フルーツバエの脳老化研究が示すF-アクチンの役割と健康寿命延長の可能性
加齢とともに物忘れが増えるのは、人間だけではありません。フルーツバエもまた年齢を重ねると認知機能が低下します。しかし、フルーツバエの寿命はわずか2カ月程度であるため、老化に伴う認知機能低下を理解する上で優れたモデル生物とされています。2024年10月25日にNature Communications誌に掲載された研究「Accumulation of F-Actin Drives Brain Aging and Limits Healthspan In Drosophila(F-アクチンの蓄積が脳老化を促進し、健康寿命を制限する)」は、細胞構造の維持に重要なタンパク質「F-アクチン(filamentous actin, F-actin)」が脳内で蓄積すると、細胞内の不要物を分解する仕組みが妨げられることを明らかにしました。
このプロセスの阻害により、不要なDNA、脂質、タンパク質、オルガネラ(細胞内小器官)が蓄積し、神経細胞の機能が低下して認知機能の衰えにつながるといいます。
さらに、研究チームは老化したフルーツバエの神経細胞におけるF-アクチンの蓄積を抑える遺伝子操作を行い、細胞のリサイクル機能を維持した結果、健康寿命が約30%延びたことを報告しています。
F-アクチンと老化の関連性
アクチンは、細胞の形状を維持する働きを持つタンパク質ファミリーであり、体内のさまざまな部位に存在しています。特にF-アクチンは、細胞の構造を支えるフィラメントを形成し、重要な機能を担います。しかし、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のデイビッド・ウォーカー博士(David Walker)率いる研究チームは、老化したフルーツバエの脳でF-アクチンの蓄積が増加していることを発見し、これが脳老化や全身の健康に与える影響を調査しました。
食事制限と薬物治療による手がかり
研究者らはまず、食事制限を行ったフルーツバエが長寿であり、脳内のF-アクチン蓄積が少ないことを確認しました。また、寿命延長効果が知られる薬剤ラパマイシンを投与した場合にも、同様にF-アクチンの蓄積が減少することを発見しました。しかし、これらの発見は「相関関係」に過ぎず、「因果関係」を証明するためにはさらなる研究が必要でした。
遺伝子操作でF-アクチン蓄積を抑制
フルーツバエはそのゲノムが詳細に解明されているため、研究チームはF-アクチンフィラメントの蓄積に関与する遺伝子を特定しました。その中で、アクチンフィラメントの伸長や配置に重要な役割を果たすタンパク質「Fhos」をコードする遺伝子の発現を抑制したところ、老化したフルーツバエの脳でF-アクチンの蓄積が防がれることがわかりました。
健康寿命の延長
この遺伝子操作は神経細胞に限定して行われましたが、それでもフルーツバエ全体の健康状態が大幅に改善しました。寿命は25-30%延び、脳機能が向上しただけでなく、他の臓器系の健康指標も改善しました。ウォーカー博士は、「フルーツバエは加齢とともに学習や記憶能力が低下しますが、F-アクチンの蓄積を防ぐことで、年を取ったフルーツバエでも学び、記憶する能力が向上することがわかりました」と述べています。
オートファジーの活性化
研究はまた、F-アクチンが細胞の「ゴミ処理システム」であるオートファジー(autophagy)を妨げていることを示しました。オートファジーは、細胞内の不要なタンパク質や構成要素を分解する過程ですが、加齢に伴いその活性が低下することが知られています。今回の研究では、F-アクチンの蓄積を防ぐと、老化したフルーツバエの脳でオートファジーが活性化し、脳の老化を示す細胞マーカーが改善することが示されました。
人間への応用の可能性
今回の研究はフルーツバエを対象としていますが、F-アクチンの蓄積を抑制することが人間にも有効であるかどうかは、さらなる研究が必要です。ウォーカー博士は、「寿命の延長だけでなく、『健康寿命』の延長を目指すことが老化研究の目標です。今回の研究では、フルーツバエの認知機能や腸の機能、活動レベル、全体的な健康状態が改善しました。この成果が人間にも応用できることを期待しています」と述べています。



