蝶の羽の模様を制御する「DNAスイッチ」の発見

昆虫たちは、時に驚くべき方法で周囲の環境に適応します。中には、季節に合わせて体の色を変えるものさえいます。「表現型可塑性(phenotypic plasticity)」と呼ばれるこの柔軟性は、彼らが生き残るために欠かせない能力ですが、その進化の起源は長らく謎に包まれていました。この謎に挑んだのが、シンガポール国立大学(NUS)生物科学部のアントニア・モンテイロ博士(Antónia Monteiro, PhD)率いる研究チームです。彼らは、ある特定の蝶が雨季と乾季で羽の模様を切り替えるのを助けるDNA領域を特定しました。

この研究成果は、2025年10月24日付の『Nature Ecology & Evolution』誌に掲載されました。論文タイトルは「A Novel Hox Gene Promoter Fuels the Evolution of Adaptive Phenotypic Plasticity in Wing Eyespots of Satyrid Butterflies(ジャノメチョウ亜科の翅の眼状紋における適応的表現型可塑性の進化を促進する新規Hox遺伝子プロモーター)」です。

モンテイロ博士は次のように述べています。 「多くの熱帯の蝶は、乾季に羽化するか雨季に羽化するかによって、見た目が著しく異なります。私たちが研究しているアフリカの蝶、Bicyclus anynanaもその一例です」

 

温度がスイッチを押すメカニズム

雨季には、これらの蝶は羽に大きな眼状紋(目玉模様)を発達させます。一方、乾季には眼状紋は小さくなります。こうした季節的な変化は、それぞれの環境での捕食者から逃れるなど、生存率を高めるために役立っています。

これまでの研究で、幼虫が育つ温度がこのサイズ変化の引き金になること、そしてこの顕著な温度反応がジャノメチョウ亜科のグループに特有であることがわかっていました。このグループは、特徴的な眼状紋を持つ茶色の羽が主な特徴です。

今回の研究で、チームはジャノメチョウ亜科の眼状紋の発達を制御するマスター指令遺伝子、アンテナペディア(Antp: Antennapedia)を特定しました。彼らは、蝶が育った温度に応じて、この遺伝子の活性が高まったり低くなったりすることを発見しました。

実際に、2種類のジャノメチョウでこの遺伝子の働きを阻害したところ、特に暖かい温度で育てた場合に眼状紋のサイズが縮小しました。これにより、季節的なサイズ変化においてアンテナペディア遺伝子が重要な役割を果たしていることが裏付けられました。

 

進化の鍵となった「プロモーター」

研究チームはさらに、ジャノメチョウ亜科にしか存在しない未知のDNAスイッチ(プロモーター)も発見しました。このスイッチは、眼状紋の中心細胞において特異的にアンテナペディア遺伝子をオンにする役割を持っています。

このスイッチを無効にすると、温度に応じて眼状紋のサイズを調整する蝶の能力が低下しました。これは、この特定の遺伝的要素が、季節的な柔軟性の進化に大きく寄与したことを示しています。

論文の筆頭著者であり、NUSの大学院生および博士研究員としてこの研究を行ったティアン・シェン博士(Tian Shen)は、次のようにコメントしています。 「単純な遺伝的スイッチが、広範な昆虫グループにおける複雑な環境感受性の基礎となっていることは驚くべきことです。これらの発見は、このようなスイッチが適応の形成に果たす役割についての将来の研究への扉を開くものであり、気候変動の中での生物保全に役立つ洞察となるでしょう」

[News release] [Nature Ecology & Evolution abstract]

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