同じ抗がん剤を使っても、ひどい下痢に悩まされる人もいれば、ほとんど副作用が出ない人もいます。その差を生む要因の一つが、私たちのお腹の中に住む腸内細菌かもしれません。米国メイヨー・クリニックの研究チームは、治療を始める前のがん患者1,364人の便を解析し、がんの種類ごとに特有の腸内細菌のパターンがあること、50歳以下で発症する「若年発症がん」には独自の特徴があること、さらに抗がん剤による下痢から患者を守っているらしい細菌がいることを突き止めました。

この研究成果は、2026年9月29日に学術誌『Cell』にオンライン掲載されました。論文のタイトルは「「Microbiome signatures linked to cancer and treatment adverse events in a real-world cohort(実臨床コホートにおけるがんおよび治療有害事象と関連するマイクロバイオームのシグネチャー)」」です。筆頭著者はメイヨー・クリニック定量健康科学部門のルー・ヤン(Lu Yang)氏で、同クリニックのジュン・チェン(Jun Chen)氏、ルーベン・マーズ(Ruben Mars)博士、そして消化器内科医でメイヨー・クリニック・マイクロバイオーム・プログラムのディレクターを務めるプルナ・カシャップ(Purna Kashyap)医師が研究を率いました。

 

「実臨床」の多様ながん患者を一度に比べる

腸内細菌とがんの関係はこれまで数多く報告されてきましたが、その多くは一つのがん種に限った研究でした。そのため、見つかった変化ががんそのものに由来するのか、患者がもつ持病や年齢、生活背景などによるものなのかを見分けるのが難しいという課題がありました。

研究チームは、アリゾナ、フロリダ、ミネソタのメイヨー・クリニック各拠点で、全米40州から訪れた多様ながん患者1,364人と健常者287人の便を、治療開始前に採取しました。これを副作用や治療成績などの詳細な臨床データと結びつけ、5つのがんグループにまたがって比較しました。さまざまながんを同じ枠組みで比べることで、持病や人口統計学的な要因による「どのがんにも共通する見かけの変化」を差し引き、それぞれのがんに特有のシグナルを浮かび上がらせることができます。

 

がんの種類で異なる腸内細菌のパターン

解析の結果、研究チームは、がんの発症に関与している可能性が最も高い候補として341種の細菌を同定しました。例えば、神経内分泌腫瘍の患者では健康に関わる一般的な腸内細菌が広く失われており、肝臓・肝内胆管のがんでは腸球菌の一種であるエンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)などが増えていました。食道がんでは、複数のレンサ球菌(Streptococcus)を含む6種の細菌が増加していました。一方、多くのがんに共通して見られる腸内細菌の変化は、その大部分が持病の影響によるものであることも分かりました。

腸内細菌は生存期間とも関連していました。大腸がん、肝臓・肝内胆管のがん、メラノーマ、卵巣がん、前立腺がんで関連が見られ、例えば肝臓・肝内胆管のがんでは、ビフィズス菌の一種であるビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)が多い人ほど生存期間が長い傾向にありました。

 

若年発症がんに見られた独自の特徴

近年、世界的に増加が懸念されている50歳以下での若年発症がんについても、興味深い違いが見つかりました。若年発症の大腸がんでは、便中の乳酸と、乳酸をエサにする細菌ベイヨネラ・パルブラ(Veillonella parvula)が増えていました。また、若年発症の乳がんでは64種の細菌に変化が見られ、便中の一次胆汁酸と、胆汁酸やステロイドの代謝に関わるクロストリジウム・シンデンス(Clostridium scindens)が減少していました。なお、脳腫瘍では同様の違いは見られませんでした。研究チームは、これらはあくまで関連であり、因果関係を示すものではないと強調しています。

 

抗がん剤の副作用から守る菌

臨床的に特に注目されるのが、抗がん剤の副作用との関係です。大腸がんなどに広く使われる抗がん剤5-フルオロウラシル(5-FU: 5-fluorouracil)を投与された患者のうち、下痢を起こした人では、この薬を分解できる細菌の遺伝子が治療前から少ないことが分かりました。その働きの多くを担っていたのが、薬の分解酵素であるジヒドロピリミジン脱水素酵素の遺伝子をもつアナエロスティペス・ハドルス(Anaerostipes hadrus)という細菌でした。この関連は5-FUに特有で、別の抗がん剤であるカルボプラチンでは見られませんでした。

カシャップ医師は、マイクロバイオームはがんや治療成績を決める唯一の要因ではないものの、これまで治療戦略で考慮されてこなかった過小評価された要素だと述べています。そのうえで今回の成果は、なぜ一部の患者だけが特定の副作用を経験するのかを理解し、介入の標的を見つけられることを示す概念実証になると語っています。

 

意義と今後の課題

マーズ博士は、個々のがんに最も特異的な微生物の変化へと探索の範囲を絞り込めるようになったことで、マイクロバイオームががんに因果的な役割を果たしているかを見極め、標的を絞った介入法を開発するための第一歩になると述べています。本研究は、がん種ごとの腸内細菌のシグネチャーや予測バイオマーカーを探るための基盤となる資源を提供するものです。一方で、今回示されたのは関連であり、因果関係の解明や他の集団での検証は今後の課題です。将来、治療前の便検査で副作用のリスクを予測したり、有益な菌を補ったりする「腸内細菌を味方につけたがん治療」が実現するかもしれません。

 

[News release] [Cell article]

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