Hebrew University of Jerusalemとカリフォルニア州の研究チームは、有望とされている抗がん治療がなぜ腫瘍細胞の死滅に期待したような効果を挙げられないのか、その原因解明に一歩近づいた。同チームの研究成果は、この手詰まり状態を打開するために大きな理解をもたらしてくれるかも知れない。研究対象になった問題の治療法は、mTOR (哺乳類ラパマイシン標的タンパク質) の活性阻害をターゲットとするものである。
mTORは、細胞が環境から受け取った分子シグナルの処理の管理に重要な役割を果たしており、各種固形がんで特に強く活性化されることが知られている。これまで薬剤によってmTORの活性を阻害する方法では、がん性腫瘍外層のがん細胞を死滅させることはできているが、腫瘍の中心部に対しては、これまでの臨床治験では思わしい成果が得られていない。酸素供給量が低下する状態、すなわちhypoxiaと呼ばれる低酸素環境は殆んど全ての固形腫瘍に対して作り出す治療であるが、それに対する腫瘍の反応の有様は多岐にわたる。mTORのシグナリングが低酸素状態の影響を受け、また変化を受けることは知られているが、この現象を説明できるメカニズムはまだ明らかになっていない。
Hebrew University of Jerusalem、Institute of ChemistryのProfessor Emeritus Raphael D. Levineや、California Institute of Technology、David Geffen School of Medicine at UCLAの研究者を含めた研究チームは、抗mTOR薬剤の効力の低下が脳腫瘍モデルにおけるmTORのシグナリングに対する低酸素状態の影響によって説明できるのではないかとの仮説に基づいて研究を進め、その研究成果はPNASの最近の記事で紹介されている。この研究では新技術のマイクロチップを用いており、個々のがん細胞のmTORタンパク質シグナル・ネットワークを測定することが可能になった。
さらに、測定結果の分析には物理学を応用した理論的なツールを用いており、このように複合的なアプローチを取ることで、通常なら複雑すぎる生体系を単純化できている。その結果、通常、固形がんに共通するレベルの低酸素状態でmTORシグナル・ネットワークが2種類の特性の間で切り替わることを突き止めた。
研究チームの理論的モデルは、切り替わり点でmTORが本質的に薬物に対して無反応になると予測した。
さらに、実験と理論を組み合わせた結果、切り替わり点で一種の相転移が起きていると解釈できることが示された。これはそれまでの生体系では観察できないことだった。
この相転移は2種類のシグナル・ネットワークの間の切り替わり点であり、この点を境にしてさっと切り替わるのだった。
シグナルに変化が起きるというのは、その細胞が先ほどまで示していた反応を突然示さなくなるということである。腫瘍の場合、mTORの「薬剤効果」が突然消え、腫瘍が阻害されなくなることを意味している。
この研究結果からいくつかのことが考えられる。まず、mTOR阻害薬が効果を失う原因が説明できること。次に、何らかの複雑な生体的な動きがあることを示しており、これが疾患に有効な治療法を探している研究者を混乱させているが、物理学理論から編み出した実験的ツールや理論的ツールを効果的に用いれば理解が得られるかも知れないということである。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください:New Understanding of Why mTOR-Suppression-Based Cancer Therapy Stops Working at a Specific Stage
