魚や赤ちゃんマウスにできて、大人の哺乳類にできない理由とは?

成体のゼブラフィッシュ(Danio rerio)や新生児マウスは、心臓の一部を切り取っても、既存の心筋細胞(CMs: cardiomyocytes)が増殖することで、心臓を完全に再生させることができます。しかし、残念ながら成体の哺乳類の心臓は、損傷を受けた後の再生能力が非常に限られています。この心臓の再生能力の限界は、循環器医学における大きな障壁となっており、多くの場合、心不全へと進行してしまいます。なぜこれほどまでに再生能力に差があるのか、その理由は長い間、謎に包まれてきました。

 

DHAが再生のスイッチを入れる

このほど、浙江大学のジュン・チェン博士(Jun Chen ,PhD)らの研究グループは、ドコサヘキサエン酸(DHA: docosahexaenoic acid)がゼブラフィッシュや新生児マウスの損傷した心臓にのみ蓄積し、成体マウスの心臓には蓄積しないことを明らかにしました。このDHAの蓄積は、損傷部位周辺の心筋細胞、線維芽細胞、マクロファージにおけるDHA合成酵素の遺伝子発現の上昇と一致しています。

実際に、DHA合成酵素であるFads2を阻害すると、ゼブラフィッシュと新生児マウスの両方で心臓の再生が妨げられることが確認されました。一方で、心筋梗塞を起こした成体マウスにDHAを注入すると、遺伝子の働きが「損傷への反応」から「再生への反応」へと書き換わり、心機能が改善したのです。

 

分子レベルで解明されたDHAの驚くべき働き

興味深いことに、DHAは心筋細胞の増殖を促進する一方で、線維化(組織が硬くなること)や炎症を抑制する働きも見せました。

そのメカニズムを詳しく調べると、オレイン酸(OA: oleic acid)ではなくDHAだけが、ペルキシソーム増殖剤活性化受容体δ(Ppard: peroxisome proliferator-activated receptor d)を活性化できることが分かりました。活性化したPpardは、心臓再生に関連する遺伝子(Mef2d、Phlda3、Txndc5など)のプロモーター領域に結合し、それらの発現をコントロールしていたのです。

分子ドッキングや分子動力学シミュレーション、さらには変異導入実験によって、DHAはオレイン酸とは異なる独自の形でPpardに結合することが示唆されました。これが、心臓再生遺伝子の発現に差が出る理由だと考えられます。

 

未来の治療に向けて

今回の発見は、DHAシグナルが心臓再生において不可欠であり、進化の過程でも保存されてきた重要な役割を担っていることを証明しました。これは、将来的に心筋梗塞の新たな治療法を生み出す可能性を秘めています。

この研究成果は、2025年8月20日付の学術誌『Protein & Cell』に掲載されました。論文のタイトルは、「Accumulation of Newly Synthesized Docosahexaenoic Acid Plays an Essential Role in Heart Regeneration (新たに合成されたドコサヘキサエン酸の蓄積が心臓再生において不可欠な役割を果たす)」です。

[News release] [Protein & Cell abstract]

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