毎年、世界中で数十万人がヘビ咬傷の被害に遭い、多くの命が失われています。特にコブラ科のヘビが持つ神経毒は、呼吸筋を麻痺させることで死に至らしめる危険な毒素ですが、現在使われている抗毒素の多くは、馬などの動物にヘビ毒を接種して作られるポリクローナル抗体であり、製造コストの高さや供給の不安定さ、副作用のリスクといった課題を抱えています。デンマーク工科大学(DTU: Technical University of Denmark)の研究チームが、この課題に対する新しいアプローチを、生成AIを用いて示しました。
研究を主導したのは、同大学トランスレーショナル・タンパク質デザインセンターのティモシー・ジェンキンス博士(Timothy Jenkins)と、マックス・オーヴェラス氏(Max Overath)です。研究チームは、コペンハーゲンのバイオテクノロジー企業AffinityAI、米国北コロラド大学、デンマークのソフィオン・バイオサイエンス、コペンハーゲン大学など、複数の研究機関と共同でこの研究を進めました。
研究チームはまず、生成AIを用いたタンパク質デザイン手法「Germinal(ジャーミナル)」「RFantibody(アールエフ・アンチボディ)」「BoltzGen(ボルツジェン)」の3種類を比較しました。標準化された構造予測の信頼度指標や、立体構造の再現性といった厳密な基準で評価した結果、実験で検証可能な設計を生成できたのはGerminalのみでした。そこで研究チームは、臨床応用実績のある単一ドメイン抗体(VHH: variable domain of heavy chain antibody、通称ナノボディ)の骨格構造を土台に、Germinalを用いた大規模な設計キャンペーンを実施しました。
コンピューター上で設計された46種類の候補のうち、42種類がタンパク質として実際に発現し、そのうち4種類が標的への結合活性を示しました。標的は、モノクルコブラ(Naja kaouthia)が持つ長鎖α-神経毒「α-コブラトキシン(α-cobratoxin)」です。この中から選ばれた2つの有望な候補抗体は、いずれも高い結合力(解離定数KDでそれぞれ4.1ナノモーラー、10.8ナノモーラー)を示し、単量体として安定に存在し、他のタンパク質と非特異的に結合しにくいという、医薬品として望ましい性質を備えていました。
マウスを用いたin vivo実験では、この2つの候補抗体はいずれも、α-コブラトキシン単独による致死量の投与に対して100%の生存率を達成しました。さらに、精製した毒素成分だけでなく、複数の毒素が混在するコブラの全毒(whole venom)を投与した後に治療として抗体を投与する、より実際の咬傷に近い“レスキュー”条件においても、一方の候補は56%、もう一方は22%の生存率を示しました。
研究チームは、免疫化や大規模な抗体ライブラリーのスクリーニングといった従来の時間のかかる工程を経ることなく、狙った毒素のエピトープに特異的に結合する抗体を、生成AIによって直接デザインできることを実証したと述べています。また、臨床試験実績のある抗体骨格を採用したことで、免疫原性や薬物動態、規制面での不確実性を低減できる点も強調しています。ヘビ咬傷は世界保健機関(WHO)が“顧みられない熱帯病”の一つに指定する深刻な公衆衛生上の課題であり、今回の成果は、より安価で製造しやすい次世代の抗毒素開発への道を開くものとして期待されます。
