心血管疾患は、世界中で最大の死亡原因となっています。一般的な心疾患である冠動脈疾患(CAD: Coronary Artery Disease)には腸内細菌が関与している可能性が高いとされてきましたが、その詳細なメカニズムはこれまで多くが謎に包まれていました。しかし、韓国・ソウルの研究チームが、CADに関連する15の細菌種を特定することに成功しました。この解析により、炎症の増加や代謝バランスの乱れなど、疾患の重症度に関連する複数の経路が明らかになりました。
世界では毎年、約2,000万人もの人々が心血管疾患で命を落としています。個人の発症リスクや重症度には遺伝的要因や環境要因が影響しますが、特に冠動脈疾患(CAD)の発症においては、微生物も重要な役割を果たしていると考えられています。近年の研究では、腸内細菌叢(gut microbiota)が多様な経路を通じてCADの進行に寄与することが示唆されてきましたが、具体的な細菌の寄与についてはほとんど分かっていませんでした。
そんな中、科学者たちは着実に前進しています。2025年11月6日、米国微生物学会(ASM: American Society for Microbiology)が発行する学術誌『mSystems』において、ソウルの研究チームがCADに関連する腸内細菌とそのメカニズムについて報告しました。
本研究を率いた、成均館大学校・サムスン先端保健科学技術研究所のゲノム学者であるハンナ・キム(Han-Na Kim)博士は、「私たちは単に『どのような細菌がそこに住んでいるか』を特定する段階を超え、心臓と腸のつながりにおいて、それらが実際に何をしているのかを明らかにしました」と述べています。このオープンアクセス論文のタイトルは、 「Metagenome-Assembled Genomes Reveal Microbial Signatures and Metabolic Pathways Linked to Coronary Artery Disease(メタゲノム構築ゲノムにより明らかになった、冠動脈疾患に関連する微生物シグネチャーと代謝経路)」です。
研究チームは、14人のCAD患者と28人の健康な人の糞便サンプルを、メタゲノムシーケンシング(metagenomic sequencing: サンプル中のすべてのDNAを明らかにし、個々の微生物のゲノムを再構築する手法)を用いて比較しました。このゲノム再構築の手法を用いることで、キム博士らはCADに関連する15の細菌種と、腸内細菌を疾患の進行に結びつける経路を特定しました。
「私たちの高解像度なメタゲノムマップは、機能面において炎症や代謝バランスの乱れへと劇的にシフトしていることを示しています。具体的には、フェカリバクテリウム・プラウスニッツィ(Faecalibacterium prausnitzii)のような保護作用を持つ短鎖脂肪酸産生菌の減少や、疾患の重症度に関連する尿素サイクルなどの経路の過剰活性化が見られました」とキム博士は説明します。
特に注目すべきは、ゲノムレベルの解析によって、善玉菌の株が有害に転じる可能性が示唆されたことです。アッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)やフェカリバクテリウム・プラウスニッツィを含む、通常はヒトの健康に有益とされる微生物も、健康な腸内にいるか疾患のある腸内にいるかによって、異なる機能的役割を持つ可能性があるとキム博士は指摘しています。
また、この研究は、微生物を疾患の進行に結びつけることの複雑さも浮き彫りにしました。例えば、過去の研究ではラクノスピラ科(Lachnospiraceae)の一部の種が減少するとCADに関連するとされていましたが、今回の研究では別の種類のラクノスピラ科が増加していることが判明しました。
キム博士は、ラクノスピラ科について「腸内におけるジキル博士とハイド氏のような存在かもしれません」と述べています。一部の種は減少し、他の種はCAD患者で急増するのです。「今の大きな未解決の問いは、どの株が『治療者』であり、どの株が『トラブルメーカー』であるかを見極めることです」。
次のステップとして、キム博士はこれらの微生物シグナルを遺伝データやメタボロミクス(metabolomics: 代謝物解析)データと統合し、心疾患における因果関係の経路をより正確にマッピングすることを目指しています。最終的な目標は、微生物情報を心血管疾患の予防ツールや戦略に変換できる、精密医療(プレシジョン・メディシン)に基づいた介入法を設計することです。
「予防こそが、世界の心疾患の負担を軽減するための最も有望な最前線です」とキム博士は語ります。便を用いたスクリーニング検査の設計や、善玉菌を回復させ有害な経路をブロックする栄養介入など、微生物治療が大きな助けとなるかもしれません。
米国微生物学会(ASM)は、生命科学に特化した世界最大級の専門学会の一つであり、38,000人以上の科学者や医療従事者で構成されています。ASMの使命は、微生物科学を促進し発展させることです。
ASMは、会議、出版物、認定、教育機会、および政策提言活動を通じて微生物科学を前進させています。また、トレーニングやリソースを通じて世界中の検査能力を向上させ、アカデミア、産業界、臨床現場の科学者のネットワークを提供しています。さらに、あらゆる人々に対して微生物科学への深い理解を広める活動を行っています。

