バルセロナの研究機関が世界初の進化医学ゲノミクス共同プログラムを発足
バルセロナに拠点を置く三つの研究機関が連携し、世界初の進化医学ゲノミクス共同プログラム(Evolutionary Medical Genomics: EvoMG)を発足いたしました。本プログラムは、ゲノム規制センター(CRG)、ポンペウ・ファブラ大学(UPF)医学・生命科学部、および進化生物学研究所(IBE: CSIC-UPF)が共同で推進する取り組みであり、バルセロナ・バイオメディカル・リサーチ・パーク(PRBB)にて開催された設立シンポジウム(2023年11月20日~22日)をもって正式に開始されました。
このプログラムを主導するのは、カタルーニャ先端研究・研究開発機関(ICREA)の研究教授であるマヌエル・イリミア博士(Manuel Irimia, PhD)です。本プログラムは、進化学の原理を応用し、疾患の分子レベルでの起源を解明することで、人類の健康を向上させることを目的としています。現在、カタルーニャ州政府より暫定的に100万ユーロの資金提供を受けており、今後さらなる発展が期待されます。
進化医学ゲノミクスがもたらす新たな医療の可能性
イリミア博士は、「私たちのゲノムの進化的歴史を理解することは、単なる学問的な研究にとどまらず、個別化医療(パーソナライズド・メディシン)の実現に向けた重要なステップなのです」と述べています。「異なる種や集団、さらには個々の細胞におけるゲノム多様性を研究することで、疾患メカニズムが生命の歴史を通じてどのように進化してきたのかを前例のないレベルで解明できるでしょう」。
本プログラムの特徴は、進化医学(Evolutionary Medicine)と医療ゲノミクス(Medical Genomics)という二つの学問領域を統合している点にあります。医療ゲノミクスは、ゲノムデータを活用することで疾患の遺伝的基盤を解明する分野であり、一方の進化医学は、病気や病原体の進化的背景を理解することに特化しています。
EvoMGプログラムでは、この二つのアプローチを融合させ、進化によって生み出されたゲノムの多様性を活用することで、より精密な医療(プレシジョン・メディシン)の実現を目指します。従来の生物医学研究が疾患の物理的・分子レベルでの原因を追求してきたのに対し、本プログラムでは「なぜ人類は特定の疾患に罹患しやすいのか」「進化の観点からどのように疾患を管理できるのか」という根本的な問いに取り組みます。
進化医学ゲノミクスの実践的応用とその影響
本プログラムに参加する研究グループは、すでに進化医学ゲノミクスの分野で重要な進展を遂げています。たとえば、CRGのマファルダ・ディアス氏(Mafalda Dias)とジョナサン・フレイザー氏(Jonathan Frazer)は、生命の多様性全体にわたるゲノム変異を用いたアルゴリズムを開発し、患者の臨床的に重要な変異を予測する手法を確立しました。この技術は、米国の病院でも導入され、有害な遺伝子変異を特定するために活用されています。
進化医学ゲノミクスはすでに医療分野に大きな影響を与えており、COVID-19パンデミックにおいてもその重要性が浮き彫りとなりました。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム進化解析は、ウイルスの拡散経路を追跡し、新たな変異株を予測するうえで極めて重要な役割を果たし、数百万の命を救う結果につながりました。
また、がん研究においても進化モデルは大きな進歩をもたらしています。現在、進化モデルを基にした適応療法(Adaptive Therapy)が臨床試験で検証されており、患者の生存率を大幅に延ばす成果が出ています。さらに、抗生物質の開発と細菌の耐性との「進化的軍拡競争」の理解も進み、進化の視点を取り入れることで新しい治療戦略の開発が加速しています。
国際連携とバルセロナの研究拠点化
本プログラムでは、欧州ゲノム・フェノームアーカイブ(EGA)といった研究インフラの活用も視野に入れています。EGAは、ゲノム・フェノームデータを安全に保存・共有するためのプラットフォームとして機能し、COVID-19の進化解析やがん研究において国際的な科学コミュニティに貴重なデータを提供しました。今後、EGAを活用しながら、本プログラムがバルセロナを進化医学ゲノミクスの世界的な研究拠点へと発展させることを目指します。
イリミア博士は「私たちの研究機関が協力することで、複雑な医学的課題に多角的にアプローチすることが可能になります。このプログラムは、バルセロナが科学技術革新の最前線にあることを証明するものです」と語っています。
設立シンポジウムと国際的な潮流
EvoMGプログラムの設立シンポジウムは、2023年11月20日~22日にPRBBの講堂で開催されました。このシンポジウムには、ハーバード医科大学のデビー・マークス(Debbie Marks)氏や、モフィットがんセンターのサンディ・アンダーソン(Sandy Anderson)氏など、世界的に著名な専門家が基調講演を行いました。
イリミア博士は「このシンポジウムは単なる発足イベントではなく、科学者や臨床医たちへの行動を促す呼びかけでもあります。我々は、進化の視点を医学・生物学研究に積極的に統合していくコミュニティを築きたいのです」と力強く述べています。
EvoMGプログラムは、進化学とゲノミクスのアプローチを組み合わせた世界初の取り組みであり、今後、国際的な研究機関との連携を深めながら、新たな医療パラダイムを築いていくことが期待されています。


