疾患の動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用のシステム、すなわち、それぞれの疾患における臨床バイオマーカーの解明し、更にゲノムの情報や臨床検査に用いられている項目の値などを取り入れ、IT技術を用い総合的に判断することで、その疾患の患者さんの層別が出来ると考えています。   そして、この様な総合判断が一般化すると、現在市販されている医薬品の個々の患者さんにあった最適な選択も可能にし、更に今までphase2でドロップアウトした医薬候補品も、上記の様に患者さんを層別し、再度臨床試験をすることで医薬品にできる可能性もあると考えます。 更に、この様に層別した患者さんに適した医薬品を提供することが、本当にメデカルニーズにあった創薬と思います。   そこで、創薬の標的を考えるために、患者さんの層別に用いた疾患の動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用メカニズムを詳細に解析し、そのメカニズムのどの部分を創薬の標的にするかを検討する必要があります。それには薬理学的な観点から動的ネットワークを見る必要があり、そこでは今までゲノム解析情報や創薬研究者の経験と蓄積が生かされます。この様に創薬標的プロテインを探索することを製薬業界では「ターゲットバリデーション」と言います。 そして、ターゲットバリデーションした創薬標的プロテインが「既存標的」で健常な状態の生理学的な標的機能も、ヒトの病理学的な標的機能も科学的な理解が良くなされている場合は創薬研究に結び付けることがスムーズにできます。しかし、一般には、「新規標的」の場合が多く、発見された新規標的プロテインの多くはGタンパク質共役受容体(GPCR)とプロテインキナーゼが主な主流になっていると考えます。 創薬標的プロテインがターゲット細胞の外なのか、それとも細胞表面か、細胞内かを見極め、更にその標的プロテインが疾患を引き起こ

標的疾患の臨床試料から抽出される「動的ネットワーク」を構成するタンパク質群に対する薬剤などのキネティックスが解析されれば、一気に疾患メカニズムと治療標的、候補薬剤の同定に迫ることが可能となります。   そこで、臨床プロテオミクスとメタボロームを基に、ネットワークバイオマーカーを実験的に証明する必要があり、それぞれのバイオマーカーの相互作用、言い換えるとプロテインープロテイン相互作用(PPI)を解明することで、それはバイオシステムを構成する因子の機能構造を分子レベルで解析することです。それらを俯瞰して全体の動きやそれらがお互いに与え合う影響を総体的にとらえ理解することが必要であると思います。 そこで、その方法としては、標的疾患の臨床試料と疾患に影響の無い臨床試料を比較して、その中で疾患に関与しているプロテインを探索し、探索された疾患に関与するプロテインをゲノム解析や今までのプロテオーム解析情報を用いたコンピューター解析で同定します。しかし、このコンピューター解析で同定できない場合は、標的疾患の臨床試料を用いて疾患に関与するプロテインの構造を同定します。 それにはスループットと感度が高く、化合物の分子量や構造を確認できる質量分析の手法がこの分野で重要になっています。次に疾患に関与するプロテインが同定できたらそれと相互作用するプロテインを探索します。この様に実際に疾患状態で起こっている動的ネットワークのプロテインープロテイン相互作用のシステムを解明することで、その疾患のメカニズムが明らかになり、このプロテインープロテイン相互作用がこれからに創薬のターゲットになるのではないかと考えます。 そこで、ここでは探索的プロテインープロテイン相互作用を解明できる非常に有効な東京工業大学大学院生命理学研究所の林宣宏准教授が開発した、ハイスループット(HT)で測定できる二次元電気泳動法

東京大学生産技術研究所の会原幸一先生らは臨床バイオマーカーで正常(健康)状態と異常(疾病)状態の違いを定量的に示すことができるため、癌、心臓病、糖尿病などの診断において広く使われていますが、従来の静的バイオマーカーは、正常状態と疾病の早期状態や病態悪化の初期状態の違いをはっきり識別することが困難(なため)で、疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出をするには有効ではないため、正常状態と病態の臨界状態、病態初期状態あるいは病態悪化の動的状態遷移過程をはっきり識別することが出来る動的ネットワークバイオマーカー(DNB:Dynamical Network Biomarker)を提案しています。   このDNBを複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出に広く適用することで、適切なタイミングで適切な個別化医療を行なうことが可能となるものと期待されます。 前回の西村先生らの肺癌の臨床プロテオーム解析から、24 cancer-related KEGG pathways から得られたLPIA、MIAとAISのSTRING gene set enrichments(GSE)の結果でも、動的ネットワークバイオシステムがどのように病気ステージで変わるかを明らかにしました。更に癌細胞近傍の正常細胞も既に癌細胞特有のバイオシステムが高発現していることは、まさに会原先生らに提言している正常状態と病態の臨界状態を実験的に証明していると考えられます。 この様にバイオマーカーは上記の図のように、以前には何か単一のバイオマーカーを探索することで創薬に応用可能と考えられていました。更に、ゲノム解析からバイオマーカーシステムが明らかになりネットワークバイオマーカーの考え方が必要と言われるようになってきました。しかし、最近では今までは話してきたように疾病の早期診断や病態悪化などのステージの異なる臨床試料を用いた

前回述べたように現症診断にまだ多くを頼っている臨床の現場と、ゲノムから解析されたバイオメカニズムを用いターゲットを予想して科学的に開発された医薬品の間に、まだまだ大きな谷があって、そこを科学的に結びつけることがまだ十分でないためにその谷を埋めることが出来ないのが現状ではないでしょうか。   そのためには何が必要なのでしょうか?私は臨床の現場で起きている現症を分子レベルで解明することが非常に重要になっていると考えています。そのためには臨床試料を用いた臨床プロテオーム解析やメタポローム解析手法と最新の分析技術、更に最近のIT技術を応用したAIやマシンランニングの手法を総合的に活用して臨床現場で起きている現症を科学的に解明していくことが必要であると思うのです。 そこで、この点をはじめに臨床試料を用いた臨床プロテオーム解析から詳しく説明することにします。 その代表例としてアストラゼネカ社が上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤イレッサ(非小細胞肺癌治療薬)を合成・開発した際に、現在一緒に仕事をしている聖マリアンナ医科大学特任教授の西村先生たちは、臨床試料を用いるタンパク質発現・定量解析技術としての質量分析に基づく探索的プロテオミックス解析(MS-based discovery proteomics)手法を用いて、EGFRに変異がある人では受容体の形がイレッサと結合しやすい形になっているので、薬の効果が高まることを解明しました。 また、日本人などの東アジア人にEGFRの変異が多く認められる事を報告し、そのことがイレッサの医薬申請に大きく寄与しました。更に、臨床の現場でもEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異検査を行い、がん細胞を調べEGFR遺伝子に変異が起きている場合には、イレッサを投与するようになっています。 このように、疾患を起こしている機能分子はタン

それでは、本題の「創薬よ何処へ」に入りましょう。そこで初めは創薬研究現状と個別化医療などについて少し考えてみたいと思います。 近年創薬の分野は、以前から行われてきた低分子医薬、1990年後半から盛んに開発が行われ2000年初頭に製品化された抗体医薬、更にプロテイン-プロテインインターラクション(PPI)を阻害するようなサイクリックペプタイドのような中分子医薬や、ロシュ・ジェネンテックの抗がん剤のKadcylaのような抗体を用いた低分子医薬のドラッグデリバリーシステムであるAntibody-drug conjugate(ADC)分野、また最近話題になっている日本で小野製薬が発売した抗がん剤のオブジーボの様な免疫阻害剤の分野などと多種多様になり、そこから出てくる医薬候補品も多彩になっています。   この様な創薬研究の多様性の中、今まで行われて来た低分子創薬はHTS-Screeningでリード化合物を探索し、次にX線などのバイオストラクチャーの情報とHT-In-Vitro ADME Screeningの情報からMedicinal Chemistryを用い高活性で体内動態の良い化合物に合成変換して医薬候補品にするという、創薬の手法が固定化しています。そこで、研究開発手法が固定した低分子創薬に対しては、最近の創薬研究の外注委託会社がリード探索から医薬候補化合物創出までを受託するところが多くなってきています。 特に2012年にAstraZenecaは中国の創薬研究開発(R&D)受託機関Pharmaronと低分子創薬開発に関して戦略提携を結んで、自社では低分子創薬を殆ど行わなくなり、会社の研究体制も改革しました。 このことは、今まで長年の低分子創薬を基盤にしてきた研究体制を変えようとする製薬企業も多くなって来ることが予想されます。更に、最近は抗体や免疫などの新しい分野の創薬は大学で

日本ロシュから鎌倉研究所に日本電子の質量分析装置のD-300が納入されるのでその日から出社して欲しいと連絡があり、昭和56年6月にD-300と一緒に入社することになりました。ただ、念願だったFABイオン化をD-300にどうしても付けたい思い、当時日本電子の営業担当だった栗原氏(現日本電子社長)にD-300に一番小さい電子顕微鏡の電子ガンを付けて欲しいとお願いしたら、栗原氏から「中山さん、それはFABイオン化をしたいのでしょうか?今日本電子の応用研究室で開発をしているので、2か月後に付けることが出来るので待ってください。」と言われました。   そして2か月後に待望のFABイオン源をゲットすることができました。 その頃は日本ロシュ鎌倉研究所に分析のグループが無く、天然物や合成化合物の構造決定や薬物の分析は分析の素人が本や文献で勉強しながらやっているような状態でした。 そこで、最初の仕事は分析のグループを立ち上げることでした。 この様な出来立ての分析グループでしたがFABイオン源のおかげで天然物の構造決定では外部にも有名な先進的なグループになり、更に昭和59年ごろ2D-NMRで13C励起しプロトンディテクションで測定するC/H相関2D法(HMQC、HMBC)の文献が発表されました。 そこで昭和60年ごろ300MHz-NMRの導入と同時にHMQC、HMBCの測定を可能にし、東大応用微生物研究所と同時に世界に先駆けてHMQCとHMBC法を天然物の構造決定に応用することが出来ました。 この様に鎌倉研究所の天然物の構造決定の先進性と天然物(微生物やプラント)の豊富さがロシュ本社に認められ、平成元年ごろにロシュのグローバル天然物のスクリーニングセンターを鎌倉研究所に立ち上げることになりました。このスクリーニングセンターでは他社に先駆けてスクリーニングロボットを導入しハイスループッ

はじめまして。バイオシス・テクノロジーズの中山登です。 もう中外製薬を退職して2年以上になりますが、未だに「ロシュ・中外の中山さん」とよく言われ、こちらの元の所属の方が皆さん良くご存知のようです。   さてこの度、このコーナーで「創薬よ何処へ」いうテーマでコラムを書くことになりました。 この題名を見て皆さんはこの人は何を考えているのかとお思いになる方もお有かと思います。 しかし、今の創薬は今までの低分子創薬から、今や中分子・抗体・コンジュゲイトや免疫創薬と多種多様になり、私も創薬の今後について見えないことが多くこのコラムを書きながら、皆さんのご意見も参考にさせて頂き何か今後の創薬の方向性が見えてくれば良いと思いペンをとった次第ですので、よろしくお願いします。 ところで、初めに私の創薬研究に入る前と入った後の経歴を私の研究の基盤形成も含めた紹介をします。私は昭和44年4月に立命館大学理工学部に入学しました。 学園紛争の真っただ中で東京大学の入試が無い年で、大学に入ったけれど紛争で殆ど授業がありませんでした。何をしてよいか迷っていた入学2年目に京都大学工学部石油化学科に世界初の超電導マグネットのNMRと装置が入ると聞きました。当時はNMRが何であるか全く知らず、更にまだ大学2回生でしたが、担当する人を探しているとのことでしたので、装置の担当教授だった米澤貞次郎先生の所に行き、新しい装置を担当させて欲しいとお願いしたところ技官として受け入れてくれました。 学園紛争があったおかげで私がNMRに会うことが出来、それから今まで続く私の機器分析分野の人生の始まりでした。 この超電導マグネットのNMR装置(バリアンHR-220)のマグネットは220MHzで、その頃は60MHzのマグネットが主流だったので、脅威的な高磁場でした。そのため、天然物の構造解析やタンバク質の構造解析に