生物固体の全細胞が同じDNAという設計書を持っているが、個々の細胞は、その細胞が存在する組織に固有の機能を果たすため、設計書の異なる箇所を読み、発現するようにできている。たとえば、神経細胞は、他の神経細胞に情報を伝えることができるようになる遺伝子を発現し、免疫細胞は抗体を作ることができるようになる遺伝子を発現する。
大部分の遺伝子発現は厳密に調節されており、人体も単に似た細胞が集まっているわけではなく、全体で機能を発揮する複雑な存在になっている。各細胞がDNA中のその細胞に対応した情報を読み取る仕組みは非常に重要でありながらまだ完全には理解されていない。このプロセスが転写因子と呼ばれるタンパク質によって司られていることは分かっており、この因子が遺伝子の特定部位に結合し、正しい組み合わせになれば遺伝子のシーケンスを読み取ることができるのだが、DNA中の機能的な転写因子結合部位を突き止めることは非常に難しい。転写因子や細胞の種類が膨大な数になるため、可能な組み合わせはほとんど無限に考えられ、どの結合がどこで、いつ、どのようにして行われるかを判断することは非常に難しい。
さらには、ゲノムワイドのマッピング作業で、転写因子がほとんどあたりかまわず結合し、遺伝子のオン・オフが行われない部位にさえ結合することが観察されているため、むしろ混乱に輪をかける結果になった。
ミズーリ州カンザス・シティ、Stowers Institute for Medical Researchの研究チームは、個々の転写因子が結合するゲノムの部位を正確にしかも高い信頼度で解析できる高解像度法を開発した。このテクニックは標準的なテクニックをはるかに引き離すものである。
2015年3月9日付Nature Biotechnologyオンライン版に掲載された新しいテクニックを用いて、機能する可能性の高い転写因子結合部位がはっきりとしたフットプリントを残すことを突き止めた。
これは転写因子が厳密に特定のシーケンスを選んで取りつくことを示している。それとは対照的に、機能が疑わしい結合部位は以前の研究では結合と判定されていたが、むしろ不特定の散乱パターンを示しており、新しいテクニックでは結合と判定されなかった。
この研究論文の筆頭著者で、StowersのAssociate Investigatorを務めるJulia Zeitlinger, Ph.D.は、Stowersでの同僚、Qiye He, Ph.D.やJeff Johnstonも加わったこの研究で、「新しいテクニックで微妙な違いを判別することができるようになったし、その精度は予想しなかったほどだ」と述べている。
さらに、「特定の転写因子が結合する特定のシーケンス・モチーフを識別することができるだけでなく、結合特異性に関与していると思われる付加シーケンスも識別することができる。以前よりはるかに情報が増えており、それによって、このような因子が遺伝子情報に基づいて発現を調節する仕組みをより深く理解できるようになった」と述べている。
過去15年間、転写因子がゲノムに結合する部位をマッピングするためのテクニックがいくつも現れた。このようなテクニックはいずれもクロマチン免疫沈降またはChIPと呼ばれる方法を基本にして開発されたもので、いずれも原則的にタンパク質をDNA上の所定の部位につなぎ止め、そのDNAを扱いやすい大きさに切断し、タンパク質で結合された断片を分離するという手法を取っている。この断片に含まれているシーケンスを決定するため、研究者は様々な方法を取ってきた。
ChIP-chipは、マイクロアレーまたは遺伝子チップ・テクノロジーを用いて転写因子のフットプリントの現れる周辺全般を見つける方法である。ChIP―seq法は、最新のシーケンシング技術を用いてChIP-chipを改良したテクニックだが、それでもフットプリントの位置を正確に突き止めることはできない。さらに画期的なテクニックとして、Penn State University のFrank Pugh, Ph.D.と同僚研究者が開発したChIP-exo法が現れた。
この手法はエクソヌクレアーゼという酵素を加えることでDNAの断片を転写因子が結合した場所に戻すというもの。この最新のテクニックも各転写因子の正確な位置を調べるのには役立つが実用面では問題がある。
Dr. Zeitlinger は、研究室で何度かChIP-exoテクニックを使おうとしたが結局あきらめ、自分で新しい手法を開発することにした。
15年以上もChIP-chipやChIP-seqを使ってきた後では、ChIP-exoで得られるDNAの微少量では、正確なシーケンス情報を求めることはあまりにも難しかった。
それとは別の研究で学生のRNAテクニックを手伝っている際に新しい方法を思いついた。普通、DNAの断片を解析にかける準備作業としてシーケンシングの開始部位として少し余分にシーケンスを加える。
従来、この準備には、サンプル断片の前に少しのシーケンスを付け加え、後にも少し付け加えるという非能率な「ライゲーション」作業を行う。Dr. Zeitlingerと同僚の研究チームは、ただ1回のライゲーションで同じ結果を得る方法を編み出した。断片の末尾にシーケンスを少し加え、その断片を輪にするのである。
さらに、シーケンシング作業で起きるエラーや人為的なミスを検出するためにライゲーションに用いるDNAの断片にランダムなバーコードを組み込んだ。
研究チームはその独自の手法を、「エクソヌクレアーゼ、固有バーコード、単一ライゲーションを用いたChIPによるヌクレオチド解像度の実験」、またはChIP-nexusと名付けた。
チームがChIP-nexusを使い、ヒトTBP、ショウジョウバエNF-κB、Twistタンパク、Maxタンパクという4種のよく知られたタンパク質のフットプリントをマッピングした時に、解像度でも特異度でも常に従来のChIP-seqを上回っていることを確認した。
この新しいテクニックは、特定のシーケンスに長期間しっかりと留まっている転写因子がつくり出す正真のフットプリントとタンパク質が適正な結合位置を探している際にシーケンス内に一時休止することによって発生するバックグラウンド・ノイズとを判別することができた。
信頼性の高い正真のフットプリント情報を揃えることで転写因子が結合する際に選択する部位についてより詳しいシーケンス情報を得ることができる。
Dr. Zeitlingerは、そのテクニックがその分野で重要な一歩を進めており、やがては遺伝子調節研究の分野でChIP-seqに取って代わるだろうと考えている。
Dr. Zeitlingerは、「転写因子が入り込み、DNAを開き、遺伝子をスイッチオンする仕組みについては今でも非常に単純な構想をいだいている。転写因子の解析を数多く重ねれば遺伝子発現をより理解するために必要な情報が集まるのではないか」と述べている。
特に、彼女の研究チームが開発したテクニックで、人類の間で自然に存在するようなDNA中のわずかな変化が転写因子結合に影響し、個々人の遺伝子発現に違いをもたらす機序を解き明かすようになることを望んでいる。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください: New ChIP-Nexus Technique Precisely Maps Individual Transcription Factor Binding Sites in the Genome, Vastly Outperforming Existing Techniques



