アフリカ南東部に位置するマラウイで、私たちの身近なパートナーである犬たちが、実はある「目に見えないリスク」を運んでいる可能性が明らかになりました。国際研究チームが、マラウイの飼い犬から採取されたダニの中に、人間の健康に影響を及ぼす「リケッチア」という細菌が潜んでいることを初めて分子レベルで確認したのです。

マラウイにおける研究の空白を埋める

タンザニア、モザンビーク、ケニアといった近隣諸国では、以前からリケッチア(Rickettsia)が原因となる「紅斑熱(spotted fever)」の症例が報告されていました。しかし、これまでマラウイ(Malawi)国内では、これらの病原体がどの程度存在しているのか調査が行われたことはありませんでした。このデータ不足により、マラウイにおけるリケッチア症(rickettsial diseases)のリスク評価は困難な状況にありましたが、今回の研究はその空白を埋める重要な一歩となります。

 

調査の手法

北海道大学(Hokkaido University)とマラウイのリロングウェ農畜産大学(Lilongwe University of Agriculture and Natural Resources)の科学者たちで構成されるチームは、2019年から2020年にかけてマラウイ国内の4つの地区で調査を実施しました。犬の血液サンプル209点と、犬に付着していたダニの検体259点を収集し、フィールド調査、分子診断、そして系統解析(phylogenetic analysis)を組み合わせた詳細な分析を行いました。

細菌の検出や、その遺伝的関係・進化の歴史を明らかにするために、デオキシリボ核酸(DNA: deoxyribonucleic acid)の塩基配列決定技術が活用されました。その結果、犬の血液サンプルからは細菌は検出されなかったものの、ダニの分析において、リピセファルス・リナエイ(Rhipicephalus linnaei)で2.5%、ヘマフィサリス・エリプティカ(Haemaphysalis elliptica)で6.3%の感染率が確認されました。

 

特定された3種の細菌

今回の研究により、以下の3つの異なるリケッチア(Rickettsia)種が特定されました。

リケッチア・コノリ・コノリ(Rickettsia conorii subspecies conorii):地中海紅斑熱の原因菌であり、人間に重篤な疾患を引き起こす可能性があります。

リケッチア・マシリアエ(Rickettsia massiliae):軽度から中程度の紅斑熱を引き起こすことが知られています。

リケッチア・リピセファリ(Rickettsia rhipicephali):人間に対する病原性はまだ明確には分かっていません。

 

特筆すべきは、リケッチア・マシリアエとリケッチア・リピセファリがアフリカ南部で検出されたのは今回が初めてであるという点です。これにより、これらのダニ媒介性病原体の地理的分布が、従来考えられていたよりも広いことが示されました。

 

犬と公衆衛生の密接な関係

マラウイでは、多くの家庭で犬が警備や害獣駆除を担う「働く動物」として飼育されており、飼い主と生活空間を共有することも珍しくありません。このように人間との距離が近いため、犬は人間と同じ環境でダニにさらされやすく、人間の健康に影響を与える病原体をいち早く察知する「番人(sentinel animals)」のような役割を果たします。

調査によると、感染したダニの多くは、ダニの個体数が増加する雨季(12月から3月)に採取されました。また、農村部よりも都市部の犬の方がダニの寄生率が高い傾向にありましたが、これは動物の管理方法や環境条件の違いが関係していると推測されます。

 

ワンヘルスの視点から

この研究は、人間、動物、そして環境の健康が互いに密接に関連しているという、ワンヘルス(One Health: human, animal, and environmental health)の枠組みに基づいて行われました。この統合的なアプローチは、動物から人間に感染する人獣共通感染症(zoonotic diseases)を理解し、対策を講じる上で非常に有効です。

研究結果は、犬に付着するダニが、人獣共通の可能性があるリケッチア属(Rickettsia spp.)を維持・伝播させる役割を担い、人間への感染経路を作り出している可能性を強く示唆しています。

 

結論

本研究は、2025年9月18日に学術誌「Science in One Health(サイエンス・イン・ワンヘルス)」に掲載されました。論文タイトルは「Investigation of Potentially Zoonotic Rickettsia Species in Dogs and Their Attached Ticks in Malawi Through the Lens of One Health(ワンヘルスの視点から見たマラウイの犬および付着ダニにおける潜在的人獣共通感染症リケッチア種の調査)」です。

マラウイにおけるリケッチア感染症の疫学を解明するためには、今後、媒介者であるダニ、動物、そして人間を対象とした統合的な監視体制を継続していくことが不可欠です。

[News release] [Science in One Health article]

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