細胞内の「分子ストップウォッチ」:mRNAの長さを時間で測る新メカニズムを発見

もし、細胞内の分子工場に、製品の品質を保つための「ものさし」ではなく、精密な「ストップウォッチ」が備わっているとしたらどうでしょう?国際的な科学者チームが、まさにそのような驚くべき仕組みを明らかにしました。細胞は、遺伝情報を運ぶ重要な分子の長さを、サイズではなく「時間」を計ることで正確に制御していたのです。 この「速度論的定規」と呼ばれるメカニズムは、遺伝子発現のような生命活動において、細胞が分子レベルの精度を達成するための新しい原理を解き明かすものです。

遺伝子の設計図であるDNAから指示を運ぶメッセンジャーRNA分子の末端には、「ポリ(A)テール」と呼ばれるアデノシンの鎖が付いています。この保護的なテールは、どれくらいの量のタンパク質が作られるか、そしてその情報がどれくらいの期間有効であるかに影響を与えます。酵母では、このテールの長さは一貫して約60アデノシンに保たれていますが、細胞がどのようにしてこの精度を達成しているのかは、これまで不明でした。

フィンランドのトゥルク大学が主導し、英国ケンブリッジの分子生物学研究所およびデンマークのオーフス大学の研究者らと協力した国際チームは、このテールを作るプロセスを実験室で再現しました。その結果、長さを決める2つの主要な因子を発見しました。それは、アデノシンを付加する切断・ポリアデニル化複合体と、テールに結合してその伸長を停止させるNab2というタンパク質です。テールが十分な長さになると、2つのNab2分子がペアを組んで、さらなる伸長をブロックします。

驚くべきことに、最終的な長さはテールの物理的な大きさによって決まるのではなく、CPACがアデノシンを付加する速度と、Nab2が結合する速度との「競争」によって決まっていました。 

「これらの分子機械は、RNAをサイズではなく時間で測定しているのです。その精度は、反応開始から常に2〜3秒後に停止させることによって生まれます」と、論文の上級著者であるトゥルク大学のマッティ・トゥルトラ博士(Dr. Matti Turtola)は説明します。

 このストップウォッチのようなシステムでは、細胞内のNab2の濃度、ひいてはその結合速度が、テールの伸長がいつ停止するかを決定します。

「これは非常にエレガントなメカニズムです。特筆すべきは、Nab2が自身の量も調節していることで、環境が変化してもタイミングが正確に保たれるようになっている点です」とトゥルトラ博士は付け加えます。

この時間ベースの「速度論的定規」は極めて重要です。なぜなら、ポリ(A)テールの初期の長さが、一つのmRNAからどれだけのタンパク質が生産され、その情報がどれだけ持続するかを決定するからです。すべての新しいmRNAが適切なサイズのテールを持つようにすることで、細胞はタンパク質の生産を厳密に管理しているのです。

この発見は、細胞がいかに精密に遺伝子発現を制御しているかを浮き彫りにし、分子生物学において時間ベースのメカニズムが、構造ベースのメカニズムと同じくらい重要であり得ることを示しています。

同様の速度論的定規は、他の多くの生命プロセスでも機能している可能性があり、それを理解することは、タイミングの乱れがどのようにして病気を引き起こすのかを説明する助けになるかもしれません。ヒトでは、Nab2に相当するZC3H14が脳の発達に必要であることが知られており、これらの時間ベースのメカニズムが、ヒト細胞における遺伝子発現のバランスを維持するためにも不可欠である可能性を示唆しています。

この新しい研究は、2025年8月22日付の学術誌『Genes & Development』に掲載されました。論文のタイトルは「A Kinetic Ruler Controls mRNA Poly(A) Tail Length(速度論的定規がmRNAポリ(A)テールの長さを制御する)」です。

写真:マッティ・トゥルトラ博士(Dr. Matti Turtola)

[News release] [Genes & Development article]

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