも、成体の脊髄は損傷を受けたニューロンを再生して治癒する能力がほとんどないからである」と述べている。Dr. Zhang研究室では、中枢神経系でもっとも豊富な非ニューロン細胞のグリア細胞に注目している。グリア細胞は脊髄の神経細胞を支持する細胞で負傷すると瘢痕組織を形成する。2013年から14年にかけて、Zhang研究室では、成体グリア細胞をもっと原初的な幹細胞様状態に変化させる転写因子を導入し、さらにこの細胞を成体神経細胞にまで成熟させることでマウスの脳と脊髄の神経細胞を新たに創り上げることに成功した。この方法で新しく再生した脊髄細胞の数は少なかったが、研究チームはこの成体ニューロン産生を増幅する方法の開発に専念している。
2段階のプロセスで研究チームは、まず、グリア細胞を神経細胞に変化する能力を持った原初的な幹細胞に似た細胞にリプログラミングするため、それを阻害しているp53-p21タンパク質経路の一部を抑制した。阻害を取り除くことはできたが、幹細胞様段階から先に進まない細胞が多く現れた。次のステップとして、成体ニューロンに成長する幹細胞様細胞の数を増やす因子を求めてマウスの選別を行った。Dr. Zhangは、「この目的に合ったBDNFとNogginという2つの成長因子を突き止めた」と述べている。この手法を使うことで新しくニューロンに成長する細胞の数が10倍もの効率で増えた。さらに、「p53-p21経路を抑制することで前駆 (幹細胞様) 細胞を生じさせた時はごく少数が成熟しただけだったが、2種の成長因子を加えると前駆細胞も何万倍もの高率で成熟した」と述べ、さらに、神経細胞の情報伝達に必ず見られるバイオマーカーを探す研究でも新しくニューロンになった細胞がネットワークを形成していることが示された、と付け加えている。
Dr. Zhangは、「p53の活性化は、がんなどのように抑制のない増殖などに対して細胞を保護すると考えられているから、一時的にp53経路を不活性化したマウスを15か月にわたって観察したが、脊髄のがんリスクの増加は認められなかった。成体脊髄に様々なサブタイプの長期生存可能な新しいニューロンを大量につくり出すことができたのだから、脊髄損傷にも細胞レベルの再生治療が可能になる。将来の研究に受け継がれれば、この手法は患者自身のグリア細胞を用いることで移植手術とそれに伴う免疫抑制療法の必要を避けることができるようになるのではないか」と述べている。
Cell Reportsで発表されたこの研究論文の著者には、他にもテキサス大学サウスウェスタン, Molecular Biology and the Hamon Centerのポスドク研究者のDr. Wenjiao Tai、上席研究員のYuhua Zou氏、元UTSW客員講師で、現在は中国上海市の中国科学院神経科学研究所 (Institute of Neuroscience) と第二軍医大学所属 (Second Military Medical University) に所属するDr. Zhida Su、さらにIndiana University School of Medicineの研究員も1人加わっている。
原著へのリンクは英語版をご覧ください
Regeneration of Nerve Cells in Spinal Cords of Mice Is Amplified by New Approach
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