結核菌のチオール生産を標的とした新たな治療戦略の可能性

 結核治療の新たな可能性:チオール恒常性を狙うアプローチとは?結核は、毎年世界中で数百万もの人々が発症し、100万人以上が命を落とす深刻な感染症です。治療法は確立されているものの、数カ月にわたり抗生物質を毎日服用し続ける必要があり、これが患者の負担となることが多く、より短期間で治療可能な新たな薬剤の開発が急務とされています。

 このような背景のもと、米国国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH)のネハ・マルホトラ博士(Neha Malhotra, PhD)らの研究チームは、新たな治療標的を探るため、泥炭地(ピートボグ)に着目しました。本研究は2024年12月3日付で、オープンアクセスジャーナル『PLOS Biology』に掲載されました。

論文タイトルは「Environmental Fungi Target Thiol Homeostasis to Compete with Mycobacterium tuberculosis(環境由来の菌類が結核菌のチオール恒常性を標的とする競争メカニズムの解明)」です。

研究では、泥炭地に生息する菌類が、結核の原因菌であるマイコバクテリウム・チュベルクローシス(Mycobacterium tuberculosis)に対してどのような影響を及ぼすのかを調査し、特定の菌類が結核菌の細胞内チオール濃度を大きく変化させることを発見しました。この知見は、結核菌の生存に必須なチオール代謝を標的とする新たな治療戦略の可能性を示唆しています。

 

ピートボグにおける菌類と結核菌の生存競争

研究チームが注目したピートボグ(泥炭湿地)は、酸性かつ栄養・酸素が乏しい環境であり、結核菌と同じマイコバクテリウム属の細菌が豊富に生息しています。興味深いことに、これらの湿地には、結核患者の肺病変と類似した特徴を持つ「灰色層」と呼ばれる分解層が存在します。

この灰色層には、マイコバクテリウム属の細菌が多数生息しているだけでなく、菌類との競争が激しく繰り広げられています。研究者らは、ここに生息する菌類が結核菌に対しどのように競争を繰り広げているのかを調査しました。

 

菌類が産生する結核菌に対する有毒物質の発見

研究チームは、米国北東部の泥炭地から採取した約1,500種類の菌類を結核菌と共培養し、その影響を調べました。その結果、結核菌に対して有毒な影響を示す5種類の菌類を特定しました。さらに詳細な実験により、これらの菌類が産生する3種類の化合物が、結核菌に対して強い毒性を示すことが明らかになりました。

 

パツリン(Patulin)

シトリニン(Citrinin)

ニドゥラリンA(Nidulalin A)

これらの化合物は、それぞれ異なるメカニズムを持ちながらも、共通して結核菌のチオール恒常性(thiol homeostasis)を著しく乱すことが判明しました。チオールは、細胞の生存や代謝に不可欠な分子であり、その制御が乱れると細胞の機能が失われ、死に至る可能性があります。

 

結核菌のチオール代謝を標的とした新たな治療戦略

研究結果から、結核菌のチオール濃度を維持する生体プロセスを標的とすることで、新しい治療法の開発が可能になることが示唆されました。特に、ピートボグ環境と結核患者の肺病変の類似性を考慮すると、この戦略は結核治療期間の短縮につながる可能性があります。

 ただし、本研究で発見されたパツリン、シトリニン、ニドゥラリンAは、直接の薬剤候補とはなり得ないことも明らかになっています。これらの化合物は強い毒性を持つため、安全性の観点から薬剤としての使用は難しいと考えられます。しかし、今回の発見は、結核菌のチオール代謝を標的とする新薬開発のための指針を提供する重要な知見であるといえます。

 

今後の展望

研究チームは、今回の発見を基に、結核菌のチオール制御を標的とした薬剤開発の可能性をさらに探る予定です。今後の研究では、以下のようなアプローチが期待されます。

 

チオール代謝に関与する結核菌の遺伝子や酵素の特定

既存の抗結核薬との相乗効果を示すチオール代謝阻害薬の開発

ヒト細胞に対する毒性が低く、結核菌に選択的に作用する化合物のスクリーニング

 

研究チームは、次のように述べています。

「ハンセン病(らい病)や結核の原因となる病原性マイコバクテリウムは、酸性で低酸素・低栄養のピートボグに多く生息しており、この環境では微生物間の熾烈な競争が繰り広げられています。我々はこのような環境から菌類を分離し、結核菌と直接競争するものを探索した結果、それらが共通してチオール代謝を標的とすることを発見しました。」

 

本研究は、泥炭地における微生物間の競争メカニズムが、感染症治療の新たなブレークスルーにつながる可能性を示した画期的なものといえます。今後の研究により、結核治療の新たな選択肢が生まれることが期待されます。

 

画像:Mycobacterium tuberculosis

[News release] [PLOS Biology article]

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