軸索誘導因子「Netrin1」が脊髄発生を制御—神経回路形成の新たな役割を発見
UCLAのEli & Edythe Broad再生医療・幹細胞研究センター の研究者らは、脊髄発生におけるNetrin1 の予想外の役割を発見しました。従来、Netrin1 は軸索誘導因子(成長中の神経線維を方向づけるシグナル)として知られていましたが、今回の研究では、Netrin1が骨形成因子(BMP: Bone Morphogenetic Protein) のシグナルを脊髄の特定領域に制限する機能を持つことが明らかになりました。
この機能は、BMPシグナルが適切に背側(感覚ニューロンが発生する領域) に限定されるために不可欠です。研究成果は2024年11月14日付のCell Reports に掲載され、論文タイトルは 「Netrin1 Patterns the Dorsal Spinal Cord Through Modulation of BMP Signaling(Netrin1はBMPシグナル制御を通じて脊髄背側のパターンを形成する)」 です。
この研究は、UCLAデビッド・ゲッフェン医科大学神経生物学教授のサマンサ・バトラー博士(Samantha Butler, PhD) を筆頭に行われ、脊髄回路がどのように形成されるのかという従来の理解を覆す発見 となりました。
Netrin1の新たな機能:脊髄の発生パターンを制御
脊髄の背側 は、触覚や痛みなどの感覚情報を処理する領域 であり、発生段階において正確な組織分化が必要です。この制御はBMPシグナル によって行われ、BMPが適切な領域に限定されないと、異常な神経細胞の発生を引き起こす可能性があります。
「Netrin1の地域特異的なシグナル制御は、適切な神経回路の形成と機能にとって極めて重要です」 と、バトラー研究室の大学院生で本研究の第一著者であるサンディ・アルバレス(Sandy Alvarez) は述べています。
Netrin1は、BMPシグナルの境界を設定することで、感覚ニューロンが背側で発生し、運動ニューロンや介在ニューロンが腹側で発生するように調整している ことが明らかになりました。
実験結果:Netrin1がBMPシグナルを制御するメカニズム
バトラー博士の研究チームは、ニワトリ胚・マウス胚・マウス胚性幹細胞(ESCs)を用いた機能獲得実験(gain-of-function experiments) を実施しました。
Netrin1を追跡可能な形で発現させた結果、驚くべき現象が起こりました。
「軸索が消えてしまったのです」
最初、アルバレスは実験の失敗を疑いました。しかし、同じ現象が繰り返し観察されたことから、Netrin1がBMP活性を抑制している という結論に達しました。
この発見をさらに詳しく調べるために、研究チームは遺伝子操作を用いてNetrin1の発現量を変化させました。
・Netrin1の発現量を増やすと、特定の背側ニューロンが消失
・Netrin1を欠損させると、背側のニューロンが異常に増殖
また、バイオインフォマティクス解析により、Netrin1がRNA翻訳を制御することで間接的にBMP活性を抑制 していることが判明しました。
過去の研究を覆す発見—Netrin1の新たな役割とは?
2017年、バトラー博士の研究チームは、Netrin1の軸索誘導に関する従来の理論を覆す発見をしました。
それまで、科学者たちはNetrin1が「遠隔誘導シグナル」 として軸索を引き寄せたり反発させたりすると考えていました。しかし、バトラー博士らは、Netrin1が実際には「接着剤のような役割」を果たし、神経回路を正しく誘導する ことを発見しました。
この新たな発見を受け、チームはさらなる研究を進め、Netrin1が脊髄の形成そのものに関与する ことを突き止めました。
「Netrin1は私がこれまで研究してきた中で最も強力な神経回路形成因子です」 とバトラー博士は語っています。
今後の展望—神経損傷の修復への応用
今回の研究は、Netrin1が脊髄損傷の修復や神経疾患の治療に応用できる可能性 を示唆しています。
「次のステップは、Netrin1を用いて損傷した神経回路を再構築できるかを調べることです」 とバトラー博士は述べています。
さらに、Netrin1とBMPの相互作用が他の臓器でも重要な役割を果たしている可能性 があるため、発生異常やがん研究 への応用も期待されています。
「この発見は、Netrin1とBMPが関与する疾患の理解を深める手がかりになります」 とアルバレス氏は付け加えています。
画像:脊髄の腹側正中線にある細胞(青)。ネトリン1(赤)と蛍光トレーサー(GFP、緑)を発現している(Credit:Samantha Butler Lab/UCLA).



