人間の消化器官には兆を数える細菌が棲み着いており、その多くが食物の消化を助けると共に有害な細菌と戦う役目を果たしている。最近の研究でそのような消化器官の細菌が糖尿病、心臓病、がんなどの人間の疾患に対して良いようにも悪いようにも影響していることが突き止められている。これらの細菌について解明を進めてきた研究者は、マイクロバイオームと呼ばれるこのような細菌群を利用して人間の健康改善に役立てることができるのではないかと考え始めている。

 そのような将来を予想し、MITの研究チームは大量の善玉細菌を人間の腸に送り込む方法を開発してきた。

2016年9月12日付Advanced Materialsオンライン版に掲載された論文はそのような方法について述べており、論文首席著者の一人で、MITのKoch Institute for Integrative Cancer Researchの博士研究員、Ana Jaklenec, Ph.D.は、「マイクロバイオームの理解が進めば、この輸送手段を用い、特定領域を標的にして、特定の細菌種を送り込むことができるようになる」と述べている。この論文は、「Layer-by-Layer Encapsulation of Probiotics for Delivery to the Microbiome (プロバイオティクスの交互積層カプセル化でマイクロバイオームに輸送)」と題されている。

Dr. Jaklenecの研究チームは、細菌をポリマー層でコーティングし、消化器官の胃酸や胆汁酸塩から細菌を保護する方法を開発した。細菌が腸に達すると、その細菌群は腸内壁に付着し、増殖を始める。論文第一著者でKoch Instituteのポスドク研究員、Aaron Anselmo, Ph.D.は、「細菌は腸内壁に届き、そこに付着するが、ポリマー・コーティングしない場合よりはるかに生存率が高くなる」と述べている。MITのDavid H. Koch Institute ProfessorのRobert Langer, Ph.D.もこの論文の首席著者を務めている。その他の著者として、ポスドク研究員のKevin McHugh, Ph.D.技術助手のJamie Websterが名を連ねている。

医者は、大腸炎やクローン病など胃腸疾患患者にプロバイオティクスと呼ばれる善玉細菌を勧めることがある。しかし、このような市販のプロバイオティク・サプリメントは含まれている細菌の量がまちまちであり、効力を失った細胞が含まれている可能性もある。そればかりか、このようなプロバイオティクスは保護皮膜を持たないため、腸にたどり着く前に胃液の酸で損傷する可能性もある。

MITの研究チームは、細菌細胞を多糖類と呼ばれる糖の薄膜で包むことを考えた。そのためには、これまでも経口製剤などに用いられているキトサンやアルギン酸などの生分解性多糖類を候補として選んだ。このような多糖類は、腸の粘膜内壁に付着する「粘膜付着性」を持つことが知られている。研究チームは、大腸炎や過敏性腸症候群の治療に用いられるコアギュランス菌と呼ばれる菌株を使ってそのテクニックを実証した。この菌株は通常は人間の腸にはないが、乳酸を生成し、腹痛や膨満感の緩和を助ける働きがある。

細菌をコーティングするため、チームは、負に帯電した素材と正に帯電した素材の薄膜を交互に電着させる交互積層カプセル化という手法を用いた。コアギュランス菌は表面が負に帯電しており、まず、正に帯電したキトサンを電着させて薄層をつくる。続いて負に帯電したアルギン酸を電着させ、さらに薄層をつくるという工程を繰り返し、最終的に両多糖類の層を各2層、合計4層の皮膜をつくった。

Dr. Jaklenecは「この積層カプセル化はかなり穏やかな作業であり、細菌を破壊するようなことはない」と述べている。そうやって細胞一つ一つがゲルのような膜層に包まれた細菌群ができあがる。マウスでの試験でも、この皮膜が胃酸や胆汁酸塩から細胞を守ることが実証された。一旦、腸に届くと、細胞群は、そこに定着し、自己複製を始めた。また、保護皮膜加工した細菌は皮膜未加工の細菌に比べて生存率が6倍以上にもなった。

Johns Hopkins University School of Medicineのbiomedical engineering准教授、Jordan Green, Ph.D.はこの研究には関わっていないが、「マイクロバイオームが様々な疾患に重要な役割を果たしていることは科学者の間でもますますよく知られるようになってきているが、そのマイクロバイオームを安全、効果的かつ精密に加工する技術的ツールが欠けている。しかし、この研究では、送りたいプロバイオティクスを選んで、胃酸や胆汁酸塩の中を無事に、しかも効果的に腸にまで輸送できるポリマー保護皮膜を創り上げており、これが技術的なツールとして人間の疾患も変えていく可能性がある」と述べている。

 

 

経口投与


結腸の激しい炎症を引き起こすことがあるClostridium difficile感染の治療法として臨床治験が進められている糞便移植と呼ばれる実験的な治療法に代えてこの経口投与が行われるようになることも考えられる。糞便移植は、健康な人間の糞便試料から善玉細菌を分離し、浣腸または結腸内視鏡で患者の腸内に植え付けるという方法であり、この研究論文では、医薬的な使い方として保護皮膜に包まれた細菌をカプセルに詰めたり、乾燥粉末にして飲み物に混ぜたりすることもできる。また、この手法は、表面が帯電しているタイプの細菌であれば電荷の正負にかかわらず使えること、またイースト菌などでも使えると述べている。現在、研究チームは、酸性度に反応するコーティングを作る方法を考えており、実現すれば結腸など胃腸の他の部分を標的とすることも容易になる。また、この手法を利用して微生物を皮膚や口など身体の他の部分に送ることも考えている。

この記事は、MIT News OfficeのAnne Trafton著の報告書に基づくものである。

原著へのリンクは英語版をご覧ください:Scientists Demonstrate Coating of Beneficial Bacteria to Enhance Passage Through Stomach to Intestine

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