2024年に米国で確認された乳牛由来のH5N1型鳥インフルエンザウイルス。ヒトに感染したこの系統には、実は互いに大きく異なる複数の「遺伝子型」が存在することをご存知でしょうか。テキサス・バイオメディカル・リサーチ・インスティテュート(Texas Biomedical Research Institute)を中心とする国際研究チームは、フェレットを用いた実験で、乳牛由来の遺伝子型「B3.13」と、別のヒト感染例に由来する遺伝子型「D1.1」の病原性・伝播性を直接比較しました。その結果、B3.13の方がD1.1よりも強い病原性と接触伝播力を示すという、公衆衛生上重要な知見が明らかになりました。この研究成果は、2026年8月17日付でbioRxivに公開されました。論文タイトルは「Enhanced Pathogenicity and Contact Transmissibility of Human-origin Avian Influenza H5N1 Clade 2.3.4.4b Genotype B3.13 Compared to D1.1 in Ferrets(フェレットにおけるヒト由来H5N1クレード2.3.4.4b型鳥インフルエンザ、遺伝子型B3.13のD1.1と比較した病原性・接触伝播性の増強)」です。
背景:なぜ2つの遺伝子型を比較したのか
H5N1クレード2.3.4.4bは2020年以降、世界各地の野鳥や哺乳類に感染を広げてきましたが、2024年には米国の酪農地帯で乳牛への感染が確認され、大きな注目を集めました。この乳牛由来の系統は遺伝子型「B3.13」と呼ばれ、テキサス州の農場労働者にも伝播し、主に結膜炎や軽度の呼吸器症状を引き起こしました。一方、同じ頃にルイジアナ州で確認されたヒト感染例は、乳牛とは異なる感染経路に由来する遺伝子型「D1.1」で、こちらは重症化・死亡例も報告されています。
同じH5N1クレード2.3.4.4bに属しながら、なぜ症状の重さがこれほど異なるのか。研究チームは、この謎を解く鍵が両遺伝子型の生物学的な性質の違いにあるとみて、哺乳類でのインフルエンザ研究の標準モデルであるフェレットを用いて、両者の病原性と接触伝播性を直接比較する実験を行いました。
実験の方法
研究チームは、ヒトから分離されたB3.13株(A/Texas/37/2024由来)とD1.1株(A/Louisiana/12/2024由来)をそれぞれフェレットに感染させ、臨床症状(体重減少など)、鼻からのウイルス排出量、肺の病理所見を比較しました。さらに、感染したフェレットと未感染のフェレットを同じケージに入れる接触伝播実験を行い、ウイルスがどれだけ効率的に伝播するかを評価しました。加えて、感染・伝播の過程でウイルスがどのような遺伝的変化(適応変異)を獲得するかを全ゲノムシーケンスで追跡したほか、受容体結合特性、ノイラミニダーゼ(NA)活性、熱安定性、既存のワクチン株候補に対する血清反応性なども詳しく調べました。
主な発見
比較の結果、B3.13に感染したフェレットは、D1.1に感染した個体よりも重い臨床症状を示し、ウイルスの排出量も多く、接触によるウイルス伝播もより効率的に起こることがわかりました。肺の病理所見でも、B3.13感染群でより広範な病変が確認され、これは高いウイルス量や炎症反応と一致する結果でした。
興味深いのは遺伝的な変化の違いです。B3.13はすでに哺乳類への感染に適応が進んでいるためか、感染・伝播を経てもほとんど新たな適応変異を獲得しませんでした。一方D1.1は、感染したフェレットの体内で「E627K」という変異を素早く獲得し、さらに致死的な経過をたどった接触伝播フェレットでは「E627K」に加えて「Q194K」という変異も獲得していました。これらの変異は、ウイルスの複製に関わるポリメラーゼ(polymerase)の活性を高め、宿主側のタンパク質であるANP32A/Bとの相互作用を強化することが知られている変異です。つまりD1.1は、単回の感染・伝播イベントだけで、哺乳類によりよく適応するための変異を急速に獲得する「進化のポテンシャル」を秘めていることが示唆されました。
なお、受容体結合特性やノイラミニダーゼ活性、熱安定性、既存ワクチン候補株に対する抗原性については、両遺伝子型の間に大きな差は見られませんでした。
この発見が意味すること
この研究は、同じH5N1クレード2.3.4.4bに属するウイルスであっても、遺伝子型によって病原性や伝播性、さらには変異の獲得しやすさが大きく異なることを明確に示しました。B3.13はすでに哺乳類での感染・伝播に適応した特性を持つ一方、D1.1はまだ適応の途上にありながら、感染するたびに危険な変異を急速に獲得しうる性質を持つ可能性があります。
研究チームは、抗原性の類似性だけでは公衆衛生上のリスクを正確に評価できないと指摘しており、ゲノムサーベイランス(継続的な遺伝子監視)と、フェレットなどを用いた表現型解析を組み合わせることの重要性を強調しています。こうした知見は、将来のワクチン株の選定やパンデミック対策の優先順位付けにも役立つと期待されます。
本研究は、テキサス・バイオメディカル・リサーチ・インスティテュート(Texas Biomedical Research Institute)のアーメド・モスタファ・エルサイード博士(Ahmed Mostafa Elsayed, PhD)とルイス・マルティネス-ソブリド博士(Luis Martinez-Sobrido, PhD)を責任著者とする国際研究チームによるもので、ドイツのフリードリヒ・レフラー研究所(Friedrich-Loeffler-Institut)や米国のマウントサイナイ医科大学(Icahn School of Medicine at Mount Sinai)など複数の機関が参加しています。
