University of North Carolina (UNC) School of Medicineの研究チームは、人体の健康の維持や疾患に重要な役割を果たしている特定の細胞レベルの回路について、これまでよりさらに深く探ることのできる生化学的な技術を新しく開発した。この技術は、Klaus Hahn, Ph.D.の研究室で開発され、2014年3月9日付Nature Chemical Biologyオンライン版で発表され、キナーゼと呼ばれるタンパク質が活性化し、細胞の移動など特定の細胞の挙動を引き起こす機序を研究する重要なツールになるとしている。
このキナーゼの作用は非常に複雑であり、未だにほとんど明らかになっていない。それでも、キナーゼが疾患で大きな役割を果たしていることだけは判明している。研究論文の首席著者で、同大学のThurman Distinguished Professor of Pharmacologyを務めるDr. Hahnは、「キナーゼが関わっていない病気を一つでも挙げられるだろうか? キナーゼのプロセスを完全に理解することは非常に難しいが、非常に重要な物質であることは誰でも知っている」と述べている。
長年、研究者はキナーゼにあれこれと手を加え、細胞死や細胞移動、あるいは細胞内シグナル伝達などが起きることは観察できた。しかし、このような実験も、細胞の挙動の引き金になるキナーゼの様々な反応の解明ということになると、ほんの表面をひっかく程度でしかない。また、どのような実験も、一気に起きる事象のタイミングをつかむことができない。Dr. Hahnは、「タンパク質活性のタイミングは細胞の反応に大きく関わっているため、これを突き止めることが重要だ」と述べている。医薬開発メーカーはまだこのタイミングの問題をうまく組み込むことができない。タンパク質を標的にした医薬が研究者の期待通りの効果を現さない原因はそういうところにあるようである。
Dr. Hahnは、「回路基板を調べている電子技師だとして、できることといえば回路基板に何かを接続して回路が機能するかどうかを見るだけだとする。しかも回路がどうなっているのかはまったく分からない。その場合、基板上の構成部分にプローブを当て、スイッチを入れてみてその瞬間の周囲の構成部分の反応を見るというのができる最善のことだ」と喩えている。これを回路基板上のすべての構成部分について試してみて初めて回路がどのように組み立てられているかを知ることができる。UNC Lineberger Comprehensive Cancer CenterのDr. Hahnは、「現在私たちは生細胞を使って同じようなことをしている。キナーゼは回路の構成部分だ。キナーゼを一つずつ活性化し、周辺の分子とどのように反応するかをリアルタイムで観察するということを繰り返している」と述べている。このキナーゼ回路は、新陳代謝、シグナル伝達、タンパク質調節、移動、酵素分泌その他の細胞活動に不可欠である。キナーゼはそれぞれの特徴を持っているが、すべて「ドメイン」と呼ばれる共通の小部分がある。Dr. Hahnの研究室で、博士研究員のAndrei Karginov, Ph.D.が指導した研究チームは、「肉腫キナーゼ (Src)」を研究し、そのドメインを利用して人工タンパクに結合させ、Srcを不活性化する方法を開発した。その人工タンパクには結合部位があった。Dr. Karginovが生細胞の入った培養液に医薬アナログを加えると、医薬アナログがその部位に結合し、キナーゼが再活性化された。Dr. Karginovはキナーゼを活性化し、回路の動作、つまり、細胞が定常細胞から転移細胞に変化する間のどんな時にどういう反応をするかを観察した。研究チームは、その反応をリアルタイムで観察し、何が細胞の反応を引き起こしているかを突き止めることができた。他の方法ではこの問題で苦労している。「たとえば細胞の遺伝子組換えは作業に時間がかかりすぎるため、実験の結果を見ようとしてもすでに他のタンパク質が不活性化されたキナーゼを代替補償して機能してしまう」とDr. Hahnは述べている。Dr. Hahnのテクニックはその問題を回避し、それまでの研究の限界から一歩先に進めることができた。
Dr. Karginovはコンポーネント2個からなるシステムを開発したのである。このシステムでは、薬剤を加えることで活性化されたキナーゼは2つめの改変タンパク質を含んだ分子とのみ反応するようになる。この方法で、キナーゼをいつでも正確に活性化させることができるだけでなく、反応するコンポーネントをキナーゼに指示することができる。その結果、研究チームは、SrcがキナーゼFAKとだけ結合した場合には細胞の形が変化することを突き止めた。細胞は複数の大きな突起を伸ばしたが、新しい突起は作らなかった。また、SrcがキナーゼCASとだけ\結合した場合には、細胞は新しい突起をつくり、細胞の接着能力が向上した。細胞のこのような挙動はがん細胞が移動するために必要なことである。突き詰めると、Dr. Hahnの研究室は、がん転移の機序を正確に指示する方法を見つけ出したのである。Dr. Hahnは、「この研究で、どのキナーゼでも同じようにこの操作ができることを証明した。私の研究室では転移の研究に専念しているが、私たちの開発したツールがこの分野だけでなくさらに幅広く応用されることを希望している。『キナーゼは病気にどのような役割を持っているか』を考えてみればいい。答えは、非常に大きな役割を持っているということだ。キナーゼはあらゆるところにある」と述べている。
研究論文の首席著者、Dr. Hahnは、UNC Eshelman School of Pharmacyにも併任している。第一著者Dr. Karginovは、現在、University of Illinois-Chicagoの薬学准教授を務めている。その他の著者として、UNCのresearch assistant professor (博士研究員) のDr. Dennis Tsygankov、UNC薬学教授のTimothy Elston, Ph.D.が参加している。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください: New Tool to Study Kinase Activities at Heart of Many Diseases and Metastasis



