新しい治療薬PIPE-307が多発性硬化症治療の可能性を拓く
10年にわたる研究と、グリーンマンバ蛇の毒の助けを借りて、多発性硬化症(MS)に対する有望な新薬が開発され、現在臨床試験が進行中です。この薬剤は神経細胞の周囲に失われた絶縁体である髄鞘を再生し、MSによる損傷を修復することを目指しています。
多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)は、神経細胞の絶縁体である髄鞘を破壊し、電気インパルスを伝える軸索をむき出しにします。
これにより、運動、バランス、視力などに深刻な障害を引き起こし、治療が行われなければ、麻痺や自立の喪失、さらには寿命の短縮につながる可能性があります。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)とContineum Therapeutics社の研究者らは、体内で失われた髄鞘を再生する薬剤PIPE-307を開発しました。この薬剤が人間でも効果を発揮すれば、病気による損傷を逆転させることができるかもしれません。
PIPE-307: 髄鞘再生を促す新薬
新しい治療法「PIPE-307」は、脳内の特定の細胞上に存在する難解な受容体をターゲットにしています。この受容体がブロックされることで、髄鞘を生成する細胞であるオリゴデンドロサイトが活性化され、軸索を取り巻く新しい髄鞘が形成されます。
Contineum Therapeutics社の科学者であり、今回の研究の第一著者であるマイケル・プーン博士(Michael Poon PhD)は、この受容体(M1R)が髄鞘再生に関与する細胞に存在することを証明するために、グリーンマンバ蛇の毒素を使用しました。
10年の研究が生んだ大発見
この研究は、UCSFのジョナ・チャン博士(Jonah Chan, PhD)とアリ・グリーン博士(Ari Green, MD)が率いる10年間の研究の集大成であり、2024年8月2日にPNAS誌に掲載されました。2014年に、チャン博士がクレマスチンという抗ヒスタミン薬が髄鞘再生を誘導することを発見したことが、この研究の基礎となりました。
論文タイトルは「Targeting the Muscarinic M1 Receptor with a Selective, Brain-Penetrant Antagonist to Promote Remyelination in Multiple Sclerosis(多発性硬化症における髄鞘再生を促進する選択的な脳透過性M1受容体拮抗薬の標的化)」です。
チャン博士は、「10年前、MSの影響を巻き戻すことができる分子信号に応答して体が髄鞘を再生できる方法を発見しました。その後、私たちは髄鞘再生の生物学を詳しく研究し、それを活性化する正確な治療法を開発しました」と語っています。
毒素が示す治療の可能性
チャン博士らは、クレマスチンがオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPCs)を活性化し、髄鞘を生成するオリゴデンドロサイトに成熟させることを発見しましたが、この効果は限定的でした。そのため、M1Rだけに作用する理想的な薬剤を開発する必要がありました。ここでContineum Therapeuticsが参画し、PIPE-307の開発が進められました。
プーン博士は、グリーンマンバ蛇の毒素「MT7」が、M1Rの存在場所を明確に示すことを発見しました。この毒素を使って、髄鞘の損傷部位周辺に集まるOPCsを特定することに成功しました。
臨床試験へ進む新薬
PIPE-307は、実験的に神経再生が確認され、2021年には第I相臨床試験を通過しました。現在、多発性硬化症の患者を対象とした第II相試験が進行中です。この薬剤が成功すれば、MS治療の新たな標準となる可能性があります。
