「健康のために食事や運動に気をつけているのに、なぜかコレステロール値が高い……」そんな悩みを持つ方は少なくありません。実は、心臓疾患のリスクの多くは、私たちが生まれ持った「遺伝子」によって左右されているのです。ピッツバーグ大学医学部の研究者を中心とする国際的な研究チームは、心臓疾患の大きな要因となる「悪玉コレステロール」の上昇に関連する遺伝的リスクを特定するための、世界初の画期的なリソースを開発しました。2025年10月30日付の学術誌『Science』に掲載されたこの研究は、医師が患者の心臓麻痺や脳卒中のリスクを事前に予測し、早期治療や予防につなげるための強力な武器となります。
論文のタイトルは、「The Functional Landscape of Coding Variation in the Familial Hypercholesterolemia Gene LDLR(家族性高コレステロール血症遺伝子LDLRにおけるコード領域変異の機能的景観)」です。
遺伝子が握る「悪玉コレステロール」の鍵
米国では今もなお、心臓疾患が死因の第1位であり、毎年約70万人の命が失われています。生活習慣も大切ですが、心臓に血液を送る動脈の中にワックスのようなプラークが溜まるリスクは、遺伝的な体質に大きく影響されます。
その中心にあるのが、低密度リポタンパク質(LDL: low-density lipoprotein)、いわゆる「悪玉コレステロール」をキャッチする受容体(レセプター)の遺伝子です。
シカゴ大学の計算・システム生物学教授で、本研究のシニアオーサーであるフレデリック・ロス博士(Frederick Roth, PhD)は次のように指摘します。
「たとえLDLの値が正常に見えても、受容体の遺伝子に変異があるために心臓麻痺のリスクが高まっている場合があります。ダメージを与える変異を特定できれば、医師は早期に予防的治療を開始し、リスクを軽減できるのです」
通常、LDLは細胞膜の維持やホルモン、ビタミンDの生成に欠かせない「善玉」の成分を運ぶシャトルのような役割を果たしています。しかし、遺伝子の変異によってLDL受容体の数や効率が低下すると、血液中のLDLが有害なレベルまで上昇してしまうのです。
17,000通りの変異を網羅した「機能マップ」
現代のゲノム解析技術を使えば、数時間で個人の全遺伝暗号を解読できます。しかし、膨大なデータの中で「どの変異が実際に体に悪影響を及ぼすのか」を判断することは、これまで非常に困難でした。
そこでロス博士らのチームは、LDL受容体遺伝子の約17,000もの変異と、それに対応するタンパク質構造の変化を分類しました。これにより、各変異がどの程度の効率でLDLを処理できるかを測定し、医師が患者のリスクを即座に判断できる「スコア表」を作成したのです。
共同著者であるヴァンダービルト大学医療センターの臨床科学者、ダン・ローデン博士(Dan Roden, PhD)は、「このスコアを活用すれば、これまで原因不明とされていた『家族性高コレステロール血症』の診断数を10倍に増やせる可能性があります」と期待を寄せています。
意外な発見と「予防の未来」
今回の研究では、もう一つ意外な発見がありました。超低密度リポタンパク質(VLDL: very low-density lipoprotein)という別の脂質のレベルが高いと、特定のLDL受容体変異においてLDLの取り込みが阻害されることがわかったのです。リードオーサーであるトロント大学のダニエル・タベット(Daniel Tabet)博士は、この発見がヒトの健康にどのような影響を与えるか、さらなる調査に意欲を示しています。
この取り組みは、ロス博士が共同設立した、遺伝性疾患の変異の影響を地図化する国際プロジェクト「バリアント・エフェクト・アトラス・アライアンス(Atlas of Variant Effects Alliance)」の一環です。現在、50カ国500人以上の科学者が、乳がん遺伝子(BRCA1)の解析が多くの命を救ったように、心臓疾患の分野でも「早期予測による予防」を実現しようと取り組んでいます。
この研究には、シナイ・ヘルスのアティナ・コテ博士(Atina Coté, PhD)、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のケイラム・マクレー博士(Calum MacRae, PhD)、VUMCのメーガン・ランカスター博士(Megan Lancaster, PhD)らも貢献しています。

