肥満治療薬として世界的に広まったセマグルチド(semaglutide)に、思いがけない"隠れた効能"があるかもしれません。米国の研究チームが、高齢のマウスにこの薬を投与したところ、単なる体重管理を超えて、老化そのものにブレーキがかかり、寿命が延びるという結果が得られました。しかも、投与を始めたのは既に老いた20ヶ月齢のマウスからだったといいます。

この研究成果は、2026年9月2日に『Nature』誌に掲載されました。オープンアクセス論文のタイトルは「Late-life semaglutide treatment slows ageing and extends lifespan in female mice(高齢期からのセマグルチド投与は雌マウスの老化を遅らせ、寿命を延ばす)」です。研究を主導したのは、米国カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)代謝生物学・栄養学部門のダニカ・チェン博士(Danica Chen)で、筆頭著者はユーファン・フェン博士(Yufan Feng)です。

カロリー制限(CR: Calorie Restriction)は老化を遅らせ寿命を延ばすことが知られていますが、継続するのが難しいという課題があります。一方、糖尿病治療薬として承認され、その後肥満治療薬としても広く使われるようになったGLP-1受容体作動薬(GLP-1R agonist)のセマグルチドは、食欲抑制作用だけでなく、心臓・腎臓・肝臓の保護や神経変性疾患への効果も報告されており、その仕組みの全体像はまだよく分かっていませんでした。研究チームは、老化が進んだ状態からセマグルチドの投与を始めた場合に、老化プロセスや寿命そのものにどのような影響が出るのかを調べました。

実験では、自然に老化した20ヶ月齢の雌C57BL/6マウスを対象に、セマグルチドを連日皮下注射しました。生理機能や分子・細胞レベルの変化を調べるグループには3ヶ月間投与し、寿命を調べるグループには寿命が尽きるまで投与を続けました。さらに、セマグルチドによる摂食量の減少幅(24%減)に合わせたカロリー制限群も設定し、両者を直接比較しました。

その結果、セマグルチド投与群では体脂肪が減少し、除脂肪量の割合が増加しました。行動テストでは、探索行動の活発化、空間記憶の向上(バーンズ迷路での目的到達時間の短縮)、運動機能の改善(ロータロッド・懸垂試験での持続時間の延長)、血糖コントロールの改善(耐糖能試験でのスコア向上)が確認されました。造血幹細胞(HSC: Hematopoietic Stem Cell)の異常な増加や骨髄系への偏りが抑えられ、炎症・細胞老化(senescence)・DNA損傷といった老化の"特徴(ハルマーク)"も軽減していました。最も注目すべきは寿命への影響で、対照群の生存期間の中央値が742日だったのに対し、セマグルチド投与群では834日となり、約12%(92日)の延長が統計的に有意に示されました(P=5.7×10⁻⁶)。さらに興味深いことに、カロリー制限群と比較しても、セマグルチド投与群は探索行動・空間記憶・血糖コントロールの一部指標でカロリー制限を上回る改善を示しました。

研究チームは、セマグルチドが摂食量の減少という単純な仕組みだけでなく、カロリー制限を模倣する形で老化の進行そのものに働きかけている可能性を示したと結論づけています。今回の成果は、すでに広く使われているGLP-1受容体作動薬が、肥満治療の枠を超えて、高齢期からの投与でも老化関連の機能低下を抑え、健康寿命を延ばす薬として応用できる可能性を示唆するものです。今後は、ヒトを対象とした長期的な検証が求められます。

[News release] [Nature article]

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