UCLAとオーストラリアの生命科学者チームは、「脳の主要な学習中枢が損傷を受けると、複雑な新しい神経回路が現れ、損傷で失われた機能を補償する。この新しい代替回路創出に関わる脳の領域を突き止めた。この領域はしばしば損傷領域とはかけ離れた位置に現れる」と発表している。Dr. Michael FanselowとMoriel Zelikowsky氏が、シドニーのGarvan Institute of Medical Researchの神経科学研究プログラム・グループ・リーダーのDr. Bryce Visselと共同で行った研究の論文が、2013年5月15日付PNASオンライン版に掲載された。
研究グループは、脳の学習と記憶形成の中枢である海馬が障害を受けると、前頭葉皮質の一部が海馬の機能を引き継ぐことを突き止めた。この発見は、神経回路の可塑性を初めて実証した画期的な業績で、今後、アルツハイマー病、卒中その他、脳の損傷を伴う症状の治療を開発する上で大きな助けになる可能性がある。Dr. FanselowとZelikowsky氏は、ラットを用いた研究室での実験を行い、げっ歯類が海馬を損傷した後でも新しい作業を学習する能力があることを実証した。海馬を損傷したラットは、正常な場合よりも学習に時間がかかったが、それでも経験を繰り返して学習することができたというのは驚くべき発見だった。
心理学教授でUCLA Brain Research InstituteのメンバーでもあるDr. Fanselowが、この研究論文の首席著者を務めており、「脳は経験を通して学習しなければならないことが推測できる。この研究ではラットに問題解決の課題を与えた」と述べている。Fanselow 研究室のZelikowsky院生は、研究チームが、ラットの問題解決学習能力を突き止めた後、オーストラリアに渡ってDr. Visselと研究を続け、ラットの脳に起きた変化の解剖学的な分析を行った。その結果、前頭葉皮質の2つの領域ではっきりとした機能的変化が起きていることを突き止めた。
Dr. Visselは、「興味深いことに、過去の研究でもアルツハイマー病の患者の脳のこの前頭葉皮質の領域が刺激を受けて明るくなることが突き止められている。つまり、人間の場合も同じような機能補償を行うために神経回路の発達が起きていることを示している。アルツハイマー患者の脳はすでに損傷に対する補償機能が進んでいることも考えられるが、今回の発見は、その補償機能をさらに拡大し、患者の生活を改善するために大いに役立つ可能性がある」と述べている。
脳の中で記憶を形成する領域はその形からギリシア神話のヒッポカンプス (海馬)、頭が馬で後半身が魚という動物の名前をもらっている。この領域は情報を処理、保存、再生する上で重要な役割を担っている。
Dr. Fanselowは、「海馬は、卒中や酸素欠乏などによる損傷を非常に受けやすい領域でアルツハイマー病でもこの領域の劣化が見られる。これまで、私たちは海馬領域内で損傷の回復を促進することを考えていたが、この研究成果から、他の領域が海馬の機能を引き継ぐことも、またまったく新しい脳神経回路が生まれることも突き止められた」と述べている。また、Zelikowsky氏は、「前頭葉皮質の小領域がそれぞれ異なるやり方で補償するのが興味深い。下辺縁皮質と呼ばれる小領域はその活動を停止し、前辺縁皮質と呼ばれる小領域はその活動を活発にする。
このような脳の可塑性を制御して卒中患者やアルツハイマー病患者を助ける場合には、行動学的にしろ、薬理学的にしろ、何らかの方法でこの活動停止や活動昂進などを正しく制御する方法を見つけなければならない。すべての小領域の活動を活発にしてはならないことは明らかで、脳はニューロンの異なる部分の活動を停止したり、促進したりすることで機能している。記憶を形成する際には何が重要で何がそうでないかを見極めなければならない」と述べている。
Dr. Fanselowは、「複雑な行動になると、必ず脳の複数の領域が互いに連絡を取り合っており、一つの領域のメッセージが他の領域の反応に影響を及ぼす。このような分子レベルの変化が私たちの記憶、感情、行動を形作っている。脳は各領域が互いに密接につながっており、脳内の一つのニューロンともう一つのニューロンの間にはだいたい6つのシナプス結合がある。
従って、脳は様々な経路を使って信号を送ることができるが、現実にはそうしなければならないという必要がない限り、何通りもの経路を使うことはない。脳がどの経路を使うかを決める機序を理解すれば、必要が起きた場合に他の経路が引き継ぐよう指示することができるはずである。
特に脳損傷が起きた場合には他の経路が引き継ぐことが必要になる。また、行動様式が脳内の分子変化を引き起こすこともある。望ましい分子変化を把握し、その分子変化の起こし方が分かれば、行動と薬物療法を通してそのような分子変化を起こさせることも可能になる。それが現在分かっている最善の選択肢だ。また未来の治療法は全面的に行動学的でもなければ全面的に薬理学的でもない。その2つの組み合わせになるだろう」と述べている。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください:Brain Rewires Itself after Damage or Injury
