シロアリの「跳ねる遺伝子」が解き明かす、数億年の進化の謎

ゲノム(全遺伝情報)は、生命の進化の歴史を解き明かすための鍵となります。特定の遺伝子配列の有無や突然変異を調べることで、種がどのような順番で分岐してきたのかを知ることができます。しかし、数億年前の進化の出来事を正確に特定することは、最新の手法を用いても非常に困難な課題でした。2025年11月5日付の学術誌『Current Biology』に掲載された研究で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、「跳ねる遺伝子」として知られる仕組みを利用してシロアリの系統樹を再構築する新しい手法を発表しました。この記事のタイトルは、「Robust Termite Phylogenies Built Using Transposable Element Composition and Insertion Events(トランスポゾン構成と挿入イベントを用いた頑健なシロアリ系統樹の構築)」です。

 「異なる生物間の関係を地図にした系統樹は、進化生物学の分野において極めて重要です。現代の生物多様性の起源を理解し、保全戦略を立てる際にも役立ちます」と、この研究のシニアオーサー(責任著者)であり、OIST進化ゲノミクスユニットを率いるトーマス・ブルギニョン博士(Thomas Bourguignon, PhD)は述べています。 

ブルギニョン博士はさらに続けます。「しかし、遠い過去の進化を予測しようとすると、困難に直面します。進化のシグナルが弱かったり、短期間に種が急速に多様化する『適応放散』が起きたりすると、種が誕生した順序を特定するのが難しくなるのです。私たちの新しい手法は、こうした厄介なシナリオに立ち向かう研究者をサポートします」

 

「跳ねる遺伝子」トランスポゾンとは?

「トランスポゾン(transposable elements: transposons)」と呼ばれる特定のDNA配列は、ゲノム内をある場所から別の場所へと移動する性質を持っており、これが突然変異を引き起こしたり、遺伝的な多様性を高めたりします。 

トランスポゾンは、人間や植物、真菌を含む、細胞内に核を持つ生物である「真核生物(eukaryotes)」のゲノムに豊富に存在しています。事実、ヒトゲノムの約50%はトランスポゾンで構成されており、他の真核生物ではそれ以上の割合を占めることもあります。

これほど豊富に存在するにもかかわらず、これまで系統樹の作成においては、他のDNAマーカー配列に隠れて見過ごされがちでした。 

OISTの博士課程学生であり、筆頭著者のコン・リウ(Cong Liu)氏は次のように説明します。「近年のシーケンシング技術やバイオインフォマティクスの注釈ツールの進歩まで、ゲノムレベルでトランスポゾンの特徴を明らかにすることは困難でした。そのため系統学では、生命維持に不可欠なタンパク質をコードする『保存された遺伝子』に焦点を当てる傾向がありました。これらは種を越えて共通しており、変化がゆっくりであるため、長い進化のスケールを調べるのに適しているからです」

しかし、この「変化の遅さ」には欠点もあります。短期間で急激に種が分かれた場合、保存された遺伝子には種ごとの差がほとんど現れず、進化の順序を解決するのが難しくなるのです。このような場合に、ゲノム内を活発に移動するトランスポゾンが、種の分岐に関する有用な情報を提供してくれるのです。

 

系統樹作成の新しいアプローチ

トランスポゾンの有用性を証明するため、研究チームはまずデータを収集し、シロアリ45種とゴキブリ2種のゲノム配列を決定しました。昆虫の系統における様々な科や亜科を代表する多様な種を選び、各ゲノムを詳細に調査して、異なる種にわたる約38,000ものトランスポゾンファミリーを特定しました。

これらの種におけるトランスポゾンの有無を分析することで、研究チームは各種がいつ祖先から分岐したかを示す系統樹を構築しました。その後、作成した系統樹を過去に発表されたシロアリの系統樹と比較しました。「数千ものタンパク質マーカー配列を用いた手法と同等の精度を達成することができました」とブルギニョン博士は語ります。

 

劣化したDNAという課題を克服する

今回の研究では比較的豊富なゲノム情報を使用しましたが、この手法はより限られたデータでも活用できる可能性を秘めています。これは、博物館の古いコレクションといった貴重な標本を用いた研究に、新たな道を切り開くものです。

リウ氏は次のように述べています。「常に『質の高い』ゲノムデータが得られるとは限りません。DNAは時間の経過とともに自然に劣化します。特に生物多様性のホットスポットに多い、高温多湿な環境では劣化が早まります。これは標本を採集してからシーケンシングするまでの短い期間でも問題になりますし、古いコレクションの歴史的なサンプルを扱う場合には特に深刻な問題です」

断片化したデータからでも有用な情報を抽出できる手法は、進化の研究だけでなく、生物多様性のマッピング(分布調査)を支える上でも重要です。トランスポゾンは非常に短い配列であるため、断片化したDNAサンプルからでも検出できる可能性があるのです。

 

シロアリ、そしてその先へ

研究チームのシロアリ研究はこれで終わりではありません。得られたゲノムデータを用いて、シロアリの生理学的特徴や社会構造、さらには食性の進化についても新たな洞察を得ようとしています。しかし、彼らが何より望んでいるのは、この研究がより広い分野の研究者に刺激を与え、動物界全体の多様性と進化の探求を促すことです。 

ブルギニョン博士は最後にこう締めくくりました。「私たちの手法は、既存の系統学的手法を補完するものです。他の研究者の方々にもトランスポゾンに注目してもらい、新しい進化の情報を解き明かし、系統樹における長年の謎を解明してほしいと願っています」

[News release] [Current Biology abstract]

 

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