脳の血管の周りにひっそりと存在する免疫細胞が、実は血管そのものの健康を陰で支える"司令塔"だった――そんな発見が、米ワシントン大学医学部(Washington University School of Medicine in St. Louis)の研究チームによって報告されました。マウスとヒトの双方で保存されたこの仕組みは、アルツハイマー病(AD: Alzheimer's disease)のリスクにも関わっている可能性があるといいます。この研究は2026年8月14日、オープンアクセス誌Cellに「Brain perivascular macrophages regulate endothelial cell function via a cMAF-dependent transcriptional program in mouse and human(脳血管周囲マクロファージはcMAF依存性の転写プログラムを介して内皮細胞機能を制御する:マウスとヒトにおける知見)」と題して掲載されました。

脳血管周囲マクロファージの「性格」を決める転写因子

脳の血管の周囲には、脳血管周囲マクロファージ(PVMs: perivascular macrophages)と呼ばれる免疫細胞が存在します。これらはCD163という目印を持つ境界関連マクロファージ(BAMs: border-associated macrophages)の一種として知られていますが、これまでその「性質」を決定づける仕組みは十分に解明されていませんでした。

筆頭著者のシモーネ・ブリオスキ氏(Simone Brioschi)と責任著者のマルコ・コロンナ博士(Marco Colonna, PhD)らの研究チームは、単一細胞マルチオミクス解析(scRNA-seq、scATAC-seq)や転写因子結合解析(ChIP-seq、CUT&RUN)などを組み合わせ、cMAF(c-Maf: cellular musculoaponeurotic fibrosarcoma oncogene homolog)という転写因子が、このPVMsの性質を規定する中心的な役割を担っていることを突き止めました。

cMAFが駆動するIGF1と血管機能

cMAFはインスリン様成長因子1(IGF1: insulin-like growth factor 1)の発現を促し、これを介して血管内皮細胞との対話を行うことで、脳血管の機能を支えていることが明らかになりました。研究チームが条件付きでcMAFを欠失させたマウスを作成したところ、CD163陽性のPVMsはMHCII陽性の細胞へと性質を変化させてしまい、脳脊髄液(CSF: cerebrospinal fluid)の流れが低下し、血中の二酸化炭素濃度上昇に対する血管拡張反応にも障害が生じることが確認されました。このcMAF依存性のプログラムは、マウスだけでなくヒトの脳組織でも保存されていることが、ヒトの単一核RNAシーケンシング(snRNA-seq)データセットの解析から裏付けられています。ヒトのCD163陽性PVMsにおいて、MAFは最も濃縮された転写因子として同定されました。

アルツハイマー病との関連

さらに興味深いことに、アルツハイマー病患者由来のCD163陽性PVMsでは、cMAFの活性とIGF1/IGF1受容体シグナルがむしろ亢進していることが分かりました。これは病態に対する代償的な保護反応だと考えられますが、リスク因子として知られるAPOE4を持つ患者ではこの反応が見られませんでした。一方、MAF遺伝子座の一塩基多型(SNP)によってcMAF発現が高まるタイプを持つ人は、アルツハイマー病の発症リスクが低いことも示されています。

研究チームは、RNAscopeによる組織内その場(in situ)検証や免疫組織化学染色によってもこれらの知見を確認しており、PVMsが脳血管の恒常性を維持する分子基盤としてcMAF-IGF1軸を明らかにしました。この経路は、神経変性疾患や脳血管疾患に対する新しい治療標的となる可能性を示しています。

[Cell誌 論文]

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