脳は我々の体の中で最も複雑な器官であり、常に周囲の環境を吸収し、解釈し、我々の動作、思考、行動、感情を導いている。人間は、氷は冷たい、火は熱い、ナイフは鋭いなど、周囲の環境を基本的に理解しているが、処理した情報については、一人ひとりが独自の解釈をしているのだ。例えば、全く同じ食事をした後、同じ音を聞いた後、あるいは共有の社会的交流から離れた後、2人の人間は全く異なる反応を示すことがある。

脳の神経回路を研究しているボストン大学芸術科学部生物学助教授のJerry Chen博士は、感覚処理、意思決定、学習・記憶などの認知機能を制御する遺伝的・電気的影響の関係をよりよく理解することを目指している。

「神経コードを解読するためには、少なくとも2つのことを知る必要がある」「まず、被験者がさまざまな認知課題を遂行する際の脳内ニューロンの活動を測定できるようにする必要がある。そしてもうひとつは、それらの神経細胞が発現している遺伝子から、その正体を知ることだ」とChen博士は説明した。

Science誌の12月7日号に掲載された彼の最新の研究成果では、Chen博士と彼の共同研究者らは、マウスの脳が感覚情報、特に触覚の知覚を理解する方法を明らかにした。

この新しい発見は、脳卒中などの神経疾患から、知覚が変化する自閉症スペクトラム障害などの神経精神疾患まで、幅広い疾患に関連するものだ。さらに、この新発見は、精神・神経疾患に対する標的治療や介入につながる画期的なものだ。

このScience誌の論文は「感覚皮質における回路ハブの高密度な機能および分子的読み出し(Dense Functional and Molecular Readout of a Circuit Hub in Sensory Cortex)」 と題されている。

Chen博士は、以下のQ&Aで、この研究の目標、方法論、発見、影響について述べている。

1)何を研究しようとしたのか?この問題を調べようと思ったきっかけは何か?

我々の研究室は、知覚と認知の神経基盤を研究することに興味を持っている。脳は身体の中で最も複雑な器官だ。その複雑さは、脳内の何十億もの神経細胞がすべて同じではないという事実によって部分的に規定されている。何十万もの異なるタイプのニューロンがあり、それぞれ異なる機能を果たし、異なる計算を実行しているのだ。脳の働きを本当に理解するためには、脳を個々の構成要素にまで分解し、これらの構成要素が行動時にどのように相互作用するかを考え始める必要がある。

2)この研究に貢献した世界初の「ニューロンカタログ」技術とは何か?

アレン脳科学研究所の共同研究者らは、脳内のすべての種類の細胞の戸籍を作成し、『ニューロンカタログ』を作成することを目標としていた。これは、複数の研究機関の複数のチームによる共同作業の一部だ。そのカタログは、ニューロンの分子組成を記述しているだけで、必ずしも、ニューロンの機能やそれらが実行する計算については、何も語っていない。私の研究チームが開発した技術は、このカタログの新しい情報を活用し、さらに次の情報、つまり細胞の活動パターンを追加するものだ。これにより、カタログに載っている細胞の機能を包括的に研究することができるようになった。これが、Comprehensive Readout of Activity and Cell type MarKers、すなわちCRACK(=「神経回路を解く」という当て字)と呼ばれる所以だ。我々のCRACK技術は、研究者が脳内のすべての細胞について分子と機能の両方の情報を収集できるようにする、『カタログ2.0』への道を開くものだ。

3) 研究の中で、この技術をどのように応用したのだろうか?

我々はCRACKプラットフォームを応用し、触覚に関わる大脳皮質の特定の部分を研究している。我々は、動物が環境中の物体に触れたときに、カタログの異なるニューロンがどのように情報を処理し、他のニューロンと会話しているかを調べた。また、環境が変化した時に、ニューロンがどのように適応するのかを調べた。

4) 発見された内容は?

あなたが周りの世界を知覚しているとき、脳はその場面を構成する刺激を処理することを組み合わせて行っている。しかし同時に、あなたが感じていることを解釈するために、過去に学習したことに基づいて情報を埋め込もうとするのだ。例えば、あなたがバッグの中から車の鍵を探しているとしよう。脳は鍵の感触を学習しているので、異なる質感や形状のものを感じながら情報を補い、探索の指針としているのだ。しかし、鋭いエッジのような何かを感じるときがある。それは、本当に飛び抜けて、正しい道にいること、そして、たぶん鍵を見つけたことを教えてくれるのだ。我々の発見は、本質的に、カタログの中に『ハブ細胞』と呼ばれる特定の細胞からなる専用の回路があることを明らかにした。これらの細胞は、さらに調査する必要のある顕著な特徴を発見したことを脳に知らせるのに役立っている。

5)最も驚いた発見は何か?

『特徴検出』に重要であると同定した『ハブ細胞』が、環境が変わると面白いように反応することがわかったことだ。学習や適応に重要であることが知られている遺伝子の中には、環境の変化に応じて上がったり下がったりするものがあるのだ。我々は、それらの遺伝子がハブ細胞の中で常に「オン」になっていることを発見した。これは、現在のいくつかの原則に反している。環境が変化すると、これらの細胞はその変化を補償しようとすることで反応する。これは、古い環境での情報処理方法を回路が「覚えている」、あるいは「忘れない」ための方法ではないかと考えている。

6)今回の研究成果の意義は何だろうか?

今回の発見は、脳卒中などの神経疾患から、知覚が変化する自閉症スペクトラムなどの精神神経疾患まで、幅広く応用できる可能性がある。脳を均質な組織として捉えるのではなく、どのような細胞が最も関連しているかを理解することで、ターゲットを絞った治療法を開発することが可能になる。これは、特定の症状の根本的な原因を直接治療すると同時に、他の治療薬や介入方法による好ましくない副作用を回避できる可能性がある、画期的な進歩だ。

7)次はどんなことを研究したいか?

新しい技術や知見に基づいて、さまざまな方向に進んでいる。特に、カタログにある特定の種類の細胞で構成された、神経可塑性のための専用回路という考え方は、我々の研究でも意外な発見だったので、とても興味深いものだ。特に、脳の他の部位に同様の回路が存在する可能性があり、それが学習や記憶の際に、また時間を超えてどのように機能するかを調べているところだ。

(Image credit: Nicolle Fuller, Sayo Studios)

BioQuick News:How Do We Provide Meaning to Our Environment? Trying to Crack the Neural Code of the Brain

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