新型コロナウイルス感染症(COVID-19)から回復した後も、長引く疲労感や「ブレインフォグ」と呼ばれる認知機能の低下に悩まされている方が世界中に多くいらっしゃいます。いわゆる「Long COVID(後遺症)」です。実は近年、この原因不明の神経症状の鍵を握るのが、私たちの「腸」かもしれないということが分かってきました。
カナダのモントリオール臨床研究所(IRCM)のエミリア・リアナ・ファルコーネ(Emilia Liana Falcone)博士らの研究チームは、プレプリントサーバーのbioRxivに「「Microbiota-derived extracellular vesicles link intestinal dysbiosis to neuroimmune activation in long COVID(腸内細菌叢由来の細胞外小胞は、Long COVIDにおける腸内細菌叢の乱れと神経免疫の活性化を結びつける)」」という論文を発表しました 。
これまで、Long COVIDの患者さんでは腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)が長期間続くことが知られていましたが、それがどのようにして脳などの遠く離れた臓器に炎症を起こすのかは謎に包まれていました 。ファルコーネ博士らは、細菌が通信手段として放出するナノサイズのカプセルである「腸内細菌叢由来細胞外小胞(GMEVs: gut microbiota-derived extracellular vesicles)」に注目しました 。
研究チームはまず、Long COVIDの患者さんの便を調べました。すると、記憶障害や混乱といった神経症状が重い人ほど、腸内細菌叢の乱れが顕著であることが分かりました 。さらに、神経症状のあるLong COVID患者さんの腸内細菌を無菌マウスに移植すると、マウスの腸のバリア機能が低下し、脳内に炎症が見られ、活発に動き回るといった行動の変化が現れました 。
次に、患者さんの便からGMEVsを抽出し、様々な細胞に振りかける実験を行いました 。その結果、神経症状のある患者さん由来のGMEVsは、腸の細胞の炎症を引き起こし、バリア機能を壊してしまうことが明らかになりました 。また、免疫細胞であるマクロファージを強く刺激し 、ヒト人工多能性幹細胞(iPSC: induced pluripotent stem cells)から作製した脳の免疫細胞(ミクログリア)に対しても、強力な炎症性のサインを送ることが分かりました 。
さらに、健康な野生型マウスに患者さん由来のGMEVsを口から長期間投与し続けると、マウスの腸内細菌叢が変化し、腸と全身の炎症が引き起こされました 。それに加えて、脳におけるグリア細胞の活性化や、記憶力の低下を示唆する行動の異常も確認されたのです 。
この研究は、腸内細菌叢の乱れが、GMEVsという「メッセンジャー」を通じて全身や脳に炎症を広げ、Long COVIDの神経症状につながるという新しいメカニズムを示しています 。将来的に、この細胞外小胞の産生を抑えたり、小胞が運ぶ物質を標的にしたりすることで、つらいLong COVIDの新しい治療法が見つかるかもしれません 。
https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.02.28.708602v1

